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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
64/74

12 神聖なる恫喝

「やだ!!兄様と一緒に過ごすの!!!」

「陛下!!聞き分けが悪すぎます!」

「やだやだ!!!せっかく兄様に気付いてもらえたのに!」

「陛下・・・・その前世の記憶が戻られたとのことですが、夢見がちで妄想癖もある陛下ですから・・・・その思春期特有の妄想では?」

「ソルティーーーーーー!!お前言ってはならんことを言ったなぁ!」

「へ、陛下ぁ?」

「私と兄様は遠い前世の絆をここに縁として結び成就したのよ!今こそ兄様と添い遂げるとき!」

「添い遂げるって兄弟でしょ!」

「今は血が繋がっておらんから関係ないわーやーいソルティのーあほー!」

「くぅ・・・・この馬鹿娘!!」

「おまえ、皇帝に向かって馬鹿娘とはなんじゃー!」


「はぁ・・・・そういう訳でニーサ殿・・・一事が万事この調子なのだ、助力を頼みたく・・・・・」

皇帝付き侍従長が途方にくれているのを見て気の毒に思うが、しばらくは自分の責により多くの将兵を死なせてしまった重圧に夜も眠れず食事も喉を通らなかったことを思えば微笑ましいとさえ思える。

「助力と言われてもですね・・・・・失礼ですが私は皇帝陛下は以前のようなはつらつとしたおてんばにお戻りなされて、私はうれしく思いますが」

「たしかにそうなのです・・・・あの時の憔悴を考えればですが、その添い遂げるとまで言われてしまってはこの侍従長、黙っているわけにはまいりませぬ」

「お察しいたします・・・・ですが安心なされまし、緋刈真九郎様は決して前世の妹君を傷つけることはいたしません」

「はい、そこは安心しているのです、シルメリア様という伴侶もいらっしゃいますからね、彼の人となりは私も存じておりますが貴族中を探してもあのような高潔な人物はおりますまい」

「問題は陛下・・・・・なのですね?」

「はい・・・・幼少時に流行り病で大好きな兄上と死別することになったそうです、よほど大好きであったのでしょうね・・・・むしろ緋刈様がこの世界へ来られた要因とはもしかしたら陛下の御存在があったからかもしれませんね」

何気なく侍従長が言った言葉であったが、ニーサにはこの指摘こそ重要だという確信があった。

陛下がこの世界に転生されたのは偶然と言えるかもしれない、だがその兄である真九郎がこの世界に飛ばされたとなると無関係であると考えるほうが無理がある。

なんらかの、人の身では計り知れない天意が生み出した結果なのだろう・・・・


一見無防備に見えるこの鬼凛の庄であるが、魔術的防備に関しては鉄壁ともいえる念の入れようであり、あのヴァンたちののぞき事件でも分かるように厳重な結界が幾重にも敷設されていた。

そのため皇帝陛下の御寝所を含む大きめの一棟を新たに建築するのみで済んだのだ。

だが真九郎の励ましや同年代の女性隊士たちとの触れ合いで徐々にはつらつさを取り戻した陛下は・・・・・この調子になってしまった。

マルファース王子からしばらくレインドを支えてやって欲しいという指示を受けていたレシュティアも参戦し、陛下に正座させて説教することもある。

「だってぇ~レシュティア~兄様と一緒にいてはいけぬのか?妹なのだぞ」

「それは前世での話でしょ!今は皇帝陛下なんだからいろいろとわきまえなさい」

「レシュティアのけち」

「けちでもなんでも結構、そんなこと言ったら私は前々世では夫婦だったのでこれからは真九郎と一緒に暮らそうかしら」

「あああああああああ!ずっこい!!!」

「だから前世をあまり持ち出されず、現実を受け止めなさいキョウ様」

「レシュティアの言うことだから一応、一応!聞いたことにしてあげるけどさ、兄様のことは前世ではなく現在も兄様なのよ、しかも血縁関係がないので婚姻も自由という現実を受け止めているのじゃ!」

「この減らず口を・・・・ソルティ!」

「はい!」

「この馬鹿娘をしばらく閉じ込めておきなさい!」

「はっ!!かしこまりました!」

「おいソルティ!お前は誰の家臣じゃ!」

「動くなこの馬鹿娘!」

「ひいいいいいいいいい!」




幸せな悩みでもある皇帝陛下のお戯れも、空元気の一つだろうと暖かく見守っていたニーサ。

彼女はザインの助言を得つつも北部海岸の開発計画について日夜議論を交わしていた。

半兵衛により発案された開発計画はよくまとまっており、当初ニーサが考えていた以上の現実的な手続きも踏んでいたことから負けたという感情を抱くほどであったが、半兵衛の成長に改めて驚かされ母親のような気持ちでこの計画を手伝っていこうという思いに至る。

「北部海岸に突き出たタマル半島が包むような形をしているため、この地域は自然の入り江にも関わらず港に適した深さも供えているためこの、セルダッドに港町を建設することを提案します」

