ジュリエット
神代の世・・・・神話の領域とも呼ばれていた幻想の時代がまだ終わっていないことを人々はまざまざと見せ付けられていた。
デュランシルトと周辺の隣接した大地が、大陸をV字に抉るように割れ月藍湖もその大規模地殻変動に飲み込まれ海中に没していく。
ウォーレン伯爵領の一部まで切り取られた大地は北へ西へ・・・・流され移動していった。
約半年をかけてオルフィリスの西北西、西方大陸との中継地点となりうる地に新たな島が誕生した。
リシュメア王国の三分の一程度の国土ではあるが、四季、そして水と豊かな大地に恵まれ聖獣の多く住まう地・・・・・
元からの住人たちは新たに海の恵みが手ごろに入手できるようになったことを喜び、米の生育は以前にも増して良好。
移動による衝撃も結界によりほとんど感じられず、復興は順調に進んだという。
海の神ライガ・エーメの加護を受けたこの島の海域は穏やかで漁場にも恵まれていることが最近の調査で明らかになった。
あの人々の愚かさと欲望と混沌に塗れた一連の戦いは、第二次ヴァルヌ・ヤース戦役として語り継がれることになり、あの混乱の渦中でのダナル・ダン砲台の砲撃によって壊滅的被害を受けたデュランシルトの恨みやしこりは根強く残ることになる。
デュランシルト防衛に尽力した兵士たちの半数以上が家族と共に、移住を決意。
シルヴァリオン隊のほとんどが朧組への正式参加を希望したのだ。
そして島となったデュランシルトに対し、アルマナ帝国皇帝から正式に独立国として認めるとの書簡が届いた。
皇帝は正式に退位の意を示し、その最後の仕事として独立国として認めるよう元老院とかけあい領地が切り取られた貴族たちへの補填と叛旗を翻した貴族たちへの容赦のない処罰を断行した。
現在では帝室宮家と五摂家による帝位継承の候補選定が行われているはずだろう。
独立に関しての反応は様々で善政を敷き民衆からの指示も厚いリシュメア王国のマルファース王からも祝辞とレインドに対して兄や姉たちから祝福の贈り物が届けられていた。
今後はもっとも信頼できる友好国としての関係が始まるだろう。
そしてイルミス、デイン残党の討伐の際に関係修復が図られたベルパ王国からも同様に独立を祝福する書簡が送られてきた。
ドゥベルグ王国や東連の各都市は罰が悪いのか立て直しに忙しいのかは不明であるが、連絡さえなかったという・・・・・だが民間レベルでの接触は盛んであり徐々に国交も樹立されていくに違いない。
そして・・・・神聖ヴァルジェリス王国は光神ウルヴァ神殿と王国側が激しく対立することになり、虚言によって王国を危機に陥れた悪魔の手先と糾弾される事態となっていた。。
神官たちは信頼にすら値せぬと神殿内部での争いにまで発展したが、大地母神神殿と風神大樹の宮が仲介に乗り出し、全ての神殿や民が加護や恩寵から切り離された危機であったことを説明することでようやく光神ウルヴァの神殿も拘束から解放されることになった。
このことで現実に帰り青ざめたのは首脳陣である。
虎の子の地竜部隊が壊滅したのは自業自得であろうが、世界の危機を救うために命を懸けた侍たちの帰る家を攻撃してしまったのだ。
堅苦しく頭でっかちな国家であったために余計にメンツやプライドが邪魔をしたが、国王が責任を取り退位を決意し次期国王の名で多額の賠償金が帝国ではなく、直接独立国への友好と侍たちへの弔意の証として納められた。
名目上は賠償金でも何でもなかったようであるが、実質は弔意や友好に名を借りた賠償金であったこは誰の目にもあきらかであった。
この独立国の王位にはもちろんレインドが即位することになるのだが、これにもひと悶着あったようだ。
多くの仲間を死なせてしまったことに責任を感じ将軍職さえも辞そうとしていたが、ピスケルや聖獣ナバルたちがレインドでなければ手伝わないと言い出したのだ。
