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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第六章 遠き異国の地
65/74

1 災禍

 帝都の遥か東に位置するベネスラディ火山が近年で最大規模の噴火をしたのは、まだ春が近づきつつある早春と呼ぶにはまだ早い時期であった。

たびたび小規模噴火は繰り返し噴煙を上げることが多いこの雄大な火山は、火の神ベルディの御使いが住む地とされ近隣の村や町では今でも信仰が盛んである。

だが今回の噴火では噴出した火山岩や火山弾による被害が相次ぎ、溶岩流が近くの村にまで迫りつつある状況であった。

領地に近い貴族たちは帝国軍に協力を仰ぎ避難作業への協力を求めた。

火の神が怒っていると人々は口にしていたが、怒っているのは火の神だけではなかったようだ。

西方大陸ではこの時期にイナゴが大量に発生し人々まで襲われる事態にイスベリアなどの各国が協力して討伐軍の編成を始めたという情報まで聞えてきている。

南方で頻発していた魔物の襲撃もリシュメア近郊にまで広がりを見せており、新王マルファースの英断によって軍が街道警備や魔物の討伐に尽力するよう通達を出し対策に乗り出していた。

ドゥベルグの西方では疫病が流行の兆しを見せ始めているという。

ただの偶然なのか、それとも何かしらの原因があるのか・・・・人々の間にはよからぬ終末論を叫び出す輩まで現れ始めているようだ。




シルフェが率いるシルヴァリオン部隊 月影。

武士団にあやかりつけられた名前であるが、ほぼシルフェのある個人への思いが色濃くでたものである。

その月影は現在、帝国内でイルミス教団やアーグ同盟と通じていた残党の調査と動向を探るために休む間もなく動いていた。

帝都オルフィリスの貴族街南西方面の路地裏に彼らは潜んでいた。

宵闇の中、外灯と建物の影に身を潜め濡れた石畳を走る人影の様子を見張っていた。

その人影は足音を消し、認識阻害呪文を自身にかけているため注視しなければ見落としてしまうほどの存在感だが、すっとシルフェたちの潜む壁際で姿を現した。

貴族の使用人の風体で小奇麗な格好をしたジョシュは悔しそうな顔を隠そうともせず呻く。

「ジョシュ、動きはあったか?」

「それが屋敷はもぬけの殻です、数日前までかなり大勢の人間がいた形跡はあるのですが」

「大よその人数は分かるか?」

「スティーブのレジデューマインドの呪文でなんとかさせます」

「すぐに調査に向かえ、ジャン、レイスは二人の護衛につけ」

「了解!」

首根っこを押さえられると踏んでいたシルフェは、空振りの予感を感じつつも手元で何やら装飾品のようなものを転がしながら、奴らの動向について思案している。

「あんたまだそれ持ってたのかい?」

「リンダか・・・」

「忘れろとは言わないけどさ、レイスはずっとあんたのこと思ってるのは知ってるんだろ?」

「・・・・・」

「同姓から見てもレイスは器量良しで気立ての良い子よ」

「それは分かっているさ、だが・・・・・人の思いとは自由にできるものでもないだろう」

「まあ若いうちは散々悩みなさいよ、お姉さんからのアドバイスさ、それよりもどう見る?」

「大きな動きの前触れ、であるような気がしてならない」

「神聖王国の七ヶ条要求といい、どうしてこう帝国はトラブル続きなんだろうね」

「許せないことに武士団を引き渡せという貴族共が日々増えているらしい・・・・誰のおかげで今の日常が取り戻せたと思っているんだ!」

「シルフェ・・・・実情はもっと悪いって聞いてるよ、神聖王国の工作員によって懐柔された貴族たちが引き渡し工作の準備を始めているらしい」

「くっ!」

「緋刈に聞いたことあるんだけどさ、あいつの故郷ではこう言うらしいよ、喉元過ぎれば熱さ忘れる って」

「うまいこと言うもんだ」





若い隊士たちに囲まれているのは先の戦役でラルゴ屋敷防衛について功のあった焔である。

明るく気さくな性格で人懐っこい人柄のために多くの人と協調をはかれる人物だが、ひとたび火が付くと猛烈な攻めを見せる側面も持つ。

何より驚きなのが冷静沈着で無口なタイプの竜胆と親友であることだ。

