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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第六章 遠き異国の地
73/74

9 燃えよ鬼凛

 「ふぅ・・・・ひでえ目にあったもんだぜまったく!!」

愚痴をこぼしながらも、ぼんやりとする意識を覚醒させようとストレッチを始める義経他隊士たち。

部屋の中央で炎を上げて燃え盛るのは巨大な妖花の成れの果てである。

睡眠と幻覚作用のある香りで意識喪失に陥った鬼凛組であったが、真九郎とレインドが覚醒し妖花を燃やしたことでその呪縛から解放されたところだった。

よくよく考えると、密閉空間で燃焼させれば酸素や有毒ガスの危険性もあったのだが、それを知ってか知らずか排気機能が生きていたことも幸いし、頭に水をかけたりしながらぼんやりとした頭を覚まそうとしていた。

「すぐに次のエリアに進むぞ、まだ寝ぼけている奴はいないな!?」

義経はわざと大声で呼びかけ隊士たちを見回すが、妖花の後遺症に関してはほぼ問題なさそうに見える。

「みんな、ここから不命の大穴はかなり近い、進もう義経」

レインドの指摘で終着点が近いことに覚悟と緊張が高まっていく。

皆が進むのは赤い光で縁取られたスライド式の自動扉であり、その先には光が・・・・外の光がすぐそこだと示していた。

つい早足になりつつ光に向けて進み続ける鬼凛組はその先に広がる光景に息を飲んだ。


ひし形のフィールドは白く継ぎ目のない床に覆われており、その広さは鬼凛の庄にある馬場の数倍という規模である。

入り口を頂点とした対角線上の反対方向には橋が架かっており、その終着点とも言える鏡面状の半球体が黒く渦巻く壁・・・・・いや壁というにはあまりに巨大な世界を隔絶する規模の断崖に埋め込まれるように座していた。

また入り口に接する頂点の先には二階部分へと伸びる階段がありひし形のフィールドを見下ろす観客席のような半円状の足場が宙に浮いている。

人智を超えた空間と人の存在を拒絶するかのような黒い渦巻く壁・・・・・

空は流れゆくままに千切れた無数の雲が、吹きすさぶ暴風に飛ばされ舞い踊っているかのようにも見える。

今まで彼らが坂を下ってきた建物が実は底が見えないほどの巨大な塔の内部であったことに驚かされた。さらには塔に密着する形でそのフィールドが途方もない高さのどういうからくりかは知らないが宙に制止しているのだ。


圧倒される隊士たちの前に進み出たレインドは真っ直ぐにあの鏡面状の半球体を指差すのだった。

「あの半球体に不命の大穴がある」

そうレインドが皆に告げた時、ひし形のフィールドを埋め尽くしていた黒い点が動き出していた。

自分たちの進むべき道を脳裏に焼き付けようとしていた時、二階の黒い点から赤黒い何かが発せられた。

鬼凛組に対し、二階足場からの射撃が開始されたのだった。

集中砲火に晒された鬼凛組は蜘蛛の子を散らすように入り口の扉や壁に隠れ、砲撃を一時的にやり過ごすものの着弾する射撃の威力は中威力のアイスショットと同程度と思われ直撃すれば重傷を負い戦闘能力を失いかねないであろう。

「副長!!どうする!?俺たちで二階を攻めるか!?」

「こういうとき魔法支援のありがたさを痛感するな・・・・・」

階段からさらに迫り出した二階の足場はから入り口までの距離はおよそ100m程度、待ち伏せされていたと見るべきだろう。

「ねえ竜胆・・・・あの黒いのってさもしかしなくてもシカイビトかな?」

「俺の視力ではそこまで分からないさ、ナディアは確認できるか?」

紫苑と竜胆の問いに弓を取り出しながら矢筒を装備したナディアはその問いに答えた。

「死界人のようにも見えるし、そうじゃなくも見える」

「はっきりしないな」

「あの特徴的な大きい目玉がないのよ・・・・そして動きにも精彩がない・・・・でも普通の人間よりも戦闘力は高いと思ってよいわ」

「死界人モドキってところか・・・・うっ!!」

ドシュッ!

近くの壁に着弾した赤黒い熱線に肝を冷やした竜胆たちだったが、実はこの長距離射撃による攻撃こそが最大の弱点ともいえるのが鬼凛組なのだ。

この距離と射撃手の位置からして無闇に突撃したところで全身を蜂の巣にされるのは明らかだろう。

義経も真九郎、レインドも攻め手を欠いてしまっている現状だ。

何か良い手はないものか・・・・通常であれば朧組という絶対的な信頼のおける彼らのサポートと魔法支援があればこその鬼凛組でありそのための部隊構成であるのだ。

「夕霧、分かってるよね?」

「うん、付き合うよ紅葉!ねえ右と左どっちが好き?」

「うーんわたしはご飯持つほうが左だから左でいいや」

「何それ・・・・じゃあ師匠の利き手だから右!」

「おい二人とも何をする気だ!?」

ヴァンが渋い顔で何を言っているんだと視線を移すと、余分な荷物を捨て刀を抜き前傾姿勢で壁の左右に張り付いた二人の姿だった。

「副長、私と紅葉がこれから階段上の射撃手たちを斬ります!ですが最初に一斉射撃を喰らってしまう可能性が高いのであれをお願いしてもいい?」

「あれって・・・・もしかしてソルヴェドのか!?」

「さすが副長!ソルヴェドがもしもの時のために起動稼動状態にしておいてくれた緊急用防御壁!!」

紅葉の元気な叫びを聞いているとこちらまでなんとかなりそうな気になってくるから不思議であった。

「なるほど・・・防御壁を突出させて注意を引いたところに・・・・待てよお前らが突撃するのか!!??」

「うん、いつかこういう時が来たときのためにってね紅葉と二人で練習してたんだ」

「もう時間がないんでしょ?防御壁の展開は頼むよ副長!!」

「ちょっと待て危険すぎる!!」

「危険じゃない方法なんてないんだよ・・・・・最後まで師匠と一緒にいたかったけど今ここは私たち獣人族が動かなくちゃいけないところだから」

紅葉と静かに手を握り合った夕霧は達観した表情で義経に答えた。

辛い決断に胸が締め付けられるように痛む・・・・意を決したレインドは紅葉と夕霧の手を力強く握る。

「紅葉、夕霧・・・・遠慮はいらない、思う存分二階の敵を蹂躙しろ!!!」

「はい!!!お館様!!!」

「さっすが!!!大好きレインド様!!」

「義経!!防御壁を起動しろ!!弓を撃てる者は届かなくてもいい!牽制射撃を!!」

「やるしかねえのか!?いくぞ夕霧!!・・3!!!・・・・2!!!!・・・・・1!!!!展開!!!」

義経が淡く白い靄に包まれていたガラス玉を入り口前方の床に叩きつけると、よくダズが防御壁に使う土壁の呪文が多重起動を始めている。

ズーンと地響きを立てて階段上の防御壁が一つ、また一つと進行方向へ展開されていく。

条件反射的に熱線が防御壁に集中した。一瞬であがる土煙と埃が舞う中、二匹の獣が尋常でない速度で階段へ向けて走りこんでいく。

「早い!!」

思わず誰かが叫んだ声にうまく言ってくれ!との期待の思いが周囲に広がる。

獣化した二人はジグザグに走って射撃を回避しながら階段に向かうべく駆けた。

シカイビトモドキの射撃能力では捕えきれるものではなく、既に階段までは数十mの距離にまで迫ろうとしている。

「二人が作るチャンスを逃すな!!!射撃が止み次第、俺たちも突撃するぞ!!不命の大穴に二人を無事送り届けるんだ!」

「「「「おおおおー!!!!」」」」


文字通り防御壁となった壁に身を隠した義経たちは突撃のために抜刀し今か今かとそのタイミングを見極めようといていた。

そして夕霧と紅葉は・・・・・

一時的に死角になった階段入り口からほぼ同時に階段を登り始めたが、その動きを予見したシカイモドキたちは頭部にある赤黒い点にも似た目を階段の出口に向けて照準を定めようとしていた。

ふっと人影が現れた瞬間、シカイモドキ数十体による一斉射撃が開始された。

その手の平から発せられた熱線は階段出口に着弾し煙と破片を撒き散らしていく。

「紅葉は!?夕霧は!???」

射撃が止んだかに思えた時、煙の中から飛び出した二人は同時に切りかかった。

灰色の体液を撒き散らし腕や胴体が宙を舞った。

その様を義経が視認したのと同時に脳内で二人がやってくれた!という確信に至った。

「鬼凛組!突撃だああああ!!!!!!」

『『『おおおおおおお!』』』

抜刀した30数名の隊士が一斉に駆け出した。

目の前にはシカイモドキの大群・・・・黒い人影が動き出している。

白いフィールドを覆い尽くさんばかりのシカイモドキの群れはまるで不命の大穴への入り口を守るかのように中央部へ分厚く布陣しているかのようである。


先行したヴァンと義経が先陣を切って敵集団とぶつかった!