さらには守護竜として人々に愛されている雪までもが、
「レインドが王様やらないなら出てっちゃうから!!」
とまで駄々をこねて大泣きしたこと・・・・民や隊士とその家族たちの全会一致でレインドを王として迎えたいとの意見書が出されたことでようやく人々を導く決意を固めたのだった。
新たな国の名は、
武国 鬼凛
王都デュランシルトは人口10数万の大都市にまで発展し、農業や漁業に加え造船技術までもが目覚しい発展を遂げていく。
商務長官となったヴァルレイと新たに商会として旗揚げしたラヴィ班改めラヴィ商会の働きによって農業分野と漁業分野による産業と交易が軌道にのってきている。
武王レインドの名は世界中に轟き、彼に付き従う侍たちの武勇は多くの少年少女たちの浪漫をかきたてた。
稀代の刀工ルシウスが作り上げた刀は使えぬとも守り刀として購入したいと望む諸国の王族たちがこぞって買い求めたことも、財政を潤す産業になりつつある。
そんな彼の傍らにはアクアブルーの髪を持つ水神に愛された美しい妻がいたという。
諸外国からの賓客が訪れた際にはこの妃が自ら調理した絶品の料理が振舞われた。
妃自らと蔑む声も一部にはあったものの、あまりのおいしさに妃自らの心のこもった手料理という歓待を受けた賓客たちは悉く武国びいきになったらしい。
中でも新鮮な魚を使った、スシという料理のうまさは伝説となりつつあるという。
そんな武国の宰相として辣腕を振るうのは冷血の宰相ニーサとレインドの懐刀として名高い参謀半兵衛である。
武国を武国たらしめている象徴となっているのは、言わずと知れた鬼凛組だ。
魔法力を持たない子供たちの保護を兼ねて、武国は両親共に職を斡旋した上で移住を勧めるか、不幸な身の上の場合には直接引き取ることにしている。
士道館で文武を学び、学者や職人などの道を選ぶ自由とそれでも侍となる覚悟を持つ者を鬼凛組隊士として迎えいれた。
その一方で優秀な魔法術師の確保が必要な朧組の候補生たちのための養成過程も設立された。
月牙の杜と呼ばれた一流の魔術師たちによる指導と育成が約束された魔法学校は、各国から留学生も訪れるほどの発展を遂げナスメルの魔術学院と双璧を為すまでに発展している。
大多数の少年少女たちが侍に憧れ武士への道を志すが、最近では死界人の目撃情報も増えつつあることだけが気がかりであった。
西方大陸にて死界人らしき目撃情報が伝えられたことで、竜胆が率いる二番隊7名が迎撃のために出動している。
武国鬼凛は死界人討伐のために鬼凛組を派遣することを継続していた。
守護竜となった雪の協力で飛竜たちが力を貸してくれることになったのだ。
豊かな漁場と産業の数々にこの武国を手中に納めようと画策した勢力は少なからずあった。
各国の説得も虚しく武国鬼凛の周辺海域を何の根拠もなく我が国の領海と主張して譲らず、その敵意を持って侵攻したのは北西にあるバラマーズ諸島連合の艦隊40隻。
海軍力に優れその動員兵力も3万を超えていたことから、援軍のためにリシュメアをはじめペルバや帝国海軍が向かうが、海竜や聖獣たちの怒りに触れ上陸することもできずに壊滅し、その守護の力に各国は不可侵の島であることを改めて思い知らされたのだった。
多くの聖獣たちと守護竜たる雪はその後もデュランシルトへ定住することになるのだが、島が定位置に移動した際に星月の丘が麓となるような山が誕生していた。
地殻変動による隆起によって誕生した星月山を挟んでデュランシルトの反対側の森と洞窟周辺が聖獣たちの住まう森として清められ、定期的に神殿の神官たちが清掃や捧げ物を納めに訪れるようになった。
