↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
杏々のおさんぽグルメ  作者: わかめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/17

2食目 おさんぽ天津包子♪

4コマ

https://x.com/anano3po/status/2094083963870756959

 赤い門。


 金色の装飾。


 道の両側には、漢字の看板を掲げた店がびっしりと並んでいる。


 蒸籠から立ち上る白い湯気。


 焼けた肉の香り。


 甘い胡麻油の匂い。


 威勢のいい呼び込みの声。


 ここは中華街。


 そして。


「わぁ~~♡」


 杏々は今日も、おさんぽ中だった。


 頭の左右で丸く結った髪を揺らしながら、賑やかな通りをてくてく歩いていく。


「いい匂いする~♪」


 右を見れば。


「肉まん……!」


 左を見れば。


「焼き小籠包……!」


 少し先には。


「胡麻団子……♡」


 杏々の首が忙しい。


 今日も特に目的地があるわけではない。


 美味しいものがありそうだから来た。


 それだけである。


「どこ入ろっかな~」


 店先を覗く。


 北京ダック。


 焼売。


 海老蒸し餃子。


 叉焼。


 炒飯。


 杏仁豆腐。


「…………」


 一軒。


「…………」


 二軒。


「…………♡」


 三軒。


 そして。


「おっ」


 杏々の足が止まった。


 目の前には、赤い看板を掲げた一軒の店。


 店先では大きな蒸籠から盛大に湯気が上がっている。


 看板には――。


『天心包子』


「ここにしよっ♪」


 即決だった。


 杏々は暖簾をくぐった。


 ◇


「いらっしゃいませ!」


「一人です」


「こちらへどうぞ」


 案内された席へ座る。


 そして渡されたメニューを開いた瞬間。


「…………!」


 杏々の目が輝いた。


 最初のページ。


 小籠包。


 次。


 海老蒸し餃子。


 焼売。


 春巻き。


 水餃子。


 叉焼。


 麻婆豆腐。


 青椒肉絲。


 炒飯。


 担々麺。


 杏仁豆腐。


「いっぱいある……♡」


 杏々は店員を呼んだ。


「すみませーん」


「はい、ご注文お決まりですか?」


「うん!」


 杏々がメニューを指差す。


「まず小籠包」


「はい」


「海老蒸し餃子」


「はい」


「焼売」


「はい」


「春巻き」


「はい」


「叉焼もください」


「はい」


「あと炒飯」


「はい」


「麻婆豆腐も」


「……はい」


 店員のペンが少し遅くなる。


「それから担々麺」


「……はい」


「杏仁豆腐も食べる♪」


「…………はい」


 店員が注文票を見る。


 そして杏々を見る。


 もう一度注文票を見る。


「以上でよろしいですか?」


「…………」


 杏々がメニューを見る。


「あ」


 店員の肩がわずかに跳ねた。


「胡麻団子もください♡」


「かしこまりました……!」


 店員は注文票を持って厨房へ向かった。


 杏々は満足そうに頷く。


「楽しみ~♪」


 ◇


 しばらくして。


 卓上は料理で埋まっていた。


「いただきます!」


 まずは小籠包。


 箸でそっと持ち上げる。


 破かないように、慎重にれんげへ乗せる。


 皮を少し開くと、熱々のスープが流れ出した。


「わぁ……♡」


 ふー。


 ふー。


 ぱくっ。


「ん~~♡」


 頬が緩む。


「おいしい……!」


 次は海老蒸し餃子。


「ぷりぷり~♪」


 焼売。


「お肉いっぱい♡」


 春巻き。


「ぱりぱり!」


 炒飯。


「香ばしい~」


 麻婆豆腐。


「辛っ……!」