今まで経験したことのない敵の密度だったが、鬼凛組は一寸の迷いもなく目の前の敵を切り倒し進んだ。

ある者は槍を突き、ある者は冷静に進行方向の敵を一刀の元に切り捨てていく。

中央で護衛されるレインドと真九郎は自らも切り込みたい衝動を必死に抑えながら、不命の大穴へ辿り着くために我が身を守る戦闘を貫いていた。

肝心の自分たちが倒れれば、世界の趨勢は坂道を転げ落ちるように滅びの道を辿るだろう・・・・本来であれば愛する人々を守ることだけを考えていたかった。

だが理が崩れかけた今、このことを無視すれば最も守りたい人々までに災厄が降りかかることは間違いなかった。

なんとも巧妙に自分たちを戦わせる舞台が整ったものだと・・・・真九郎は悪態をつきたくなる衝動を討ち捨てながら駆ける。

確実に切り倒し前進している鬼凛組であったが、敵の布陣が分厚すぎた。

徐々に後方から包囲しようと覆いかぶさってくるシカイモドキの群れが現れていたが、ヴァンと義経の戦いぶりは鬼神の如くの一言だった。

あまりの苛烈さに真九郎でさえ目を奪われてしまうほどで、前へ前へと襲い掛かるシカイモドキの持つ剣に似た棒切れごと脳天を断ち割り胴を薙ぎ、常に彼らの周囲にはシカイモドキの体の一部が舞っているかのようであった。

「もうすぐだあああああ!切って切って斬りまくれええええええええ!」

義経の檄が若武者たちのの士気を鼓舞し、迫る恐怖を振り払った。

この包囲された状況であっても皆は前を向いて進んだ。

後方で殿を受け持つレオニードとダリオの奮闘ぶりも凄まじいものがある。

レオニードは愛刀 金剛を引っさげ殿らしく勇猛果敢な戦に及んでいる。

十六夜無き今、三式鎧を身につける唯一の隊士として横薙ぎに数体の胴を斬り飛ばし、多少の打撃は鎧で防ぎつつそのまま切り倒していく様はあの十六夜の戦いぶりを彷彿とさせるものがある。

ダリオはそんなレオニードを補助するような動きと討ち漏らした敵の始末に終始した。

彼のような敏捷さと瞬発力、そして機転が利く動きが隊の命運を支えていたと言っても過言ではない。

ヴァンや義経、ダリオとレオニードの奮闘の中、徐々に傷つき倒れゆく隊士たちが増えつつあった・・・・・・

横合いから襲われた隊士たち数名が負傷し、引き倒され悲鳴をあげながら刺し殺されていく・・・・

そんな仲間を救おうとする余裕さえなく、鬼凛組は前進を強いられていく。


ナディアは混戦状態に移行しつつある戦場で得物を短刀に持ち替え隊の内部へ入り込んだシカイモドキの始末のため縦横無尽に動き回った。

どうやらこいつらの急所は頭ではなく・・・・・胸でもなく・・・・耐久力はシカイビトに大きく劣るということも分かってきた。

もう少し、もう少しなのだ・・・・・後10数mほどであの半球体へと続く橋へと辿り着けるのに!!!

リヨルドと竜胆、紫苑たちも横合いからの攻勢を捌ききる余裕は失われ、前衛で修羅の如き剣閃を輝かせるヴァンと義経の奮闘にも関わらず鬼凛組は削られていく。

紫苑が横合いからの突きで負傷し、レオニードは既にその身に数創を負っていた。

既に10名以上の隊士が倒れ戦線を支えることすら困難な状況に陥っていた。

真九郎とレインドも飛び出そうにもその隙間すらない状況である・・・・数に任せての包囲殲滅・・・・


「俺とダリオが後方を引き受けた!!!左右は誰か頼む!!!」

レオニードの叫びが意味することを察した数名が名乗りを上げた。

「右は焔とリヨルドが引き受ける!!!」

「左は紫苑とナディアに任せて!!」

反論や議論をしている暇などなかった・・・・・

隊を割ってでも活路を見出さなければいけないほどの危機。

隊士たちは何の迷いもなく実行した。

「うおおおおおおおおお!!!」

叫びと共に抱きしめられるほどに肉薄したレオニードの金剛が数体を斬り倒す。

その隙間をダリオが飛び込んで敵の足を切り裂いて動きを止めていく。

負傷しながらも紫苑の戦いは華麗だった。

袈裟切りと逆袈裟をうまく多様し流れるような剣技が冴えた。

ナディアは短刀から忍者刀へと得物を持ち帰ると紫苑の援護と足の腱を切り裂く動きで敵の霍乱を誘っている。


誰一人臆することなく戦っていた。

花梨も真九郎へ肉薄するシカイモドキの盾になり果敢に戦った。

若手No1とまで評されるほどの腕を惜しみなく振るい、一匹たりとも寄せ付けない。

アストリッドもレインドを守るべく奮闘するも死角から襲い掛かったシカイモドキの剣で背中を切り裂かれていた。


隊士たちの苦悶の叫びと気合の入った声、そしてヴァンと義経が切り開いた血煙の舞う敵陣に僅かな隙間が生じていた。

後一手足りない!そう前衛が歯噛みした一瞬、その隙間へ鉄砲玉のように飛び込んだのが真九郎だった。

駆け抜けつつも抜き打ちに三体の首を切り飛ばしながら、とうとう不命の大穴へと続く橋への道をこじ開けた。

続いてレインドを送り出すために竜胆が強引に数体を引き摺るように切り倒しながら倒れこみ、その背中を後押しするために叫ぶ。

「お館様あああ!!!局長おおおおおお!!!」

二人は仲間たちの死と運命を背負い、不命の大穴がある鏡面状の半球体へ飛び込んでいった。


橋の横幅は4,5mほど・・・・簡素な手すりだけがあり橋の高さは、もはやうかがい知ることすらできぬほどに底が見えなかった。ただ吹きすさぶ雲と奇妙な大気の流れだけである。

真九郎とレインドたちが駆け抜けるのを見届けた義経とヴァンは生き残った隊士たちを橋側へ移動させつつ今度は殿を引き受けるべくレオニードたちを下がらせる。

負傷したアストリッドや他数名を脇に抱えたレオニードは橋側へ倒れこんだ。

ぜえぜえと肩で息する者たちで溢れる中でも、義経とヴァンは隊士たちと通路を守るべくじりじりと攻めかかるシカイモドキとの激戦と続けていた。

既に二人の鎧は血で染まり、いや負傷していなかったのはレインドと真九郎の二人だけだっただろう。

かろうじて息のある隊士たちの応急手当が行われていくが、アストリッドや紫苑の受けた傷も決して軽くはない。

何より驚いたのは橋側へ辿り着いた隊士たちの数・・・・驚くほどにその数を減らしてしまっていることだ。

ナディアは橋の手すり側から義経とヴァンを援護するべく弓で応戦し、その手法に気付いた花梨や焔たちも弓による援護に参加していく。


中央突破の無茶に比べれば地形を味方に戦線の維持を辛うじてしている状況であるが、じわじわと後退を余儀なくされているのも事実だった。

疲労の激しいヴァン、義経とスイッチしたのは焔と竜胆、ナディアの三名。

レオニードも飛びだして行こうとしたが、応急手当が済むまでと制止されている。

声を発する余裕すらないヴァンと義経は浴びるように水を飲み応急手当を受けながらも、戦線の維持のために何が出来るのか必要なのかを酸素の不足気味な頭で必死に思考していた。






デュランシルトはさらに混沌の渦に巻き込まれていた。

神聖王国軍数十万を足止めしている雪と、空魔と死闘を繰り広げるサクラ。

また大地母神神殿においてその血統故に極めて困難な出産を迎えようとしていたシルメリアの戦い・・・・・

新たな命を授かる聖なる大地母神神殿前では、何の予兆もなく突如大空から舞い降りたレッサーデーモンの襲撃を受けていた。

「ザイン!!!迎撃部隊を何名か戻してくれないか!!このままじゃ押し負けるぞ!!!」

シルフェや神官たちの善戦で黒紫色の細長い体躯と鋭い爪、鍵爪のついた足と耳まで裂けた口とヤギのような角を持つ悪魔たちの襲撃は明らかに神殿内部への突入を目論んでいる。

シルフェの風王呪文とジョシュたちの迎撃によりかろうじて侵入を阻止できているが、神官の数名が捕まれたあげく上空から落とされ絶命していた。

皮肉にも神聖王国の襲撃を避けるために兵を退避させた矢先に、悪魔の襲撃と言う事態。

体長2mほどの巨大な悪魔が群れを作り波状攻撃を続けている。

「ソラ殿が言った通りだ!!大悪魔ヴァルシェなんたらの手下どもだろう!?」

「そんなところだろうよまったく!!火事場泥棒って言うんだってなこういうのさ緋刈に教えてもらったぜ!」

ザインとシルフェたちはよく耐えていたが、レッサーデーモンとはいえ悪魔の眷属である彼らの戦闘能力は遥かに人間を凌駕し、神々の恩寵と加護が失われるとこのような不幸が連綿と続くはめになるのだということをザインは身を持って知ることになる。