「半兵衛よ、港の建設はよいが肝心なのは流通が帝都やデュランシルトに通じて初めて港湾としての意味を為すと思うのだが」

「局長のおっしゃるとおりです、そこで旧デュランシルトに関する資料を整理していた際に見つけたのですが・・・・・・」

半兵衛が取り出したのは古い古地図であった。

それは帝都とデュランシルトの位置関係を示す地図であり、古いがよく測量された貴重な地図であることが分かる。

「このデュランシルトからちょうどセルダッドに向けて走るこの細い線、この正体を探っておりましたところ、古い時代に掘られた水路、もしくは運河であるということが判明いたしました」

「運河??」

「はい、ここに水を引き入れ船による水上輸送を可能にすれば流通のコストは大いに軽減されるでしょう」

「その運河に旧水路を利用するというのだな?」

「はい」

「でもそんなに古い水路を再び開発するとなるとそのコストは馬鹿にならないんじゃない?」

「実は旧水路に関しては実際に確認してきましたが、深さ幅ともに十分な構造を保っております・・・・・皆さんが野駆けで馬を駆るときに通る古い石造りの橋がありますよね?」

「ああ、あの崖というかくぼ地にかかった橋・・・・・もしやあれがセルダッドまで通じているのか?」

「そうなんです、と言いたいところですが、恐らく古い時代の洪水や何かで埋もれてしまっている箇所が数箇所あるようです、そこだけ工事をすれば水路の整備予算は抑えられるでしょう」

「それは活用したいわね、半兵衛くんはこのまま水路関連の調査と計画を進めてちょうだい、私たちは港湾整備と港町の開発を進めましょう」

「ニーサさん、それなのだがこのところ増えている移住者たちに港町の建設計画にかなり興味を示している者たちが多くてね、積極的に彼らにも協力してもらってはどうだろう?」

「私もそれには賛同します、自分たちの力で作り上げた町への愛着って尋常ではないものね、きっといい街づくりをしてくれるはずよ」

港、港町及び水路の計画は数年がかりでの大事業になるだろう、そのための計画立案をしている最中はきっと輝かしい未来が待っているんだという思いが皆を熱っぽく興奮させていく。

もう死界人の王を倒したのだから、後は堅実に実直に現実と向き合って生きていけば報われるのだと、誰もが・・・・・意識する者もしない者もそれに近い感覚を持っていたに違いない。




ある日の休日、真九郎はシルメリアの車椅子を押しながら帝都の治療院を訪れていた。

なにかと武士団が世話になることが多い治療院で向こうも色々と融通を利かせてくれるので助かっている。

今日訪れたのはシルメリアの診療では・・・・・・なかった。

二人は一階奥の部屋をノックすると中にいた隊士がそっと引き戸を開けてくれた。

「エヴァ、いつもすまないな」

「今日は体調が良いようで起き上がって編み物をしてるんですよ」

「ほう、どんな出来だ?」

来客に優しく微笑むのはサクラだった。

「師匠にお姉さままで来てくれたのね、ありがとう」

「サクラちゃんお互い治るまでがんばろうね」

「お姉さまには負けないからね」

「その調子で無理するなよまだまだ寒い日が続くから・・・・・あったかくしているか?」

「うん、エヴァやアストリッドそれにサリサさんたちもよく来てくれるからすごく助かってるの」

微笑む笑顔に力がないのが真九郎の胸を締め付ける。

以前の元気の塊が跳ね回っているような躍動感がそのまま人の姿をとるときっとサクラのような姿になるのではないかと思われていた面影はもはやなく、全身のだるさや痛みと戦っているのがその瞳の奥に滲む悲しみから伝わってくる。

「そうだ、この前欲しがっていた帯飾りに使えそうな装飾品を見つけたんだ」

「師匠・・・・・心配してくれるのは分かるけどいつもいつもじゃお金なくなっちゃうよ?」

「早く元気になってほしくてな、つい買ってしまうのだ」

「でも、すっごくうれしい・・・・レインド様もね公務や帝都に来るたびにいっつもお見舞いに来てくれるんだけど、なんか辛そうで」

「サクラの怪我、病の原因は自分の未熟にあると未だ自責の念から解放されぬのであろう・・・・・レインドらしいな」

「誰のせいでもないのに・・・・むしろイルミスのせい」

「ははは、その通りだ」


サクラの負った怪我は重傷であったが、いくつかの要因が重なり重篤度が増した結果未だに病床の身であったのだ。

あの時、レインドを触手から守ろうと飛び込んだサクラは無意識のうちに限界を超えるために獣化していたということが最近の聞き取り調査で判明している。

その反動ともっとも毒素の強い体液を帯びた触手で体を貫かれたことにより、体内に死界の毒素が入り込み症状が悪化している状態であったのだ。

治療法はなく、その原因が死界の毒素であるということが分かったのもここ一ヶ月ほどであり、エネルギーを与えないために治癒呪文をかけることが禁止された。

サクラの容態は・・・・悪化の一途を辿るばかりでありリョグル先生たちが必死に治療法を探しているが、未だ効果がある治療法には到達していない。

この死界毒、生検時にうっかり触れてしまった助手が絶命するという事件があって判明したこともあり、サクラの体を今でも蝕み続けている。

獣化の後遺症で体力が著しく低下したために体内で毒素を分解することができなくなった、というのがリョグルの推測である。


死界人の武器で傷つけられた魔法力を持つ人はタラニスのように死へ至るが、鬼凛組ような非魔法力所持者が傷つけられても魔法力を持たない健康な免疫機能でいともたやすく無害化されてしまう。

