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侍ジュリエット  作者: 水陰詩雫
第五章 鬼凛草子
62/74

10 あなたの笑顔が大好きです




 「ままー!!今日もあそこ行こう!!!」

「マークは本当に十六夜さんに会うのが大好きなのね」

「うん!だってかっこいいんだもん!」


まだ5,6歳の男の子と手を繋ぎながら歩くまだ若い母親は、帝都の台所へ新たに建てられた小さな講堂に赴くと既に大勢の人が行列を作り並んでいる。

「まま!きょうもひとがいーーーっぱいだね」

「マークの大好きな十六夜さんに会えるからかしら?」

「うん!いざよいはね、すーーーっごく強いんだよ!あのシカイビトをたくさんね、いっぱいね、やっつけちゃったんだよ!」

「そうね、ママも見ていたけどあれはすごかったわ・・・・・・まるで神様が使わしてくれた、神の使いなんじゃないかってみんな思ったのよ」

「かみのつか????うーん、いざよいはね さむらい なんだよ、きりんぐみはね!!!いざよいみたくつよいひとがね、いーっぱいいるんだって!!」

「マークは鬼凛組がサムライが大好き・・・・なのね」

「うん!!!」

「いざよいのほかにはね・・・・・よしつねがかっこいいんだよ!!!あのソルダを二本もつかってたたかうんだよ!!」

「ままはナデシコさんが好きかな、竜杖祭のときから応援してるのよ」

「あとねあとね!!!」

まだまだ鬼凛組のことについて話したりない男の子は熱っぽくサムライの話を母親に聞かせようとはりきっている。

列に並んだ他の住民たちもその様子を微笑ましく・・・・・穏やかな表情で見守っていた。



徐々に列は進み、親子は講堂内に入ると大勢の住民・・・・親子連れが多いように思う・・・・・・皆が手を合わせ、講堂中央に広がる淡くやさしい青みがかった光の中を見つめていた。