それでも一時力を使い果たし姿を消していたマユも復活後は聖獣の森でピスケルたちと過ごしていたが、すぐに単調な生活に飽きたのか二足歩行で人間のように振舞い始めたピスケルを連れて普通に定食屋にやってきては大量の丼モノを平らげて帰るという。
もちろんその支払いは武国の行政府に請求されるのだが、年々馬鹿にならない額になってきているらしい。
島が落ち着くまでの間には穏やかなことばかりではなく、血生臭い事件も起こった。
元シルヴァリオンのジョシュ、ネリス、カルネス、そしてレイスたちが必死に調査内定の末、とうとうウォルドレッド伯一味の隠れ家を突き止めることに成功したのだ。
デュランシルトへ攻め入った愚者共の頭・・・・砲撃を仕組んだあの男だけは生かしておけぬと執念の大捜査の末に辿り着いたのであった。
これには半兵衛や竜胆、焔、ダリオ、そしてイングリッドとソルヴェドも村や仲間たちを殺された恨みを晴らすと決起したのだ。
むろんこのことはレインドの耳にもナディアを通じて知らされていたが、秘密裏に出発するはずだった彼らの前にレインドは現れた。
「・・・・・鬼凛の名において命じる、一人も生かして返すな」
大地が一瞬で凍てついたかと思えるほどの殺気に歴戦の勇士たちでさえ震え上がった。
こうして刺客、いや討伐隊となった彼らは帝都外周の葡萄農場に隣接したある子爵の別荘へと侵入を果たしていた。
葡萄農場の一角にある醸造施設に身を隠した討伐隊に近づく一人の男がいる。
「鬼凛組の皆さんですね」
「久しぶりだなパトリックさん、情報提供に感謝します」
「あなたに救われた命・・・・ようやく使う時が来たようです」
「ここまでで十分だ、さあ行ってくれ」
「いえ行きません・・・・・全てが終った後、私もあなた方に裁かれなければならない」
そんなパトリックの胸倉を掴んで葡萄樽に押し付け唸るような声をあげたのは・・・・レイスだった。
「貴様ら貴族連合がやったことを私は絶対に許さない!!!貴様らのせいでリンダ姉さんが・・・!!シルフェ隊長があ!!!!ジョグさんが!!!」
「はい・・・・私をここに拘束してくださって構いません、さあ奴らが気付く前に・・・・・戻った後じっくりと私を処断してください」
憑き物が落ちたようなパトリックは自ら進んで壁に拘束されることを望んだ。
小細工はせず堂々と正門から切り込み全滅させる・・・・作戦とも呼べない討伐作戦が始まろうとしていた。
半兵衛だけは顔が割れているため、正面から一人乗り込むのは竜胆である。
怯えながらわずかなランプの灯りで門番を続ける兵士二名・・・・
その正面から届け物に訪れた顔見知りの商人のような足取りで竜胆は進んだ。
あまりに堂々とした態度のために、思わず門番も怪しむもことも忘れてつい声をかけてしまった。
「どうしたい?娼婦の数はそろいそう・・・」
抜き打ちに二人の首が転がった。
その手並みに関心すると共に討伐隊が一斉に石造りで積み上げられた玄関ホールの扉から中へ飛び込んだ。
罠を警戒していたが、そんな気配もなく中で行われていたのは近隣の女性を拉致し魔法で強制的に自由を奪った上での強姦であった・・・・
テーブルの上には領民から略奪したと思われる食料や酒が散らかり、そんな乱痴気騒ぎに飛び込んだ討伐隊の姿にも目もくれず泣き喚き悲鳴を上げる女性たちへの乱暴にいそしんでいる・・・・
「半兵衛・・・・俺はほっとしたよ」
「どうした焔?」
「斬ることについて何ら躊躇する必要がなかったからだ・・・・掛け声は任せたぞ半兵衛」
ふーっと息を吐き吸い込んだ半兵衛と皆が心を同期していたような感覚を共有した。
「鬼凛組である!!!お館様の命により、貴様らを斬る!一人も生かして帰すなああああああああ!!!」
鬼凛組の声にびくっとした元貴族たちは半裸状態のまま・・・・虚脱状態が解除された後、次々と斬り殺された。
