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誕生祭 16


「歌、忘れたの?」


「らしいぞ。アリス、残りはお前の勘だよりだ。何か分かるか?」



屋根裏で見つけた手紙と鍵のことを話し、俺はそうアリスに問いかけた。


彼女は小首を傾げて、そして暫く黙っていた。漸く口を開いたと思ったら、「うん」と言って、エヴィが持つ手紙を指差す。



「私の、勘、いらない、と思う。まず、お祖母ちゃんのプレゼント、もらうべき」


「引き出しを開ければ、何か分かると?」


「多分。私が教える、必要は、ない、気がする」



そして、アリスは言った。



「きっと、エヴィのお祖母ちゃんも、エヴィが、自分から思い出すことを、望んでる…と思う」







開かずの間。引き出しに入れられていたのは、首飾りだった。植物の葉の模様が掘られた飾りに、紐を通してあるだけの簡素なものだ。



「これが?」


「お祖母ちゃんがよくつけてたものだわ。小さかった時にいつも私は欲しがってたの。『いつかエヴィにあげるわ』って言ってくれてたけど…」


「約束通り形見としてお前に譲る、ということか」



見たところ特別な細工は何もない。本当にただの首飾りだ。



「歌は?」


「…………………何のことかしら?」


「…アリス」



俺は額を押さえながら、話が違うぞと隣に立つ彼女を見る。アリスは相変わらず余裕そうな顔で、首を横に傾げているだけだ。



「本当? 本当に、思い、出せない?」


「え、だって…」


「大丈夫、ゆっくり、で、いい、から」



アリスは、焦る様子を見せるエヴィの頭を撫でながら、ゆっくりとした口調で言う。エヴィは眉間に皺を寄せ、「この首飾りが欲しいって言った時に…歌を教えてもらった…気がする。でも、三歳とか四歳くらいの頃だったし…思い出せる訳ないわ…」と弱音を吐いた。


アリスは「そっか」と短く言い、今度は俺の方を向く。



「レオ。この、首飾り。見てあげて」


「俺か? 音楽は詳しくないぞ」


「レオ、薬草とか、詳しいから。分かること、あるかも」



一体、何がしたいのやら。そう思いつつも、エヴィから首飾りを受け取り、刻まれた葉の細やかな模様を見つめる。



貯蔵根彩花ちょぞうこんさいかの葉だ。この辺では聞かないが、他の国では霊薬の材料と言われている植物だな。根に栄養や水分を蓄え、地上にある部分は小さいのに、根はそれの五倍以上の大きさであると聞く。縁起がいいとされるから、飾りのモチーフとして用いられることも多い」


「うん」


「まさか、この家にそんな貴重な植物が生えているとでも? 葉一枚だけでも大金で取引されるものだぞ? それとも、今度は植物図鑑でも調べるか?」


「ちょっと待って…彩花…?」



アリスと話していると、エヴィが何か思い出したような顔をした。頭を押さえ「聞いたことある…! ある…けどっ、思い出せなぃぃ…!!」と叫ぶ。結局、思い出せていないんじゃないか。騒がしい奴だな。