その光を取り囲むように長椅子が年配者向けに両端に数脚設置され、老人たちの語らいの場であったり家族で祈りを捧げあう場となっている。

穏やかな光景は4,5ヶ月前にこの地を襲った忌まわしき災厄の中心地とは、とても思えぬほどの・・・・優しい時間が流れる空間であった。

自然と人が並びあい、押し合うことなく天上の小川のせせらぎに似た人の流れはやがてその親子を目的の場所までたどり着かせる。


そして講堂中央で半球状に広がるその青みがかったやさしい光の中央には・・・・・・・





長大な剣を石畳に突き刺し片膝を付きながら体を支える・・・・・毅然と正面を見据えた巨躯の凛々しい男の姿が・・・・・石になった姿が悠然と座していた。

そしてその男の正面には、


まるで見つめあう恥らう恋人たちのように穏やかな表情で膝をつき祈る・・・・・美しき少女の・・・・・・石像が静かに佇んでいた。



「いざよいさん!!ぼくたちを、ままを、まもってくれて、ありがとう!!!!」

「十六夜様・・・・・・・・ありがとうございます」


気付くと祈りを捧げる親たちの多くが淡く清浄で荘厳な姿に涙を流していた・・・・・・

そしてまた、新たな親子連れが祈りを捧げるために花束を持って現れた。


十六夜前の石台にはあふれんばかりの花束で埋め尽くされている。






イルミス戦役・・・・・歴史学者の議論が必要なために未だ正式な名称ではなく仮称のままではあるが・・・・・

この戦役から既に5ヶ月が経過しようとしていた。


東連は脱退したベルパを仲介に帝国へ正式に降伏を通達し、ドゥベルグも甚大な被害と王族の許可を得ずに進めていたことが発覚。

条件付降伏を受諾した。

帝国側としてはそもそも東連やドゥベルグと戦争をしたという自覚はなく、イルミス教団に良いように操られたと見ており逆に彼らのプライドを傷つけることになっていた。


リシュメア王国で生じたデイン王に対しての一斉蜂起は旧近衛衛士隊を中心に互角の勝負を繰り広げていたが、ドゥベルグやイルミス教団の敗北が知れ渡ると形勢が一気に逆転。

国王派貴族は早々に和睦を提案し、デイン王は側近を連れて行方不明となる始末であった。

王都が大規模な戦場にならずに済み、幽閉されていたマルファース王子とジン王子が無事も確認され、この大陸の各国は皆理由は違えど深い傷を負ったのだ。


そのため戦後処理は遅々として進まなかった。

帝都内の建物などの被害はほとんどなかったが、あの美しき王城エル・ヴァリスの痛々しい姿に心を痛める人々は多い。


以外にも不眠不休で事態の収拾にあたっていたのは、大地母神神殿の神官たちも同様であった。

あの妖人種の死体をそのまま放置しておくと、不死化したり大地が瘴気に汚染される恐れがあるため浄化作業や焼却作業には民間人から大量の人員が借り出されている。

3ヶ月を超えた頃からは夜中にゾンビ化した妖人種が確認されるようになり、護衛をつけつつの焼却作業となってしまった。



各国共、未だ自分の怪我の手当てすら満足にできない状況である・・・・・・・



今回の戦役において中核的な存在であり、あのイルミスを討ち果たした武士団も未だ自分たちの流した血の多さを受け止めきれずにいる。

マユとピスケルの結界によって守られたデュランシルトだったが、鬼凛組の約半数が帰らぬ人となり若い命を散らせたことを住民たちも自分の家族のことのように悲しんだ。


王城と台所へ出征した鬼凛組隊士は例外なく怪我を負っていたため、その後の隊務や復興策、帝国側との打ち合わせなども半兵衛の指揮の元、焔や怪我の程度が軽い者たちを総動員して対応にあたった。

その流れもあり二日後には王城があのような姿になったことから、最も安全な場所として皇帝陛下がデュランシルトへ移られることになりその受け入れ作業で住民総動員で対応にあたるなど・・・・・


悲しむ暇さえなかったのが現状だ。

一ヶ月が経過した後、不死化した妖人種の警戒や新たな石珠が発見されたというデマが飛び交いそのたびに焔と竜胆を主力とする即応部隊を臨時編成し派遣する羽目にまでなっている。