お互いに馬が合うらしく、暇なときは月藍湖のほとりで一緒に稽古をしたり語り合ったりしているようだ。

そんな焔にルシウスが打ち上げた彼のための一刀が渡されようとしている。

鬼凛の間に集まった隊士たちは焔を祝福しつつ、どんな刀が託されるのかを自分のことのように胸をときめかせている。

レインドがルシウスから受け取った一刀に見学者たちは思わず声をあげる。

「拵えが赤いぞ!?鞘だ、鞘が真っ赤・・・炎みたいだ」

「焔、これを君が抜くときは死ぬ時と心得よ」

「はっ!!!」

「これからも武士道を尊び、誇りある侍として生きてくれ」

「ありがたき幸せでございます!!」

うやうやしく両手で受け取った焔は真紅の鞘を持つその刀を受け取り一礼する。

受け渡しの儀に好例のお披露目になり、銘を聞くために一気に刀を引き抜いた。

「!!!」

「お、おい、あの刀・・・・赤みがかってないか!?」

「いや、よく見てみろ・・・赤くはないが光の反射でそう見えるみたいだぞ?」

焔の血気盛んな性格を現してか、ルシウス自身の最近の作風として鬼凛丸に近い薄作りだがしっかりとした幅のある地肌美しい一刀である。

「すげええ!!」

「ルシウスから聞いてる銘は、 炎祭ひまつり  理由は不明だけど光にかざすと燃えているかのような赤みが滲むらしいよ」

「武士の魂に恥じぬ働きをしとうございます!!!」


さっそく焔は皆に見せびらかした後、縁側の柱の陰で微笑ましく見物していた竜胆に炎祭を改めて見せびらかした。

「ほれいいだろ!赤鞘だぜ!」

「お前は知らないのか?武士の正式な場での鞘は黒漆塗という拵えでなければいけないそうだぞ?俺の草笛はちゃんと黒拵えだから大丈夫なんだ」

「そんなけちつけなくったっていいだろ、素直に褒め称えろっての」

「いやすまん、お前の実力が認められてよかった、俺もうれしいさ」

「よし、今日は街のケーキ屋で甘い物祭りといこうぜ!」

「お前はどんだけ甘い物が好きなんだ・・・俺はそんなに甘いの得意じゃないの知ってるだろ?」

「はははは!!だから行くんだよ、いくぞ竜胆」

「強引な奴め」




七ヶ条要求が出てから碧月の日まで後10日あまり、レインドが示した一応の時間的目安としての刻限であった。

帝国元老院でも連日対策会議が開かれつつあったが、一昨日までは武士団擁護の立場の貴族たちが突然神聖王国の要求を呑むべきと主張し始める例が増えている。

ラグレイ伯爵やダルツェン侯爵は断固として武士団を守る構えではあるが、弱腰の貴族たちの増加に頭を悩ましている。

2大貴族が首を縦に振らない限り引渡しはありえぬだろうし、皇帝は死んでも引渡しはしないだろう。

ダルツェン侯爵とラグレイ伯爵による老練な外交でなんとか凌ぎたいと考えてはいたが、実際のところルシウスの作る刀を10本程度を供与、非魔法力部隊育成の協力、などで手を打てればと考えていた。

刀の供与について彼らは反対するかもしれないが、武士団は話が通じる人物が揃っているので二人で説得できると踏んでいたのだ。

こうした貴族たちの自己保身と帝国の未来を真剣に考える貴族たちのせめぎ合いは碧月の日の二日前までも続けられている。

そんな中、魔道鳩による連絡で半兵衛に対して元老院から直接の呼び出しがかかったのだ。

担当である朧組のイースから魔道鳩に結ばれていた文書を預かった半兵衛。

昼時を過ぎ食堂の空いていた席で今後の訓練メニューを皆と相談していた時に魔道鳩担当のイースが届けてくれていた。

隣接した厨房からは、ラヴィ班の少女たちが楽しそうな笑い声を上げながら作業している様子に接していると気持ちが軽くなっていく。

「元老院から直接とはすごいな半兵衛」

義経や紅葉たちから褒められていたが、彼自身は余り気乗りがしないとうのが実情だった。

「やはり同行者数名と行くべきだと思うんだけど」

「半兵衛だから大丈夫だろう、一応ニーサさんにも声かけておいてくれ」

「そうしてみるよ」

「蜜柑ちゃんなら今帝都だから帰りにデートでもしてきちゃいなって」

「紅葉・・・・人の恋路を茶化す暇があるならお前も恋人でも見つけてみろ」

「ぬあ!!!!ぐはああああああ!」

見事に返り討ちにあった紅葉が切られた真似で床に転がった姿が滑稽だったので思わず噴出してしまった半兵衛だったが、今回の呼び出しの意図が見えないことへの不安は大きかった。

