薬屋の母親 8 (三人称)
第三の方法として提案されたのは、レオが定期的にマリーの魔力操作を行うという方法だった。詰まったら流す、という作業をただ繰り返す。身体への負担が少なく、しかしどれだけの効果が現れるのか分からない方法。だからこそ、レオはその方法を、不確実過ぎると呼んだのだ。
庭から移動し、ルーカスを加え、改めて三人で話し合うことになった。
どうしますか?と説明をし終えたレオは、マリーとルーカスに尋ねた。「お勧めはしません。博打もいいところですから」と彼は言い、「それに」と付け足した。
「貴方たちにとっては、僕は得体の知れない存在でしょう。そんな存在に命を預けるようなものですよ」
どうしてこの子はこう、試すような、自虐的な言い方を選ぶのだろうか。大分彼に慣れてきたマリーは呆れながら、「貴方のことは信頼しているわ」と言う。
レオは調子が狂うと言いたげに、複雑そうな顔をして、ルーカスへと目を向けた。
「マリーさんはよくとも。ルーカスさんはすぐに賛成はできないのではありませんか?」
「…」
「僕のことを不審に思っている目だ。気味が悪いと思ってる、違いますか?」
「…そこまでは思ってないよ。少しだけ怖くはあるけど」
「無理もありません。理解が及ばないものは恐ろしい。何をするか分からないからです。自然な感情ですよ」
ルーカスは目を伏せ、「君の、その冷静さは何なんだ」と吐き出すように尋ねた。
「普通は、人が死ぬ、なんて話になったら多少なりとも動揺するだろう。僕はもう何年も薬を作り続けてる。自分の職に誇りを持って、腕を磨いてきたつもりだ。それでも、薬を飲んでも効かず、死んでしまった人は沢山いる。僕は死を恐ろしいと泣く人たちを知っている。死の、重さを知っている」
ぐっと、拳を握り、眉間に皺を寄せて語る。
「君がマリーの死を語った時、その言葉には重さを感じなかった。今もそうだ。淡々と。静かに。感情が揺れ動くことなく。君は人の死を重く受け止めないんだろう?」
「ええ。僕に関係がない、他人の死など心底どうでもいい」
「…っなら、君にマリーのことを任せられないよ」
二人の間に冷たい空気が流れる。「でも、それは他人が死んだ時だけなんでしょう?」沈黙を破ったのは、マリーの声だった。彼女は頬を膨らませて怒っている。
「もう!レオ君は言葉が足りないのよ!すれ違い過ぎて、我慢ならないわ」
「マ、マリー?」
「言ってくれたじゃない。お母さんのこと愛していたって。お母さんが死んだ時は、泣くくらい悲しかったのではないの?」
母を喪っていると初めて聞いたルーカスは、驚いてレオを見た。フードのせいで表情は分からないが、マリーの質問に彼は否定を返すことはなかった。
「さぁ。どうでしょう。泣きはしていませんが」
「でも、どうでもいいとは思っていなかったのよね。じゃないと、今、私に教えてくれた方法もできるはずがないもの。魔力操作、苦手だったって言ってたわ。それが上手くできなくて、お母さんを殺してしまったって。でも今は違う。アリスちゃんよりも上手みたいだわ」
「…」
「えっと、自分の魔力だけじゃなくて、人の魔力を操るのって難しいんじゃないかしら?多分なんだけどね」
「…そうですね。人の魔力操作は不可能だと言われていましたから。普通は難しいでしょう」
「そう。なのに、レオ君はできる。練習したんじゃないの?沢山。自分の失敗のせいでお母さんを殺してしまったからって。苦手なものが得意になるくらい努力した。違う?泣いてる暇なんてない。前を向かなきゃいけない。落ち着いてなきゃいけない。大人にならなきゃいけない。貴方はそうやって、ずっと一人でどうにかしてきたんでしょう?」
レオは暫く無言だった。そして、やがて口角を上げて「そんな大層なものではありません。それが、僕にできる、唯一の弔い方だった。それだけのことです」と何でもないことのように言った。
「お母さんが、いないのかい?」
「いますよ。もう一人。けれど、彼女が僕にとっての母でした。彼女を、僕は出産時に殺してしまった」
ルーカスが哀れみを覚えたことに気がついたのだろう。レオは目を細めた。そして、低い声で言う。
「安っぽい同情は止めてください。僕は自分を不幸だと思ったことはありません。無意味に哀れまれるのは、侮辱と同じだ」
はっとしたルーカスが謝罪の言葉を口にする。レオはそれ以上彼を責め立てることはなく、自分のことからマリーのことへと話を戻した。
レオの生い立ちを聞いて気が変わったのか、ルーカスが力強く反対することはなくなった。できることならば子供を生みたいという夫婦は、レオの手をとることに決めたのだ。後悔は、とレオが言いかけると、すべてを聞かぬ内に、ないわ、とマリーは言った。
母親となった女性は強い。覚悟を決めたマリーの目には、強い光が宿っていた。