レッサーデーモンの襲撃をかろうじて防げているのは湖から戻ったピスケルとシズクが水の結界で入り口をがっちり固めてくれているおかげであるが悪魔の放つ不浄の闇呪文によって受ける結界のダメージも尋常ではなかった。

悪魔の叫びと咆哮、そしてシルフェたちの呪文詠唱によって騒がしい外部には届いていなかったが、シルメリアもまた愛しい我が子を産み落とすための壮絶な戦いを強いられている。


「しっかりしなさい!!今意識を失えば赤ちゃんを産むことができなくなるわよ!」

全身に走る破水からの出産に向けての陣痛・・・・そして魔法力欠乏症による激痛と倦怠感による体力消耗・・・・・

これだけでも母体の危機は既に危険領域であり、マユが必死に祈りで繋ぎとめている神々の加護と恩寵が途切れかけていることへの影響が強い。

一心不乱に祈りを捧げるマユの消耗も激しく、徐々に弱まる加護の残滓も聖獣たちの助けを得て尚、急速に弱まりつつあった。

「くぅ・・・・!し、真九郎・・・・はぁはぁはぁ会いたいよ・・・・・赤ちゃんを一緒に・・・・・真九郎・・・・・」

既に痛みと消耗で意識が朦朧とし体力低下により脈も細くなりつつある・・・・ソラや神官たちが必死に治癒呪文を駆け続けるも、シルメリアの心拍は弱く・・・・衰えていく。

「シルメリア!!!こんなところで諦めていいの!?神々との約定なんてどうでもいいの!赤ちゃん欲しかったんでしょ!?しっかりしなさい!!」

ソラの悲鳴に似た叫びは祈りの間に虚しく響いた・・・・




傷つく隊士たちを背に心を引き裂かれるような思いで不命の大穴へと飛び込んだ二人・・・・

妙に無機質だが清潔な空間なのだろうとの予想は大幅に裏切られた。

半球状の空間であるがその壁は黒く蠢く内臓のような鼓動を放ち、周囲に伸びた血管のようなものが不気味に脈を打ち足元は妙な感触の肉の床としか思えない空間となっていた。

「あれが不命の大穴の中心なのだな?」

「はい、あの黒い穴・・・・・あれこそが・・・・僕があそこに入って要の儀としての準備を行う必要がある・・・・・記憶の片隅にそんな思いが、そうしなくてはいけないという記憶が残ってるんです」

「迷っている暇はないな、俺たちにしかできぬことを、務めを果たそう」

「くっ・・・・・はい・・・・」

搾り出すような声を発したレインドは、この建物と空間を断絶するかのように立ちはだかっていた黒い壁に空いた穴の前にその身を晒した。

どうしていいか分からないと思いつつも、体が次にやることを覚えているように祈りを捧げ神々の名を口にしていった。

それが敬愛する師匠の命を奪うための準備であると知りつつ・・・・レインドはそのとてつもなく重い一歩を踏み出した。

「大地母神ニル・リーサ様の慈愛、光神ウルヴァの正義、戦神ディラネルの勇気、智神ガンウェルの知略・・・・・」

レインドが自身でも驚くような祈りの言葉が次々と呪文詠唱にも似た流れで語られていく・・・・・・

そんなレインドを優しく見守る真九郎の真後ろに突然生じた歪みから黒い影が生まれようとしていた。

思わず声を発しようとしたが、祈りの言葉に邪魔されてしまう。

だがそんなレインドの表情の変化を素早く察した真九郎は間一髪、肉床が飛散る前に避けることに成功するが・・・・・

振り返ったその視線の先にあったものは・・・・・

人の、姿であった。

『人の身でこのような場所へやって来るとは貴重なサンプルであるな』

「・・・・・・」

白と金色の細工が施された見事な板金鎧に身を包み、左手には白地に星と竜の紋章が刻まれた盾・・・・右手には柄には宝石や見事な細工が施された輝くばかりにまばゆい直剣を持った金髪の男がそこに立っていた。

『色々と迎撃行動を取ってみたが、やはり人には人型をぶつけるのが一番効率が良いという演算結果が出たようだ』

「誰だか知らんが、ぺらぺらと口が軽い男だ」

刀に手をかけ警戒する真九郎を見ても表情一つ変えないこの男・・・・人にしか見えないが本質的には人ではない存在であると真九郎は確信した。

『誰だか知らない・・・・か、なるほど人種は固体名を重要視するのだな・・・・以前捕獲したサンプルに対戦させるには丁度良い固体データが存在していたよ、それがこの人型だ』

「・・・・・」

『この人間であったものの肩書きは剣聖ヴェンディダール、至高の剣聖と呼ばれるほどの男だったそうだ』

思わず見惚れるほどの容姿と迸る強者の持つ気迫。

こいつの言葉を信用するならば、恐らくその世界の英雄であったのだろう・・・・そんな奴が相手とは恐れ入る。

「だからどうした?」

『だから・・・どうしただって??』

「御託はいい、俺が邪魔なんだろう?」

『排除対象である、そうだ、排除対象であるお前に私の固体名を「黙っていろ興味はない」

無表情のままであるが名乗ることを遮られたことに対する怒りに似た何かが漂い始めていることだけは分かる。

興味などないが、相手のペースに飲まれたままというのは癪に障る・・・・ただそれだけだった。

現状認識としては盾と剣を使った戦技というものへの予備知識が乏しかったものの、剣聖の構えを一目見て全身に鳥肌と冷や汗が滲み出てくるのを感じる。

圧倒的なまでの強者・・・・隙すらない、戦闘技術や経験・・・・・そして肉体強度からして異界の産物なのであろう。

魔法により強化された肉体と魔法と剣技を組み合わせた魔法剣技を放ってくるであろう・・・・

まずいな・・・・圧倒的に不利・・・・!?

不利だと!?

場違いにもほどがあるほどに脳裏を駆け巡る過去の思い出・・・・

あれは・・・たしか、

鏡神明智流の桃井道場での出来事・・・・・

先代の道場主桃井正蔵の隠居先へ届け物をした時のことだ。

先月まで風邪をこじらせ寝込んでいた先代へ滋養がつくようにと鶏卵と鴨肉の差し入れを頼まれたのだ。

孫のお琴が先代の世話をしていたが、気が利いて気立てのよいこの娘に数馬が密かに心を寄せていることは知っていた。

そんなお琴が満面の笑みを浮かべながら真九郎を出迎えてくれる。

「突然申し訳ございません、実は桃井道場塾頭から届け物を頼まれまして」

「緋刈様!よくお越しくださいました!有本様も何かにつけてよくお爺様のお見舞いにいらっしゃってくださるのですよ」

「はぁ、鴨肉と質の良い鶏卵だそうですので、ご隠居様に滋養をつけてくださいとの言伝を言い付かっております」

「十分元気なのにね、さああがってくださいまし緋刈様」

「いえ、拙者はここで失礼いたします」

「そんなぁ」

「騒がしいと思ったらまたお琴かい、おお緋刈じゃないかあがっていきなさい」

以前お目にかかった時とは比較にならないほど血色が良く、足腰もまだまだ元気そうな様子にほっと安心する真九郎だった。

「お邪魔をしては申し訳ございませんので」

「邪魔なわけあるか、ちょうどお前さんのことで話しておきたいこともあるんだよ」

半ば強引に正蔵の私室に招かれた真九郎は居心地の悪さを感じつつも、桃井正蔵を人間的にも剣の腕でも尊敬し余りあるほどに思っていたことから土産話にでもとついお邪魔することにしたのだ。

しかし面と向かってじっと真九郎を見るなり、黙りこくった正蔵の眼光の鋭さに背筋が寒くなる思いをしたものだ。

思えば今回と同じ強者の放つ殺気とでもいうものなのだろうか?

「真九郎だったな・・・・・何人斬った?」

「!!!?」

神通力でも使えるのかと心臓が口から飛び出るかと思うほどに驚いたが、ごまかしきれぬと素直に斬るに至った経緯までも白状するはめになった。

「なるほど・・・・その栃村の手の者たちの仕業か、恐らく金で雇われた浪人者であろうな」

「はい・・・・そのような印象を受けました」

「その歳でしかも四人を相手に斬り合い無傷であったとは驚きだ・・・・」

「それは有本数馬殿が助勢してくれなければ斬り殺されていたのは拙者でございました」

「あのお調子者め、中々見所があるじゃないか・・・・うむ・・・・だがな話を聞く限り次・・・・お前は死ぬぞ?」

「・・・・やはりそう思われますか」

真九郎の覚悟を決めたような受け止め方をを見て正蔵は思わず唸りそうになった。常人ならば恐怖を隠そうとしてもどこかに綻びや解れが生じてしまうもの。

だがこの若者は現実を認識した上でどう切り抜けるかを正面から受け止めている。

「言うまでもないだろうが、奴は全ての金や伝手を利用し最も腕の立つ人斬りの達人を刺客として放つじゃろうて」

「はい・・・・」

「お前さん・・・・・たしかに腕は立つ、江戸に住みずっと桃井の道場に通っておればと惜しむ声が多いほどだ」

「そんな、私など師範代の先輩方の足元にも及びませぬ」

「鏡神明智流であればそうであろうな・・・・だが、主は違うであろう・・・・実戦向きの気質を持ってるじゃろうて」

射抜かれたような錯覚さえ感じるほどの鋭い眼光・・・・・

「剣の腕が立てば立つほどに・・・・避けられぬ宿命・・・・見過ごせぬ隙というものが存在する」

「す、隙でございますか」

目で促され庭に連れ出された真九郎は、正蔵が構えた木刀の動きを目が皿になるほどに見過ごさぬよう観察した。

「それじゃよ・・・・」

「え!?」

「この相手は何をするのか、どういう構えなのか、初めて対する相手・・・・しかも一対一の対決であればあるほどに間合いや構え、その体裁きの予測など見極めようと知ろうとする」

