公爵令嬢、二日酔いで新生活へ
「……カレン、ライリー……行きますわよ。入学式に……うぷっ」
「……イザベラお嬢様……吐きそうですわ」
「私もよ……ライリー!おぇ……起きなさい……」
「…………後数時間下さい……スゥ……」
死屍累々の宿の一室。公爵令嬢たる私、イザベラ・マーケットガーデンとその従者二人は、新作ウイスキーの飲み過ぎで死んでいた。後一人の従者、マイラの行方は知れない。確か一緒に飲んでたはずなんだけど……。
未開地から持ってきた不思議な小麦で作られた光るウイスキーは美味く、入学式前日にして浴びるように飲んでしまった。贈答用に持ってきたのに、ダースであった瓶は四本ほど減っていた。ヤバい酒なのでは……?転生前にはこんな酒無かったからって調子に乗ってしまった。しかも入学式前日に!おぇ。
「……ライリー!起きなさい!……おぇっ」
「はい……あったま痛てぇ……」
「お嬢様……お着替えを……」
「一人で出来るわ……」
「イザベラ様!お時間来てますよ!これスープです!」
「あっやめて大声は」
「おえぇ……」
バン!という音と共に、最後の従者マイラが部屋に入ってきた。手には三杯の野菜スープを持っている。ありがたいと受け取り、三人でちびちびと飲む。沁みるわぁ……。しじみ汁みたいな感じねぇ。
「うめぇ……ありがとぉ~」
「マイラ、あなた大丈夫なの?」
「余裕です!この程度へっちゃら!」
「羨ましいわ……」
後ろで従者たちが話しているのを聞きながら、衝立の裏でナイトドレスから制服へと着替える。なんだかんだ着るのは始めてで、少し酔いが醒めた。これに相応しい生徒でいなければ……。うぷっ。
「行くわよ、学園へ……」
「「着替えてきます……」」
「わたしは荷造りの確認を手伝いますね!」
「お願い……」
ふらふらと出ていく二人を見送りながら、マイラの姿を確認する。深緑の制服、皺は無いわね。赤褐色の髪の手入れ、靴の状態も……大丈夫ね。この子もキチンとしてる時はしてるもの。
「今何時……?い、急ぎますわよ!!」
「だからお時間来てるって言ったじゃないですか!」
「こんなに遅いとは思わないじゃない!」
傘下のダンジョン探索隊から貰った、マジックアイテムの懐中時計を見る。時間を見ると、本来出る時刻をもう既にかなりオーバーしていた。し、信じられない。この私が……。
「ライリーの方は任せたわ!」
「はい!」
「カレン!行きますわよ!淑女として遅刻は無しですわ!」
「ライリー!行くよ!」
二人でドンドンドン!と扉を叩く。しばらくすると、ガチャッとノブが回されて、制服を着たカレンが出てきた。はちみつ色の髪はしっかり纏められている。皺無し、靴よし、他も大丈夫、よし。
「お嬢様!ライリーも大丈夫です!」
「よろしい!行きましょう!」
「「「はい!」」」
四人でバタバタと宿の階段を下っていく。絶対公爵家の一団とは思われないでしょうね……。はあ。
「馬車は!?」
「前に止まってます!運転変わってくるので、お嬢たちは荷物の方を!」
「了解!」
四人で宿前に停まる馬車まで行く。武力担当のライリーが御者と交替し、三人で荷物の積み込みを行う。いつもは任せるけど、時間が無さすぎるので残り全員で荷物を詰め込む。結構ぎゅうぎゅうになったわね……。持つかしら。
「間に合うのか?」
「間に合わせるよ!」
「お嬢に怪我負わせんなよ?」
「命に懸けても!」
「ならよし!」
前で御者とライリーが話していた。やがて御者が降り、私に深く一礼して去っていった。迷惑をかけたわね、後で何か渡しに行かないと。確か公爵家のお抱えね、なら後でも誰か分かるでしょう。
「行けます!お嬢」
「こちらです!」
貴族担当のカレンと、庶民担当のマイラ。二人と共に馬車へと乗り込む。座るとすぐに馬車が動き出した。三人で顔を見合わせ、カレンと私は背もたれにもたれかかって眠り始めた。閉じかけた瞼の奥で、マイラがしょうがないですねぇと言わんばかりの表情でこっちを見ていた。ねむ……。
「お嬢、お嬢!」
「……着いたかしら?」
「いや、それはまだなんですが……」
「どうしたの?」
「路肩に、青の制服を着た人が歩いていまして……」
「ロンディニア学園生?しかも上院?」
私達が入学予定のロンディニア学園には、二種類の生徒がいる。平民や従者向けの下院。王族、貴族、豪商などが入る上院。青の制服は上院、それなりの身分を持つはず……。妙ね。
「荷物も重そうで……載せてっちゃダメですかね?」
「いいわ、停めなさい」
「流石お嬢!」
路肩に馬車が停まると共に、私は外に出る。出るとそこには、一人の女生徒がいた。金色の短髪に青い目、明らかに王族でした。なぜ王族がこんなところで歩いているの?あ、なるほど。
少し前、私の情報網に一つの話が入って来た。今年の新入生には、下流ではあるが落胤の少女がいるらしい、と。恐らくこの子ね。にしてもあからさま過ぎない?情報量過多よ。
「もし、そこの方?」
「はい……?」
大きい布バッグを明らかに持て余していた彼女は、こちらを向いた。不思議そうな表情を浮かべている。その顔は私が浮かべるべきなんですけどね?