一応、あいつにも相談してみるか・・・・・

私室に戻ると羽リナことバルケイムが半兵衛の蔵書を器用に前足でめくって読んでいるところだった。

蜜柑がくれたお気に入りの柑橘系クッションの上でこの羽リナは持ち主以上にくつろいでいるのが癪に障る。

「おい、俺の本だぞ手荒に扱うなよ?」

『俺の本だと?これは私が昔に提唱した理論を元にほぼ私が書き上げた物を別の他人が出版したものだ』

「え?」

『大した魔法理論でもないから放っておいたが、しかも間違いだらけではないか!おいこの本に価値はないぞせいぜいお前の昼寝のときに枕で使ってやるぐらいなものだ』

「これから読むのを楽しみにしてたのに・・・・」

『ふん、なら私の隠し倉庫にでも今度行ってみるかの』

「隠し倉庫?」

『ああ、蔵書で・・・・1000や2000冊ではきかんな・・・・・かなり貴重な文献も保存してあったなすっかり失念しておったわ』

「おい!そんな大事なことを失念だと!?」

『ここのところ、神聖王国の分析で忙しかったから仕方あるまい』

「たしかにそうだが・・・・」

『してどうした慌ておって』

「それがだな、急に元老院から呼び出しがかかった」

『なんだいつものことではないか』

「それがだな、俺1人の呼び出しなんだ」

『・・・・妙だな・・・・参謀クラスとはいえ単独で呼び出すとは・・・・ニーサやザイン、もしくは義経や緋刈がセットであったな』

「そこが気になるんだ、今の元老院はダルツェン侯爵とラグレイ伯爵の影響力が強い・・・・・相談があればダルツェン伯爵が使いを直接よこすと思うんだ」

『どちらにしても用心するにこしたことはない、朧組の誰かに護衛を頼め』

「・・・・・そうだな、不測の事態は避けたいからそうするよ、じゃあさっそく行ってくるとしよう、おいバルケイム!隠し蔵書の件絶対約束守れよ!」

『分かっておる、お前が十六夜やマルレーネ、サクラやシルメリアの治療法がそこにあるかもしれぬと思っているのもな』

「そうだ絶対みんなを助けてやる、じゃあいい子にしてるんだぞ」

『キャン』

こしゃくにもかわいく見られるコツを掴みつつあるバルケイムが尻尾をふりふりしている姿に心動かされぬよう心をしっかり持って半兵衛は朧組の待機所に向かった。


「護衛ですか?構いませんが、ザインさんは連携訓練で外出中なので今は待機任務の私とイースしか出られませんね」

朧組の待機所ではサイグレンとイースが攻撃魔法用の的をコツコツとこしらえている最中であり、こうやって地道に準備するんだなあと感心してしまう。

「そうかじゃあサイグレンさんお願いできませんか?」

「了解しました、じゃあイース!後は頼んでいいか?」

「はい、ザイン局長が戻り次第護衛の件を報告しておきますね」

「助かるよイース、ほれ」

手に握らせたのは帝国銀貨である。

「え!?これは???」

「待機任務が終わったら友達と甘い物でも食ってこい」

「いつもありがとうございます!!」

「じゃサイグレンは半兵衛参謀の護衛任務につきます!」

「よろしくお願いしますサイグレンさん」



その頃真九郎は騎馬による長距離行軍と野外設営などを魔法の力を借りずに行う訓練のため、数日デュランシルトを離れていた。

同行者はヴァン、花梨、ナディア、夕霧、そしてまだ15、6歳の新人隊士たちだ。

念のためイングリッドが同行しているが基本魔法による援助はない。

当初はこの訓練を遠足の延長として楽しんでいた隊士たちも、風呂に入れない服もそのまま炊事を自分たちで行う状況に追い込まれていく。

「魔法がなくてもうまいものは作れるんだぞ、煮炊きは色々勉強になるからちゃんと覚えておきなさい」

火の起こし方から簡単な調理の方法を指導していくが、隊士たちも自分たちが魔法なしに生きてきたことを思い出し始め顔付きが真剣になってきている。

三日目に悲鳴を上げ始めたのは・・・・花梨や夕霧たちのほうであった。

「いやあああああ!!臭いかな?臭うかな???局長に嫌われないかな!??」

「くんくん、くんくん・・・・う~汗の匂いが取れないよぉ局長に嫌われちゃうよぉ」

「花梨!夕霧!!やる気ねえなら帰れ!これはちゃんとした訓練だ、生き延びたければそんなくだらないこと気にしてないでまじめにやれ!」

「うっさいヴァンのばーか!!」

「そうだそうだ!女の子が匂いを気にする気持ち分からないからもてないんだよばーか!」

「て、てめえら・・・・」

「落ち着いてヴァン、二人にとっては恋も命がけなのよ」

「そういうもんか?そういえばナディア、お前は浮いた話聞かないが実際のところどうなんだ?」

「エルフは淡白な性格らしいから、私もそんな気質を受け継いでいるのかな?」

「そっか・・・・まあ真面目にやれって伝えておいてくれ・・・・」

「うん・・・・ヴァンこそあまり思いつめない方がいいよ」

「あ、ああ、ありがとなナディア」

あの戦いから後、ヴァンは人が変わったように稽古鍛錬にのめり込んだ。

後輩への指導もつい熱が入りすぎてしまうことも多いが、死んで欲しくないという気持ちが伝わるのか後輩たちにもヴァンの稽古は人気になりつつある。

ひょうひょうとクールを気取っていた敏感なお年頃は卒業し、現実と向き合う辛さと戦う男の顔付きになってきている。

明日、デュランシルトへ帰還する予定だが今のところ神聖王国からの動きはなさそうなのでこのまま訓練を続行する運びになっていた。

今日は川で魚を採り、刃物でさばいて内臓を取り出し串に刺して焼くという手順だ。

近隣を流れる清流でイングリッドがさくっと捕まえてきた川魚だ、鮎にどことなく似ているのが真九郎に郷愁を感じさせていた。

隊士たちは一度帝都周辺に出没するゾンビ化した妖人種との実戦を経験させているので、こういった作業は滞りなく進んだ。

川のせせらぎが心を穏やかにさせてくれるが、起こした火で焼かれていく川魚の香ばしい匂いがあたりに広がっていく。

終始穏やかに事が運ぶと思っていた訓練に想定外の問題が発生してしまっていた。

「おいしくない!!塩味だけだから・・・それにこの魚まずいよ・・・」

「文句を言うな、食わなければ死ぬぞ」

「局長・・・・俺思うんですけどね、シズクさんの料理がうますぎて舌が肥えちゃってるよね俺たち」

「たしかに・・・・ヴァンの言う通りだ、うますぎるのもまた問題なのか、高級食材は使っていないんだがなぁ」

「そうだよ、シズクちゃんの料理がうますぎるんだよ!!早くラディ丼が食いたい!!ハンバーグ丼が食べたい!!!あぁ・・・・豚肉を衣で包んで油で揚げたのをさらに卵でつつんで丼に乗っけるなんて反則だよねうますぎる!!」