虚脱状態で恐怖を感じぬまま死ぬことは許さないという熾烈な覚悟によるものである。
イングリッドとソルヴェドたちも屋敷内で広域呪文は使えないものの、半兵衛たちの支援と女性たちの保護に走り回ってくれている。
さらに苛烈だったのは元シルヴァリオン組の戦闘であった。
ジョシュとレイスを筆頭に情け容赦のない強力な呪文を放ち焼き殺し、アイスニードルで全身を串刺し、ソニックブレードで四肢を斬り飛ばしていった。
長期にわたる逃亡生活に慣れすぎ追っ手などもうこないであろうと泳がせた上での奇襲・・・・・しかも相手は歴戦の勇士たちである。
討伐というよりも一方的な殺戮に近かったであろう。
逃げ隠れていたウォルドレッド元伯爵の身柄も拘束し、他の貴族や従者たちも次々と殺されていった。
一方女性たちは保護され、鬼凛組の手の者だと知ると皆安心しほっとしたのか緊張が解け泣き出す女性たちが続出する。
そして・・・・
「俺の顔が分かるなウォルドレッド」
半兵衛が地に這いずるウォルドレッドをゴミを見るような目で見下ろしながら声をかける。
「は、半兵衛か・・・・!ほ、本物の!?」
「どちらでもいいだろう、これから死ぬ男にとってはどうでもよかろう」
魂が凍りつくほどの冷たい声で言い放つ半兵衛の瞳には怒り以上に醜い汚物を視界に納める嫌悪感が広がっていた。
白刃を煌かせ近寄ってくる竜胆の姿にウォルドレッドは醜く這いずり回り悲鳴をあげて逃げ回った。
ロープで手足を結ばれた芋虫のような姿で。
「竜胆さん!!」
突如竜胆の前に立ちはだかったのはレイス・・・そしてネリスたちだった。
「お願い竜胆君・・・・こいつだけは!!こいつだけは私たちシルヴァリオンの手で・・・・・お願い」
半兵衛に視線を送った竜胆は何度も頷いた半兵衛と焔たちの思いを、そして大事な人を奪われたレイスとネリスたちの執念に全てを委ねることにした。
パチリと刀を納め、レイスの肩にそっと手を置いた竜胆。
その手をぎゅっと握り返したレイスは涙を浮かべながら、小さい声でそっとありがとうと呟いた。
保護した女性たちと屋敷から出た半兵衛たちは、ウォルドレッドが何度もあげる絶叫と悲鳴そして許しを乞う醜い叫びを聞いた。
あえてその声を聞かせるべきだと主張したイングリッドの計らいにより、首謀者が発する醜い声に捕らわれていた女性たちは皆、感謝の涙と解放の実感を得ることができたのだろう。
何度目かの悲鳴の後・・・・何かがひしゃげるような音が聞え・・・・・火が回り始めた屋敷からレイスが布にくるんだ何かを持って現れた。
皆、すっきりとはいかないまでも、何か一区切りついたようなそんな顔つきが印象的であった。
「半兵衛さん・・・・ウォルドレッドの首です・・・・・晒すのなら使ってください」
「辛い役目を任せてしまった・・・・すまなかった」
「いえ・・・・そう、言ってくださって救われます」
その後、深夜のうちに帝都オルフィリス中央広場にウォルドレッド元伯爵と指名手配の貴族連合の首が晒された。
その氏名が書かれた板が打ち付けられた台に・・・・ただ無様な最後を晒した貴族たちの醜い首をその恥と共に晒したのだ。
帝都の民たちは知っている。
誰がやったことのなのか、誰がこの復讐に参加し、今後彼らに害を為そうとするならばどのような返答がもたらされるのかを・・・・・
本来であれば速やかに片付けさせるべき件であろうが、帝都行政府とまだ皇位にあったキョウ皇帝陛下はその首を二日ほどそのまま放置させたという。
石を投げつける者は数名いたが、気の毒だから弔うべきだという声は一切あがらなかったという。
その首の中に、パトリックと思われる首は見当たらなかった。
移り住んだ先帝陛下は兄の愛娘である華具夜を溺愛した。
肉親がいない彼女の後見人となり、それはもう惜しみなく我が子のように愛情を注ぎまくった。