だがサクラは極端に体力が落ちていた時に受けた毒素であることが彼女をここまで苦しめる結果になっている。


症状は進行し、今では手足に軽い麻痺の症状や肺に周った毒素が彼女の呼吸を蝕み始めている。

外科的手術が発展していないこの帝都では魔法を使わずに毒素を摘出する手段がなかった。

驚くほど痩せてしまったサクラの手を握るたびになんとか助ける手段がないものか・・・・祈らずにはいいられない・・・・・

なぜ・・・・シルメリアやサクラが、ここまで苦しまなければならないのか!!!!!

不条理に対する怒りを叫び出したいほどの衝動に幾度となく耐える日々が続く。

それでもサクラは真九郎に頭を撫でられるたびに儚くも美しい、そして幸せそうな笑顔を浮かべていた。





今年の冬は例年より雪が多く士道館の子供たちも大喜びで雪だるまや雪合戦を楽しむ様子を多くの人々に披露することになった。

いつになってもどんな場所でも子供たちの元気に遊ぶ声というものは大人たちの心を安らかにし、やる気を引き出す薬になるものだ。

港町建設の話はデュランシルトへの移住者たちにも想像以上の希望を与えており、死界人は撃退されまた現れたとしても武士団さえいれば恐れる必要はなくなったということは、がんばっただけ報われる世がやってきていたのだという人々の意識改革にまで波及し良循環の兆しが見え始めている。

そんな冬の盛り、会議や資材の買い付けなど四方八方飛び回っていたヴァルレイは夜遅くなった街道をデュランシルトへ向けて移動していた。

トレボー商会を正式に辞しレインドに仕えてから商務担当として働きまわっていた彼であるが、今では一人娘のシャルがすっかりラヴィ班と仲良くなり当初は嫌がっていた移住も納得しヴァルレイとの二人暮らしも落ち着いてきている。

彼は早くに妻と死別しながらも必死に娘を育ててきたが、ここにきてある女性との関係が噂されている。

その女性は娘のシャルがすっかりなついてしまっているため、娘のほうから再婚早くしろとせっつかれるという状況であるのだが、ヴァルレイ自身は商談は得意だが女性を口説くのが苦手なためいつまでもサリサをやきもきさせていた。

サリサとはラヴィ班との打ち合わせで顔を合わすうちにその人柄にヴァルレイがすっかり夢中になってしまい、サリサのほうも商人ながら戦場に同行するなどの勇敢さや影に日向に武士団を支え、ラヴィ班への対応の誠実さにいつしか良い関係になっていたようだ。


そんなヴァルレイは凍える寒さの中、降り始めた雪に舌打ちしつつもまだ馬車の車輪が雪に取られる前にたどり着けそうだという目測にほっとしていたが、一週間前街道沿いに現れたゾンビによって負傷した商人がいたという情報を思い出し夜も夜だけに警戒しなければとあたりを見回していたその時である。

街道沿いの降り積もる雪原の中、ヴァルレイの視界を掠めた何かに違和感を感じさせる。

その違和感の存在を確認しようか迷ったが、もしゾンビであるならばデュランシルトに近いこの街道での発見は一大事である。

ふと娘の姿が脳裏をちらつかせたことで、確認して知らせる義務があると馬車を止めると助手の若い衆に手綱を預けその違和感のほうへと足を進めていく。

一応、朧組から戦闘訓練を受けてはいるが彼が使える戦闘魔法は限られておりせいぜい、火球や石つぶて呪文が放てるぐらいの実力だ。

杖を両手で構えつつ光源を増やそうと手持ちのランタン型呪道具の他に浮遊する小光源呪文を唱える。

緊張のため発動したのは一つであったが、闇夜の中に雪を踏みしだく音だけが響く中、白銀の雪原が恐怖を駆り立てていく。

「な、なんでもなければいいんだが・・・・・ひっ!!」

突如右方向から聞えてきた物音に軽く悲鳴を上げたことに恥ずかしいと思う間もなく、その物音の対象を見てヴァルレイは心臓が口から出るほどに驚いた。

「マ、マユ様!???」

雪原に倒れるのは巫女装束らしき服を着た少女・・・・・狐耳と豊かな二色の尻尾・・・・・だがその巫女装束は赤く染まり、所々が鋭利な何かで切り裂かれたような痕跡があった。

「マユ様!!!」

もしかして死んでいるのかと激しく動揺したが、体温は低下しているもののまだ暖かく脈もある・・・・・

ヴァルレイは周囲の雪が血に染まっていることにも驚いたが、すぐに着ていたコートを脱いでマユを包むとかついで助手に助けを求める。

荷台に満載していた荷物はマユを寝かせるだけのスペースを作るため迷う事なく廃棄され、助手に馬車を任せつつ走る車内で応急手当だけでもとマユ傷を確認するが背中の傷が深い・・・・・

