第13話 最終校正
第4埠頭コンテナターミナル。
そこは、人間の気配が完全に排除された自動化領域だった。
無人のAGV(自動搬送車)が幾何学的な軌道で走り回り、巨大なガントリークレーンが、テトリスのブロックを積むように黙々とコンテナを積み上げている。
三谷恒一は、その巨大な「機械の森」の中心に立たされていた。
海からの強風が吹き付ける中、彼の周囲を、山積みになったコンテナが壁のように取り囲んでいる。
「はぁ、はぁ……行き止まりか……」
逃げ道はない。
背後は海。左右と前方は鋼鉄の壁。
唯一開かれた頭上には、巨大なクレーンの吊り具が、処刑台のロープのように揺れていた。
ブォン……。
重低音と共に、三谷の正面にあるコンテナの一つが、クレーンによって吊り上げられた。
その向こう側から、一人の男が姿を現す。
織部悟だ。
彼は武器を持っていない。
ただ片手にタブレット端末を持ち、夜の散歩でもするかのように静かに歩いてくる。
その背後で、吊り上げられた数トンのコンテナが、三谷の退路を塞ぐように轟音と共に落下した。
ズゥゥゥン!
地面が揺れ、三谷は腰を抜かしてへたり込んだ。
「ひっ……!」
織部は三谷の恐怖など意に介さず事務的な口調で告げた。
「指定時刻通りだ、三谷恒一。ここが、お前の『校正』が行われる最終座標だ」
三谷は地面を這いずりながら叫んだ。
「殺す気か!事故に見せかけて、俺をコンテナの下敷きにするつもりか!」
「勘違いするな」
織部は冷ややかな目で見下ろした。
「私はマニュアルキラー(殺し屋)ではない。ただの校正者だ。バグを見つけ、原因を特定し、システムが正常に稼働するように修正する。それだけだ」
「それが殺しだろうが!」
「違う。死は、修正手段の一つに過ぎない。……だが今回はその必要がない」
織部は一歩踏み出した。
「お前は、自分が何者か理解しているか?」
「俺は……俺は選ばれた……」
「違う」
織部の言葉が三谷の言葉を遮った。
「お前は『感染源』だ。都市システムに侵入し、脆弱性を突いて混乱を招いたウイルスだ」
織部は三谷の目の前まで来ると胸ポケットから一本のケーブルを取り出した。
その先端は旧式の有線接続端子だった。
「な、何を……」
「三谷。お前はミスター・ルールに切り捨てられたと思っているな?」
三谷の顔が強張る。
「あいつは……あいつは高みの見物を決め込んでいる!俺のIDを消し、自分だけ安全圏に逃げたんだ!」
「そうだ。奴は、お前という『尻尾』を切り離すことで、自分への延焼を防いだつもりでいる」
織部はしゃがみ込み三谷の胸倉を掴んで無理やり立たせた。
そして、三谷が捨てずに持っていたノートPCを奪い取りそのポートにケーブルを突き刺した。
「だが奴はミスを犯した。お前を『ただの使い捨て』だと思って、完全に破壊しなかったことだ」
織部がタブレットを操作すると、三谷のPCが勝手に起動し、高速で文字列が走り始めた。
「三谷。お前にはまだ利用価値がある」
「……は?」
「お前はルールと長時間接続していた。奴のサーバーの構造、暗号化の癖、そして通信プロトコルの痕跡が、お前の端末と、お前自身の記憶領域に残っている」
三谷は理解できず、瞬きを繰り返した。
「何を……させる気だ?」
「お前は異物だ。だが異物には異物の使い道がある」
織部の瞳が極寒の光を宿した。
「ワクチンを作るには、弱体化したウイルスが必要なんだよ」
織部は三谷のPCを介して、三谷恒一という「死んだはずのID」を強制的に蘇生させた。
ただし人間としてではない。
ミスター・ルールという強固な城壁を内側から食い破るための「トロイの木馬」として。
「や、やめろ!あいつに接続したら、俺が逆に焼かれる!」
「拒否権はない。これは懲罰ではない。仕様だ」
織部がエンターキーを押した瞬間、三谷の視界――スマートグラスのAR表示が真っ赤に染まった。
脳髄を焼かれるようなデータ転送の負荷が襲う。
『接続開始。ターゲット:ミスター・ルール』
『認証偽装:三谷恒一』
織部は、三谷という人間を「道具」として扱い、かつて三谷がシステムを悪用したのと同じ手口で、今度は三谷自身をルールの懐へと突っ込ませたのだ。
「ぐ、がぁぁぁッ!!」
三谷は苦痛にのたうち回る。
だが織部は眉一つ動かさず冷徹にモニタを監視し続けた。
「耐えろ。お前が作った罪だ。お前の身体を使って、お前の飼い主を引きずり下ろす」
三谷は薄れゆく意識の中で悟った。
自分は殺されるのではない。
生かされたまま中身を書き換えられ、最も憎むべき相手への特攻兵器として消費されるのだ。
道具を侮辱し続けた人間が最後は道具として消費される。
それが彼に適用された『最終校正』だった。
「……接続確立」
織部が静かに告げた。
その視線は、もはや三谷を見ていない。
遥か頭上高層ビルの最上階でグラスを傾けているであろう真の標的を見据えていた。
「さあ始めようか。ルールの改定を」
夜の埠頭に三谷の絶叫にも似たデータ通信の音が吸い込まれていく。
観測者の末路。
三谷恒一は人間としての尊厳を失い、ただの「鍵」となって、最後の扉をこじ開けた。
(第14話「マニュアルの向こう側」へ続く)
ついにここまで来ました。
ありがとうございます。
第1部を未読の方は、ぜひ今のうちに織部の凄絶な手口をチェックしてください!
【第1部はこちら】
『マニュアルキラー:第1部』
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