 一瞬止まる。


 すぐに炒飯。


「でもおいしい♡」


 また麻婆豆腐。


「辛い!」


 また炒飯。


「おいしい!」


 忙しい。


 担々麺。


 叉焼。


 胡麻団子。


 最後に杏仁豆腐。


「はぁ~~……♡」


 杏々は幸せそうに椅子へもたれた。


 卓上に並んでいた料理は、綺麗になくなっている。


「ごちそうさまでした~♪」


 杏々は財布を確認し、席を立った。


 そのまま会計へ向かおうとして。


「…………あ」


 止まった。


 店の入口付近。


 大きな蒸籠の横に、一枚の札が立っていた。


『一日20個限定

 特製肉まん』


「…………」


 杏々は札を見る。


「お土産……」


 今日は一人で来た。


 でも。


「家族にも買ってこ」


 杏々は店員へ声をかけた。


「すみません」


「はい」


「限定の肉まんって、まだありますか?」


「少々お待ちください」


 店員が厨房を確認する。


 すぐ戻ってきた。


「本日はあと六個ございます」


「六個」


「はい」


「…………」


 一秒。


「じゃあ全部ください」


「全部ですか?」


「うん!」


「かしこまりました」


 迷いはなかった。


 家族へのお土産である。


 六個くらいあっても困らない。


 たぶん。


 杏々は再び席へ戻った。


 肉まんが蒸し上がるまで少し時間がかかるらしい。


「楽しみ~」


 椅子に座り、足をぱたぱたさせながら待つ。


 家で開けたら、きっと喜ぶ。


 自分も一個食べよう。


 いや。


 一個とは限らない。


「…………」


 六個の配分について考え始めた、そのときだった。


「お客様」


「ん?」


 さっきの店員が戻ってきた。


 しかし、先ほどとは違い、少し困った顔をしている。


「どうしたの?」


「それが……」


 店員が言いにくそうに後ろを見る。


「限定肉まんの件なんですが」


「うん」


「あちらのお客様も、どうしても欲しいそうでして……」


「?」


 杏々が視線を向ける。


 少し離れた席。


 一人の男が座っている。


 年齢は二十代ほど。


 杏々よりかなり大柄ではあるが、先日の大男ほどではない。


 動きやすそうな服装。


 無駄のない体つき。


 そして、こちらを見ていた。


「先に注文されたのはお客様だとお伝えしたんですが……」


 店員が続ける。


「あの方が」


 一度言葉を選ぶ。


「『買ったやつがファイターなら呼んでくれ』と」


「…………」


 杏々の足が止まった。


「ファイター?」


「はい」


「…………」


 すっ。


 杏々が立ち上がった。


「どこ?」


「え?」


「その人」


「いや、あちらですけど……」


「行ってくる」


「あ、お客様!?」


 杏々はもう歩き始めていた。


 ◇


「あなた?」


 男の前で杏々が止まる。


「ん?」


「肉まん欲しい人」


「ああ」


 男が椅子から立ち上がる。


「お前が全部押さえた客か」


「うん」


「六個全部?」


「うん」


「一個くらい残せよ……」


「家族のお土産だから」


「六個全部?」


「うん」


「何人家族なんだよ」


「?」


 杏々は首を傾げた。


 男はため息をつく。


「まあいい」


 ポケットからスマートフォンを出す。


「お前が来たってことは、ファイターなんだな?」


「そうだよ」


「だったら話は早い」


 男が画面を操作する。


 ファイター資格証。


 プロフィール。


 登録情報。


 そして、円形の印章。


 黄色。


「…………」


 杏々の表情が少しだけ変わる。


 黄色い印章。


 杏々は自分の資格証を思い出す。


 自分の印章も黄色。


 なら。


(同格相手か……)


