誕生祭 21
エヴィの祖父を探すことになった。
「どうして俺まで…」
何故か俺まで同伴することになり、思わず口から不満が漏れる。やりたいのならばお前たちが勝手にやれ。家で貯蔵根彩花の研究がまだ残っていたというのに。
「だって、僕一人だけじゃできることって限られてますし。レオ君一人がいるだけで、僕が百人いるよりも心強いんで」
「じゃあアーラ。今すぐ分裂して、百人になってくれ。それで俺の代わりをやれ」
「僕は人間止めてないんで、それは無理な相談ですねぇ」
「レオ。私から、も、お願い。ハンバーグ、作って、あげるから」
「…はぁ。アリス。その言葉、忘れるなよ」
俺の予想では酒屋だが、やっぱり娼館にいるのではないかとエヴィとアーラが言って聞かなかったので、まずは娼館から探すことになった。
ああいった建物は集まっているし、酒屋よりは数が少ない。まずは数が少ない方から調べていこうということになったのだ。
そこで問題になってくるのは、誰が中に入って見てくるのかということだ。目的地に辿り着き、そういった話になった途端、アーラは真っ青な顔をして汗をダラダラとかき始めた。
言いたいことが分かったからだろう。この中で、彼が唯一成人している人間なのだ。
「無理無理むりっぃぃいいい!!」
「つべこべ言わずに行け。手伝うと自分から言ったのだから、これくらいのことはする覚悟があるだろう」
「引きこもりにあの中へ行けと?! レオ君とかほぼ成人してるじゃないですかぁ…一緒に行ってくださいよぉ…」
「俺は五歳だぞ」
「十五年なんて誤差だと思いません?」
「そんなことを言う人間はお前くらいだろうな」
アーラを娼館へ押し込もうとしたのだけれど、本人が駄々をこね始めたのだ。女の人に囲まれるなんて恐怖以外の何物でもない、お前みたいな醜男がここに何の用だと塵を見る目で見られるに決まってる、と言い始める。
終いには地面にへばりつき、自分はここから離れぬ、絶対に離れぬ、とまで言い出した。これにはエヴィやアリスも呆れ、「貴方よりも酷い客はいるでしょ。だから流石に塵を見る目はされないわよ。大丈夫よ。きっと」「アーラ。自信、持って」と励ましたが、アーラの決意は固いようだった。
「あれ? というか、レオ君って透明になれるんじゃありませんでしたっけ? お客さんのフリをする必要もないんじゃ?」
「…」
アーラ突然はっとした顔をして、口を開きかける。しかし、エヴィを見て声を落とし、俺にだけに聞こえる声でそう言った。魔法のことは言うな、という言葉を律儀に守っているのだろう。
俺は返事をせずに無言の笑みだけを返した。
「あ! 分かってて黙ってましたね! 面倒だから僕に押し付けようとしてたでしょう!」
「…あとは、お前の反応が意外と面白かったから、これもこれでありかと。俺が対価なしに手を貸すんだ。それなりの余興を見せてもらわねば割に合わない」
「僕はレオ君を楽しませるために、こんなことをしてるんじゃないですけど。面白いですか?」
「まぁまぁだな。あと一捻り欲しい」
「僕、泣いていいですかね?」
俺が中に入って、エヴィの祖父がいるかどうかを確認することになった。エヴィの目が届かぬところで、目眩ましの魔法をかける。
ーーーーーー光の七色。七色の光。我は色からの逃れ者、我は色からの逃亡者。肉体に色は気付かず通り過ぎ、我の身体は目に見えぬ。
エヴィへの言い訳の方は、アリスたちが上手くやるだろう。俺は一つ目の娼館の入り口へと入った。
二時間後。一応それらしい建物は全て探したが、エヴィの祖父はいなかった。やはりここではないところにいるのか、と結論付けた俺は、魔法を解いてアリスたちがいる場所へと戻る。
その場所へと着くと何やら騒ぎが起こっていた。
「ちょっとっ!! 離してってば!」
「いい加減、金を返してくれないかねぇ…。こんなところにいるってことは暇なんだろ?」
「暇なんかじゃっ…お金は、あったけど…今は…なくて…」
「あ? つまり、ねぇってことだろうが」
エヴィが大人に絡まれているらしい。会話からして、借金取りか何かか。何故このタイミングで出会うのか。アイツ、運が悪すぎるだろう…。
そんなエヴィを背に庇い、屈強な男二人と対峙しているのはアーラだった。
「ちょっと…相手は子供ですよ。お金を借りたのは、この子のお祖父さんなんでしょう。この子ばかりを責め立てるのはどうかと思います」
「あ? 何だ、てめぇ?」
「普通に考えて、お祖父さんの方を責め立てるのが道理だと思いますけど」
「あの爺さんは、マトモに聞かねぇんだよ。あの老体じゃあ金も稼げねぇからな。それなら、まだそこの嬢ちゃんの方が使い道はあるってもんだ。…そうだなぁ、ここら辺の建物で働いてもらったりとか?」
「…女の子に聞かせる話じゃありませんよね。それくらいの配慮もできないんですか?」
「おお、怖い。子供を庇って、ヒーロー気取りか? え?」
怯える様子もなく、静かに男たちを睨むアーラ。
普段は温厚な彼が珍しい。彼の性格を考えるに、自分を貶されるのはいいけど、罪のない子供が悪く言われるのは見過ごせない…といったところか。
面倒ではありそうだが、なかなか面白いことになっているな、と思いながら、俺は彼らに近付き「エヴィ」と声をかける。
エヴィたちに意識が向いていた男たちは驚いたように振り返り、そして俺を見て顔を青くさせた。おや、どこかで見たことがあるなとは思っていたが…。
「お前っ…この前の餓鬼っ…!!」
「前に絡んできた奴か。こんなところで会うとは。世間は狭いな?」
以前、裏通りを通った際に俺に突っかかってきた輩だった。そう言えば、借金がどうのとか言っていたな。
俺が微笑みを向けると、彼らは怯えたように後ずさりをし、やがて「…くそっ!」と言い残して走り去っていく。
俺に絡むのは得策じゃないと前のことで身に染みたのだろう。学習能力があるようで何よりだ。また相手をするのは時間の無駄になるからな。
男たちが立ち去り、アーラは緊張の糸が切れたように、身体から力を抜いてそのまま膝から崩れ落ちた。
「助かりましたぁ、レオ君。僕、今にも腰が抜けそうで…」
「その割には、果敢に反抗していたじゃないか。小動物が懸命に威嚇しているみたいだったぞ」
「それ、褒めてます…?」
「一応な」
緊張しすぎて身体が熱いです…と呟きながら、アーラは手で首元を扇ぐ。確かに興奮したせいなのか、彼の顔はいつもよりも赤い気がした。
「それよりも! 早く、お祖父ちゃんを見つけましょ!…全額まではいかなくても、少しお金を渡せばあの人たちも静かになるから。お母さんたちが貯めていたお金を取っていった時も、そうだったもの」
「その前に、お前のその不運体質はどうにかならないのか。よりにもよってこのタイミングで出会うなんて、なかなかあり得ることじゃないぞ」
「どうにかできるんなら、とっくにどうにかしてるわよ」
俺たちは、今度は酒場を探し始めた。




