誕生祭 1
風は日に日に冷たさを増し、冬が確実に忍び寄ってくる時季。俺は新しく作った火力石を売りに、アンドレ殿の店へ、父様と共にやって来ていた。
商談を終えると、また子供たちだけで遊んでおいでと部屋から放り出される。仕方なく、サルトの部屋で時間を潰すことになった。
「前に約束していた母様の菓子だ。口止め分の」
「あ、どうもご丁寧にありがとうございます」
菓子を受け取り、サルトは「実は、レオさんに聞きたいことがあったんですよ。この前、アーラ兄さんを偶然見かけまして…」と話し出した。
「痩せこけていた?」
「ええ。そりゃあもう、ごっそりと。僕、最初見た時、幽霊かお化けかと思いましたよ。よく見ればアーラ兄さんで、驚いて声をかけられなかったんですけど」
初対面の時から、筋肉や脂肪がないのではと思うほどに痩せていたアーラだが、その時見かけたアーラは更に酷くやつれていたらしい。
頬の肉はごっそりと落ち、目は虚ろで、ふらふらとソンビのように歩いていたと。また、もう秋が終わろうとしている季節だというのに、コートも着ることはなく、薄い服で寒そうに背中を縮こませて歩いていたようだ。
「レオさん、アーラ兄さんと取引をして、お金を渡してるんですよね?あ、僕は突っ込みませんからね。子供のレオさんがどうやって、絵を売っているんだとか、頭が痛くなるだけなんで、突っ込みませんから」
「あぁ。それで?アーラが痩せていたとは、どういうことだ?言っておくが、絵だけ奪って金を渡していない、なんて真似はしていないぞ?」
ここ数ヵ月は何かと忙しかったから、アーラと直接顔を合わせることはしていない。基本的に手紙のやり取りをしていて、彼の体調を知る術はなかった。
だが、前に彼の家へ訪れた時に絵を数点買い取って金を渡したはずだ。贅沢をしなければ、今でも十分に暮らしていける分はあるはずなのだ。
「どういうことだ、と僕に聞かれても…」
「ふむ。痩せていた…な。精神面のストレスから拒食症にでもなったか?」
「あ、やっぱり、レオさんと話していく内にストレスが…」
「何か言ったか?」
「何でもないです。ごめんなさい。調子に乗りました」
ひぇ、とサルトは短い悲鳴を上げて、両手で自分の口を塞ぐ。その間抜けな仕草を見ながら、俺は溜め息をついた。
「分かった。アーラの家へ行って、事情を聞いておく。せっかく取引をしたというのに、一年も経たぬ内に使いものにならなくなるのは避けたいからな」
「よろしくお願いします」
そんな会話をして屋敷へ戻った後、俺はすぐにアーラの家へ行くことにした。痩せこけていたというのがどうにも気になったからだ。人形を置いて、冷たい風を通さない、しっかりとしたコートを着込む。
先程一階を見てきたが、アリスは母様と菓子作りに熱中しているようだった。俺が無断で出掛けようとすると何故か付いてこようとする彼女だが、あの様子だと、彼女に気付かれずに屋敷を出ていけるだろう。
そうして俺はアクイラ家を出て、また町へと戻って来たのだ。
冬となれば、食べ物は減り、暖炉の火が灯る部屋に籠りがちになる。日が沈むのが早くなるのも一因かもしれない。自然と外を出歩く者たちの雰囲気は暗くなるものなのだ。
しかし、町は人通りが多く、そして活気があった。
子供たちは親に手を引かれ、目を輝かせて店の中を覗き込む。大人たちは、普段は食べないであろう、上等な肉を買ったり、ご馳走を作るための材料を沢山買い込んだりしている。店は不思議な模様が描かれた布を使って飾り付けられ、客を呼び込んでいる。
こちらの世界では、冬に大きな年中行事の一つがあるのだ。秋には収穫祭があり、それは前世の世界にもあったものだけれど、こちらは冬にもある。
レオフェルド・ダ・ヴィルトの誕生祭。
多彩の天才と呼ばれ、歴史に名を刻んだ偉人だ。数学から解剖学、芸術、音楽などその才能を発揮した分野は多岐に渡り、そして、特に魔法学に関して学問の発展に大きな貢献をしたそうだ。
現在、この世界に存在する魔法学の基礎はほとんどは、彼が発見、または発展させたものらしい。こちらの世界は魔法学が遅れているが、ただ一人がここまで飛躍的に進歩させたとなると、魔法学的なセンスがある人物だったのだろう。
後学のためにも是非とも会ってみたかったが、既に逝去しているようだから残念だ。