今できることは温めることだと判断したヴァルレイによって体勢的に傷口を圧迫するように荷物を動かしつつ積荷にあった毛皮や布を取り出してひたすら温めた・・・・


ほどなくデュランシルトに到着するとそのまま治療院にかつぎこみつつ、レインドや真九郎たちの元へ伝えられることになった。


知らせを受けた真九郎はすぐにマユの元へ走り、レインドや義経、ナデシコ、サクラやニーサたちも寝巻き姿のまま治療室に飛んでくるのだった。

「マユしっかりしろ!!」

「マユちゃん!!!マユちゃん!!!」

「マユ!!!おいマユ!!!」

遅れてやってきたシルメリアによって高度の治癒術がかけられると徐々に血色も回復していくが、未だ意識が戻る気配はない。

体を温めるための暖房器具や湯たんぽなどで傷ついたマユを救うべくあらゆる対策を試していく中、焦る気持ちをどうにか押し殺し真九郎は廊下に義経とレインドを呼び出した。

「レインド様・・・・・今より軍議を開きたく思います」

「局長に任せよう、僕はラルゴ氏族や皇帝陛下に直接伝えてこようと思う」

「それがよいかと思います、義経、全軍招集だ」

「は、はい!」


常に死界人の襲来に備えている武士団の危機対応能力は高い。

僅か数分で帝都や貴族たちの護衛申請に出向いている隊士を除き全員が会議室・・・・通称鬼の間に集合した。

鍛錬の疲れで眠そうな顔をしている者も多いが、事態の深刻さに目付きだけはしっかりしている。


すぐに義経が皆に向かって事情説明を始めていた。

「さきほどヴァルレイ殿がデュランシルトへの帰路、雪の中で血だらけで倒れている・・・・・マユを発見保護した」

「マ、マユちゃん!!??」

「マユ様!?」

姿を消したはずのマユが血だらけで倒れていたという情報・・・・・

恐らく新たな死界人ば現れたものと予想していただけに、武士団の動揺はすさまじかった。


「驚くのも無理はないが我らの恩人が襲われたのだ、状況からして逃げたマユを追撃してくる何者かがいるかもしれない、全軍四式装備で警戒態勢にあたれ!割り振りは追って沙汰する」

『『『はっ!!!!』』』


ただちに朧組を主体とした魔法による探知と防御結界の構築が始まった。

鬼凛組は鼻の利く紅葉隊が門前をがっちりと防衛する間に、対術防御力に特化した特殊隊服への着替えと朧組による防御呪文付与が滞りなく進んでいく。

これもザインによって立案されたデュランシルト防衛計画のひとつであり、四式装備もその一つだ。

後にその優秀さのため朧組にも採用される運びになる。


シルメリアも車椅子ながら広域探知による情報警戒にあたることになった。

「反応が何かあるか?もしかしたらピスケルも」

「それが・・・・・反応がないの・・・・たまに街道を移動する馬車があるけど、行商人のようで、あまり強い魔法力は感じません」

「いったい何が起ころうとしているのだ」

「局長さん!」

後ろからかけられた声の主は、大地母神神殿のソラであった。

「ソラ殿、マユの容態はどうであろう」

「いまだ意識は戻りませんが・・・・・大地の御使いを傷つけることができる存在がいるなどと考えると震えが止まりません」

「お察ししよう、だがソラ殿だからこそ思い当たることはないだろうか?」

「・・・・・」

「あるのだな?」

真九郎の問いは穏やかではあるが、その強い意志にソラは意を決して話し出した。

「関係あるかは分かりませんが、ここ数ヶ月、そうマユ様が姿を隠してから後、この大陸だけでもかなりの天変地異・・・・と呼ぶべきでしょうか、異変が報告されているのです」

「それは先週あった地震も関係するのか?」

「まさしくその通りです、リシュメアの南西にあるフィバル王国では謎の疫病が発生し、リシュメアでも竜巻による被害が出ているようです、さらにはベルパや東連でも魔物の襲撃報告が多数あがっているようです、ここ帝国でもいずれ・・・」

「天災は続くことがあるというが、これがマユとどう関係あるのか教えてもらえないだろうか?」

「実は・・・・・神殿の最重要機密事項なのですがマユ様を守るために必要な情報として開示します・・・・ここ一ヶ月ほどニル・リーサ様への祈りに対し反応がまったくないのです」

「ソラさん、きっと真九郎は反応というのが分からないと思うの教えてあげてください」

「そうね、そうですよねごめんなさい、我ら大地母神に仕える神官たちが祈りを捧げると神殿にある大地母神に捧げた聖杯に揺らぎというか波紋が一定周期のリズムで音を奏でるかのような波紋を描くのです、それはまるで踊っているかのような神聖な気に満ち溢れるものなのです、我々はこの現象を女神の相槌と呼んでおります」