「おいやめろ夕霧・・・・思い出してこの魚が食えなくなる」

「夕霧さん・・・・ひどい、もうこの魚食べる気が起きない!!」

「う!!ご、ごめんなさい・・・・」

「どうでもいいがちゃんと食え、食わないと明日の訓練でぶっ倒れるぞ」

「「「はい!」」」

夕霧の精神攻撃をなんとか乗り切った隊士たちは焼き魚をなんとか食べきると、体を拭いて歯磨きを終えると倒れるように眠る者がほとんでだった。


交代制で見張りを受け持っていた教官役だったが、真九郎が交代のために身支度をして保温用の呪印石が備え付けられたテントから出たときである。

イングリッドが手招きをしながらあたりの様子を探っていたのだった。

テントの周りに設置された結界用の呪印石が放つ淡い光がイングリッドの横顔を美しく照らしている。

「1kmほど先に40人ほどの人間がこちらの様子を探っている、1kmじゃあ探知魔法が得意な奴なら届く範囲ね」

「周囲に集落はなかったと思うが」

「ええ、昨日の演習で行った洞窟の近くね」

「馬で駆ければ1時間ほどか・・・・ヴァンたちを起こそう」

「それがいいわ」

監視されていると聞かされてヴァンたちの眠気が吹っ飛んでいた。

その目つきは既に戦う侍の目をしている・・・・頼もしくなったものだとつい懐かしさを感じた真九郎だったが、事態はあまり良い方向に動いていない。

「局長さん、事態は悪化してるわよ・・・・人数が増えたわ現在45人」

「各自動きを抑えて隊士たちを起こしつつ、馬具の装着を急げ機密に関わる物以外は装備を破棄してよい」

普段から対死界人襲来時の訓練を行っているだけあって隊士たちの動きは早く、数分で身支度を整え先輩が行っている馬具の装着準備へすぐに向かう。

「ヴァン、元々機密に関わるような物はほとんどないから大丈夫だと思うんだけど一応チェックお願い」

「そうだな・・・・テント、暖房器具、寝袋、このあたりは帝都で購入可能であるし、焼き魚の串・・・・・」

イングリッドから情報が入るまで荷物を整理していたヴァンだったが、特に問題ないと判断し完了の合図を出した。

その頃には全員分の馬具装着が完了し馬たちも主人たちに首を撫でられご機嫌を取り戻しつつある。

「ぎりぎり間に合ったって感じね、70人を超えてこちらへ移動を開始したわ・・・・速度的に馬車ね」

「よし、騎馬なら振り切れる、皆デュランシルトへ向けて出発だ!!!」

「はっ!!!」

突如野外訓練から騎馬による戦線離脱へ移行することになったが、隊士たちは混乱することもなくよく付いてきてくれている。

満月に近いことも幸いし、なんとか月明かりを頼りに移動できるが夜目の利くナディア頼みになってしまっていた。

2列縦隊で駆ける騎馬隊が追跡されていることは明白であるため、移動速度を稼ぐためにジング工房作のとっておきの呪道具を使うことを決断する。

「イングリッド!!あの移動式光源を使って先頭の視界を確保してくれ!」

「あ、そうだそんなのあったっけまかせて!」

呪道具関連は起動できる者がイングリッドしかいないため、呪道具一式は彼女に預けられている。

ぽいっと無造作に空中へ放り投げた白い球体は一瞬で鳥のような姿に変形すると、イングリッドの念に反応し先頭集団の前方を飛びながら周囲をかなりの光量で照らし始める。

「これは明るいな!」

「すげえ見やすい!」

暗闇で不安だった隊士たちが次々に安堵の声を漏らし始めている。

「よし、このままデュランシルトへ直進する!もう少し近づけばあちらからも異変を察知するはずだ」

「夕霧!少しの間、馬を頼むわ、探知呪文に集中するからよろしく!」

「あいよ!」

器用に馬上で集中を始めたイングリッドは手綱を並走する夕霧に預け、探知呪文の詠唱に入る。

この振動と不安定な馬上でこれだけの呪文詠唱ができるのは、シルメリアかイングリッドぐらいのものだろう。

「よかった、あっちは追跡を諦めたみたい、さすがに馬車で追いつける速度ではないものね」

「よし、このまま速度を落とさずデュランシルトまで駆けるぞ!警戒を怠るな!」



結局この事件と貴族たちの引渡し世論工作の影響により、武士団の警戒レベルはさらに跳ね上がることになる。

基本的に四式装備で対応し、準戦時体制のような空気が満ちつつあった。

だが奇妙なことが重なり始めている・・・・・

元老院に呼び出しを受けた半兵衛が2日経っても戻らなかったのだ。

護衛役のサイグレンからの連絡もなく、ザインを通じて元老院に照会をかけてみたが取り込んでいるため後一週間は戻れないとの伝言が伝えられたのみである。

これに違和感を感じたニーサが半兵衛に連絡を取ろうとしても、元老院は反応せず仕方なくダルツェン侯爵やラグレイ伯爵に仲介を頼む事態にまでなってしまっていた。

碧月の日になっても半兵衛とサイグレンは戻らず、元老院を通じて言伝が届いたのみであった。

内容としては、引渡しに傾きつつある貴族たちの取りまとめ役である中立のウォルドレッド伯爵の相談役で飛び回っているのだという。

心配をかけてすいませんが、もうしばらくかかりそうだという内容である。


「半兵衛らしくない、とは思わないか?」

「半兵衛くん・・・・・」

実の弟のように彼を育ててきたニーサにとって、どんなに成長してもかわいい弟分であることには変わりがない。

夜の定例会議でもその議題がメインになっていた。

義経は半兵衛に何かが起こっていると主張して譲らない。

「あいつが非戦闘時に連絡を怠るような真似をするとは思えないんだ、貴族たちの説得は重要だと思うけど直筆の手紙を書けないほどの状況なのか?」

「副長、明日僕が何人か連れて会ってこようと思うけど許可もらえますか?」

「頼めるかリヨルド」

「もちろんです」

「本来なら俺が行きたいところではあるんだが、明日は局長とレインド様がダルツェン侯爵主催のパーティーで態度を保留している貴族たちに発破をかけるらしいんだ」

「副長がここを離れる訳にはいきませんね」

「焔とナディアはリヨルドと同行し、シルヴァリオンのノルディン隊長に協力を要請して欲しい」

「うっす!」

「よろしくねリヨルド」

「まったくあの野郎、心配ばっかりかけやがって」

「心配かけるのは副長のほうが多いと思うけどね!」

「ぬっ・・・・たしかに」

「そうだ、紫苑か紅葉にでも蜜柑の様子を見てきて欲しいんだが」

「そういえば後数日、蜜柑は帝都詰めでしたね」

「そうなんだ、きっと心配しているだろうから」

「やっぱり奥さんと子供いると女性への気遣いにぬかりはないね」

「茶化すなよ」

「感心してるのよ副長」


このところ夜の待機組の人数が増え、朧組と連携しての夜中見回りが行われていた。

「イース、お前はまだ若いんだから眠いだろ?」

「そういう竜胆さんだって僕と5つも離れてないんですよ?」

「生意気を言うようになったな、昔はもっとかわいかったのに」

「えーひどいや竜胆さん」

そう言いつつも夜の見回りという役目をこなせるようになったことをイースは素直に喜んでいた。

家業が破綻し両親が夜逃げ、学費滞納で退学処分にあい1人残され帝都で路頭に迷っていたところを竜杖祭の縁で知り合った真九郎に拾われてから数年・・・・

当初はシルヴァリオンに憧れていた少年は、徐々に朧組で鬼凛組を支えたいという思いが強くなってくる。

シルメリアやイングリッドに鍛えられたことで今ではかなりの術者として成長しつつあるイースは、頼りになる竜胆との見回りをはりきって行っている。

「月藍湖方面には異常はないですね、あ!竜胆さん!」

「どうした!?」

「まだ碧月が見えますよ!ほら綺麗だなぁ」

「驚かすな・・・・・うん、綺麗だ、早く元の穏やかな日々に戻って欲しいものだな」

「はい」

二人のそんな思いを踏みにじるかのような出来事が突如襲った。

ゴオオオオオオオオオ

「なんだ!?大規模な地形呪文!??あっ!!!」

ドオオオオン!!!!!!!!ガガガガガガガ!!!!!

