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画家 18



ーーーーー防御魔法・裏結界。



アーラの家の周りに防御魔法を張り、外側からは侵入できないようにする。流石に三度も画商が来るとは考えずらいが、念には念を入れることにした。



「これで一先ずは大丈夫だろう。今の俺の魔力残量でも、三日は結界が保つ。その間アーラはできる限り外出は控えること。誰かが来てもドアを開けないこと。できるな?」


「分かりました」


「幽霊は、魂が絵に馴染むまで何もしないように。特に俺が込めた魔力を使おうとするな。下手したら俺の労力が全て無駄になる」


「画商が来ないなら何もしないよ。君の妹にも釘を刺されたからね」



魔力の消費が激しかったので、帰りは転移魔法を使わずに徒歩で帰ることになった。アーラに上着を借り、血がついた服を隠す。二人と別れて俺とアリスは町中を歩いていた。



「アリス、そろそろ機嫌を直したらどうだ」


「…」


「父様たちの前では顔に出すなよ。人形が留守番をしていたんだ。突然不機嫌になったと不審に思われる」



いつもよりも口数が少なく、顔はずっとうつむいたまま、俺の後ろをのそのそとついてくる。どうにも辛気臭い。



「背中、痛い?」



漸く話したと思ったら、アリスは俺の怪我について尋ねてきた。歩みを止めずに「翼の骨を折った分、魔法を解いたら肋骨が折れた。痛くないと言えば嘘になる」と答える。肺や心臓に刺さったりはしていないが、少し肩を動かせば痛みが走る。



「…腕は?」


「腕?あぁ裂けていたな。そう言えば。忘れていた」


「…」


「アリス」


「何?」


「黙り込んでいても、何を考えているのか伝わらない。お前の悩み、おそらく一人で考えても解決しないんじゃないか。話してみろ」



アリスが足を止める。俺も立ち止まった。



「怪我は、治さなきゃ、いけない」


「いけない?義務ではないだろう」


「ううん。義務。人を治すこと、私の仕事。治せないなら…私に価値はない」



価値がないとは。急に大袈裟になったな。


はっきりと言いきった彼女の声に嘘の気配は見当たらない。本気でそう信じ込んでいるのだろう。



「誰に言われた?」


「神父様」


「前世か?」


「うん」


「…で?」


「レオの怪我、治せなかった。アーラの時も、何も、できなかった。悲しかった。悔しかった。…あと、今の私、嫌な気持ち持ってる。捨てたい。けど、ずっと、モヤモヤする」


「嫌な気持ち?」


「レオとアーラに怒ってる」



アリスに何かをした覚えはないが。俺が首を横に傾げると、「私が、された、とかじゃなくて」とアリスは言う。



「二人とも、倒れた。呼び掛けても、答えてくれ、なかった。怖かった。目覚ましてくれなかったら、って。一人で、どうにかしようとして、倒れた。倒れるくらい、大変なら、手伝わせて欲しかったの」


「俺はお前の助けを必要としていなかった。そもそもあの魔法は俺しかできなかったはずだ。いくらお前でも無理があると思うぞ」


「分かってる。私が力不足なのが、原因。私のせい。怪我も、倒れさせてしまった、のも。分かってる。分かってる、けど、モヤモヤが消えない」


「…腕の怪我もアーラが倒れたのも、お前に非はないと思うがな」


「ううん。私のせい」



アリスは首を横に振った。泣きそうになるのを堪えているのか、目には涙が溜まっている。


目の前に怪我人がいて、自分は見ていることしかできなかったことに対して深い罪悪感を感じる。しかも前世で敵という立場だった俺と、数日の付き合いで他人といっていいアーラに対して心を砕いているのだ。自分の限界も分からぬくせに無茶をするからだ、と笑えばいいだろうに。


難儀な性格だ。神父とやらがどんな教育を彼女に施したのか知らないけれど、随分と生きにくい思想を植え付けたものだな。



「はぁ…。お前はここにいろ。数分で戻る」


「え?レオ?」



困惑するアリスを放置し、俺は町の店に入った。目当ての物を買い揃え彼女の元に戻る。「ほら」と、突っ立っている彼女に買ってきた紙袋の一つを押し付け、もう一つの袋を開ける。



「服?」


「俺の血で一着、駄目にしただろう。それは謝罪の品。それでこれは止血の礼だ」



押し付けられた紙袋を開けて驚くアリスの口に、俺の手元にあった袋から取り出したものを突っ込む。んぐっ、と間抜けな声が漏れる。



「甘い…お菓子?」


「売店で買った。蜂蜜を使っているらしい」


「どうして?」


「どうせ礼だと言っても、金は受け取らないんだろう?だから受け取りやすい形にした」


「違う、どうして、今?」



心底分からないという顔を向けられる。



「涙を止めるには、甘いものを食べさせたらいいと聞いた」


「え?」


「泣いている奴の慰め方はそれしか知らない。昔から人を気遣うのは苦手なんだ。俺は泣いたことがないから」


「…なんで、慰めて、くれるの?」


「お前の考えは理解できないし、理解したいとも思わない。しかし、半分は俺のせいなんだろう?俺のせいなら責任はとるべきだから責任をとって涙を止めてやった。以上。これで貸し借りはなしだな」



一方的に言い終わって満足した俺は一息つく。「それと」と付け加える。



「ありがとう。腕の止血。礼をまだ言っていなかった」



俺は腕をひらひらと動かす。不恰好だけれど血を止めるために強く巻かれた布が見える。



「アリスが何もできなかったというのは間違いだな。止血されてなければ俺は今頃失血死の可能性があるし、至聖水は他でもないお前が作った商品だ。俺じゃなくてお前がな。次、俺の怪我は本当に、全く、一切、気にする必要はない。十割の割合で自業自得であるのにそうやって泣かれても困惑しかない。本気で止めて欲しい」


「…最後、酷い」


「どうとでも言え。馬鹿だと笑われた方がマシだ」


「笑えばいいの?」


「笑われたら笑われたで、いい気はしない」


「矛盾、してる」


「人の言い分など矛盾だらけで、筋が通らないことがほとんどだ。お前はもっといい加減に生きてみろ。目についた者全員を救おうせず、嫌いな奴は見殺しにするくらいのいい加減さでいい。人間も魔物も、生き物は、自分本意で身勝手なものというのが俺の持論だ。身勝手に生きていたら次第に生き方の芯ができる」


「芯?」


「自分は何を不快と感じ、何を心地よいと思うかを知ることだ。不快なら止める、または妥協案を考える。これが行動の指針になる」


「レオの取引、みたいな、取り決め?」


「そう。芯ができたらそれを守るように生きればいい。できるまでは好き勝手に過ごせばいいんだ。…まぁ俺の考えだから参考にするかはお前が決めろ」



涙は止まったな?さっさと帰るぞ、と歩き始める。結界とは違って、人形の方は魔力をあらかじめ込めていた魔法石から動力源だから、俺が気絶しても動いているはずだが、そろそろ込めた魔力を使いきる頃だろう。早く帰らなければ。



「レオ」



呼び止められる。顔だけを後ろに向けた。



「ありがとう。自分なり、に、考えてみる」



そうか、と俺は返事をした。




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