「なるほど・・・マユは大地母神の御使いであるならば、ニル・リーサ様に何かが起こった・・・と?見るべきなのだな?」

「考えたくはありません、口にしたくはありませんが・・・・・マユ様の状況を考えるならば」

「神や御使いを追い詰める存在とはいったい・・・・・」


だがその夜は何も起こることはなく、一週間ほど警戒態勢を続けたが追撃者は現れることはなかった。

半数を通常業務へ戻しつつ、マユへの警備は厳重なままであるが未だに女神の相槌は現れることなくやはりマユとの関連性が指摘さている。

そのマユは未だ眠りから覚めることなはく、怪我は回復しているもののまるで冬眠のような深い眠りについており体を守るためにとった本能的行動だろうという予測だった。



さらに一ヶ月が経過し春の兆しが見え初めてきた頃、帝国元老院に宛て届いた一通の親書が帝国に新たな衝撃を与えていた。

その親書内容を吟味するために元老院のメンバーと関係者が集まったのは、崩落の危険があるとして現在では使われずにいるエル・ヴァリスではなくシルヴァリオン本部の戦術会議室だ。

皇帝陛下はもちろんのこと、元老院議員の貴族たちとラグレイ伯爵とダルツェン侯爵、そしてシルヴァリオン。

また鬼凛組からはレインドと真九郎そしてニーサ、半兵衛が同席することになった。

シルヴァリオンの本部設備だけあって、会議室には装飾らしい装飾は一切なく卓上には近隣地図のボードや位置表示用の呪道具の操作パネルなどが置かれ物々しい雰囲気が漂っている。



司会役を受け持つのあの騒乱を生き延びた元老院副議長のマーカスだ。

「此度、北方大陸の神聖ヴァルジェリス王国より一通の親書・・・・・のようなものが届いたことは既に周知のことだと思う、これよりその内容を開示し皆とその対応を協議したいと思う」

厳重に保管された魔法結界によって保護された箱からマーカスが取り出したのは国同士がやり取りする際に用いられる様式の装丁と封がなされた書状であったが・・・・明らかな格下に送る時に用いられるグアナ式の装丁であることがマーカスの額に青筋を立てていた。


「神聖ヴァルジェリス王国 カルヴァン王よりの要求を以下に書き記す、1、帝都と呼称されるアルマナ国の王都が死界人に襲われた経緯が未だ神聖王国に報告が為されていない件について、弁明があるなら速やかに行うべし。


この失礼極まる文言に多くの貴族たちが憤慨した。

皇帝陛下は悔しそうな表情を隠すこともなく拳を固く握り締めている。

マーカスも予想通りの反応であるのを確認し内容を読み上げて言った。


2、死界人を撃退したという、魔法力のない集団、武士団の身柄を即刻神聖王国に引き渡すべし。


3、死界人撃退に効果のあったとされるソルダという蛮族の武器を全て神聖王国へ提出すること。


4、妖人種撃退に使われた砲台は、過去に結ばれた 『メルベ谷の約定』 に違反していることは明確であり速やかな解体作業を実施せよ。


5、事態の責任を取り現在皇帝を自称しているアルマナ王は即刻退位し、次期王の選定については神聖王国の神託に従うべし。


6、死界人撃退は神聖王国が光神ウルヴァより賜った神託により果たされるべき聖なる義務であったにも関わらず、その聖務を奪い去った盗人のごとき所業に対して帝国金貨換算でプラチナ金貨3億枚を支払うべし。


7、以上の要求が速やかに実施されなければ光神ウルヴァの神託に従い、我が王国は神の雷の如き迅速さと大軍を持って応じるであろう。




しばらくの間、沈黙が続いた。

誰も口を開こうとせず何から話を切り出せばよいのかもわからず、ただ沈黙が長く長く会議場に居座った。


そして最初に口を開いたのは、真九郎であった。


「すまぬが、その神聖王国とやらの知識がないのだ、誰か説明してもらえると助かるのだが」

「おっと、これは失礼した緋刈殿、ではどなたか・・・・」

「私がご説明いたします」

すっと立ち上がったのはダルツェン侯爵の長男であのマルレーネの兄にあたる現行政府の統合作戦室を任されていたキャスパー伯であった。

美しく愛嬌のあったマルレーネの兄だけあってなかなかの美男子である。

妹マルレーネの件で何度かデュランシルトを訪れていたが、貴族の地位には頓着もしない実務家という印象が強く武士団で妹が大事にされていたことを知り逆に感謝されたほどだ。

そんなキャスパー伯が真九郎に説明を申し出てくれた。

「この中央大陸の北、正確には北西にある北方大陸の勇・・・・覇者・・・・問題児というのがあの神聖ヴァルジェリス王国であります」

問題児という言葉に苦笑いが広がる。

「要求に何度も出てきた神託という単語ですが、あの国は光神ウルヴァを祭る大神殿がありその御子が国王として神託を元に国を統治してきた歴史があります」

「一つ疑問なのだが、神託は国が統治・・・・・政が実行可能なほどの詳細な内容が細かく出るものなのでしょうか?」

「緋刈殿、核心部分はそこなのです、情報によれば神託は数年に一度抽象的内容が伝わるだけであり、これは大地母神神殿の神託と近いと言えるでしょう、ようは光神の神託を都合の良いように解釈して自分たちまで崇高な存在とのぼせ上がっているのがあの神聖王国の実態なのです」