足元を揺らす強い揺れに思わず二人は地に膝を付くが、付近の住宅からは悲鳴や何かが潰れ破壊される音で満ち溢れている。

「イース!!!」

思わず彼に覆いかぶさり守ろうとした竜胆。

しばらくして短いようで長かった揺れが収まる・・・・・

だが付近からは立ち上がる土ぼこりや悲鳴や泣き声、助けを求める声にあふれていた。

「イース怪我はないか!?」

「はい!!竜胆さん!」

「俺は大丈夫だ、ちょっと破片で切っただけだ」

「今、治癒術を・・・」

「待て!この非常時だ治癒術は重傷者用に魔法力を温存しなさい、すぐに鬼凛の庄に戻って救助部隊を編成するぞ!」


現代の基準に照らし合わせれば震度6といったところだろう。

だが耐震処理をなされていない店舗や住宅では倒壊こそなかったものの、家具の転倒に巻き込まれた住人たちに怪我人が続出していた。

発生が夜中で火の気がなかったことが幸いし火災の発生は防げたが、舞い上がる埃と粉塵によって救助作業が滞っている。

すぐに大地母神神殿が治療用の救護所を設営、朧組からも治癒呪文が使える術者たちが回されている。

平屋であった屋敷は無事であったが、家具で負傷したラヴィ班の娘たちもいたためすぐに搬送されていた。

義経はナデシコと我が子の無事を確認すると、ソルティに付き添われて避難を開始した皇帝陛下一行に出くわす。

「義経!我らより民を優先しなさい!いいですね?レインドや兄上にお伝えするのですよ!!」

「かしこまりました!!陛下はどちらに!?」

「落ち着き次第、帝都に向かいます!」

「陛下、お気をつけて!!」

義経はすぐに無事な隊士たちを率いて街の住民救助に乗り出した。

一軒一軒、一部屋ごとに周ったためにタンスなどで潰された怪我人を多く救助することができている。

真九郎はシルメリアをお姫様抱っこし救護所で治癒術を担当してもらうために送り届けると、無事な住民たちを指揮して被害のありそうな家々を回り家具や崩れた壁の下敷きになっている人々の救助にあたった。

街の中央広場に臨時の避難所を設営し、ニーサとザインが担当しているが次々と運び込まれる住人たち・・・・・高齢者の中には骨折などの重傷者も出ているが、とうとう倒壊家屋内で発見されたお婆さんの死亡が確認された。

酒屋のおばあさんで人がよく士道館の子供たちが通りかかるとお菓子をあげるなど、皆に愛されていた優しいお婆ちゃんだった。

増え続ける負傷者の対応に救護所もフル回転であたっていたが、シルメリアの治癒術がここでも大活躍となる。

軽傷程度だと体内に魔法力を持つ一般人なら傷痕も残らないぐらいに完治させるその治癒効果に大地母神の神官たちも驚きの声をあげており、すぐに重傷者の治癒に回されたシルメリアは神官に支えられつつ重傷者への対応に全精力を傾けた。

もし、これが真九郎だったら命を懸けてでも治してみせると思うだろう、きっとこの人の家族もそう思っているはずだ。

真九郎の怪我が重かったら、どれだけ心を抉られるような苦しみを味わうだろうと思えば魔法力欠乏症の兆候などに構ってはいられなかった。

いられない?

おかしい、この程度の魔法力消費ではまだ半分以上の余力を残しているはずだ。

だが、集中するあまりに過剰な魔法力消費をしてしまったのかもしれない、つい感情が入りすぎたことでペースを誤ってしまったと悔恨の念に襲われていたシルメリアの肩にソラがそっと手をのせる。

「シルメリア、あなたがそんなに思いを込めているのを見て涙が止まらなかったわ・・・・見てここに溢れる清浄なオルナを」

「あ・・・・」

あたりには青みがかった清浄なオルナの粒子が怪我で苦しむ人々を包み始めている。

「あったかくてやさしい気持ちになる・・・・すごい」

『シメリケ!!大丈夫?』

「雪ちゃん!?」

『シメリケ、あったかい、やさしい・・・・無理しないで』

「雪ちゃん、ありがとう」

やさしく甘い匂いのする雪がそっとシルメリアに頬ずりするように甘えてくる。

「雪ちゃん、向日葵と光輝は大丈夫なの?」

『向日葵、光輝、元気!結界はった!』

「いつもありがとう雪ちゃん・・・・・!?あっ・・・・!」

ふと脳裏に湧き出した思念の奔流に飲み込まれそうになる。

なにこれ・・・・・あれは・・・・・あのときの・・・・地下大地母神神殿・・・・・・

わたしはあそこで・・・・

光の玉に・・・

包まれて・・・・

あ・・・・・・・・

そうだったのか、そういうことだったのか・・・・・・

うん、全部納得できたかな、じゃあしょうがない。


「シルメリア!!?どうしたの!??あなたも魔法を使いすぎてるのよ横になって休みなさい!」

「う、うん・・・・ありがとうソラ、そうさせてもらうわ・・・・それよりもマユちゃんは無事なんでしょ?」

「それはもうしっかりと結界でお守りしているわ」

「よかった・・・・マユちゃんに・・・・」

突然眠るように意識を失ったシルメリアに、力を使い果たして意識を失ってしまったと勘違いした怪我人の家族たちは感謝の祈りを捧げ始めている。

「シルメリア・・・・あなた・・・・」

ソラはシルメリアの体がかすかに光っていたのを目撃していた・・・・そう地下大地母神神殿で光の玉に包まれたあのときと同じ光に・・・・


地震発生直後から指揮にあたっていたレインドは大半の隊士たちを住人たちの救出作業へ振り分け、その命を受けたの真九郎である。

屋敷や士道館の子供たちの無事も確認され、シズクもすぐにレインドの元へ駆けつけている。

「シズクちゃん、怪我はない!?」

「大丈夫です!レインド様こそお怪我は!」

「僕も大丈夫だよ、これからシズクちゃんにはここの食材を運び出して住民たちへの炊き出しを開始して欲しいんだ頼めるかい?」

「では大量に炊けて腹持ちの良いお粥を用意させますね、後保存食として用意していた300食はどうします?」

「それはまだ残しておく、現状で足りないってことはないだろうけどねお米は遠慮なく使っていいよ」

「分かりました!!!」

サリサの指揮するラヴィ班とヴァルレイの娘のシャルたちと一緒に食材運びと米の運搬に隊士たちの助けを借りて街の広場へ向かっている。

屋敷自体は攻め込まれたことも想定しているので頑丈な構造をしていたこも幸いし、家具や備品の破損程度で済みそうであったが、デュランシルトの街では倒壊家屋が3軒ほど確認できている。

