飯屋
草のカスと謎の虫を払っていると、
山田さんが言った。
「おまえ、なんでスーツなんて着てるの?」
いや、これスーツじゃなくて、
タクシー会社の制服。
スーツのフリした作業服みたいなもんです。
動きやすいんですよ。
「現場舐めてるのかと思ったよ」
そこまで?
あなたの古臭いミリタリールックも
大概だと思いますけど。
で、後部座席に座るんですね。
そうですか。
まあ、あんなモノ見せられた後じゃ、
隣にいられてもモヤモヤしますが。
30分ほど走れば食堂があったはず。
当たり障りなく喋っておこう。
「山田さんは、」
「あの家入ったんですか?」
「入ったよ。今日じゃないけど」
当たるかもしれないけど、
訊いておくか。
「2階も?」
「見たは見たよ」
「おまえは何見たの?」
「何というか……布団の山?」
「それだけ?」
「えーと……染み?」
「染み?なんの?」
「見た感じは……血?」
「確認してないの?」
「したくないっす」
「おまえ何しに行ったの?」
ごもっとも。
「だって酷い臭いだったんですよ」
「そうか……」
あれ?
飲み込んだ?
ということは、
あの惨劇チックな光景は、
山田さんは見ていないってことだよね。
でも、なんか心当たりもあると。
普段のほほんと生きてるから、
この探り探られの感じ、
ものすごく疲れる……。
黙っておくか。
と、放置したら寝てるわ。
この二、三日、
大変だったんだろうな。
……………………
「山田さん、着きましたよ」
バチッと目が開く。
おぉっ……。
颯爽と降りて、
私はドアサービス……。
年季の入った暖簾をくぐると、
これまた年季の入った店内。
昭和だねぇ。
ここは、ラーメンと餃子でしょう。
「話してもいいですか?」
こっちを見る。
「どう質問したらいいか」
「わからないくらい渋滞してるんですけど、」
「まず、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではないな」
「どこか怪我してます?」
「それはない」
「いきなり『処分処置』出ると思わなかっただけ」
「動きづらいことこの上ない」
そりゃあそうか。
「改めて訊きますけど、」
「何か悪さしたわけではないんですか?」
「少なくとも、」
「私腹肥やしたわけじゃないけどね」
何だかなぁ。
法律的にはアウトなことしてそう。
「あの時、送金を指示してましたよね?」
「どの時だよ」
「俺が事務所行った時です」
「『おお、それ振り込んどけ』って」
「よく聞いてるよなぁ……」
「仕事で使う口座なら、」
「俺も知ってるんですよ」
「あん?」
「なんで北浜信用金庫に行ってたんです?」
「そこ、会社とは関係ないですよね?」
「その考察、穴あるぞ?」
「え?」
「会社で使う口座が一つしかない、」
「って前提だろ、それ」
「あ」
「北浜信用金庫だって、」
「依頼人が使ってるかもしれない」
「現におまえも振込に使ったろ」
「はい……そうです」
「まぁ、おまえがパクられた金、」
「振り込んでもらったんだけどね」
「千九百五十万」
ラーメン吹いた。
「汚ねぇなぁ」
「すみません」
「でも、それって、」
「山田さんが俺を騙したってこと?」
「違うよ」
「会社の金を取り返したって話だよ」
えええっと……。
「それは所長も知ってたってことで?」
「いや知らねぇな」
「だから見ようによっては、」
「横領に見えるかも」
「なんで言わないんで?」
「それは、まぁ、なんやかやあるんだよ」
「その“なんやかや”を説明してくれないと、」
「俺だって信用できませんよ?」
「いいから信用しとけって」
無理だっての。
「そもそも、」
「おまえの腹痛んでないだろ」
まぁ、そうですね。名義貸しだし。
でも、プライドはズタボロ……。
「なんなら、」
「五十万 マケてもらって、」
「ポケットに入れたろ」
ギックゥ!