「・・・・病気だな」

真九郎の的確すぎる表現にキャスパーにまで苦笑いが伝染する。

「ただ神聖王国の軍隊は長年秘匿されてきた古代魔術の系譜が残存しており、動員兵力は20万とも言われているのです」

「・・・・・」

今の帝国に20万の兵を撃退する力・・・・・・砲台をフル稼働してなんとか戦線を支えられるかという程度であろう。

だがあの戦いによって砲台の数基が破損し復旧には数年を要する事態に陥っていることはまだ神聖王国には伝わっていなかった。

死角砲台を突かれれば帝都の陥落は容易であり、帝国はその歴史に終止符を打つことになる。


「ヴァルジェリスはその妄信的なまでの光神崇拝の弊害で他の神々を崇める国々と揉め、実際戦争を起こしてきた過去があり今回も奴らは本気あると見るべきでしょう」

「キャスパー伯、説明助かりました」

「いえ、詳細な報告を部下にまとめさせておりますので、本日の夕刻には皆様に詳細な資料をお渡しできるかと思います」

「さすがダルツェン侯爵の跡取りでありますな」

「息子はこういう些事が好みでな派手な場に出るのを嫌うのだ」

「ついてはここで皆様の意見を聞きたい、神聖王国のこの要求文は本気だと思うか?」


貴族たちはこけおどしで様子を見るだけとの意見が大勢を占めたが、真九郎が肌で感じたのはそうあって欲しいという願望に似た空気であったように思う。

だがここで異なる意見を発言した人物が現れた。

「鬼凛組参謀を務めております、半兵衛と申します、私は神聖王国の7か条要求は本気、と判断します」

「半兵衛殿、その理由を聞かせていただけるのですな?」

マーカスはこの半兵衛という若き侍に並々ならぬ期待を抱いている。

「シルヴァリオンのノルディン隊長より閲覧許可を頂いた資料を先程まで確認していましたが、あの国は80年以上前から死界人の脅威の有無について調査を継続していた記録が残っておりました」

「80年以上・・・・前ですと?」

「はい、神聖王国は虎視眈々と帝国に対する侵攻の機会を窺っていたと思われます、皮肉ですがかろうじてその防波堤の役目を果たしていたのがシカイビトリスクでありましょう」

死界人が防波堤になっていたという指摘には多くの参加者が納得するに十分な内容である。

「かの国は神託を根拠にかなり綿密で念の入った侵攻計画を数年単位で着々と進める国であります、ならば80年以上前から続けていた調査は今現在でも継続され我々武士団も多くの諜報活動に晒され続けていたのです」

「たしか、監視者の存在については武士団から報告が上がっていたが、その正体が神聖王国であったのか?」

「神聖王国もそのひとつであった、というのが正しい情報でしょう・・・・我々は内外から常に監視され続けていたのです、そしてその対象の身柄と武器の引渡しを求めてきたということにこそ、我々の勝機があるように思えます」


半兵衛の発言を真剣に受け止め議論を交わし始めた元老院や貴族たちの発言は、武士団を帝国の宝と考えているのが伝わりニーサもその変化に感動すら覚えていた。

当初は当然であるが反発や猜疑心、嫉妬に塗れた言葉をやり過ごし応戦する労力に嫌気がさしていたことを思うと感慨深い。


貴族や元老院は神聖王国に対する怒りの言葉であふれた。

だがニーサは冷静である、怒りはいつか冷める・・・・その冷めたときこそがチャンスでありピンチなのだ。

そのとき唐突に武士団へ意見を求めてきた貴族がいた。

「レインド将軍はこの事態、どのようにお考えか?」


レインドは押し黙りずっと腕組みをしながら意見に耳を傾けてきた。

「時間的余裕がどれほど残されているのかをずっと考えていました、要求に屈するにしろ、抗うにしろ」

「「「!!!!」」」

「今はまだ冬の時期、春の匂いが訪れてまいりましたが未だ雪が残る時期・・・・北方大陸では雪深い時期での行軍は行わないという情報を耳にしたことがあります、なれば碧月の日が一つの目安になりましょう」

碧月の日・・・・・日本に照らし合わせれば春分の日と言えなくもない。

季節の変わり目、春の訪れを告げる大気中を流れるオルナ気流の蛇行によって月が碧色に見えることからそう名付けられた碧月の日。


「たしかにレインド将軍の提示した時期の目安は参考になります、ここに碧月の日までにどうのぞむべきかを方針の一つに加えたいと思います」


うまいとニーサは思わずレインドを抱きしめて頭を撫でたくなる衝動を必死に抑えた。

この日付までに決めるという情報はいずれ神聖王国諜報員の耳に入るだろう。

そうなれば次のリアクションが恐らく神聖王国側からなんらかの手段で伝わるに違いない、後でそこまで言うならこれぐらいならどう?と飲みやすくするための高い要求なのか・・・・もしくは本物の傍若無人な要求なのかを把握する材料になる。


各要求に対する精査も含め対応課題がある程度明確になったところで会議は解散となった。

「一難去ってまた一難であるな」

「局長は落ち着いておりますね」

「騒いで解決するものでもなかろう、会議の内容とは関係なく我々が進めるべき対策を検討しよう・・・・・それよりも半兵衛よ自らシルヴァリオンの資料を確認したとは素晴らしい対応だった」