彼の功績を称えて、彼の誕生日は収穫祭のように、毎年祝われることになっている。祭が開かれ、子供は親からプレゼントをもらい、家族全員でご馳走を食べる。そんな行事だ。
ここにいる者たちは、その準備のために来ているのだろう。
「人が多いな…」
賑わっているのは結構だが、人の身体が邪魔になって前に進みにくい。俺は大通りではなく、建物の間にある裏通りへと入ることにした。
町の造りというのはどこでもそう変わらない。裏通りには、大通りとは違う雰囲気があるのだ。はっきりと言えば、治安が悪い。
酒屋が立ち並び、酒を飲み交わしながら博打を楽しむ大人たち。勝負に負けたのか、大声で「イカサマだ!」と叫び、殴り合いにまで発展している者。明らかに偽物の宝石を売ろうとしている商人。盗品と思われるものを売りにくる浮浪者もいる。
中には子供の俺が珍しいのか、じろじろと見てくる奴もいるが、声をかけてくるなと視線で圧をかければ大人しくなった。縫うように裏通りを抜けていく。
「アイツ、マジで金を返せるんかねぇ」
「無理だろ。あの荒れようだぜ?今、払ってるやつもどうせ誰かからもらった金だろ。すぐに尽きて、金がなくなるに決まってるさ」
「ま、稼ぐ方法はいくらでもある。金がないって泣きつくってんなら、俺らが仕事を斡旋してやればいいんだ。ちょっとばかし法に触れるけどな」
前を歩いていた二人組とすれ違う。「あ?餓鬼がなんでここにいるんだよ?」と舌打ちをされたが、そのまま無視をして通り過ぎようとした。
「おい、ちょっと待てよ。感じ悪ぃ」
「…何か?」
「何か、じゃねぇよ。生意気な餓鬼だな」
「先を急いでおりますので」
俺が通り過ぎようとすると、一人が俺の腕を掴んできた。
「おいっ!なんだ、その態度はっ!」
「…これだから頭の悪い奴は嫌いだ。無闇やたらに突っ掛かってくる」
俺はその腕を掴み、相手の肩を掴んで力を入れた。相手の身体は宙に浮かび、俺は大きな大人の体躯を背負い投げた。わざと頭を地面にぶつけるようにしてやったので、「うぐっ!」と苦しげな声が漏れる。
地面に倒れさせられた相手は打ち所が悪かったのか、失神していた。手に付いた汚れを払いながら、じろりともう一人を睨んで言う。
「難癖をつけたいだけなら、相手を選べ。それが賢い生き方だ」
これくらいの相手ならば、命を奪うほどではないだろう。流石にほいほいと人を殺すわけにもいかない。腰を抜けしている二人目にそう忠告し、俺はその場を後にした。
アーラの家へ到着し、ドアをノックする。返事はなく、ドアが開かれる気配もない。
仕方なく裏口から回り、そこから入ることにした。室内は静かだった。出かけているのだろうか。
「アーラ?」
普段彼がいるアトリエへと足を踏み入れる。外と同じくらい寒いというのに、暖炉に火はついていない。というよりも、単純に薪がない。
床に一人の人間が寝そべっていた。長い髪に、ガリガリの身体。アーラだ。
「前もこうしていたな。床に寝るのが趣味なのか?」
俺はかがんで、ツンツンとアーラをつつく。ううん、と唸る声がした。死んではいないらしい。餓死寸前ではあるが。
「セオドアはどうした?」
もう一人の住人が見当たらない。
俺がそう問いかけると同時に、部屋の隅から、がたんっと音がした。見ると、不自然に布でぐるぐる巻きにされた絵が一つあって、その大きさには見覚えがある。俺がセオドアの魂を閉じ込めた絵だ。
「…?お前たち、どうしてそうなっているんだ?」
俺が布を剥がしてやると、絵に描かれたセオドアと目が合った。俺を見るとすぐに彼は叫んだ。
「なんかアーラの口に突っ込んで!水でも、雑草でも、そこらの鼠でもいいから!マジで何週間を食べてないんだよ!この馬鹿は!!」
髄分と辛辣だ。仲違いでもしたのだろうか。
俺はサルトに渡して残っていた母様の菓子を取り出し、うごうごと動いているアーラの口に放り込んでやる。アリスと母様が二人で作ったはいいものの、アクイラ家では消費しきれないほど作りすぎたということで、処理が困っていたのが役に立った。
食い始めて、口の中の菓子が全てなくなると、また菓子を放り込んでやる。そんな餌付けを繰り返して、漸くアーラは意識がはっきりとしてきたようだった。
「レオ…く…ん?」
「久方ぶりだな。気分はどうだ?」
「お…」
「お?」
「お腹…空いた…」
盛大にアーラの腹が鳴る音がした。