「・・・・」

「むしろだ、剣士であることを志すのであれば本能とも言うべき癖なのだ・・・・恐らく100戦中いや1000回戦ってもこの見極めを無視しては勝てぬだろう」

「・・・・・」

「だが剣の達人・・・・引くことの出来ぬ圧倒的に不利な一戦において唯一相手に隙を作れる手段があるとすればこの見極めを崩すこと、これしかあるまいて」

「見極めを崩す・・・」

「侍の誇り大いに結構!だが、泥水を啜ってでも生き延びねばならんこともある・・・・そうお主が思えた時にこそ今から授ける奥義・・・とは呼べんな・・・道場剣法とは懸け離れたコツとでも言うべきものを授けよう」

「あ、ありがとうございます!お師匠様」

「生き延びてみせい・・・・真九郎」


見極めを崩す・・・・

簡単に言ってくれるよ桃井先生・・・


滑らかにしかし殺意を持って抜かれた鬼凛丸が冷たい輝きを放つ。

剣聖はその殺意に満ちた抜刀に反応し神足ともいうべき打ち込みを放ってきた。

炎が刀身を覆った常識破りの一撃だ。

無論、そんなものは受け太刀してはたまらぬと必要以上に距離を取るものの、二閃、三閃と振るわれた剣からは衝撃波のような斬撃が飛び出し周囲の内臓のように蠢く壁に激突し黒い液体を撒き散らしていた。

間一髪・・・避けることに成功していたが、あれほどの斬撃を放ったにも関わらず剣聖はさらに実剣で猛烈な打ち込みをかけてきた。

上段からの切り下げと真横からの切り払いが同時に襲い掛かっているかと思えるほどの剣速・・・・・冗談で済ませて欲しいと思うほどの常識破りの技だ。

ギリギリのところで打ち払い耐えるものの、平然とした顔でさらなる打ち込みを示すヴェンディダールの剣技の凄まじさにレインドも祈りを続ける言葉を紡ぎながらも驚愕の眼差しでその成り行きを見つめていた。

重く、鋭い・・・・

これほどの剣を受けたことはなかった・・・・

同時に左右同時上下左右からの打ち込まれるような剣速での猛攻・・・・あのイルミスとの死闘でさ児戯に思えるほどの剣撃の応酬が続く。

打ち払い鎧を切り裂き、鎧を切り裂かれる。

今まで戦ったどんな相手よりも強い。

と、同時に胸に湧き上がる熱く・・・・火傷しそうなほどにどろどろとした灼熱の反骨の魂。

相手が強く、猛き者であればあるほどに己の不甲斐なさを埋めるかのように噴出した思い。

嫉妬とは違うだろう・・・・このような相手に負けるのだけは勘弁ならぬという絶叫したくなるほどの悔しさ・・・・

いや、悔恨の情など感じてたまるものか。

己が育み愛しいと思う者たちを地獄に導こうとする悪鬼の如き所業に手を貸そうとしているのだ・・・・いかに偉業をなした英雄か剣聖であろうと許せぬ!!!

模造品であろうがなかろうが、我らの行く手を遮る奴らなど・・・・・

鋭すぎる殺意にレインドの全身に鳥肌が沸き立つのを感じた。

未だかつて師匠がこれほどの殺気を放ったことなどあるだろうか・・・・あのイルミスとの激闘でさえ冷静に対処していたように思う・・・・

ギラリと睨みつけた真九郎の殺気を感じ取ったヴェンディダールはピクリとその動きを止め、警戒し動きを・・・・一挙手一投足を観察し始めている。

盾を構え、長剣がいつでも突きを繰り出せる体制へと緩やかに移りつつある。

だが真九郎は鬼凛丸を下段気味に構えたまま、殺意に満ちた目で睨みつけたまま動こうとしない。

しばらく睨み合ったままの時間が流れる・・・・それは非常に短い数秒であったのかもしれなかった・・・・だが剣聖と真九郎、そしてそれを見つめながら儀式を進めるレインドにとっては永遠とも感じ取れるほどに濃密な時の流れであったのだろうか。

すっと、切っ先を青眼に戻した真九郎の挙動にも剣聖は動かなかった・・・・・

にわかに真九郎の胸中に生じたのはそれほどの剣聖が警戒している光景に、俺も捨てたものではないなという達観した感傷が沸き上がっている。

その思いがある行動への背中を押した。

足さばきで踏み込みの予備動作となる右足で体幹バランスを整えようと一寸右に踏ん張った爪先に違和感が生じ、思わず異物を確かめようと足元へ視線を移した刹那・・・・であった。

神速の突きが真九郎の左わき腹を切り裂き、そして跳ね上げた光の剣が肩口近くから真九郎の左腕を斬り飛ばした。

吹き出す血と宙に舞う左腕・・・・

自身の意思で声を発することができないレインドの絶叫が胸の中で木霊している。

「・・・・・・俺の・・・・勝ちだ・・・」

三日月の如き光閃の軌跡がいまだレインドの目に焼きついている・・・・

剣聖ヴェンディダールは静かに剣を突き出したままの姿勢を保っていたが、左の脇から右の首筋までが綺麗にズレ落ち・・・・・黒き肉床にその頭部が申し訳程度に付属した左腕と見事に切断された盾の上部が共に転がった。


『ごふっ・・・・驚いた・・・・データ予測でもこいつの強さはお前の数倍だったはずだ』

残された右腕で返答することもなく頭部を両断した真九郎は、鬼凛丸を落とし膝をつきながら傷口を押さえる。

「すまん・・・・鬼凛丸を鞘へ納めてくれんか・・・・はぁはぁ・・・・」

祈りの儀を終えたレインドが飛び出しながら真九郎の左腕をきつくしばりあげたが・・・・大事な人の片腕が失われショックで体がガタガタと震えていた。

あれほどの剣と盾、そして鎧を断ち切った鬼凛丸は刃こぼれひとつしていなかった・・・・・急ぎ真九郎の鞘へと鬼凛丸を戻したレインドは促されるまま、祈りが先程まで捧げられていた儀式の地へと真九郎を運んだ。

出血の激しさから既に自力で立てぬほどに力を失いつつある真九郎の姿にレインドは自分が嗚咽していることにすら気付いていなかった。

「師匠!!師匠ぉ!!!」

降ろされた床で真九郎は、脇差を鞘ごと引き抜くと口で下緒を噛み右手で一気に脇差を抜いた。

床にからんと転がる脇差の鞘・・・・・

「レインド・・・・・この地で初めて出会ったのがお前とシルメリアで本当によかった・・・そして、あなたにお仕え出来たことは武士としてこれ以上の誉れはありません・・・・」

「やめてよ師匠!!!そんなの!そんなの!!」

「お前は優しい、優しすぎる・・・・だがその優しさをずっと持ち続けてくれ・・・悩み苦しんでもいいんだ、そして乗り越えるだけの強さを育んでくれ・・・・お主は一人ではないのだから」

そっと脇差から手を離した真九郎はレインドの頬を頭を優しく・・・・愛おしむように撫で微笑んだ。

その微笑が出血により蒼白となりつつも、消え入りそうなほどに澄んだものであることがレインドに事実を受け入れろ言っているかのようにも聞えている。

「師匠ぉーーー!!」

「侍の・・・ごほっ最後を、誇りある死を・・・・お前に頼みたい・・・・いいな?」

真九郎が何を伝えようとしているのか・・・・・言葉に出したくないあの言葉が胸に突き刺さり心を血塗れにしていく。

「つ、・・・・慎んでお受け・・・・・いたします!!」

震える手で脇差を握り鎧の止め紐を切り落とし、胴丸を剥いだ。

「ジング殿・・・・お主の鎧でなければ初手でやられていたのは俺だっただろう、鬼凛丸よ・・・・良き旅であった」

袴下をはだけ腹部を外気に晒す真九郎は、三宝の代わりに胴丸を尻に敷くと腹をさすって自分の左後ろで嗚咽を続けるレインドへ声をかける。

「はぁはぁ・・・介錯人の名を・・・・おうかがいしたい」

「!!わ、私・・・・拙者は・・・・・デュランシルト領主にして鬼凛将軍レインド!!そして何よりも!!緋刈真九郎殿の一番弟子でございます!!!」

「人の手によって神々の加護が戻り世が救われるのだな・・・・レインド、これでようやくお主に助けられた恩が返せる・・・・」

「!!!!!!!!」

恩なんて自分が受けてばかりだったのに、なんで師匠はずっとそんなことを考えていたの!?