そんな時、別の部屋からガタガタとものが落ちる音がした。エヴィの祖父が寝ている部屋からだ。



「お祖父ちゃんったら、また暴れているのかしら」



エヴィが溜め息をついて、「お祖父ちゃんー?」と出ていく。



「治療は?」


「無事に、終わってる。寝てた、から、エヴィのお祖父ちゃん、は、気付いてないと、思う」


「それはいい。ルークの件で身に染みただろう。魔法は無闇やたらに見せない方がいいぞ。騒ぎになるからな」


「ルーク、が、生まれるの、助けてた、人たち…」


「奇跡だ何だと五月蝿かった。特にお前の力は見せびらかさない方がいいだろうな」


「レオのは?」


「俺の場合は最悪、対処できる。ものを言えぬ身体にすればいいだけだ」


「やりすぎ、駄目。気をつけて」


「頭の片隅くらいには置いておこう」



俺たちの会話を聞いていたアーラは、ニコニコとしながら言った。



「お二人って仲いいですよねぇ」


「今の会話のどこに、そう思える要素があったというのか。そうだ、アーラ。俺たちの魔法のことは他言無用で頼む。お前の場合、悪意なく口を滑らせそうだが」


「へ? …あ! そう言えば、レオ君たちって不思議な力が使えたんでしたね!」


「…忘れていたのか?人間にはなかなか衝撃的な光景だったと思うんだがな」


「なんか君たち自身が規格外なので、何でもアリかな!っと。特に驚きもないです。あ、でもですね、他の魔法は正直あんまり興味がないんですけど、レオ君に生えた翼にだけは興味あります。是非今後も定期的に僕に見せて欲しいです」


「…そういう奴だよ、お前は」



廊下からは、エヴィの驚愕する声が聞こえてきていた。







「えっ?! たったたたたたたたっ?!」


「た、が多い」


「たたたた立ってるっ?! お祖父ちゃんが?! ねぇ、立ってるんだけどっ!!」



エヴィは俺に抱きつき、あれ! あれ! と二本足で真っ直ぐに立っている祖父を指差し、俺の肩をかぐがくと揺らした。頭がかくんかくんと揺れる。


分かったから落ち着け、と言っても興奮が冷める気配がないので、彼女の頭をぺしっと叩いた。エヴィは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。



「ねぇ…私、夢でも見てるのかしら。ちょっと頬をつねってくれない?」


「あぁ」


「痛い痛い痛いっ!! ちょっと! 手加減てもんがあるでしょ!」


「お前がつねろと言ったのに。注文が多い奴だな」


「嘘…夢じゃないの? もう、立てないだろうって言われてたのに」



エヴィの祖父が俺たちの方を向いた。「…エヴィか」と言う彼の顔は、先ほど暴れていた時よりもすっきりとした顔をしている。



「頭ァ、痛てぇのが治ってんな」


「お祖父ちゃん、平気なの…? どこか痛いところとか…」


「ない。それどころか、無性にいい気分だ」



彼は、エヴィの後ろに立つ俺たちを見る。



「あ? お前のダチか?」


「この人たちはね! お祖母ちゃんの…」


「エヴィ。祖母の、手紙、忘れたのか」



エヴィが祖母との宝探しをしているという話をする前に、俺は彼女の声を遮った。


祖父の体調が改善して喜ぶ気持ちは分かるが、手紙には祖父は信用できないから内緒で探せと書かれていたはずだ。何がどう信用できないのかは分からないけれど。


エヴィはぐっと黙り、言葉を飲み込んだ。そして代わりに、違うことを尋ねた。



「お祖父ちゃん。今なら…暴れない?」


「あぁ。頭痛が酷くて酒が欲しかったが、今はそこまでじゃないからな」


「そう…。じゃあ、聞いてもいい? …どうして、借金なんてしてたの?」



まさか借金を負った理由さえ聞いてなかったとは。俺は呆れながら、祖父の答えを待った。あー、と彼は歯切れの悪い返答をしていたが、やがて頭をかいて目をそらしながら言った。



「…昔、娼館にいい女がいてなぁ」


「はぁ?!!!」



エヴィが一段と甲高い声を上げ、俺やアリスたちは耳を両手で塞がねばならなかった。


話を聞けば、なんと若かり頃、彼は女遊びが激しく、娼館にも通いつめていたらしい。妻、つまりエヴィの祖母にバレてこっぴどく叱られてからは控えるようになったものの、時々、目を盗んで行っていたようだ。


当たり前だが、娼館に通うというのは金がかかる。


彼は借金をして、それを美しい娼婦たちに貢いだのだそう。


そして多額の借金が残り、かといって妻に話せる訳もなく、そのままズルズルと引き延ばし、借金取りからは逃げ続け…。そして、今、孫にそのしわ寄せが来ていると。


コイツ、クズだな。俺たちの心は一つになった。







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