武士団がその態勢を実戦稼動領域にまで回復させることができたのは5ヵ月後になってからであった。

新たに黒の閃風に抜擢されたのは竜胆と紫苑であった。

マグナとベントという隊中でも有数の使い手を二人も失ったことは大きすぎた。

さらには若い隊士たちのおった心の傷は、未だ彼らを苦しめている。


そして朧組では・・・・・あの薄闇の月光が未だ病の床にある。

ダナン砲台からの砲撃が止みフィグリア平原には妖人種の夥しい死体と激戦の痕跡が広がっていた。

既に妖人種やログランは軍を構成することは叶わず敗走を続け、帝都は守られたと・・・・・言いたかったが・・・・・・


守備にあたった帝国軍の損耗率は50%を超え、こちら側も既に軍としての機能を維持することすら困難な状況である。

生存者も怪我を負っている者がほとんどであり、動ける者が帝都から馬車を用立ててもらい帝都への帰還を果たすための準備に追われている。


朧組の負傷者たちもいち早く帝都に搬送され、その中にはシルメリアの姿もあった。

ソルベドはなんとか一命を取りとめたが、シルメリアは全身を襲う激痛に悶え苦しんでいたのだった。

「ああああああああ!!!!!くうううううう!!!」

全身から血が噴出し、吐血も激しくシルヴァリオンの治癒術師たちが必死に治癒呪文をかけるもののその現象は収まる気配がない。


知らせを受け息を切らせて駆けつけたレシュティアはシルメリアの様子に取り乱すことなく、手を握り声をかけた。

「シルメリア!!!前にも一度だけあったでしょ!?あのときだって耐えられたんだから大丈夫、あの人がもうすぐあの人が来てくれるわ!!!」

「姫様!?前にもとは!?」

治癒術師たちの問い、レシュティアは重い口を開く・・・・・

「これは他言無用よ・・・・もし漏らしたら外交問題であんたたちの首が飛ぶわよ、いいわね!?」

有無を言わさぬ迫力にただ頷くことすらできない術師たちだが、聞かされた内容に腰を抜かす者が続出した。

「彼女はね・・・・・古代魔族の王の血統である、ニュクス族の生き残りなのよ」


ニュクス族。

あのログランですら下級種族となり触れることさえできぬと言われる貴種の中の貴種。

もっとも精霊や神に近いとされた古代魔族の王族の血統こそがニュクス族と言われるのだ。


これはおとぎ話の・・・・童話の類の話として語り継がれてきたものだが、この場にいる者たちは誰一人のそれを疑うことが出来なかった。

シルメリアの持つ常人離れした魔法力とその実力・・・・・言われてみればニュクス族であればこそ可能と思われる才能・・・・・

無音声詠唱や移動詠唱など、軽々と当たり前のようにこなしというニュクスの資質を丸々受け継いでいるのだ。


しかもその人間離れした美しさ。

苦しむ姿でさえ、被虐的思考を持たない者でも美しいと思わざるを得ないその悶え苦しむうめき声さえ・・・・・人は美しいと感じてしまうのだ


「あの方を救う方法はないのですか!?」

「以前・・・・血の衝動を抑えきれずに血を飲みすぎてしまったときはね、丸一日苦しんでいたわ・・・・・」

「では・・・・・今回は・・・・・」

「少しでも彼女の出血を止めて呪文で体力を回復させ続けるしかないわ!帝都中の術師を掻き集めてでもやってちょうだい!!!あの娘がいなかったら帝都は滅んでいたかもしれないのよ!?それぐらいやってちょうだいお願いよ!」

「もうすぐ帝国軍と王城奪還に向かった鬼凛組の負傷者たちも臨時病院となったシルヴァリオン本部へ移送されてくるはずです・・・・ですがやりましょう・・・・やらなくてはいけません」

「治癒術を使える住民たちにもお触れを出して募集なさい!今こそ帝都を守った人たちに恩を返すときよ、エルナバーグだって血を流したの、帝国も名ばかりだけじゃなくその底力を見せてみなさい!」

「かしこまりました!!!」

レシュティア姫の励ましは、まるで成功を確信させてしまうような説得力を秘め、聞く者たちの心を奮い立たせる力が発揮されていく。

こうして帝国軍の壊滅を防いだ英雄たちのために帝都中から治癒術師が昼夜を問わず、治癒術をかけ続けたが出血を抑えるに留まっている。

シルメリアを励ますための一番の薬ともいえる真九郎も、出血多量の重態で意識が朦朧としている状況であり、治癒術の効果が薄い彼のほうが命の危険が高いとまで言われている。