地震発生から数時間後、住民たちは街の中央広場や屋敷の奥にある騎馬用の広大な馬場に避難所の設営を始めた。

屋内にいるのは危険であると判断したためだ。

空も白み始めた頃、目の良い若者たちが帝都を指差して声をあげている。

「局長!局長!!」

足を怪我した青年に肩を貸していた真九郎に若い隊士が指をさしながら叫ぶ。

「帝都が!!帝都が!!」

「!??」

いつもならば・・・・・天に突き刺さるような威厳を漂わせているエル・ヴァリスの天主が崩落し・・・・あのミルククラウンの外殻の一部も崩壊している様が目に飛び込んでくる。

帝都の各所から煙が上がっており、被害はデュランシルト以上に深刻なようだ。

先のイルミス戦役で一部が崩落していたものの、このように呆気なく崩れることに・・・・見慣れた物が視界から消失する衝撃に皆しばらく言葉を失っていた。

「フィリップ!この方をお任せする、よいな」

「はっ!」

「すいません・・・・」

「すぐに良くなるさ、良くなったら街を頼みます」

真九郎は人の波を縫うようにかけぬけるとニーサと相談していたレインドにかけよった。

「師匠!?」

「大変だ、帝都の被害が甚大だ、エル・ヴァリスが崩落している」

「なんですって!?そうよ、そうだわ、目の前の被害に夢中で気が付かなかったなんて・・・・」

「ニーサならある程度つかめているんじゃないか?被害状況、怪我人、死者・・・・・」

「ええ、怪我人は207人、死者は4名、皆家具や天井、壁の下敷きになって亡くなった方ばかり・・・」

「被災者どれほどになる?」

「推定で1万人程でしょう」

「食料は足りそうか?」

「売買用に確保していた米を供出すれば問題ないわ」

「さすがだなニーサ・・・・・本当に頭があがらん」

「おだてても何もでないわよ」

「師匠・・・・・帝都へ救援に行くべきでしょうか?」

「それを決めるのは、お館様です、ですが帝都に残留している蜜柑とラヴィ班、サクラとヒルデが帝都にいるはずです・・・・・何より十六夜とマルレーネが心配です」

「・・・・よし、炊き出し用の調理器具と米を最大積載量の魔法のバックに詰めてくれ、これより私が救援部隊を率いて帝都に向かう」

「私がお供します!!」

息を切らして走ってきたのはザインだった。

「はぁはぁ、被害は深刻ですが怪我人の治療と救出作業は住民の協力もあってほぼ完了しています、恐らく帝都の惨状はデュランシルト以上でしょう」

「そうだね、動ける朧組隊士を救出班に回そう、あの帝都の都市構成では範囲が狭くても探知魔法を使える彼らが行くべきだ」

「ラヴィ班から煮炊きが得意な者を数名同行させます、では準備を急ぐぞ!!」




この帝都の被害は規模からいってもデュランシルト以上ではあったが、先の戦役の教訓が生きたのか帝都の台所へ必然的に人が集まり各貴族も汚名返上とばかりに救援物資を惜しみなく放出したおかげで避難民対策は思った以上に順調であった。

だが古い建物が多い地区では倒壊した家屋により少なくない死傷者が出ている。

それでも堅牢な構造物が多い帝都では数件の火災はあったものの、死者は38名、負傷者2082名と地震の規模にしては被害を抑えられたと思うべきだろう。

武士団の救援も住民たちから感謝されおにぎりやお粥、汁物が振舞われデュランシルトの米に人だかりが出来るほどである。

幸いにも十六夜とマルレーネには傷ひとつなく、重厚な結界によって完全に守られていた。

デュランシルト領事館ともいうべき屋敷にいた蜜柑やラヴィ班も無事が確認され、サクラのところに泊り込んでいたヒルデには蜜柑が安否確認に走ってくれていたのだった。

丸二日間、ほとんど寝ずに救助活動、避難民支援に働きまわっていた隊士やラヴィ班もようやく休憩を取れるまでに落ち着きを取り戻しつつある。

今回はイルミス戦役時に逃げたり帝都の住民を見捨てて針のむしろだった貴族たちにとっては、良い機会となったようで名誉回復のためとはいえ貴族自ら陣頭指揮をとって避難民保護にあたる姿勢は芝居がかってると揶揄する者もいるが多くの住民たちに感謝されまんざらでもない笑顔をのぞかせる貴族も多い。

さらに数日が経過し、各種商店などは既に営業を再開し始め元の帝都が戻ってきたと皆が感じ始めた頃。


未だに行方が分からない半兵衛とサイグレンの捜索には多くの隊士があたっていた。

義経はいつも背中を押してくれる半兵衛のありがたさが身に染みており、自ら率先して避難所や救護所で未だ治療を受ける人々を1人ずつ確認して周っている。

そして地震発生から一週間後・・・・・・

レインドが自ら元老院に参加した貴族を1人ずつ来訪し、直接半兵衛呼び出しの経緯と安否確認に走り回っていたが、次の目的地にはある見知った人物がレインドたちを待ち受けていた。