「あ、ありがとうございます!」

「もう俺は必要なさそうだな」

「何言ってるんですか!!局長あっての武士団じゃないですか!」

「興奮するなよ半兵衛」

「師匠いなくちゃ武士団回らないんだから、そんなこと言わないで」

レインドの子供っぽいお願いに思わず冗談だと流すものの、半分冗談だったとは言い出せなかった。

こういう人たらしもこいつの才能だなと、思わず頭をごしごしと撫でるとうれしそうにはにかむ姿なんとも庇護欲をそそる。

いまだにマグナやサクラのことで心を痛めていることを思うと、胸がちくりと痛む。

正直、シルメリアやサクラの病状に効く薬や治療法の捜索に行けるならばすぐにでも飛んで行きたい衝動を日々抑えている毎日だ。

踏みとどまっているのは多くの責務と武士としての誇り・・・・

守りたい人々とのせめぎ合いなのだ。

自分のような世にうとい人間が飛び出したところで、道に迷うのが関の山なのだ、そんなことは分かっていると自分に言い聞かせる真九郎もまたレインド同様に自責の念と戦い続けている。


「してどういたしますか?」

「ジングさんの鎧修復の進捗を聞きたいな」

「ではドワーフ工房に顔を出していきましょう、陣中見舞いとして何か差し入れるのがよろしいかと、レインド様自ら顔を出せば皆喜びます」

「そうだね、どこかいい場所はあるかな??ドワーフの人たちだからがっつりと食べ応えのあるものがいいのかな?」

「実は以前も顔出したときにそう思ってハンバーガーを差し入れたのですが、甘い物のほうがうれしいと買いに行かされたことが・・・・」

「じゃあこないだ主人と食べ歩いた時に見つけたスイーツお店がいいかもしれないわ」

「こういうのはニーサに任せるのがいいな」

「ですね」


なんだかんだで美女と野獣などと言われつつも、相思相愛のラブラブ夫婦であり、最近ではザインも開き直ってニーサへの愛情を隠すこともしなくなってきている。

そんなニーサに案内されたのはいわゆるワッフルの専門店で甘い香りが鼻腔をくすぐり賞味してみたい欲を抑えるのに苦労する。

これをザインがニーサとのろけ顔でワッフルをほおばっている姿を想像し半兵衛は思わず噴出しそうになるのを堪えた。

大量注文なので30分ほど時間がかかるとのことで、外のテラスでお茶を飲む間待つことにした。

その間も対策を詰めるは話し合いは続く。

「神聖王国が大軍を持って侵攻することはないと俺は考えるが半兵衛はどう思う?」

「私も局長の意見に同意します」

「それほどの大軍があるのであれば、むしろ準備や警戒を怠るような工作が進むであろうな」

レインドは通りを歩く人々を見ながらずっと考えていた言葉を口に出した。

「つまり奴らの本当の狙いは・・・・僕たち鬼凛組だと思う」

「そうでありましょう」

「さすが将軍」

「もう、やめてよ半兵衛」

照れつつ頭を掻く仕草はどこにでもいる、いやいないのだが穏やかな雰囲気の美少年にしか見えない。

「私が気になっているのは聖務を横取りしたという難癖なの、プライドが高い連中だけに自分たちの手柄にならなくて我慢ならないのかもしれないわ」

「事が全て成った後、死界人を倒したのは我々であるという喧伝を大げさにするのかもしれないな・・・・さぞ崇高な宣伝になることであろうよ」

真九郎の皮肉たっぷりの言い方に笑いかけたが、事が全て成った後という表現に対しての恐れからその笑いも引きつっている。

「むしろ神聖王国にとって我々鬼凛組は敵なのでしょうね、死界人に対抗する手段を見出せなかったのはどの国も同じことでしょう、局長が死界人と戦ったのも偶然の要素が強い」