そんな絶望的な状況をなんとか乗り切り現在に至るが・・・・・・

あの苛烈な魔法攻撃を打ち続けたことが彼女に強いたのは、大きすぎる代償であった。

「今日はね、猟師のパバロさんからワルマ肉をおすそ分けしてもらったのよ、さっそくシズクちゃんに手伝って調理してきちゃうわね」

「サリサさんいつもありがとう」

「何を言っているの、しっかり療養しなくちゃだめよシルメリアさん」

シルメリアは自室のベッドで上半身を起こしていたが、サイドボードにあるコップを取ろうとし体のバランスを崩し・・・・・

そのままベッドからずり落ちてしまう。

「いた、いたたた・・・」

サリサお手製のかわいらしいパジャマがはだけてしまう・・・・

シルメリアは起き上がろうともがくが・・・・足がいうことを効かなかった。

「くっ・・・・もう・・・・少し・・・・・くっ・・・・」

腕の力で手すりにつかまり、上体を起こすだけでも相当な体力を消耗しているのに気付く。

足をさするも感覚はあるが・・・・・微量にしか力が伝わらない自分の足が呪わしい・・・・・


でも、シルメリアは自身の取った行動にまったく後悔はしていなかった。

あのとき血を飲んででも妖人種を撃退しなければ、帝国軍は壊滅していただろう。

それに・・・・・・

大丈夫、私はまだ大丈夫。

そう自分に言い聞かせることだけを、呪文のように唱える日々が続く・・・・・


でも、

「遅くなったシルメリア!!???だ、大丈夫か!!?」

真九郎は隊士たちには見せたことの無いような表情でシルメリアをお姫様だっこでベッドに戻してくれる。

「い、痛いところはないか??あれだったら誰か呼んでこよう!!!」

「あなた・・・・ちょっとお尻が痛いだけだから気にしないで・・・・ふふふふ他の誰にもしないような慌てた顔を私だけに見せてくれる・・・・・それがうれしいな」

「それは慌てるだろう、本当に大丈夫かい?」

「うん」

そっと真九郎の腕に抱きつくとそのぬくもりに・・・・・手の暖かさから自分の心に染みこんでくる優しさが心地よい・・・・

この優しいぬくもりがあれば・・・・何もいらないって思える。


無事と分かって安心した真九郎はシルメリアの手を握りながらあれこれと今日の出来事をとめどなく話した。

焔と竜胆が予想以上にがんばってくれているとか、ダリオが黒の閃風に入ってマグナたちの意思を継ぎたいと死に物狂いで鍛錬しているとか。

今年はデュランシルトへの移住者も爆発的に増え、領内の人口は今年だけで1万から2万程度になるという予想さえできている。

シカイビトの恐怖から逃れたい人々は本能的に撃退できる能力を備えた鬼凛組の近くにいたいのだろう・・

そのため刈り入れのための人手も雇いやすく、今後の雇用政策も兼ねて開墾事業を拡大するとニーサが話している。



そして・・・・まだマユとピスケルはあれから一切姿を見せていないことも・・・・・・話題にのぼる。

「ソラの話ではな、本来御使いと聖獣は人の争いに加担してはならんという掟があるそうなのだ、だから今回の結界が禁を破ってしまい姿を消してしまったのではないかと」

「マユちゃん・・・・・ピスケルちゃん、また会いたいな・・・・」

「二人とも天邪鬼のお天気屋だからな、気長に待とうじゃないか・・・・あっそれとな光輝と向日葵がまた大きくなってな、かわいい盛りだなまったく」

「本当、武士団の希望ねあの二人は・・・・・いいなぁ義経とナデシコ・・・・」

「子が欲しいのかい?」

「あなたとの子なら欲しいに決まってるじゃない・・・・・でも私がこの体のままじゃ」

「リョグル先生も見たことのない症状だから、治る可能性を捨てるなとおっしゃってくれている、安易な希望を申しているのではない現実がそうなのだから治ると信じなさい」

「はい師匠」

「こらこら・・・・・」

甘えるシルメリアが抱きつく袖に冷たい何かを感じた真九郎はそのまま・・・・・シルメリアを強く抱きしめた。

「どの世も・・・・・理不尽なことばかりだ、何故多くの人々を救った守った君が辛い思いを・・・・・鬼凛組の若い命が多く散った・・・・・みんな弟妹のようにかわいい弟子たちだ・・・・・死なせてしまった、俺が」