「私はイザベラ・マーケットガーデン。貴女のお名前は?」
「アルメリア公爵家預かりの、マリアです。失礼なのですが、貴女のお家を知らなくて……」
「しがない女爵ですわ、お気になさらず」
「そうですか……?凄い方だと思いますが……」
「感謝しますわ。それで、もしよろしければ、私の馬車に乗っていきませんこと?」
「いいんですか?正直、渡りに船ですけど……」
「流石に放っておけませんもの」
「そうなんですか……?何台も通って行きましたけど、イザベラさんだけでしたよ……?」
「でしたら、私以外は貴族の風上にも置けませんわね。まぁ、お乗りになって」
「ありがとうございます!」
荷物を後ろに投げ置き、二人で馬車の中に乗る。戻ると、人の好い笑顔を浮かべる二人が迎えてくれた。しかし二人とも、手元はワンドとニードルを見せないようにそれぞれ持っている。そんなに警戒しなくてもいいのに……。
「マリア様、ですわね。私はイザベラ様の従者、カレンと申します」
「同じく、マイラです。マリア様、よろしくお願いします」
「マリアです!よろしくお願いします!」
マリアもニコニコと挨拶をして、私の隣に座った。より空気が張る。マリアに見えないように手を上下に振ると、ようやく二人は得物から手を下ろした。過保護なのよね、ありがたいけど。この分ならライリーも同じ感じね、目配せすると、カレンが御者側の壁を二回叩いた。すると、少し止まった後に馬車が動き出した。はぁ。
「マリアさん、なぜ一人で歩いていたの?」
「来るはずの馬車が来なくて……遅刻しそうだったので、もう歩くしかない!と」
「凄いですわねぇ……」
「というか、あの」
「なんでしょう?」
「失礼なんですけど、この馬車、酒臭くないですか……?」
気まずい沈黙が、私達を包み込む。そりゃそうよね、酒臭いに決まってるウイスキー四本開けちゃってるもの。ごめんなさいね、本当に。いつもはこんなんじゃないの。
「ごめんなさいね……実は、新作ウイスキーの試飲会明けで……」
「あっ、なるほど!全然大丈夫です!お母さんを思い出すので!」
「えぇ……?結構、お飲みになるのね?」
「もう居ませんが……。母も、よくウイスキーを飲みまくっては愚痴ってたので……」
「それは……失礼致しましたわ」
「いいんです。むしろ、思い出せて嬉しいです」
そういって窓から遠くを眺めるマリア。き、気まずい。そんな顔で見ないで頂戴、流石に家族関係の情報は全部持ってる訳じゃないのよ!従者二人の視線が突き刺さる。い、痛い。
「あの、イザベラさん。学園にはどんな方がいらっしゃるのでしょう……?」
「当然、色んな方がいらっしゃいますわ」
「よろしければ、教えて頂けませんか……?主要な人は知っておけと言われたのですが、誰も教えてくれなくて」
「あら、勿論いいですわよ。王子殿下の三兄弟、公爵令嬢、令息の皆様方、その他──────
そうやって現在の貴族勢力図をつらつらと話しながら、馬車は学園へと向かっていった。