「そうなのだ、あれは偶然・・・・そう思いたいが、よくまあ勝てたものだと今でも思うよ」

「そこから始まったのね、いえ違うわね、真九郎さんとシルメリア、そしてレインド様が出会った時に何かが動き出したのだわ・・・・」

考えうる思考の限界の先に原因があるような気がして半兵衛は思わず頭を掻いた。

マルレーネの言葉を借りるならば神話の領域なのかもしれないのだ、今現在起こっていることは。


「あのもしかして武士団の皆様でしょうか?」


そう訪ねてきたのはスイーツ店の店主らしき夫婦の姿だった。

婦人の隣にはまだ4,5歳の女の子が興味津々にこちらを見ていた。

「いかにも我らは武士団の者だが・・・・・迷惑だったであろうか?」

真九郎の気遣いに夫婦はとんでもないと頭を下げる。

「実は私と女房、そしてこの娘はあの帝都の台所に避難していたのです、だからそのいつかお礼をしなければとずっと思っておりました」

「あの十六夜様とマルレーネ様には娘とよくお参りさせてもらっているんです・・・・・みんな感謝しています」

レインドはしゃがむと好奇心旺盛な女の子の頭を撫でながら答える。

「そのお気持ちだけで十分なのです、我らはそれこそが使命であります・・・・十六夜を見守ってくれてありがとね」

「いざよいのおにいちゃんかっこいい!マルレーネおねえちゃんすっごくきれいだね!」

「いつか・・・いつの日か二人を絶対に元に戻してみせるから・・・・!」

満面の笑みを浮かべる女の子はすぐにレインドに懐いてもう抱きついてしまっている。

「こら失礼でしょ!ご、ごめんなさいレインド様!」

「いいんですよ、私たちが十六夜たちが命がけで守った平和を実感できる良い機会です・・・・ありがとう」

レインドはやたら甘え上手なその女の子の頬を優しくつっつきながら、いつの間にか・・・・・自分の頬に涙が伝っているのを知った。


その後ジングの元で修理状況の進捗を確認しに向かったが全員分がほぼ完了し一部は輸送準備に入っている最中であった。

「ジングさんの手際にいつも驚かされます」

「驚かされるのはわしのほうだわ、あの頑丈な鎧があれほどにぶっ壊れるとはな・・・・いや責めているのではない、奴らの恐ろしさを改めて実感したのよ」

「あの鎧がなければ死者は今の倍以上にのぼっていたでしょう」

「正直なあの状態の物を修理しても意味がないのでな、大部分は新品じゃ」

「やはりそうなりましたか」

「だが全て性能はあがっておるぞ、動き安さも改良しておるで思う存分また死なない程度にぶち壊してこい」

ありがとうとジングと真九郎は固い握手を交わす。

「それはそうとな・・・・こいつをサクラに届けてやってくれんか・・・・」

ジングが取り出したのはサクラ専用にカスタマイズされた二式鎧一式だった。

「サクラ用に諜報任務や隠密が必要なときに色を周囲に変化できる呪道具を組み込んでみた・・・・・はよう元気になってまたじじいの戯言で笑って欲しくてな」

「帰りに私が届けましょう、サクラもきっと喜ぶでしょう」



その足で治療院を訪れた時、付き添いのアストリッドが事務手続きで席を外していた。

ノックをしようと戸に近づくと・・・・・中から聞えてきたのはサクラの嗚咽だった。

ガラガラと戸を開け中に入ると驚くサクラが泣いているのを隠そうと、必死に・・・健気にごまかそうとしている様が目に映る。

震える手で編み物をしている途中に思い余って堪え切れなかった思いが爆発したのだろう・・・・肩まで伸びたその赤い髪を掻き毟り、床には不恰好な編み物が投げだされ赤い毛糸玉が転がっていく。

鎧の箱をそっと床に置くと真九郎は静かにサクラを優しく抱きしめていた。

「すまぬサクラ・・・・・お前にばかり辛く苦しい思いをさせてしまって」

「師匠おおお!!サクラ・・・・苦しいよぉ・・・・痛いの・・・苦しいの・・・・体中が痛いの・・・もうやだよぉ!!」

耐えていたのだ。

全身を蝕む病魔に体を侵食されその痛みと戦うサクラだったが、ついに真九郎の前で思いを吐露していた。

嗚咽と痛みに呻く声が混ざり合い病室に響き渡り、サクラはその瞳から止まることのない涙を流し続けている・・・・・それは絶望からくる涙なのかもしくは痛みからなのか・・・・

「絶対治してやるから!」

「治りたい・・・・またみんなと一緒に稽古したい・・・・ナディアとナデシコと義経とまた勝負したいよぉ!!」

「できるさきっとできるさ、俺だって死ぬと言われていたのに今ではピンピンしているのだ、絶対に希望を捨てるなサクラ!!」

「師匠・・・泣いてる・・・・」

「大事なサクラが悲しんでいるのだ、もらい泣きして何が悪い・・・・神でも仏でもいい、頼むこれ以上俺たちから奪わないでくれ・・・・」

「師匠・・・・一つだけお願い聞いてくれるなら・・・・サクラどんな辛いことでも痛いことでもがんばれる・・・・」

「お願い??いいぞそれでサクラが病魔と闘えるなら、俺にできることならなんでもしよう!」

「じゃあ・・・・・元気になったらね・・・・師匠の子供が欲しい・・・・」

「子供かそうだな・・・え?子供?」

「うん、師匠の子供を産める日が来るならサクラはどんな辛いことにも耐えられるから・・・・お姉さまには私が土下座してでもお願いする」

「・・・・できることなどんなことでもと言ったのは俺だ、うむ武士に二言はない・・・・分かった俺の子を産んでくれ、だが絶対に治らなければ許さんぞ!切腹だからな!」

「やった・・・・うん、がんばるから戦うよ!」

「頼む、頼むからその痛みを俺にも分けてくれ・・・・サクラ1人に背負わせないでくれ・・・」

神よ!とは言えなかった・・・・・呻く真九郎の嗚咽にサクラはただ甘える子猫のように抱きついていた。

サクラの思いは知っていた、だがその思いがサクラの生きる力になってくれるなら我が身がどのような蔑みを受けようが受け入れる覚悟を、真九郎は誓った。




第五章 完



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