 杏々の目から、ほんの少しだけ緩さが消えた。


 男はそれに気づかず言う。


「正規登録済み。これで文句ないだろ?」


「うん」


 杏々もスマートフォンを取り出す。


「私も」


 資格証を表示する。


 いつもの低頭身の杏々が、笑顔でピースしているプロフィール写真。


 そして中央には、強い光沢を持った印章。


「…………」


 男の視線が止まった。


「……お前」


「?」


「その印章……」


「なに?」


「…………」


 男が画面を見る。


 もう一度杏々を見る。


「……いや」


 何かを言いかけて、やめた。


「まあいい」


「?」


「ファイトを申し込む」


 店内の空気が変わった。


 近くにいた客が二人を見る。


 店員も緊張した表情になる。


 だが、先日の大男の時とは違う。


 誰も怯えてはいない。


 誰も逃げようとはしない。


 ファイター同士。


 正式な資格を持つ二人が、正式な手順で勝負をしようとしている。


「俺が勝ったら」


 男が店先の蒸籠を指差した。


「残り六個の限定肉まん」


「その購入権を俺に譲ってもらう」


「…………」


 杏々は考える。


 先に注文したのは自分。


 現在、その六個を買える権利を持っているのも自分。


 つまり、こちらが賭けるものはある。


「じゃあ」


 杏々が聞いた。


「私が勝ったら?」


「…………」


 男が止まる。


 確かに、自分から勝負を申し込んだ。


 ならば、杏々側にも条件が必要だ。


「金か?」


「別に」


「じゃあ何がいい」


「…………」


 杏々も特に思いつかない。


 欲しいのは肉まんである。


 それは既に自分の側にある。


 男が腕を組む。


 ふと、杏々が食事をしていたテーブルを見る。


 重なった皿。


 空の蒸籠。


 丼。


 大皿。


「……そうだな」


 男が笑った。


「俺が負けたら」


 親指で杏々の席を指す。


「お前がさっき食った分」


「今日の食事代を全部払ってやる」


「…………!」


 杏々の目が輝いた。


「ほんと?」


「ああ」


「全部?」


「全部だ」


「あとで高いって言わない?」


「言わねぇよ!」


 男が笑う。


「女一人の飯代くらいでビビるかよ」


「…………」


 杏々がじっと男を見る。


「二言はない?」


「ねぇ!」


「わかった」


 杏々がスマートフォンを操作する。


 条件確認。


 双方合意。


 成立。


「受ける!」


 杏々は嬉しそうだった。


 肉まんは守れる。


 勝てば食事代まで浮く。


 いいことしかない。


 男も笑う。


「決まりだな」


 店員が申し訳なさそうに二人を見る。


「あの……ファイトでしたら、裏手のスペースをご利用いただけます」


「ありがと」


「悪いな」


 二人は店の裏へ向かった。


 ◇


 店の裏手。


 広めに確保された石畳のスペース。


 周囲には最低限の柵が設けられている。


 こうした店では、ファイター同士による正式なファイトが行われることも珍しくない。


 杏々と男が向かい合う。


「先に言っとく」


 男が肩を回す。


「俺は黄色だ」


「うん」


「見た目で油断すんなよ」


「しないよ」


 むしろ。


(同格だし)


 杏々としては警戒している。


「じゃあ」


 男が構えた。


 重心が少し高い。


 両手を前へ。


 身体は斜め。


 杏々も静かに腰を落とす。


 そして。


 空気が変わる。


 先ほどまでの小さく丸い姿はない。


 細く長い手足。


 引き締まった身体。


 男が一瞬目を見開いた。


「……なるほど」


 口元が上がる。


「面白ぇ」


 杏々は返事をしない。


 視線だけが男を見る。


「始めようぜ」


「うん」


 男が先に動いた。


 ――速い。


「っ!」


 一気に間合いを詰める。


 右足が地面を蹴る。


 鋭い前蹴り。


 杏々が身体を横へずらす。


 蹴りが脇を抜ける。


 そのまま男が軸足を回した。


 回し蹴り。


「……!」


 杏々が腕を上げる。


 バシッ!


 衝撃。


 杏々の身体がわずかに動く。


「おっ」


 男が笑った。


「受けたな!」


 続けて一歩。


 拳。


 杏々が流す。


 次。


 肘。


 かわす。


 さらに蹴り。


 速い。


 先日の大男とはまるで違う。


 力任せではない。


 次の攻撃へ繋げることを前提とした連続攻撃。


 杏々が半歩退く。


「どうした!」


 男が追う。


 左右の拳。


 ローキック。


 前蹴り。


 杏々はすべてを最小限の動きで避けていく。


 だが。


「そこだ!」


 男が踏み込んだ。


 杏々が避けた先へ。


 最初からそこへ動くと読んでいた。


 蹴りが飛ぶ。


「……!」


 杏々は上体を反らす。


 靴底が鼻先を通過した。


 男が着地する。


 杏々も一歩離れる。


「…………」


 杏々の目が少し細くなる。


(やっぱり強い)


 黄色。


 自分と同じ。


 当然なのかもしれない。


「余裕そうだな」


「そんなことないよ」


「その顔で言うか?」


「ほんと」


 杏々が一歩踏み込んだ。


 今度は杏々から。


「!」


 短い拳。


 男が腕で受ける。


 パシッ!