ここではっとした・・・・師匠は、緋刈真九郎という人は恐らく・・・・・神々の思惑に従ったのではなく、自分の意志を貫いた行動をしただけと言いたかったのかもしれない、と。

「きっと・・・・女の子だと思うのだ・・・・我が娘の行く末・・・・・しかとお頼み申す・・・・!ぐっ・・・・ううぐうううううう!!!」

真九郎は右手の脇差で右腹を迷わず刺し貫いた。

そのままじりじりと苦悶の呻きを放ちつつ作法にのっとり左へと真横に切り裂いていくのをレインドは狼狽しながら早く苦痛から!でも師匠が!!!

そんなレインドの苦しみを知ってか真九郎が前かがみになりつつ叫ぶ。

「ぐう・・・今、会いにいくよ・・・・」

真九郎が左腹から脇差を引き抜き最後の力で鳩尾に刺しこんだ時・・・・一瞬の煌きが走った後、真九郎の首がポトリと床に落ちた。

迷いのない穏やかな死に顔であったという。


「うああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

レインドは髭切りを投げ捨て声にならない声をあげ叫んだ。





神殿前の攻防は激化し増え続けるレッサーデーモンの群れの前に増援の兵たちも次々と傷ついていく。

シルフェの奮闘によりかろうじて防衛線を支えていたが、ピスケルも不浄の波動によってその表皮に大きな火傷をいくつも負ってしまっていた。

『ぷおーー!!!」』

悲鳴のような叫びをあげるピスケルも必死に耐え続けている。

そしてその攻防は祈りの間においても続いてた。

シルメリアの意識がさらに混濁し陣痛の痛みにも反応が弱くなってきていた。

「お願いシルメリア!!!しっかりして!!!」

ソラやニーサの泣き叫ぶ声が祈りの間に轟いていた。

「うう・・・・あ・・・・」

上空に手を上げ何かを掴むようなシルメリアが急に穏やかな表情になって抱きしめるような身振りを見せた。

「え!?何が・??」

「シルメリア?」

「おかえり・・・・なさい・・・・真九郎・・・・あなたを心から愛しています」

穏やかな表情のまま、シルメリアの体に何か強大なオルナが満ち溢れ始めているのを感じる。

それはシルメリアだけではなかった。

シルメリアを守るため結界と封印、そしてこの神殿を守護するために全力で静かな戦いを続けるマユの祈りの力が少しずつ増幅され、神殿内で膨れ上がっていた。

消え入りそうなシルメリアの体力を維持し続けたのは彼女の命がけの覚悟とそれを補助するマユの祈りが大きな支えになっていのは言うまでもない。

それでも徐々に消えゆく加護の残滓を守ってきたマユは今、戻りつつある加護と恩寵の力を放出しシルメリアの体力、そしてゆりかごたる神殿を清めるために神気を放出し始めるのだった。

レッサーデーモンの放った瘴気が神殿内部にまで汚染を広げ始めていたが、汚臭のする不浄な空気が一掃され元のいやそれ以上の聖なる波動が神殿を包み込んでいる。

「え!??何が?!??」

その反応が一番顕著に現れたのはレッサーデーモンたちの挙動であった。

神殿内部に進入しようとしていたデーモンたちは聖なる波動によって灰になり、周囲の悪魔たちも近寄れずにいる。




「この機を逃すな!!!撃ちまくれ!!!」

ザインの指示で最後の抵抗を示した防衛部隊は残った魔力を使い尽くす勢いで全力攻勢に討って出た。

レッサーデーモンたちが上位悪魔を召喚しようと宙に魔方陣を描き始めていたが、ザインやシルフェたちの的確な指示によって破壊され、悪魔たちの攻撃を神聖な力で防いでくれたマユの目立たぬ活躍がなければ神殿中枢への侵入は防げなかったかもしれない。

外の様子が好転したことは内部にも伝わっていたが、シルメリアの出産は待ってはくれない。

脈拍が弱りかけ消え入りそうにまで消耗していたシルメリアが持ち直し、今まさに我が子を産み落とそうとしている。

「もう少しよ!!!がんばってシルメリア!!今が一番辛いときだけど考えるのよ大事なかわいい赤ちゃんをもう少しで抱けるのよ!!」

「くぅううううああああ!!!!真九郎おおおおおお!!がんばるよわたし!!!はぁはぁはぁ!あああああああ!」

(真九郎って・・・・・もしかして緋刈さんは!??)

まさかとソラが思った瞬間であった。

・・・・ソラにはたしかに見えた、見えてしまっていた。

シルメリアの手を握り必死に励ます一人の侍の姿がそこにあった。

一緒に泣き苦しみを分かち合うかのような姿は、1人の侍というよりもごく普通の妻を愛する1人の父親であっただろう。


大地母神神殿に赤ん坊の産声が響き渡った。

その声は広く遠くまで響き渡り・・・・・神聖王国の兵士たちの元へも・・・・混乱する帝都の住民たちへも届いたという。


マユやザインたちの活躍でレッサーデーモンを撃退した防衛部隊は歓喜の声をあげ抱き合った。

雨雲は消え去りつつあり、雲の隙間から覗く陽光が戦いの終わりを告げ始めていた。

オーロラは消え去り、荒れ狂う雨雲と嵐の余波は泣き止む赤子のように静まっていく。

天空から訪れる聖なるオルナの波動は人々を包み・・・・神聖王国側の神官たちはそろって崩れ落ち、そしてショックを受けながらも急ぎ撤退を進言し始めていた。


戦いは終わりへと近づいていくのだろう。

異世界からの異物が紛れ込んだために起こったこの悲惨な争いはもうすぐ終わりを告げる。

万感の思いを込めて今、シルメリアが我が子をその手に抱こうとしていた。

「ほらシルメリア、元気なかわいい女の子ですよ」

ソラが感動の涙で顔をくしゃくしゃにしながらシルメリアに赤ちゃんを抱かせる。

「はぁはぁ・・・なんてかわいいんでしょう、私の赤ちゃん・・・ほら真九郎・・・・あなたの面影があるわ・・・え?目元は私に??」

ソラには見えていた、真九郎とシルメリアの二人が我が子を抱き語り合う姿を・・・・・

「ソラさん、あなたのおかげよありがとう」

ニーサに抱きしめられながら二人はまた泣いた。

生命の感動と・・・・・大事な人が逝ってしまったということに気付いたからだ。

「シルメリア、名前はもう決めたの?」

ニーサの問いかけにシルメリアは虚ろな目をしながら答えた。

「緋刈・・・華具夜・・・・月に住むお姫様の・・・名前なんだって・・・・ああ華具夜、いつでも母さんとお父さんはあなたを、見守って・・・・」

「・・・・え!?シルメリア!??」

我が子を抱きしめたまま・・・・・シルメリアは呼吸を止め動かなくなり・・・・そしてその体は光に包まれようとしている。

「シルメリア!!!しっかり!!!しっかりして!!!ねえ!!」

光の粒子に包まれた彼女はまた光の玉に戻るのかと思われたが、すーっと華具夜を優しく光で包み・・・・その光の粒子が全て吸い込まれるように消え去っていった。

まるで全てを我が子へ分け与えたかのように・・・・・ベッドには再び泣き始めた華具夜だけが残されていた。



もう一つの決着も・・・・つこうとしている。

半兵衛が六体目のシカイビトとの死闘を繰り広げていた。

最後の一体は逃げ遅れた兵士たちを食い殺し続けたもっとも強力な固体で、そのスピードや獰猛さは今まで出会ったものの比ではなかった。

大剣を引き摺り常時触手を撒き散らしながら半兵衛の肉を食おうと全身の口を開いて狂気に満ちた食欲を隠そうともしない。

そして同時に空魔の成れの果てとの戦いはさらに猛烈であった。

目で負えないほどの動きで空魔を翻弄するサクラだったが、左腕を失い・・・・血を流しすぎたサクラの動きは風前の灯に近い。

四肢を切り落とされ切断面から触手を出して動きまくる様は灰色の醜い蜘蛛ようであったが、ある時点を過ぎた時から両者の動きが急激に鈍くなり始めていた。

周囲の変化と清浄な波動が伝わる様は魔法力を持たないナデシコたちにも伝わり始めていた。

この動きならばいける!本能的に十文字槍を掴んだナデシコは触手を切り払うサクラと挟み撃ちにする形で空魔と再び対峙した。

「サクラ!!!一気に決めるよ!!!」

「うん!!!」

サクラの声色や元気な思いが以前と変わらないことがナデシコはうれしかった。

「キシャアアアアアアアアアアアア!!!!」

急所など分からない、どこが弱点なのかも分からないがこうなったら切り刻む以外に道はない!