育ての親である義経ナデシコ夫妻の向日葵、光輝とは実の兄弟のように育ち、遊びに喧嘩に忙しい毎日を送っているようだ。
向日葵は積極的にして好奇心旺盛で何にでも関心を寄せて突撃してしまう直情娘として義経も頭を抱えていた。
逆に光輝は人見知りで気弱な側面はあるものの、剣技に関しては既にその片鱗を見せつつあるほどの期待株だ。
華具夜のおてんばぶりには、キョウや義経夫妻たちもお手上げなほどである。
向日葵と二人で島中をかけずりまわり飛竜の卵を持ち帰り大人たちを仰天させ、海に潜ってイルカに似た海の聖獣と友達になってくるなどやることなすこと常軌を逸したはちゃめちゃぶりである。
これでは両親共に過労死してしまうと、守役を探していたが皆、華具夜のおてんばぶりを知っているから中々なろうという者が現れずに困っていたところ・・・・・
夕霧が自ら守役に志願した。
彼女ほどの実力者が第一線から引いてしまうことに懸念の声もあったが、女性隊士筆頭として花梨が奮闘していることから安心して志願することができた。
夕霧はよく華具夜に懐かれた。
実のお姉ちゃんと呼ぶまでになり、夕霧について剣技の修行も真面目に行うようになっていった。
実は・・・・この華具夜は魔法が使えるという特殊体質を持っていた。しかもイングリッドが舌をまくほどの魔法力と魔法資質の持ち主。
さらには死界人の吸魔の刃にも無効化できる侍の資質を備えていることが分かり、魔法の師として志願したのがシルメリアの親友イングリッドだった。
夕霧とイングリッド、そして義経やナデシコから手ほどきをうけた華具夜は美しく強く成長していく。
半年に一回訪れるレシュティアからも実の娘のようにかわいがられ、水系魔法の手ほどきも受けているようだ。
そして時代は・・・・・移っていく。
15歳になった華具夜と一つ上の向日葵と光輝。
それにリヨルドとサナの子である、レイブン。
レイブンよりさらに1歳年下の・・・・真之介・・・・・レインドとシズクの長子である。
半兵衛と蜜柑の長男、ラグア・・・・
この若者たちが新たな武国の未来を作っていくであろう・・・・
月命日に一日も欠かすことなく星月の丘へ訪れていた義経は一人、彼らの墓を掃除し花を手向けながら今でも語りかけることを忘れていない。
「ヴァン・・・・黒の閃風は向こうでもあいかわらずなのか?今でも黒の閃風はちゃんとあるんだぜ、なんか似たような気質の連中が集まるみたいでな、おもしろいもんだ」
次に桃色の可憐な花束を置いたのはサクラの墓であった。
「お前さんが気にしていた孤児たちへの支援と教育な、夕霧や紅葉たちのがんばりで軌道に乗ってきたようだぞ、安心してくれサクラ」
こうして次々に抱えてきた花やお供え物を墓へと供え声をかける義経・・・・・
手伝いを申し出ても彼は丁重に断り、ずっと15年間こうして語りかけることを続けていた。
理由を聞かれれば、自己満足だと彼は答えたという。
そして星月の丘でももっとも見晴らしのよい場所に寄り添うように並んだ二つの墓標ある。
緋刈真九郎とシルメリア・ウルナスの墓碑である。
「シルメリア姉さん、あいかわらず貴方の娘さんはおてんばで困っていますよ・・・・でも賢く勇敢、義に厚く弱き人々の気持ちを理解できる姉さんのような優しい子に育っています・・・・私たち夫婦だけじゃなく多くの人々の支えでここまでこれました」
「師匠が残してくれた武士道の基礎、鬼凛無法流の剣術・・・・引き継いでいこうと毎日皆で悪戦苦闘しています。あなたがどれだけ俺たちのことを思っていてくれたのか、学ぶたびにその深さに圧倒されています」
ふと脳裏を通り過ぎるあの短くもやさしい思い出への懐かしさについ涙腺が緩み・・・・真九郎の好きだったおにぎりと酒を供える。