 そのまま杏々が掌を返す。


 男の腕を外へ流す。


「っ!」


 胸元が開く。


 掌底。


 男が身体を捻った。


 直撃を避ける。


「危ねぇ!」


 そのまま肘。


 杏々が避ける。


 男の膝。


 杏々が掌で押し下げる。


 すぐに拳。


 男が首を振ってかわす。


 互いの攻撃が交差する。


 一発。


 二発。


 三発。


 動きが速くなる。


 見ていた店員が息を呑む。


「すごい……」


 今度の相手は、杏々の攻撃を見ている。


 ただ耐えるのではない。


 避ける。


 流す。


 時には反撃する。


「はっ!」


 男の蹴り。


 杏々が避ける。


 直後。


 男が着地した脚を軸に、反対の脚を跳ね上げる。


「!」


 二段。


 杏々の腕へ蹴りが当たった。


 バンッ!


 杏々が一歩後ろへ。


「入った!」


「……うん」


「うんじゃねぇだろ」


 男は笑っている。


「やっぱファイトはこうじゃないとな」


「そう?」


「ああ!」


 また飛び込んでくる。


 杏々も踏み出した。


 二人の間合いが一気に消える。


 拳。


 掌。


 肘。


 腕と腕がぶつかる。


 男が杏々の手首を取ろうとする。


 杏々が返す。


 逆に男の手首を取る。


「っ!」


 男が身体を回して抜く。


 その勢いで裏拳。


 杏々がしゃがむ。


 男の頭が開く。


 杏々の掌が伸びる。


「っと!」


 男が後ろへ飛ぶ。


 空振り。


「危ねぇ危ねぇ」


「…………」


「今のまともに食らったら終わってただろ」


「たぶん」


「たぶんかよ!」


 男が笑う。


 杏々は少し考える。


(同格相手なら)


 このままでは長引く。


 なら。


 少し変える。


 杏々の構えが変わった。


「…………?」


 男が気づく。


 先ほどより低い。


 力が抜けている。


「なんだ?」


 杏々が一歩。


 男も構える。


 二歩。


 杏々が近づく。


「来い!」


 男が先に拳を出す。


 杏々の掌が触れる。


 拳の軌道が逸れる。


 男がすぐ反対の拳。


 杏々が身体を沈める。


 懐。


「っ!」


 杏々の肩が男の胸へ触れる。


 ドッ!


「ぐっ!」


 男が後退する。


 しかし倒れない。


 地面を強く踏み直す。


「まだだ!」


 蹴り。


 杏々は逃げない。


 蹴り脚へ手を添える。


 力の方向を変える。


「なっ」


 男の身体が崩れる。


 だが男もすぐに手をつき、回転して立ち上がった。


「おっと!」


 杏々の目がわずかに開く。


「どうだ」


「上手」


「褒められると腹立つな!」


 男が走る。


 今度は直線。


 速い。


 右拳を大きく引く。


「これならどうだァッ!」


 踏み込み。


 拳。


 杏々は動かなかった。


 拳が迫る。


 ぎりぎりまで。


 動かない。


「――!」


 瞬間。


 杏々の足が半歩だけ動いた。


 正面から消える。


「なっ!?」


 拳の内側。


 男の懐へ。


 杏々の左手が男の腕を押さえる。


 右手。


 胸元。


 触れる。


「……え」


 小さな動き。


 腰が沈む。


 足。


 腰。


 胴。


 肩。


 腕。


 全身が一つに繋がる。


 ――ドンッ!


