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行方知れずのノネット  作者: ツァツァ
第六話 観光客と世界
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「っ!」

 雨と言う天気もあるだろうが、予想よりも強い。先手を打たれた事も響き、大蜘蛛は狙えず、スライムも水に紛れて場所が分からない。地面を蹴って飛び上がって回避し、更に幹を二度蹴って方向を変えて斬りかかったが、くるりと予想をしていたように振り返り、目の前に広げた手が翳される。

「ぐあっ!」

 掌程の太さの水流に吹き飛ばされ、大きく体勢を崩す。更に、間髪を入れずにどこからかしなる枝のような物で叩き落とされ、水しぶきと共に落下する。そして、攻撃も受け身も出来ないまま下に潜んでいた小さな毒スライムにぶつかる。

「ふーん。エイク達について来ただけだけど、私達も結構戦えるのね」

 もろに毒を受けた所為で気持ち悪く、吐き気がする。それでも立ち上がり、横目でサラマンダーの方を見ているウンディーネに一矢報いようとしたが、横から飛んで来た糸に剣を絡め取られる。いつの間にか足にも糸が巻きついていて、これ以上は動けそうにない。

 糸が飛んで来た方を見ると、一面が糸だらけになって小人が捕まっていたが、よく見ると大蜘蛛が一体減っていた。なんとかとどめを刺そうとする大蜘蛛が攻撃を仕掛けているが小人の銛にいなされて当たっていない。

 そうしている間にも増える糸に足を引っ張られて倒される。その瞬間、嫌な予感がして、必死で身を捩ると、樹上に隠れていた人面樹が降って来た。

 体の向きが変わると人面樹の向こうで二体の毒スライムに集られてぐったりしているドライアドが目に入る。周囲には途中で枯れた木の芽や若木が並んでおり、こちらへの支援も見込めない。

 避ける事も難しい。けれど、何か出来ないかと、迫り来る枝先を見た。

「とりゃあっ」

 気の抜けた声と共に、人面樹が吹っ飛ぶ。悲鳴をあげる間も無く霧散し、続いてバチリと一瞬濡れた地面に雷光が走ると、スライム達もほんの少し震えて霧散した。

「グギャッ!」

「きゃー!」

 まずは大蜘蛛達、次にウンディーネ。いつの間にかサラマンダーも倒されていて、あっという間に辺りは静かになっていた。

「皆お疲れ様ー。『安らぎの時、全ての痛みは消え去らん』」

 マリーが呪文を唱え、全員の傷や毒がすっと消える。ただ、糸は未だに絡まったままで、一つ一つ解いていけばいずれ綺麗になるだろうが、なかなかに丈夫な糸を外すのは骨が折れそうな作業だ。

「なっはっは。いやー、あんなに伏兵だらけやとは思わなんだわー」

 ユーノスケはそう言って頭を掻く。てっきり経験を積ませる為に手を出さなかったかと思ったら、実際はもう少し早く片付けるつもりで次々湧いてくる魔族に手間取っていただけらしい。

 伏兵の中にはワームまで混ざっていたそうで、地面にはかなり大きな穴が開いている。

「でも、皆思ったより筋が良かったなあ。今回は賢い魔族ばっかで苦戦したようやけど、この調子で頑張ればきっと良い勇者になれるで!」

「ありがとうございます……」

 自分としてはある程度攻撃を引き付けはしたが、すぐにやられてしまって惨敗もいい所だと思う。自分はウンディーネに全く歯が立たなかったし、毒スライムとドライアドの相性が想定外に悪く、樹を生やそうにもどんどん毒が回ってちっとも伸びなかったらしい。その一方で、ドライアドはウンディーネの水に耐え、自分は毒を受けても少しは動けたのだから、どうにか配置を入れ替えて互いにサポートしながら、ドライアドが小人に手助け出来るようにするのが正解だったと思う。単純に力不足だけでなく、反省点もある戦闘だった。

「流石にちょっと死ぬかと思ったなー」

 小人が軽く言うがややいつもより力が無い。自分達の中では一番善戦したとはいえ、勝てなかったのだから当然だろう。

「俺の時はな、最初は何度も死にながら勇者の戦い方を覚えたんや。後になって死ぬのを怖れられても困るしな」

 普通、戦場では生き残る事が第一だ。倫理的にもそうだし、戦力の喪失や士気の問題などからも、よほど窮地に追い込まれていない限り、命を使い捨てにする事などまず無い。と言うか、本来戦闘は自分達が生きる為にする物であり、敵を倒そうとする余りに自分が死んでいては本末転倒だ。

「……命が軽い」

「まあ、結局本当には死んどらんようなもんやからなあ。精神面の治療もしてもらえるし、それでもギブアップする奴はおるけど、ウチの後輩も今何度も死に戻りながら元気に力磨いとるでー」

「元気に……」

 つまるところ、それに尽きるのだろう。死を恐れぬ勇者達も、本当に命を投げ出して戦っている訳ではない。簡単に死んでしまう脆い人間と、何があっても死なない自分の両方が生き残る為にはどうすれば良いのかなんて、考えるまでもない。


「ところで、俺らはそれなりに討伐したし、次の場所へ行こうと思うんやけど、あんたらはどないするん?」

 糸も切ってもらい、だいたい綺麗になったところでそんな事を聞かれた。

「結構疲れたのでそろそろ帰りたいですね……」

「……同じく」

「僕も今回はもういいかなー?」

 全会一致で帰還決定。いくら傷が治っても、使い果たした気力は戻りそうにない。

「へえー。私もあの町の人々の診療も終わったし、ライトニング様の移動式異界に乗せて行って貰うつもりなんだけど、貴方達はこの近くの拠点だったのー?」

「多分、貴方方と似たような感じですよ。またどこかで会うかもしれませんね」

「そーやったん? ……じゃ、俺らはもう行くで」

「はいー」

「今日はお世話になりました」

「まったなー! 気い付けて帰ってなー」

 ユーノスケは大きく手を振り、マリーは上品に小さく手を振る。ユーノスケがマリーの手を取ると、雷を逆再生したような光に呑まれ、雲に吸い込まれて行った。


「お帰りなさい」

「あっ、エルフだ。ただいまー。今日はここで歌ってたの?」

 帰って来たエリュシオン。木陰でリュートを弾いていたエルフと、すっかり馴染んだ景色が自分達を出迎える。

「そうですよ。さっき一曲終わったんですけど、何か聞いていきます?」

「うん。疲れてるから、リラックス出来そうなのがいいなー。二人もこっち来なよ!」

 隣に腰を下ろすと、エルフは静かなメロディを奏で始める。

 これまで音楽を聞くと言う習慣が無く、せいぜい城の舞踏会から漏れ出る音がたまに聞こえる程度だった。

 今回の曲に歌詞はない。そよ風のようなハミングとゆったりとしたリュートの音はエルフが得意とする曲調。城で聞いた物とどちらが上手かと言えば、おそらくは城の方。しかし、真っ直ぐに相手を思いやるように奏でられるエルフの音色はどこか落ち着く。

 エリュシオンの空は少しずつ夕焼けに染まり始めている。そういえば、ここでは一度も曇りや雨を見ていない。それから、あんなに長く雨の中にいたのにいつの間にか服も乾いていたし、風邪をひく気配も無い。

 不思議な事だらけだが、この世界にはこの世界なりの常識のような物があるのだろう。新たな常識は身につけようと思わなければ身につかない。

 細かい事情や思惑よりも、まずはこの世界について少しずつ聞いてみようと思った。

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