「ここだけだから正直に言います・・・・・あの後神々を恨む連中が大勢いたんですよ、師匠を奪ったと激高していました・・・・俺もまたその一人なんです、でもそんな俺たちを諌めてくれたのがレインド陛下でした。師匠はこう言っていたと・・・・神仏に必要以上の意味を見出すなと、緋刈真九郎は自らの意志で我らを救おうとした・・・人の手によって勝ち取られた未来なのだと思って欲しいと」
最近になり、シズクの発案で醸造が進みつつある米酒の試作品を飲み始めた義経・・・・・師匠にも飲んで欲しかった。
「そうだ忘れてた、あの鬼凛丸ですが華具夜が正式な後継者に選ばれそうです・・・・・調子に乗るといけないのできっちり教育してから譲り渡すつもりなので安心してください」
そんな義経の月命日へのお参りが終わりかけた頃に期を見て星月の丘へ現れる者たちがいる。
今日も元気に修練場で汗を流す6人の若者たちの稽古を眺めながら、ザインとノルディン、そして義経の三人が星月の丘で昼間から酒を酌み交す恒例行事にいそしんでいた。
「思えば・・・・あっという間だったな」
妙に感傷的になっているザインは酔うと色々と繊細な話をする癖がある。
「義経局長も、ついこの間まではピチピチの少年だったのになぁ」
「やめてくれよノルディン隊長・・・・そういえばあいつらぐらいの時に出会ったんだな・・・・あの人に」
「最初はびっくりしたさ、ソルダなんてものがあるなんてね」
「おっ華具夜の腕はやはり一つ飛びぬけているな」
丁度華具夜がレイブンを打ち負かし、得意げに笑っているところだ。
「まったくあいつは勝者は礼儀正しくあれと言っているのに」
「あの性格は誰に似たんだろうな」
「シルメリア姉さんもおてんばな一面はあったかもしれないけど、師匠は・・・ないなぁ?」
「案外、そういった一面を持ち合わせていたのかもしれないよ」
ザインがワインを飲み干しながら、上機嫌になりつつ語り出した。
「ああいう若さってあの向こう見ずな青臭い若さっていいな、俺たちはもう持とうと思っても持つことすらできんだろう」
「そうだね、あの華具夜ちゃんたちやあの頃の君や鬼凛組のみんなにはたしかにあの青臭くそして鮮烈で憧憬に値する若さで輝いてたな」
ちょうどその頃、酒とツマミを持って現れた半兵衛がなんだなんだと話しに割り込んできた。
「なるほど・・・若さか・・・・・おいおいラグアはまたべそかいてるのか情けないなぁ」
「半兵衛、あのメンツじゃしょうがないさ華具夜や向日葵は凶暴すぎる」
「違いない」
『わははははは!!!!』
若い侍たちを肴に酒宴を進めていた4人はいつの間にか最近半兵衛が勉強中の古代語についての話に移っていた。
「あのバルケイムが残した資料にあったんだって?」
「そうだ、主に西方大陸で1000年以上前に使われていた言語らしいんだ、これが解読できればあっちで調査に動いているナディアを支援してやれるしな」
「半兵衛参謀、その古代語って例えばどんなのがあるんだい?」
「そうですね、侍って言葉はないみたいだけど、ソルダを使う戦士を現す言葉はあったみたいですよ、ちなみに ナイト と言うらしい」
「へぇ面白いなぁ、じゃあさっき話していた、ああいう若い連中のことってなんて言うんだ?いやさすがに分からないか」
「それがだね、あるんだよ、どうやら一部の方言としてあった表現らしいけどね、ジュリエット と呼ぶらしい・・・・」
義経は立ち上がり・・・・華具夜に関節技をかけられて半泣きしている我が子光輝の姿に苦笑しながら呟いた。
「侍・・・・・ジュリエット・・・・か、悪くないじゃないか・・・・・」
「ねえ!これから雪ちゃんのところへ行こうよ!」
向日葵が目をらんらんと輝かせながら皆に訴える。
ナデシコに似た金髪と褐色の肌は彼女に似て健康的な美とかわいらしさが同居している。