レオは毎日のように店に顔を出し、マリーの魔力を操作するようになった。よくアリスも共に来て、魔力操作をするレオの手をじっと観察している。
レオの作業が終わるのを見るだけで、手持ち無沙汰だったマリーはアリスに話しかけた。
「アリスちゃんは、何しているの?」
「魔力、見てる。真似、できるように」
アリスは記憶力がいい子のようだった。大抵のことは見れば理解できるし、理解できたなら真似ができる。だから、レオの魔力の流れを見て学ぼうとしているが、どうしても上手くいくイメージが掴めぬらしい。
じいっ、と穴が空くほどにマリーとレオの手を見つめている。瞬きも忘れてそんなことをしているので、マリーは苦笑した。
「レオ君は教えてあげないの?」
「僕のを見て勝手に学ぶのは自由ですけれど、手取り足取り教えるのなら、講習料をとる必要がありますからね」
講習料とは対価のことで、身内だからと特別扱いはしないようだ。だから、学ぶのなら目で見て盗め、とスタンスらしい。仲がいいのか悪いのか。マリーはやっぱりよく分からない兄妹だと改めて思った。
そうして徐々に交流を深めていく中、ある衝撃的な事実をマリーたちは知ることになる。
それは、ハーブティーを見てアリスが言った一言からだった。
「それ、骨にも、効く?」
その時、部屋にはアリスとマリー、そしてルーカスしかいなかった。今日の仕事を終えたレオは店に並べられた商品を見に席を外している。ハーブティーには色んな効果があるのよ、とマリーが教えている時のことだった。
「骨?背を伸ばしたいの?」
アリスとレオは五歳であると聞いていた。背なんてこれから伸びるだろうし、気にしなくていいと思うけれど…。
「違う。骨折、効く?」
「骨折?誰か知り合いの方が怪我しているのかしら?」
「うん」
患者がいると聞いて、ルーカスも身を乗り出した。誰だい?と問うと、アリスは店へと続くドアを指差した。そして言った。「レオ」と。
レオ。普通に過ごし、動き回っている彼が骨折している。そこからは早かった。特にルーカスが一番反応が早かった。
彼はアリスを質問責めにして、肋骨が折れている上に適切な処置もせず放置していることを聞き出し、全速力で別室にいるレオを捕まえに行ったのだ。十数秒後、不服そうな顔をしたレオが抱えられてきた。
「骨折を!!放置してたんだって?!!」
その一言で事情を理解したレオが、余計なことを、とアリスを睨む。
「落ち着いてください。大した怪我ではありませんから」
「大した怪我じゃないかどうかは、君が決めることじゃない。それは医学に心得がある人間が決めることだ。それにね、骨折自体は大したことがなくとも、骨が折れたせいで内臓が傷付く場合があるんだ。肺炎などの合併症のリスクもある」
医療関係者としてスイッチが入ったルーカスは、レオの静止の声も聞かずに診察を始めた。痛む箇所を確認しながら、質問をする。
「痛みは?」
「…肩を動かすと少し」
「呼吸をしにくいと思ったことはないかい?」
「…」
「あるんだね。放置していたって聞いたけど、激しい運動はしてないね?」
「………走ったり、蹴ったりは」
「それをね、激しい運動と言うんだよ」
骨折を軽視し、更には悪化させるような真似をしていたことに対して、ルーカスはこっぴどく叱った。レオが平気だ、死にはしないのだから、なんて反論したが、火に油を注いだようなものだった。そうやって軽視して悪化することが多いんだ、と更に怒られる。
「…それで、その怪我はどうしたんだい?」
「折ったんです。自分で」
「は…?」
「自分で。自業自得の怪我です。だから、治療の必要はありません」
ルーカスは息を呑む。そして、はぁぁ…と脱力して息を吐いた。片手で顔半分を覆い、「ど…かな?」と呟く。聞き取れなかったレオは「はい?」と聞き返した。
「どうして君は、自分の傷にも無頓着なのかな?」
ルーカスは怒っていた。目前の子供は死に関しても、傷に関しても軽く見ているところがある。初めはそれが幼い姿と合わず、違和感を覚えると共に怖くもあったのだが、次第に、放っておけないという感情へと変わっていった。
しかし、一度置いてしまった距離を縮めることはできず、彼に自分から話しかけることに対して今まで二の足を踏んでいたのだ。つまりは仲良くなりたいってことでしょう、と夫の言葉を聞いたマリーは笑っていた。
そして今。レオが何も気負うことなくそんなことを言い、ルーカスの心にあった躊躇いと遠慮は吹き飛んだ。
これを機に色々と、そう、常識的なものを教えよう。そう思って、布で胸部を固定する方法を教えながら、くどくどと説教をした。レオは不思議そうにしつつも、敵意はないため素直に聞いている。
「…放っておいて、いいの?怒ってる、よ?」
「ええ、いいの。仲良くなれそうなんですもの」
アリスとマリーは、そんな二人の様子を見守っていた。