「それは・・・・違うでしょ・・・・彼らはね自らの意志で戦いにのぞみその命を散らせたの・・・・・誰かを守るために愛する人を、家族を、友の未来を明日へ繋ぐために」

「ううう・・・・・くうううううう」

いつしか真九郎も泣いていた・・・・・・シルメリアもつられるように再び泣いた。

明日が今ある繋がれた明日を生きられるのは彼らの彼女たちのおかげなんだということを・・・・・・胸に刻み。



真九郎でさえこうであったのだ。

あのレインドはさらに苦悩の中にあった。

当初は悪夢で眠ることさえできず自分を責め続けていたが・・・・・・

毎日食事を届けるシズクについ八つ当たりをしてしまったことがあった。

「いらないって言ってるじゃないか!!!」

「ごめんなさいレインド様・・・でも朝から何も口にしておりません・・・・・お体が心配で」

「・・・・・・・・・」

「レインド様・・・・・・私ね、そうやって苛立ちをぶつけられたことが、不思議だけどちょっとだけうれしいの」

「・・・・・・・」

「あなたはね、他の誰にも決して感情を怒りをぶつけるようなことをしないわ・・・・・本当に立派な領主様・・・・・・でもね」

シズクはまだあたたかい粥と最近バリエーションが増えてきた漬物を机の上に置く。

「お食べなさいレインド様」

「シ、シズクちゃん・・・・!?」

「食べるまで私は帰りませんよ、どうします?今度はぶってでも追い出しますか?構いませんよ・・・・・それでレインド様が食べてくれるなら」

書類作業に追われていたレインドは、そっとスプーンに手を取るとシズクをちらっと顔色をうかがうように視線を動かしたが・・・・・・


怒っているかと思った。

きっと我がままな自分を怒っているかと思った。

でも、

違った。


シズクは声を殺して泣いていた。

「シズクちゃん!?」

「ごめんなさい、レインド様・・・・・」

「僕のほうこそ、ごめん・・・・・シズクちゃんにあたるなんて・・・・・侍として僕は・・・・・・失格なのかもしれない」

粥を急いで口に運ぶと・・・・・消化に良さそうな火の通し加減と食べ易いあたたかさ・・・・・レインド好みの出汁が効いた粥だった・・・・・


「レインド様は・・・侍失格なんかじゃないです!!!天下一の侍です!!!」

「シズクちゃん??」

「そんなこと・・・・・もう絶対に言わないでください・・・・・そんなこと言ったら・・・・・言ったら・・・・・マグナさんたちが悲しむじゃないですか!!」

うわべだけの慰めの言葉なら嫌と言うほどかけられた。

師匠に話を聞いてもらえて、義経に相談にのってもらって、ようやく立ち直りかけてきたと思っていた。


だが今のシズクちゃんの言葉は・・・・胸に突き刺さった・・・・・・深く・・・・・・深く・・・・・・


ああそうか・・・・・僕はこれを誰かに言って欲しかったのかもしれない。

忠義を受ける側の立場としての心構えなのか・・・・・彼らとは黒の閃風とは特に忠義というよりは友情戦友としての親愛の情が強すぎて・・・・・

兄弟を失ったような喪失感に包まれていたと思う。


「やっぱり・・・・・僕は1人じゃだめ・・・・だね」

「レインド様?」

「シズク・・・・・・ずっと僕と一緒に居てくれ」

「はい・・・・・ずっとずっと一緒です」

シズクの頬を毎晩のように伝っていた悲しみの涙・・・・・・それが久しぶりに、喜びの涙に変わった夜だった。

自分自身の恋と愛情が身を結ぶことに、全身をかけめぐる幸福感はまるで自分の体でないような錯覚さえ覚えてしまう、だが、