ナデシコの横なぎで手足の役目を果たしていた触手が薙ぎ払われると同時に、サクラが目の前から消えた。

再び視界に現れたのはサクラの粟田口が空魔の首を切り落とした瞬間であった。

それでもまだ残された体から触手を放出しようともがく空魔の残骸・・・・

だがサクラは糸が切れた人形のように倒れ・・・・動かなくなった。

「サクラアアア!!!このおおおおおお!!」

ナデシコの十文字槍が怒りを纏って縦横無尽に振るわれ空魔を切り刻んだ。

最後の抵抗とばかりに飛び出した触手がナデシコの右肩と太ももを刺し貫くがそれさえも切り払い・・・・空魔はただの動かぬ肉塊へと成り果てるのだった。

その様子を見届けたナデシコは槍を投げ捨てサクラを膝に抱きかかえる。

「サクラ!!!サクラ!!!帰ろう!!すぐに治癒術かけてもらえればすぐ良くなるよね!?ね?」

うっすらと目を開けるサクラが以前と変わらない人懐っこい笑顔でナデシコに微笑んだ。

「ナデシコ・・・・こんな体になった私なのに今までと少しも変わらずに接してくれてすごく・・・・うしれかったよ」


「うおおおおおおおおお!!」

大剣を器用に振るうシカイビトの猛攻は獣化が切れ始めた半兵衛を徐々に追い詰めていく。

「くっ!!」

わずかの見切りに体の反応が追いつかなくなってきている、今も腹部を切り裂かれる寸前であった。。

あぶねえ!でもまずい・・・・ナデシコ姉さんにサクラさん・・・・恐らくそういうことなんだろうな・・・・・

早くこいつを仕留めないと!!

「グルルルルルシャアアアアアアアア!!!!!」

わずかな差であった。

シカイビトが背中に感じた違和感に気をとられた瞬間、それは平凡な威力の弱い火炎弾が着弾しただけのことだった。

震えながらも、小便を漏らしながらも、消え入りそうな声で呪文を放ったパトリックが泥水の中で泣き喚いている。

掻き消えたはずの火炎弾はわずかにその肌を焦がしたのみだがその迷いこそが命取りであった。

わずかに鈍った大剣の斬撃をかいくぐって左足を切り落とすと、バランスを崩したシカイビトの両腕と頭部を獣化最後の力で切り飛ばす。

宙に舞う頭部は獰猛にもまだ食うことを諦めておらず、倒れこむ半兵衛へ向け落下しつつもそのぬらぬらとしたいびつな牙を蠢かしながら捕食対象を彼へと向けるのだった。

やばい!これは腕一本ぐらい食われるかもしれねえ!!!

泥水の中に沈んだ上体を起こそうとするも獣化の後遺症で満足に動けない半兵衛に獰猛な口が噛み砕こうとしたその頭が宙で止まった。

「なっ!?」

止まったかのように見えたが、その蠢く巨大な目玉から飛びだしていたのは一振りの刀の切っ先。

見覚えのある水芭蕉の刀身がその頭を宙で十文字に切り裂き、全てのシカイビトが討たれた。

重い体で起き上がった半兵衛が目にしたのは・・・・・桃色の髪と頭に生えた大きな耳・・・・・ふさふさと揺れる尻尾。

見たこともない獣人族の少女が目の前でふてぶてしい表情を漂わせながら半兵衛を見つめていた。

面影があった・・・・・そのつっつきたくなる頬と大きな二重の目。

幼さとかわいさが残る美貌は何度見つめても飽きることはない、愛しいあの人の面影がその少女に残っていた。

「・・・・まさか・・・蜜柑・・・・なのか!?」

「うん、ひどいじゃない半兵衛!私の水芭蕉を放り投げたままなんてさ!」

「あ、ああすまない・・・それよりも・・・・蜜柑はどうして・・・そうだよ!!大怪我はどうしたんだ!!!怪我は治ったのか?」

思わず抱きしめながら半兵衛は生きていてくれたことに感謝した。

そしてその桃色の髪と大きな耳・・・を思い出しその顛末について大よその予測がついたことでまた涙したのだった。

「バルケイムが・・・・助けてくれたのか?」

「うん・・・・私の怪我を治すために、羽リナの体と私を融合させたの・・・・魂の器がなくなったバルケイムは旅に出ると伝えてくれって」

「そうか・・・・バルケイム・・・・」

力強く抱きしめ桃色の耳がピクピクと揺れた。そして二人はマルティナとヒルデとナデシコへと急ぎ合流する。

「・・・・蜜柑ちゃん??」

ナデシコは蜜柑の変貌に驚きを隠せないものの、無事でいると分かり抱き合って泣いた。

「蜜柑・・・・そのお耳かわいいよ」

「サクラ姉!!!」

蜜柑はサクラの右手をぎゅっと握りながら首元まで迫った黒い侵食を呪った。

「今ね、師匠が来てくれたの・・・・よくがんばったなって褒めてくれたんだ」

恐らく全員がサクラの朦朧とした意識の中でうわ言を言っていると思っただろう。

「サクラァ・・・・」

ナデシコは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、サクラを抱きしめうめき声をあげる。

サクラと過ごした日々、出会った時のあの生気のない表情が師匠と出会いみるみる明るくなって、しょげてひねくれていた私と義経たちを師匠と仲良くできるようにと気遣ってくれたことを思い出して声をあげて泣いた。

「ナデシコ・・・・ナデシコお姉ちゃん」

「サクラァ!!」

「分かってるよね?私がこうして現れた理由・・・・」

「・・・・いやだ!!」

「だめだよナデシコ・・・・このままだとサクラは頭まで侵食されて本物のシカイビトになっちゃうよ」

「いやだ!!いやだ!!!絶対いや!!!」

駄々をこねるナデシコの頭を優しく何度も撫でるサクラ・・・・

「お父さんもね、迎えに来てくれるみたい・・・・」

「え!?お父さん!??」

「うん・・・・今なら迷わずにいけると思うよ、お願いお姉ちゃん、サクラを人の心が残ったまま旅立たせて・・・・ね?」

「サクラ・・・」

自分の粟田口をナデシコにそっと差し出したサクラ・・・・

しばらく見詰め合った二人、ヒルデと蜜柑は抱き合って号泣していた。

「マルティナ・・・・ダリオはね・・・ごほっ育てればいい男になるよきっと・・・・幸せになってね」

「サクラさん!!!・・・・はい・・・」

「ヒルデ・・・・ずっとお世話してくれて本当にありがとう、妹が出来たみたいでうれしかったんだ。幸せになるんだよ」

「サクラ姉!!!サクラ姉!!!」

「蜜柑・・・・獣人族もなってみると悪くないよ・・・ごほっごほっ・・・!はぁはぁ・・・・半兵衛と幸せになってね」

「いやだああああ!!サクラ姉ぇ!!!!」

「半兵衛・・・・武士団を・・・・鬼凛組をお願い・・・・もう師匠もいないんだから・・・・しっかり・・・・ね」

「師匠が・・・・!?まさかそんな・・・・はい、サクラ姉さん・・・・マグナたちによろしく伝えておいてください」

「うん・・・・ナデシコ、いっぱい話したいことあったんだけどな・・・・光輝ちゃんと向日葵ちゃんのことずっと見守ってるからね・・・・・」

「サクラァ!サクラァ!!!なんでよ!!!サクラはこんなにがんばったじゃない!神様見てるのちゃんと見てるの!??あんたら何してんのよ!!!ふざけんな畜生おおおおおお!!!」

「泣かないでナデシコお姉ちゃん・・・・サクラは凛々しくて綺麗で強くて優しいナデシコお姉ちゃんが大好き」

サクラが震える手で粟田口を握るナデシコの手をそっと鳩尾へと導いた。

「半兵衛なら分かるでしょ?ここが私の急所よ・・・・もう人間じゃなくなってるの、ナデシコお姉ちゃん」

「サクラアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

迷いの呻きが漏れ・・・・そっとサクラが手を添えてしばらく、音もなく・・・・・刺し込まれた粟田口はサクラの鳩尾を貫いた。

「みんな大好き・・・・」

煌く光に包まれたサクラは見る見るうちに石化し・・・・そして音もなく崩れ去った・・・・・

そんな灰になったサクラを吹き飛ばす一陣の風が、猛烈な突風が灰となったサクラを浄化するかのように吹き飛ばしていく。

「サクラアアアアアアアア!!!」

天に帰っていくサクラにただ叫ぶことしかできないナデシコは・・・・いつまでも天を見上げて泣き続けていた。



事態が沈静化し・・・一時期の混乱から立ち直った神殿前の防衛部隊。

ザインから水筒を受け取ったシルフェはワインのほうがいいと悪態をついた。

「血が止まらなくなるぞ」

「いいから、持ってきてくれ」

「しょうがないな」

ザインが神殿内部へ戻っていく中、階段に座り込んだシルフェにジョシュが近づいてきた。

「あのよ隊長・・・・・無事に生まれたってよ赤ん坊」

「そうか・・・・緋刈とシルメリアさんの赤ん坊か・・・・俺、守れたんだなあの人の赤ちゃん」

「お前はさ立派だよ、そこまで惚れた女を守れるなんてさ」

「立派ね・・・・どうでもいいや、元気に生まれてくれたみたいでうれしいよ、すっごくかわいいんだろうな」

「器量良しの二人だからな、将来が楽しみだよ」

「・・・・ワインは、まだか?」

ちょうど軽い足取りで戻ったザインが喜びと祝福で沸き立つ神殿内部からその明るい空気を絡ませながら戻ってきた。

加護と恩寵が戻りつつあることに喜色を隠すことはさすがに難しい。

「シルフェ、ワインだぞ」

「ああすまない・・・・ふぅ・・・・勝利の美酒ってやつかな、これはうまいや」

どこか透き通った笑顔で階段に手をつき伸びをするように天を見つめるシルフェ。

大した奴だとザインは関心していた、ここまで一途に誰かを思い続けたこの男の純粋さに敬意さえ感じている。

「おいシルフェ、せっかくのワインこぼしてどうすんだ・・・・おい?」

「隊長、何やって・・・・!!!隊長!!!おい!!!」

「シルフェ!!!!」

天を見つめながらシルフェは逝った。

腹部と背中に受けた傷が致命傷であった・・・その傷でここまで戦い続けたことに驚愕するしかなかったが、シルメリアの死が伝えられたのはそのすぐ後であったことがせめてもの・・・・救いだったのかもしれないとザインは泣いた。