「ぐっ!?」


 男の身体が後ろへ弾かれた。


 三歩。


 四歩。


 踏ん張る。


「くっ……!」


 止まった。


 杏々は追う。


「な――」


 男が構え直す前。


 杏々の足が男の足の外側へ入る。


 手首を取る。


 肘を制する。


 腰を入れる。


「待っ――」


 身体が浮いた。


「うおっ!?」


 杏々が回る。


 男の身体が宙を舞う。


 ドンッ!!


「ぐはっ!」


 背中から地面へ。


「…………っ」


 男が息を吐く。


 杏々はすぐ離れた。


「まだやる?」


「…………」


 男が空を見る。


「……いや」


 息を整える。


 そして笑った。


「負けだ」


 その瞬間。


 ファイト終了。


 条件確定。


 限定肉まん六個の購入権は杏々のまま。


 そして。


 杏々の食事代は――。


「…………」


 男がふと杏々を見る。


「そういや」


「?」


「俺、お前の飯代払うんだったな」


「うん♪」


「まあいい」


 男は起き上がりながら笑った。


「ファイト代だと思えば安いもんだ」


 杏々も、いつの間にか元の小さな姿へ戻っていた。


「ありがと♪」


 ◇


「お待たせしました!」


 店員が紙袋を持ってくる。


「特製肉まん、六個です」


「わぁ~~♡」


 杏々が袋を受け取る。


 ずっしり。


 まだ温かい。


「いい匂い……♡」


 杏々は袋を大事そうに抱える。


「みんな喜ぶかな~♪」


「おい」


 後ろから男の声。


「勝ったことより肉まんの方が嬉しそうじゃねぇか」


「?」


「いや、なんでもない」


「じゃあ帰るね」


「おう」


「ごちそうさまでした~♪」


 杏々は店員へ頭を下げる。


 そして肉まんを抱え、上機嫌で店を出ていった。


「ふんふ~ん♪」


 その姿が中華街の人混みへ消えていく。


「……さて」


 男が財布を出す。


「俺も帰るか」


 レジへ向かう。


「すみません」


「はい」


「さっきの子の分も俺が払うことになってるんで」


「存じております」


「一緒に頼む」


「かしこまりました」


 店員が伝票を用意する。


「こちらになります」


「おう」


 男が受け取る。


「…………」


 見る。


「…………」


 もう一度見る。


「…………?」


 顔を近づける。


「…………」


 伝票をめくる。


 二枚目。


「…………」


 三枚目。


「ちょっと待て」


 店員が首を傾げる。


「はい?」


「これ」


 男が伝票を指差す。


「全部あいつ?」


「はい」


「一人で?」


「はい」


「この小籠包三籠って」


「杏々様です」


「海老蒸し餃子」


「杏々様です」


「焼売」


「杏々様です」


「炒飯大盛り」


「杏々様です」


「担々麺」


「杏々様です」


「麻婆豆腐」


「杏々様です」


「叉焼」


「杏々様です」


「春巻き」


「杏々様です」


「胡麻団子」


「杏々様です」


「杏仁豆腐」


「杏々様です」


「…………」


 男が伝票を見る。


 店員を見る。


 もう一度伝票を見る。


「…………」


 合計金額。


「はぁ!?」


 店内に声が響いた。


「なんであの身体にこんな入ってんだよ!!」


「とても美味しそうに召し上がっていましたよ」


「そういう問題じゃねぇ!!」


 男の絶叫が店内に響く。


 ◇


 一方。


 そんなことなど何も知らない杏々は、中華街を歩いていた。


 両腕には、限定肉まん六個。


「お土産~♪」


 足取りは軽い。


「一個くらい途中で食べてもバレないかな……」


 一度止まる。


「…………」


 袋を見る。


「…………」


 少し悩む。


「家まで我慢しよ」


 再び歩き出す。


 三歩。


「…………」


 また止まる。


「一個だけ……」


 袋を見る。


「…………」


 首を振る。


「だめだめ」


 歩く。


 また三歩。


「…………」


 袋を見る。


 今日も杏々の戦いは続く。


 ただし。


 今度の相手は、自分自身だった。


 ――そして。


 いつもの『杏々ちゃんねる』へと続いていく.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。