マーカス副議長の屋敷前で待ち伏せていたのは、シルヴァリオンのリンダであった。

「レインド将軍!お耳に入れておきたいことがあります」

「シルヴァリオンのリンダさんだね」

「はい、ここでは目立ちますので・・・・」

レインドは護衛のヴァンに頷くとリンダの進めで計ったようなタイミングで現れた帝都巡回用の馬車に乗り込んだ。

恐らくチャーターか巡回用に偽装された馬車のようだが車内は重苦しい雰囲気のまま会話もなく、馬車はそのまま旧市街のある民家の前で止まる。

「レインド将軍、こちらになります」

警戒するヴァンと二人で古びた一軒家に入るとそのリビングにはシルフェ他、月影の隊員たちが敬礼で出迎える。

「レインド様、わざわざ呼び出してしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、恐らくですがここまで来なければいけない理由があるのですね」

「はい・・・・とりあえず汚いところですがおかけください」

古い家ではあるが清掃は行き届いており、家具もセンスの良い使い込まれたものばかりである。

壁に掛けられた絵画や花瓶に活けられた花もセンスがよく、誰かの家を臨時で借りたのではないかと思わせるものだった。

全員の入室を確認するとリンダが防音呪文を行使し、もう1人の女性隊員がさらに何かの呪文で結界を張りなおしているようである・・・・さすがシルヴァリオンだけあって洗練された手際と手を抜くことのない徹底した仕事ぶりだった。

「実はお耳に入れておきたいこととは、レインド様がお探しの半兵衛とサイグレンに関してのことなのです」

「二人の消息が分かったの?」

「サイグレンの消息だけは判明しました・・・・」

うつむき言いにくそうなシルフェの表情に、ヴァンが思わず口を挟んでしまう。

「サイグレンに何かあったのか!?」

「はい・・・・彼の遺体が発見されました」

「サイグレンがだと!?」

「くそう・・・・どこの瓦礫に埋まってたんだ・・・急げば助け出せたかもしれないのに!」

「落ち着いてヴァン・・・・それで誰なんだ!?サイグレンを殺したのは!」

「え!?お館様!!!??」

「レインド様・・・・お気付きしたか」

「地震による死ならもっと早くに届けがあって良いはずだ、知っていることを全て話してもらおう」

レインドの膨れ上げる怒気は隠しても尚、ヴァンでさえも鳥肌が立ってしまうほどに恐ろしかった。

「は、はい、彼の遺体が発見されたのは4日前・・・・・巡回にあたっていた兵士による発見でした、瓦礫によって当初は死亡したと思われていましたが彼の腹部は鋭利な何かで切り裂かれていたのです」

「はっきり言ったらどうだ!サイグレンを殺ったのは半兵衛だと言いたいんだろ!それであいつはどこだ!!!」

「分からない・・・・証拠がまったくないんだ、あるのはサイグレンが何者かに殺されたということだけ・・・・・遺体は冷温保存してシルヴァリオン本部でお預かりしております」

「ありがとうシルフェ・・・・シルヴァリオンのみんな・・・・・」

レインドはすっと立ち上がると深く、深く頭を下げ、感謝を念を伝えた。

「もったいないです!!頭をおあげください」

「ありがとう・・・ヴァン、話しはこれだけじゃないみたいだ、落ち着いて話は聞こう、僕も気持ちは同じだよ」

「すいません、大将」

奥のキッチンで準備をしていたリンダから差し出された紅茶で一息つくと、再びシルフェは重い口を開いた。

「ヴァン、君の気持ちは十分理解できると分かった上での発言だ、事実のみを伝えるから落ち着いて聞いてくれ」

「すまない、今度は大丈夫だ気持ちがはやってしまったよ」

「よし・・・・ふぅ・・・・一昨日だ、我々は神聖王国に君たち武士団を引き渡そうとする貴族たちの同行を探っていたんだ、だがその会合にある人物が出席していたのを複数の人物から裏を取った・・・・・」

「まさかそいつが・・・半兵衛だとでも言うのか・・・・」

「残念だがその通りだ、彼は会合の席でこういう趣旨の発言をしたそうだ」


『武士団はシカイビトまがいの怪物を自ら召喚し倒す自作自演を行い国を乗っ取ろうとしていると』


「嘘だあああああああああああ!」

ヴァンが机を叩き、紅茶がこぼれ飛び散っていく。

「きっと、きっとだ、あいつらに取り入って中に入り込んで一網打尽にするとかどうせそういう・・・・作戦にちがいねえ・・・・あの馬鹿が・・・・」

「シルフェ、その話の信憑性はどの程度と思っていいのだ?」

レインドの悲しみに満ちた瞳に思わず吸い込まれそうになったシルフェは、胸の痛みを感じつつも答える。

「裏を取ったルートは複数・・・・間違いないでしょう」

「そうか・・・・」

ヴァンの受けたショックは大きくその原因となっているのは信じきれない自分自身の心のような気が、シルフェにはしている。

「俺は信じない、きっと理由があるはずだ。サイグレンを殺したのは半兵衛じゃねえ絶対だ!!」

「ヴァン、君が信じたい気持ちは分かるが、理由があれば教えてくれ」

「あいつの太刀筋はずっと同じ釜の飯を食ってきた俺たちだからこそわかる・・・・サイグレンの死体を見せてくれ・・・・・頼む・・・・・」

「リンダ、そういうことなら帰り際にシルヴァリオン本部に立ち寄ろう」

「そうだね・・・・レインド様、ここからは私たちシルヴァリオンからの好意の助言になるよ、聞いていくかい?」

「ありがとうリンダ、その好意謹んでうけよう」

「まったく、その度胸の据わり方は本物だよ・・・・・一連の引渡し騒動ね、本格化してしまう可能性が高いよ、無実の罪をなすりつけられた英雄を引き渡すだろう・・・・・武士団としてどうするか、進退を決める時はそう遠くないよ」

「・・・・肝に銘じよう・・・・」

「それからレインド様、一つお願いがございます」

「え?お願い??僕に出来ることなら・・・・」

「ここにいるシルヴァリオン月影部隊総勢8名、何があろうとレインド様と武士団と共に歩む覚悟はできております!」

ズサッ!