一様の決着を見た戦いであったが、鬼凛組の過酷な退却は続いていた。

崩れゆく不命の大穴から飛びだしてきたレインドが撤退を叫びながら前線を支える隊士たちに代わって切り込んでいく。

その背中には・・・・鬼凛丸が背負われていた。

涙ながらに撤退の指揮をとるレインドの姿に、背中で寂しそうな存在感を放つ鬼凛丸を視野に納めたとき、あの中で何が起きたのかを隊士たちは諭った。

空間が不安定になりつつあるのに比例し、シカイモドキたちの動きも徐々に鈍くなり敵味方を混同し同士討ちまで起きつつあった。

レオニードが負傷したアストリッドと紫苑を背負い駆け出していく。

そんな彼を狙うシカイモドキを切り裂いていくダリオを全面的に信頼しての行動だろう。

広大なひし形のフィールドを駆け抜ける隊士たちだがその行く手を阻むかのように通路への入り口付近にシカイモドキが密集している。

「クソおお!!邪魔だああああ!!」

切り伏せる時間が惜しいと思われた時、通路側から吹き飛ばされるようにシカイモドキが切り倒され退路が確保される。

「みんなあああ!!こっちだよおおおおおお!!いそいでえええ!」

「紅葉!!!夕霧!!!!」

思わず名前を叫んだ義経は襲い掛かるシカイモドキを鮮やかな手並みで片づけながら、二人と合流し退路を確保するべく先行し残存する敵を切り伏せて進んだ。

「よく無事だったな!!」

「あいつらがみんな大穴のほうに向かっちゃうから、応急手当の時間も取れてよかったよ」

「うん・・・・良かった・・・紅葉・・・・後は任せたよ」

壁によりかかり、ずるずると倒れこんだのは夕霧だった。

「おい夕霧!?」

「ははは・・・・さすがにもう動けないや・・・・」

「おい・・・お前その傷!??」

腹部に負った傷は致命傷となりえるほどの深いものだった。

恐らく義経たちの退路を確保すべく最後の力を振り絞ってくれたのだろう・・・・

「だめだ!!!お前は絶対に連れて行く!!!」

「副長・・・・」

「黙ってろ!!!」

紅葉も負傷は激しいがまだなんとか走れる程度の余力は残っているようだった。


後続の隊士たちもボロボロになりながら負傷した仲間と共に必死に駆けた。

重い鎧を脱ぎ捨て、刀をバッグに収納し生き延びるために動いた。

それでも途中力尽き息絶える仲間たち・・・・皆が最後に口にするのは決まって、俺を置いていけ、生き延びてくれ・・・・

隊士たちの叫び苦痛に耐える声が崩れゆく通路に響く・・・・

長く険しい上り坂は残り少ない体力を容赦なく奪い取っていく中・・・・・突如建物を揺らす衝撃に見舞われ地に伏せる隊士たち。

激しい揺れが続きかろうじて踏ん張った彼らであったが、損傷した通路の内壁の変化に気付き周囲を観察し始めるとさきほどまであった通路の壁が消えかけている。

このままでは飲み込まれる!!

「急げ!!!!俺たちは絶対に生き残らなくてはならないんだ!!」

焦り必死に坂道を駆け上る鬼凛組をあざ笑うかのように、永遠に続くかと思われた上り坂は突如消え去った通路で行き止まりになった。

「おい!!ふざけんなよくそおおおお!!こんなところで終わるわけにはいかないんだよお!!」

暗闇に飲み込まれる通路と壁・・・・

気力体力が限界に達しつつあった隊士たちは、崩れ落ちるようにここが終着点であることに脱力し倒れこんだ。

「俺たちはここで終わりか・・・・」

「まだだ!!!諦めるなみんな!!動ける者は抜け道を探すんだ!!絶対に活路はある!!」

皆が絶望に討ちひしがれる中で叫んだのはレインドだった。

通路に身を乗り出すように、駆け回っている。

「あるはずだ!!活路は必ずある!!!」

すっと立ち上がったナディアは何かに導かれるような錯覚に陥りながらも、三角巾で吊った右腕をかばいながら何気なく前方の通路の下を覗き込んだ。

「レインド様!!!こっちこっちです!!!」

「ナディア!!?」

「この下にあの花畑が!!!あの草原が見えます!!!私たち上にきちゃってたんです!!上を探そうと思ってもないはずですよ!!」

希望を感じた皆が次々と覗き込む中、レオニードに押されたダリオが足を滑らせて通路から落っこちてしまう。

「レオニードてめええええええ!いてっ!!」

落下したものの、無傷な様子にほっとしたダリオは皆に早く降りてこいと呼び込んだ。

よしと次々に花の草原へと落下した隊士たちは尻を討ったり着地に失敗する者はいたが皆、この草原を抜ければもうすぐ抜け出せるとほっと胸を撫で下ろしていた。

「ナディアよくやった!!みんなで絶対に帰るぞ!!!僕たちの家へ!!」

『『おおおおお!!!!!』』

レインドの励ましが折れかけていた隊士たちに希望の火を灯していく。

重い荷物を討ち捨てながら、隊士たちは進んだ。

丘を越えるともう少しで入り口であったイルミス教団跡地へと抜けられるはず・・・・・

はずだった。


花吹雪く草原に満ち溢れていたのは、数万のシカイビトの群れ。

獲物を見つけたシカイビトたちが猛然と隊士たちを捕食対象として認識、怒涛のような猛進を開始した。

もはや傷つきボロボロになった隊士たちの中でまともに戦える者など数名であった。

レインドが肩を貸していた竜胆も右目を負傷で失い、傷だらけになりながらも草笛を抜いてレインドの前に立ち塞がった。

「お館様・・・・我らが引き付けます故、どうかお逃げください」

「そんなことは絶対にできない!!みんなと最後まで戦ってやる!!!」

気丈にも皆を奮い立たせ最後まで諦めないレインドの姿勢に、絶望を通り越した隊士たちが覚悟を決めていく。

残り数kmといったところであるが、もし敵がいないとしてもこの体力と負傷者を抱えた状況で辿り着けるかは危ういところなのだ。

崩れゆく建物や揺らめく空間が加護や恩寵を取り戻した証だと思うことが出来るからこそ、隊士たちは絶望に打ちひしがれることなくこの状況でも前に進むことが出来ている。

だがそんな満身創痍の鬼凛組の命を狙う集団がまた一つ迫ろうとしていた。


「発見しました!!レインドです!!レインドの奴が!傷だらけの部下たちと逃げ出してますよおおおお!デイン王!!!」

遠見の呪文を使い花が咲き乱れる丘の影から鬼凛組の姿を捉えたイルビィは狂喜の雄叫びをあげた。

「でかしたぞ!!!妙な場所に迷い込んだときはどうなることかと思ったが・・・・奴らは何人ほどだ!!?」

「目測ですが凡そ20名程度、我らはその4倍!!今度こそ奴らを焼き殺してやりましょう!」

「イルビィ!今までワシによく付いてきてくれたな!!いくぞあのクソ餓鬼をぶちころせええ!!倒せば褒美は思いのままだぞ!!」

『うああああああ!!』

デイン元国王にのせられた兵士たちは貴族になって恩賞にありつくという幻想を抱いたまま鬼凛組へと突撃していく。

もはやクーデター派は瓦解し、ありもせぬ貴族への道を妄想する哀れな残党たちはもはや思考能力を放棄しひたすらにレインドを討つために殺到した。

だが運命とは皮肉なもので鬼凛組がその様子に気付く前に事態は動き始めていた。

数万のシカイビトがデイン残党に向けて突如転進を始めたのだ。

イルミス教団跡地の入り口から正面にいる鬼凛組。そして彼らの左前方から迫るデイン残党へ向けてシカイビトの大群が転進したのだ。

より多い生命力に惹かれ数万が後方から襲い掛かろうとその牙を向けていくが、デイン残党軍は気付くはずもなくただひたすらにレインドたちを襲うべくその折れた牙を向けていた。


突如左方向へ転進したシカイビトの群れをチャンスと見たレインドたち。

ふと懐かしい感覚が、頭を撫でられるふわっとした心が温かくなる錯覚!?

