誕生祭 20
朝食を終え自室へと戻ると、開けていた窓から小鳥が部屋へと入り込んできた。そのまま、小鳥は俺が伸ばした手にとまる。
「アーラからか」
この小鳥は、俺がアーラと連絡を取る時に使っている人形だ。足にくくりつけられている紙を抜き取ると、"僕の家に来てもらえますか"とだけ書かれていた。
絵が完成したのだろうか。あの絵はほとんど完成に近かったし、そろそろ仕上がってもおかしくはない。
「…にしては、今回は随分と簡潔だな。普段ならば、不必要な新種の鳥の情報を書き連ねていくというのに」
アーラの手紙は、無駄に長いという特徴がある。欲しい情報は最後の一文、二文で、それ以外はほとんど無駄なことばかりだ。それがたった一文とは。
「これは何かあったな」
俺は少し迷ってからアリスを呼びに行き、アーラの家へ向かうことにした。
家に到着し、ドアをノックする。すると、すぐにドアが開かれて、いつになく真剣な顔をしたアーラが出てきた。前まではアトリエで死にかけているか、絵を描いているかだったのに。
俺たちは顔を見合せ、「変なものでも食べたか?」「治癒、必要?」と尋ねた。
「え、酷い…って、そんなこと言ってる場合じゃないんです!」
アーラは、俺たちをぐいぐいと家の中に押し込む。中には何故か目を泣き腫らしたエヴィがいた。
あ、面倒なことになる。嫌な予感がして俺が立ち去ろうと方向転換するが、その前に、後ろに立っていたアーラがドアの鍵を閉める。コイツ…。
「レオ君の性格は段々分かってきてますからね。僕の精一杯の抵抗です」
「…手紙を簡潔に書いたのもわざとか」
「だって、この子が僕のところに来て泣いてるんですって書いても、レオ君は来てくれないでしょう?」
「こんな時だけは頭が回るものだな。普段からやれ。普段から」
「一応、普段も頑張ってるつもりなんですけどねぇ…。今日のは流石に、大人として見て見ぬふりはできないので。レオ君の力も貸してください」
ふぅん? アーラがここまで言うのは珍しいな。
興味が引かれた俺はエヴィの前に座り、話を聞いてやることにした。
「で? いいぞ。話してみろ」
「レオ。上から、目線。偉そう」
「余計な世話だ、アリス。エヴィ、さっさと話せ」
しかし、いつまで経ってもエヴィを泣くばかりで口を開こうとしない。嗚咽が漏れるだけだ。
「アーラ」
「僕が聞いた限りだと、お金がなくなったらしいです。ついでにお祖父さんの姿もいなくなってて」
「あぁ、金を持って遊びにでも行ったか。随分と元気なご老人だな」
どうやらエヴィは渡された金をきちんと管理していなかったらしい。厳重に金庫に入れろとは言わないが、見つかりにくいところに隠すなりすればよかっただろうに。まぁ身内ならば警戒も甘くなるものか。
「また無一文に戻ったと。祖父の行き先に心当たりは?」
「ひっく…娼館…とか…」
「ありえるな。が、俺の勘だと娼館よりも先に、酒をたらふく飲めるところへ行くと思うぞ」
「お酒ですか? でも、この子のお祖父さんの借金って…」
「情報を聞き出すために酒を少量渡したんだが、あれだけの量では満足はできていないだろう。ましてや長期間禁酒状態だったんだ。久方ぶりの酒は、五臓六腑に染み渡るほどの美味さに感じたことだろう。そこで降って湧いた金だ。あの男の性格を考えると、嬉々として酒場かどこかに行っていると思うがな」
「だから、金を取り戻したいなら、娼館よりも先に酒場辺りを探してみるといい。娼館は基本的に子供は立ち入れないが、酒場ならばその辺も緩いだろう。比較的探しやすいはずだ」と俺はエヴィに向かって言った。
エヴィはそれに反応をせず、うつ向いている。借金を返す見込みがついたところから、一気に逆戻りになったのだから無理はないがな。
「エヴィ。聞いているのか」
「…聞いてるわよ」
「では、今すぐにでも探しに行ったらどうだ? 早くせねば全て使われるぞ」
「…動きたく、ない…」
エヴィは暗い声でぼそりと言った。
「…なんで、こうなるのよ。いつも私ばっかり。お金が用意できたら、こうよ。なんで…私ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの。世の中に一杯人がいるじゃない。私よりも…ずっと幸せそうな子がいるじゃない。なんでその子たちじゃなくて、いつも、私ばっかりに…」
「エヴィ。感傷に浸るのはいいが、本当に早くしないと手遅れになるぞ」
「分かってるわよっ!!…分かってる、けど…」
「自分を哀れんでも何一つとして利点はない。先へと進む足が遅くなるだけだ。少しでも現状を改善したいのなら、さっさと動け」
エヴィは顔を上げて、俺の胸倉を掴んだ。
「誰もがアンタみたいに強くないの!! 頭で分かってても、心はついていかないし、身体は動かないのよっ!!」
「泣いても世界は変わらない。自分が何か行動を起こさねば、変化は訪れない。お前が今やっている行為は無意味なだけだ」
「…言わせておけばっ!!」
頭に血がのぼった彼女は、腕を力を込める。何だ、興奮すると手が出るのは祖父と変わらんな。これで自分は世界一哀れで、助けるべき存在だと思い込んでいるのだから笑わせる。
「はーい、ストップです。お二人さん」
ぽすっ、と俺とエヴィの顔に柔らかいものが押し付けられる。クッションだった。所々ほつれていて、綿が出ているボロボロの。
「ヒートアップしすぎですよ。レオ君も煽るようなことを言わない。君の正論は僕みたいな人には時々キツいんですって」
「別に煽ってはない」
「はいはい。レオ君には悪気がなくてもですね、そう聞こえる時があるんです」
クッションを押し付けてきたのはアーラだ。彼は苦笑しながら「ちょっと落ち着きましょうね」と言い、アリスと協力して、俺とエヴィを引き離す。
アーラはエヴィの前にしゃがみ、彼女の視線を合わせてから話し出した。
「人生のどん底だって感じている時、誰だってどうして自分ばかり、って思ってしまいます。それは普通のことですよ。希望なんて見えなくて、目の前が真っ暗になって、気持ちがぐちゃぐちゃになるから、周りを見る余裕なんてないんですよね」
「…」
「どれだけ泣いても、誰も助けてくれない。声を押し殺して泣くことは、とても苦しいことでしょう。生きるのって大変ですよね。そんな中、君はよく頑張っていますよ。お祖父さんからも逃げず、借金からも逃げず、生きることからも逃げず。誰もが皆できることではありません。偉いです」
「…でも、アイツは」
「レオ君はメンタルが強すぎるんですよねぇ。この人を目安にしちゃ駄目ですよ。契約違反だ、よし、腕を切ろうって感じなんで」
アーラはエヴィの頭を撫でて、笑いかける。
「君は普通ですよ。逃げない強さを持っていて、人並みに弱さのある人です。そして、人並みの幸せを得る権利がある人です。だから神様が特別に君を苛めてるって訳ではありません。今回、悪いのは君のお祖父さんですね。だからお祖父さんと喧嘩しましょう。何をやっているんだ! って怒る権利が君にはあるんですから。お祖父さんを見つけて、怒って、ちょっとボコって、甘いものでも食べて気分転換してから、お金のことは悩みましょう。一つずつやればいいんですよ。ね? 僕も手伝いますから」
アーラがそう言うと、エヴィは暫く黙り込んでいたが、やがて、か細い声で「…うん」と返事を返した。