そう、ロッカーに放置した札束。
今回の軍資金にしようと思って、
今もポケット……。
所長、要らないっていうし。
「状態としては、」
「『あの土地』だけが」
「おまえの名義として残ってるんだわな」
冷静に考えると、そう。
会社の業務としては失敗してるけど、
俺個人で考えると何も負債がない。
家は建ってないわけで、せいぜい土地の税金だ。
その辺も会社で持つって言ってたんだよね。
「ん?ということは、」
「いつもの『回収』のお仕事ですか?」
「そういうこと」
「あれ?でもそうすると、」
「俺がカモられたまでは、」
「所長知ってるんじゃ……」
「どうだかねぇ」
まとめると。
俺は「怪しい」不動産屋に、
カモられたけど、
「調査会社」は、
早々に知ってた可能性が高い。
そして、その案件の「回収」は、
得意な山田さんがやってたと。
ちょうど「回収」が完了した日に、
俺が事務所に行ったんだね。
で、俺があらぬ疑いをかけたと……。
「えーっと」
「どうやって『回収』したとか、」
「訊いてもいいですか?」
「ガラの押さえようがなかったから、」
「処分しちゃったよ」
なんか不穏なワードが聞こえたぞ……。
「あと、なんで俺には一言もなかったんで?」
「言ったろ」
「おまえは知る予定じゃなかったんだよ」
「それの意味がよくわからんのですが?」
「黙秘します」
「いや、しないでくださいよ」
「社外秘なんだよ」
「会社に追われてるのに?」
「なんとかなるかも、なんだよ」
「なんとかなるの?」
ついでに訊いておくか。
「あの『処分処置』って、」
「どんなニュアンスなんですか?」
「字面から想像する通りだよ」
「……抹殺?」
「抹殺」
「そんな会社なんですか?!」
「程度はあるけどね」
「山田さん、殺されるんですか?」
「無理だよ。さっきの見たろ?」
見た。
普通の山田さんでも怖いのに。
あんなの、相手にしたくない。
それ、最悪、殺し合いってことでは?
「ならないように、」
「逃げ回ってるつもりなんだけどね」
「説明するつもりないみたいですけど、」
「そんな状態になるのって、」
「この会社では普通?」
「少しハードな事態だね」
「俺みたいなエージェントに、」
「『対処しろ』とか、」
「死ねって言ってるのに等しいんですけど?」
「そうだな。場合によっては」
「俺、絶対に就職先間違えましたよね?」
「もう遅いよ」
マナーモードの振動。
タイミング悪いって。
しかも会社のアプリだし……。
恐る恐る開いてみる。
「山田さん」
「来たか?」
「はい。これ、ここの住所ですよね?」
「そうか? そうだな。わからんけど」
「俺になんとかしろって、」
「指示じゃないってことは?」
「一斉送信だね」
「俺がここにいるよってお知らせ」
「ダメじゃん」
「出ようか」
今度は隣に乗ってきた。
「もしかしなくても、」
「このアプリでトレースしてますよね?」
「してるね。でも壊すなよ?」
「おまえも対象になるぞ?」
「俺も持ってるし」
持ってんの?
それ、尾けられ放題なんじゃないの?
「電波は飛んでないよ」
「そういうケースがある」
「たまに出して、」
「壊してないよーってアピールをしてる」
「いや、意味わかんないっす」
「会社に敵対しちゃ、」
「なんとかもならんじゃん」
「逃げてる時点でねぇ……」
「おまえの金も取り返したしな」
俺の金じゃないみたいだけど。
「てか、一緒にいると俺、同罪ですよね」
「ちょっと降りてもらえません?」
「一緒に死のうよ」
「いや、待ってる人もいるんで、」
「勘弁してください」
「まぁまぁ。さっきおまえも言ってたろ?」
「その辺のエージェントは絡んでこないよ」
「その辺じゃないのが来たらどうするんですか?」
「目の前に生きた証人がいるんですけど?」
「今の段階なら、」
「俺に脅されたで通るよ」
「力貸してくんない?」
「えぇぇ?」
「…………見返りは?」
「死ななかったら、」
「知りたいこと教えてやるよ」