「!!!!?師匠!!?師匠なんですね!?・・・・・花梨、指笛だ!!!みんなも走りながら指笛を!!」

将たるレインドの奇妙な発言を問いただす余裕を持つ者はいない、余力のあるレインドが脱出に向けて導いてくれるのを待ち、動ける者は皆が言われるまま必死に指笛を吹いた。

不揃いながらも、右方向へシカイビトと反対方向へと移動しながら指笛を吹いた。

「おい夕霧お前も吹け!!!意識をしっかり持てよ!!おい!!!」

「そ、そんなに揺らさないで・・・・はぁはぁ・・・・師匠・・・会いたいよ・・・・」

「会うのは後でもできんだろ!!!今は生き残ることだけを考えろ!!!」

花びらの舞い散る草原に響いた指笛が重なりあい融合し旋律となって轟いていく・・・・・やがてシカイビトの群れを避けるように回り込んだ土煙と花びらの舞いが近づいてくきた。

最初は幻覚かと思った・・・・徐々に響く振動が隊士たちの意識を覚醒させていく。

愛馬たちは主人の姿を見つけると顔をこすりつけて再開を喜んだ。

既に息絶えた主人の姿に嘶き涙すら流す馬たちの健気さに皆抱き合ってその悲しみを分かち合った。

「みんな!奴らが転進した今がチャンスだ一気に駆け抜けるぞ!!!」

負傷者を愛馬に縛りつけても、馬たちはぴくりとも動かずにそれを受け入れた。

傷ついた主人たちが乗りやすいように膝を折ってしゃがんでくれている姿は胸を打つ。

こうして傷ついた隊士たちは窮地を脱し、何故か左方向へと転進したシカイビトの群れをかわしつつ脱出に成功した。

揺らぐ空間が閉じかけ、シカイビトの群れが包囲し何かを食らっているらしいことだけは伝わった。

「お館様・・・・あれはいったい」

「分からない・・・・いったい何が起こったんだろう」



「ぎゃああああぐごっへ!!!」

全身をシカイビトの群れに押さえつけられ1人、また1人と食い殺される様に恐怖のあまり失神する兵士も少なからずいた。

これから食われることが分かっている兵士たちは、むしろ失神した者たちを羨んでいた。

悲鳴をあげることすら忘れた兵や付き人、そしてイルビィが触手でがんじがらめにあい数名のシカイビトが胴体に生じた巨大な口で同時に四肢に噛み付いた。

「ぎゃあああああたずげだずげええぎゃああああああ!」

イルビィが貪り食われる様子を、デインは失禁しつつ呆然と眺めていた。

「なぜ・・・なぜこんなことに・・・・いやだああああああ!アリアと再び一緒にくらしてぐぼぎゃああああああ!」

一瞬で内臓を食いちぎられたデインは全身を丁寧に食い散らかされていった。






イルミス教団支部へと辿り着いた鬼凛組はイングリッドとソルヴェド、そしてエルマとジョフが命令無視してまでオリバーの助力を得て手配した救援部隊によって鬼凛組は保護された。

万が一に備え、戦える隊士たちが閉じかかる空間から死界人が抜け出てくることに警戒したが、彼らは食事に夢中でありとうとうあの空間が閉じきるまで漏れ出てくることはなかった・・・・・

鬼凛組隊士たちへの治療のため、急遽飛竜隊が一級治癒術師たちを輸送ししながらの治療が続けられた。

最後まで最も危険な最前線で激闘を繰り広げ負傷者を運び仲間たちを守り抜いたヴァンは、1人仲間たちが治療を受ける馬車の中で眠りに落ちようとしていた。

「ヴァン・・・・マグナたちは僕らを褒めてくれるかな・・・・」

「あ、ああ・・・・どうだろうな、きっとあいつらのことだから俺の髪型見て大笑いしてるに決まってるさ」

「はははそうに違いないや・・・・君も疲れただろうゆっくり眠ってくれ」

「リヨルド・・・・後は・・・・頼んだぞ」

「あ?ああそうだね、指揮は引き継ぐよおやすみヴァン」

「ああ・・・・じゃあな楽しかった・・・・」

最後の最後まで仲間を救い最前線で勇猛果敢に戦ったヴァン・・・・・

ナスメルへの帰路・・・・・彼は眠るように息を引き取った。


ナスメル到着後、治療を受けていた隊士たち。

花梨の励ましを何度も受けていたアストリッドが、デュランシルトの望郷への思いを口にしつつ静かに旅立っていった。

負傷しながらも懸命に戦った紫苑もまた・・・・

「ナディア・・・・紅葉・・・・はぁはぁ・・・・あんたらに会えて良かった・・・・私の初めての友達・・・・」

「しっかりしなさいよ紫苑!!!あんたまで許さないわよ!!十六夜とマルレーネはどうするのよ馬鹿ああああああ!」

「やだよ紫苑!!紫苑!!!嘘なんてやめてよ!!」

「ごめんナディア・・・・十六夜と・・・・マルレーネのこと、お願い・・・・それと夕霧にさ、あんたに貸した金貨5枚早くかえせって・・・・」

「そんなの元気になってから自分で伝えなよ!!」

「・・・・十六夜・・・・また馬鹿なこと・・・・して」

それから三日後・・・・紫苑もまた多くの友に看取られて逝った。


夕霧の様態は一進一退の生死の淵を彷徨っていた。

何度か覚醒するも、また意識不明の重態に陥っている。

ナスメル魔術学院の高度治療センターから何名もの高名治癒術師の処置や輸血処理までも行われたが徐々に失われていく体力に医師たちも絶望しかかっていた。



「ここはどこかな・・・・・」

何やら靄に包まれた川原を歩いているようだ。

しかも人の声が聞えておりやたら賑わっている。

「楽しそうだな・・・・私もお邪魔しようかな」

尻尾を振りながら近づいた先には見慣れた仲間たちが酒や料理を満喫しながら楽しげに歓談しているところであった。

「みんな!!無事だったのね!!」

「・・・・・・・・・」

一斉に静まり返る酒宴の席。

「あれ?いったいどうしちゃったの?」

そんな夕霧に向かって歩いてきたのは・・・・真九郎とシルメリアの二人だった。

「師匠!!会いたかったよ師匠!!」

わんわんと泣きながら抱きついて甘える夕霧を真九郎は優しく頭を撫でる。

「あ、シルメリア姉さん、ちょっとだけちょっとだけでいいから甘えさせてね」

「夕霧・・・・本当によくがんばったね」

「うん、大変だったけど・・・・すっごく痛かったけどなんとかがんばれたんだ」

「夕霧は頑張り屋さんだからね、サクラも影で練習してたのちゃんと見てたんだからね」

「サクラ姉!よかったみんな無事だったんだ・・・・」

サクラはアストリッドに後ろから抱きつきつつあいかわらず人懐っこい笑顔を絶やさなかった。

紫苑が照れくさそうにしつつも夕霧のおでこをつっついた。

「あんたに貸した金貨5枚、ナディアへ返しておいてよ」

「あれ?返したような気が?」

「それは前々回の借金だ!!まったくもう!」

「あーそうだっけ・・・・あはははは!!あれ?あ!マグナとベントまでいるーー!!」

鎧姿のまま熟睡していたヴァンを見守るようにしていたが見つかったかと重い腰をあげたマグナとベントは酒瓶を手にしながらニヤッと笑いつつ、同時に夕霧の胸を揉みしだく。

「うぎゃあああああ!何すんだよこの変態!!!」

べし!!どかっ!

「いってええ・・・・ほらまだ元気あるじゃねえか、しゃきっとしろよ」

「お前らしくないな」

「え?」

真九郎が優しく夕霧の頭を撫で・・・・シルメリアが夕霧の手を優しく握りながら訴えた。

「デュランシルトではな、俺とシルメリアの子・・・・華具夜が生まれたのだそれはそれはかわいい娘でな」

「すごい!!良かったね師匠!!シルメリア姉さま!!」

「ありがとう夕霧・・・でもね私と真九郎はもうこの手で抱いてあげることはできないの・・・・きっと義経とナデシコが大事に育ててくれる・・・・でもねあなたにも見守っていて欲しいの華具夜のことを」

「え?え?どういう・・・・」

ポロポロと泣き出した夕霧を皆が優しい笑みで見守っていた。

一緒に笑い喧嘩した親友の紫苑が見せたことのないような穏やかな優しい笑顔を見せている。

「嘘・・・・みんな・・・・」

「夕霧よ、お主がここに来るのはまだまだ先でなくてはならん・・・・・華具夜のこと、頼まれてくれぬか?」

「夕霧・・・・華具夜の良いお姉さんになって欲しいの」

「・・・・・そんな風に言われたら断れないじゃないですか・・・・もう」

「星月の丘でまた会おう・・・・生きろ夕霧!!!」

真九郎の叫びに答えようとした瞬間であった。

ベッドの上で意識を取り戻した夕霧に義経やナディアたちが喜びの涙を流し彼女の帰還を称えた。

それからの夕霧はどこか物思いにふける時間が増えていくが、ゆっくりと快方へと向かいつつある。






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