リンダを含め8名が膝を付き、レインドに対し忠誠の誓いを行っていた。

「レ、レインド様・・・!?」

その事態にヴァンはあたふたするばかりであったが・・・・・・

「シルヴァリオン部隊、月影!!!君たちの忠義を受けよう!」

『『『『はっ!!!』』』』


その足でシルヴァリオン本部へ帰還した月影とレインドたちは、書類手続きを装い地下の霊安室へと移動した。

およそシルヴァリオン本部とは思えないほどの暗く淀んだ地下の霊安室にサイグレンが安置されていると思うと、下手人に対する怒りは収まることはなく胸を焦がす憎しみの炎と、半兵衛ではないと思いたい気持ちが鬩ぎあってい荒れ狂っていた。

異様なほどに磨かれた床と壁際に設置された冷温用呪印石が埋め込まれた死体保管庫・・・・・

床には不死化防止用の結界と大地母神の加護を受けられるよう簡易ではあるが祭壇まで用意されていた。

奥の棚には用途不明な薬剤や呪道具が納められ、リンダが棚から保管庫の鍵を取り出すとシルフェが読み上げた番号の取っ手を静かに引き出した。

「・・・・人違いじゃなかったんだな」

「サイグレン、君の業績と勇気は生涯我が胸に刻もう・・・安らかに眠ってくれ、すぐに星月の丘へ送るからね」

「レインド様、では・・・」

リンダが腹部に巻かれていた黒く変色した包帯を呪文で切断し取り除いていく。

「・・・・・・・」

「これは・・・・」

「すいません、ソルダの傷に関しては我らの知識はあまりに希薄・・・・・できればお二人の忌憚のない意見をぜひ教えてください」

「分からない・・・・ソルダの傷に見えなくもないが、俺は半兵衛の仕業だとは思えない」

「僕も、これがソルダか真空呪文によるものかの判別は難しいと思う・・・・・」

「ヴァン、その理由を教えてくれ」

「半兵衛の剣筋・・・・そうか、ソルダの攻撃はこんなあまっちょろい物じゃない」

「あまっちょろいのか!?この傷で?」

「ああ、あいつは頭も切れるが殺すべき相手には情けなんてかけねえよ絶対・・・・一撃で首を落とすだろうさ、間違いない」

「首を一撃で・・・・・!」

「ソルダか呪文かは不明だけど、半兵衛の太刀筋とは思えない・・・・・」

「なるほど・・・・」

「おい・・・・待てよ何だこれ」

白く冷たくなったサイグレンの顔を撫でていたヴァンは・・・・首筋についた血痕に絡まったある物を発見してしまっていた。

「それは・・・・・その灰色の毛は!?」

「は、半兵衛の尻尾の毛・・・かもしれない」

「ヴァン・・・・よく見つけてくれた、大切なのは事実から目を背けないことだいいなヴァン!!」

「は、はい!!すいませんでした、俺がしっかりしなきゃいけないのに・・・・・ありがとうシルフェさん、忙しいところ無理言って」

「いやこちらこそ助かったよ、何かあればすぐに連絡させましょう・・・・・ですがこのままマーカス議長の屋敷へ行くのはやめておいたほうがいいでしょう」






「ヒルデ、蜜柑、私のことはいいのよ、今は武士団が大変なときなんだから」

「またそんなこと言ってる!だめだよサクラねえ、病のせいで気弱になってるだけだよ」

「蜜柑・・・・・」

「また前みたいに後輩を引っ張りまわして遊び倒すようなことしてくださいよ、あのときは大変だったけど・・・」

「あのときは師匠にゲンコツもらったもんね」

「うちらには優しかったですよ師匠は」

「ふふふふ・・・・懐かしいなぁ・・・・戻りたい、あの頃に・・・・」

「サクラねえ・・・」

「だめだね、気弱になってちゃ」

「そうですよ、エヴァやアストリッドもサクラねえと一緒にいたくて取り合いなんですよ」

「ありがとヒルデ・・・・くっ・・・」

「痛みますね、今お湯をもらってきます」

ヒルデがお湯をもらってくる間、サクラの背中を温めるために体を横にする介助を行いパジャマをはだける蜜柑だったが・・・・・

背中の黒い染みが一昨日よりもさらに大きく・・・・広がっている。

サクラに気付かれないように、武士団の復興状況を話していく中でも声に振るえが混じっていないか必死で隠す蜜柑。

ヒルデが戻ると彼女も黒い染みの広がりにショックを受けているようだが、すぐに切り返し二人で背中を温め始めた。

「ありがとう・・・・あっためてもらうと少し、ううん、すごく楽になるんだ」

「いつでもあっためるから遠慮しちゃだめですよ」

「そうそう、私もサクラねえみたく偉くなったら後輩とことんこきつかうつもりなんだから」

「・・・・・悪く・・・なってるのね、ごめんね気使わせちゃって」

「そんなことないよ!悪くならないよ、サクラねえ!!」

「リョグル先生も寝ずに治療法の研究を続けてくれてるんです、口止めされてるけど言っちゃいます!」

「みんなに迷惑、かけちゃったなぁ・・・・」

「迷惑なんかじゃない!」

「蜜柑・・・・今大変なのわかってますでも・・・・早く元気になってまたみんなで・・・・」

ヒルデが堪えきれずに泣き出していた。

つられるように半兵衛の行方不明に心配で眠れぬ日々が続く蜜柑も、精神的にかなり追い詰められていた。

サクラは二人においでと手を広げると優しく二人を抱きしめる。

「二人はあったかいなぁ・・・・一つだけサクラねえと約束してくれる?」

「やくそく?」

「うん、早く二人の子供が見たいな」

「もうすぐには無理だよぉでも蜜柑さんはもう少しかな」

「う、うん・・・・」

「半兵衛は強い子だから、蜜柑は信じてあげなさい侍でしょ?」

侍でしょ?

短い言葉であったが、蜜柑の迷いを吹き飛ばすには十分な、十分すぎる響きを風圧を放っていた。

「ありがとうサクラねえ・・・・大好き」

「私もみんなが大好き・・・・・早くデュランシルトでまた、ピスケルちゃんたちと遊びたいな・・・・・」

3人は、日が落ち暗くなるまでサクラに寄り添い語り合ったという・・・・・



そして次の日の朝、サクラが失踪した。





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