一つだけ約束を果たせたと思えたことがうれしかった。

マルレーネさん、ありがとう。

ポケットに入れて持ち歩いていた彼女からの手紙を改めて開く・・・・・・


「それはマルレーネからの?」

「はい・・・・・」

「そうか・・・・」

再びレインドはシズクを背後から優しく抱きしめていた。





終戦直後の混乱期、マルレーネの行動を全て監視できるほどの余裕が武士団にはもちろんなかった。

念話呪文のバックラッシュと思われる反応で意識を失っていたマルレーネ。

だが3日後に目覚めた彼女は誰にも行き先を告げず実家のダルツェン侯爵家に馬車を走らせ帰宅してしまっていた。

帰った娘の無事を喜ぶ母親たちであったが、マルレーネは実家の宝物庫や物置を家捜しする日々を過ごしておりお心を病んでしまったと使用人たちの噂が広がりつつあった。

それからさらに一週間後・・・・・・


侯爵家からも姿を消したマルレーネ。

帝国軍の臨時増援部隊として指揮を取っていた侯爵と入れ違いであったようだ。

混乱期にもかかわらず武士団や侯爵家も相当に人手を割いて彼女の捜索にあたったが・・・・・・・



翌朝・・・・・・

以外なところから発見の報告が入った。

怪我を押して駆けつけた義経やナデシコと紫苑・・・・・・ダルツェン侯爵。



淡く青い光に包まれて・・・・・富嶽を地に刺し毅然と正面を見据える若き侍の正面に。


恥らう乙女が必死に恥ずかしさに耐えながら愛しい人を見つめる姿そのままに・・・・・二人は見詰め合っていた。

お互いが動くことのない石となって。


「マルレーネ・・・・お前そこまでこの男を・・・・!」

侯爵は膝をつき、周りの目を気にすることも無く我が娘の結末に声をあげ泣いた。


「すまんマルレーネ!!!俺が・・・・・俺が奴を見逃していたばかりに!!!!!」

義経は悔しさに石畳を殴りつけた。

邪悪な呪文を唱え終わった男はけだるそうにフードを外すと、その姿に・・・・・・・

反応したのは、義経とナデシコの二人だった。


「お前はあああああああああああ!!!!!!!!」

「いいぜえええ!!その怒り狂った顔を見たかったぞ義経ええええええ!!!」

血に染まる足を引き摺りながら、立華と淡雪を構える。


「おっと、俺を殺しちゃあ、解呪の方法がわからないぜいいのか!?」

「くうぅ!!!!!!」

「ズィラアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

義経から立華を奪いとったナデシコはそのままズィーラの首に刀を突きつけた。

「早く解呪しな!!さもないと首が落ちるぞ!!!」


「へ!!あいかわらずむかつく女だな!!!ああ、お前の旦那に割られた顎がいてえよおお」

「早く解呪しろおおおおおおお!」

「まったくよぉ、最初はここにいるガキどもを石化させてやろうと思ってたのによ、効果あったのこのでかぶつだけじゃねえか!」


呆然とする避難民を掻き分け、ネリスは十六夜の周囲に状態固定化の上級呪文を展開させ石化状態の破損を防ぐための最善の方法をとるべく動いていた。

だがネリスはこの呪文の正体に気付き・・・・・力なく地に膝をついた・・・・・・


「まさか・・・・・ベドゥン・ガースなの!!?」


「おっとそっちの女は知ってるみたいじゃねえか!!!そうだよ、あのベドゥン・ガースよ!!触媒集め大変だったんだぜええええ!!!てめえらが苦しむ様を見るために仕込みに苦労したんぜえ、あーあ・・・・・・子供が石化して絶望するお前らの顔が見たかったな」