「だめだよ向日葵ちゃん、またダリオ師範に怒られるよ!あの人ねちっこいんだもん!」
ラグアは狼人族と羽リナ族の血を引く獣人族だ。
灰色の頭髪と大きな耳、どこか幼い美少女のような容姿をしているためよく女の子に間違えられるがれっきとした男の子である。
そんなラグアに同調しこくこくと頷いている気弱そうな少年が光輝である。
ナデシコに似た金髪と義経の力強い瞳を受け継いでいるが、慎重で物事をじっくりと考えるタイプでもある。
「ラグアはびびりすぎなんだよ、雪ちゃん寂しがってるだろうなぁ・・・あーぁお前が行くなって言うから泣いちゃうぞ?」
「ひどいよレイブン!!」
サナのこげ茶色の髪とリヨルドの蒼い瞳が印象的で、誰に似たのか黒の閃風的な設定を作るのが好きな少年だった。
以外と頼りがいがあり、年下の面倒見が良い。
「僕は・・・・雪ちゃんに会いたいな、どうせならお魚捕まえてお土産に持っていこうよ」
真之介はレインドが敬愛して止まない真九郎の真の字をもらい名付けた名だ。
アクアブルーの髪を持つ凛々しくもかわいい王子は、幼年のレインドを彷彿とさせる美少年である。
やはりどこかレインドに似ておおらかで優しい性格の持ち主であるが、ここぞというときに見せる覇気にはあの華具夜でさえ一目置いているほどだ。
「さすが次期国王陛下は気遣いが違うな!」
ちゃかすレイブンの頭を盛大にぶっ叩いたのは・・・・・華具夜だった。
「こらレイブン!!!真之介様を困らせちゃだめでしょ!!でも、魚捕まえるのはいいわね、さあレイブンと光輝はさっさと潜って捕まえてきなさいよ」
器量良しが多いと評判の鬼凛組隊士たちの中でも、シルメリアの血を引く華具夜の美貌は15歳にして既に飛びぬけていた。
父真九郎の黒髪はキョウ先帝陛下と実の親子と言われても誰も気付かないほどの濡れはの黒髪だ。
瞳は母譲りの春碧色で吸い込まれそうな輝きを持ち、雪とおそろいの瞳が華具夜の何よりのお気に入りだ。
大きく意思の強そうな目と若手筆頭のずば抜けた剣技と魔法力の資質を持ちながら奢ることは一切なく、その自由奔放な性格が幸いしてか豪胆で豪快な性格の少女へと成長しつつある。
もうちょっと女の子らしく育ててあげたかったと嘆くナデシコの心配を他所に、夕霧とは今でも姉妹の良い関係が続いていた。
華具夜のはっちゃけた性格の原因は夕霧の影響も多分にあっただろう。
島の男子からは交際を申し込まれない日はないといった様子だが、恋愛ごとへの関心が希薄らしい。
だが父と母の出会いと冒険の話を義経やナデシコから聞かされるのが大好きで、この歳になっても聞き飽きた光輝の首根っこを捕まえて話をせがむ様子は幼い日と変わらぬほど目を輝かせている乙女な一面も持ち合わせているようだ。
何よりも一番好きなシーンは、幼いレインド王と傷つき倒れる寸前のシルメリアを助けに現れた真九郎の場面になると今でも悲鳴をあげてもじもじしている。
「おい、なんで俺たちなんだよ言いだしっぺは真之介じゃないか」
「うっさい早く行け!」
「げふん!」
腰を蹴り飛ばされたレイブンと光輝は渋々海岸沿いの道を下っていく。
蹴り飛ばされてどこかうれしそうな顔でにやけるレイブンの表情を見て・・・・リヨルドは不安そうに竜胆へ相談していたらしい・・・・
「あ~あ!私もオルフィリスに買い物行きたかったな!!」
「華具夜ちゃん今度さ、一緒に抜け出してオルフィリス行っちゃおうよ!!!」
「いいね!!さすが心の友よ!!!」
「おいおい、また暴走姉妹が悪巧みしてるぞ・・・・」
「レイブン!言いつけたらあの秘密ばらすわよ分かってるわよね!?」
「お、おい・・・・やめてくれ武士の情けじゃ・・・・」
「やーだよー!!行こう向日葵~雪ちゃんが待ってるよ!!!」
侍ジュリエット 完