「ネリスさん!!!そのベドゥンガースが何なのか説明して!!!」

ナディアの叫びに似た懇願にネリスは再び・・・・・・絶望を口にする役目を担ったことを呪った。


「解呪不能の・・・・・・・災厄の古代呪文・・・・・・それがベドゥンガース・・・・・」

「くそおおおおおお!!!!!!いざよいいいいいいいいいいい!」

「いやああああああああああ!!!!!!」

「ズィーラアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」


「へへへ、俺は解呪方法を知ってるかもしれねえぜ!?それを殺すのか?・・・・その顔がっく・・・ごぼはぁ!!!」

突如威勢を張っていたズィーラが大量の喀血をし、膝をついた。

「おい!??」

「へへへ・・・・解呪の方法なんてねえよ、だってよぉこいつの触媒はさ・・・・・俺の内臓だぜ????ははは!!!げほおおお!」

さらに大量の血を吐いたズィーラは自らが吐き出した血の海に倒れ・・・・・手足が数度かすかに動いたかに見えたが・・・・・絶命していた。

「なんてことなの・・・・・・十六夜くん!!!」

「ちくしょおおおおおお!!!!!!!!」


「副長・・・・これを」

同行していた紫苑が石台に置かれた手紙を見つけ義経に手渡した。

マルレーネと親しく、十六夜を好いてくれるこの娘を紫苑も実の妹のようにかわいがっていた。

だから・・・・・紫苑の心中は察して余りあるものがある。


「紫苑・・・・君から呼んでくれ、俺に読む資格は・・・・・」

「副長が責任を感じる必要はないんですよ・・・・むしろ私はね、あいつにしてはよくやりすぎだって思ってますよ・・・・掃き溜めの忌み子がこうして・・・・・子供たち救った英雄ですって・・・・・まるでどこかのおとぎ話だっての」

「紫苑・・・・・」

「なんか、あいつが死んだって実感がまだないんですよ・・・・・ある日突然、姉さんごめん!遅くなったって帰ってきそうで」

「紫苑さんとやら、ぜひその手紙を読んで・・・・・聞かせてくれぬだろうか・・・・・我が娘が何を考えていたのか・・・・・」

「はい・・・・・・では失礼します」




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『 武士団の皆様、お父様へ 』



我が身の勝手をお許し、いえ許されるものではありませんね、ですがあの戦役において私に少しでも微量でもお役に立てた要素があったのであれば、それに免じてどうか・・・・・十六夜の目の前から私の石像を動かさないでください


あの人が石から目覚める時に、一番最初に目に映る姿は私であって欲しいのです。


ほかの誰も許せない・・・・・面倒な女とお笑いください、でもあの愛しい、はにかんだ笑顔を見るためならばどんな苦しみにも耐えてみせます。


でもこうしてみても十六夜って本当にカッコイイ・・・・だって子供たち守って石になっちゃうなんて、どうしたって怒れないじゃない、ますます好きになっちゃった


鈍くて、おばかで、がさつで、だらしなくて、いつも紫苑さんに蹴っ飛ばされてる


子供たちと遊ぶのが大好きな十六夜。遊んでやってるんだって言うけど絶対違う、本人が一番楽しんでるよ絶対。


鍛錬はすごく大変そうだけど、汗だらけになりながら鍛錬を続ける姿にいつの間にか魅入っていました、もう一瞬でした恋に落ちていました。


あの褐色の大きな背中が頼りになりそうで寄りかかっていつかお昼寝したいな。


ふと遠くを見るような目をする十六夜を見るたび胸がドキドキしてときめいちゃって大変


あの、はにかんだ あなたの笑顔が大好きです


ずっとあなたと一緒の時を過ごしたいから、この方法を選びました。


今では禁止されている屋敷の宝物庫にあった医療用の石化術方陣を持ち出しましたごめんなさい


こんな大変な時に・・・・・自分勝手な行動で、自ら武士団入りを望んだにも関わらず本当にごめんなさい。


もし二人で元に戻る日が来られる日があるとしたら、身を粉にして二人で働きます。


最後に・・・・・・


あの時、念話が使えない十六夜の最後の言葉が、私の頭に心に飛び込んできました。


どうしてか分かりません、だから私も十六夜を待ちます・・・・・愛しい人と同じ石になって見つめあい待ち続けます。


ニーサさん、色々教えてもらったのにごめんなさい!お父様、馬鹿な娘とお笑いになって侯爵家の籍から私を抜いてお家をお守りください、今までたくさんの愛情をありがとう


緋刈様、シルメリア様、お二方の紡ぐ神話が再び聞ける日がくることを願っています! 早く結婚しちゃいなよ!


シズクちゃん、レインド様とお幸せになってね!!


名残惜しいけどこれで終わりにします、みんなと再開する日が来ることを祈って



マルレーネより



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