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画家 9


数日後。コンコン、と窓が叩かれた音がした。俺が窓を開けてやると、アーラに渡した小鳥がいた。



「来たか」



彼に渡した鳥が俺の元にやって来た。これが意味することは一つだけだ。アーラの家に画商が訪れたということ。


窓から見える空は、橙色に染まっている。夕暮れ時だ。



「夕食は抜きだな。残念だ」



普段ならば、あと一時間もせずに母様が夕食の時間だと声をかけてくるはずだ。しかし、アーラと守ると取引した以上、すぐに向かわねばならない。


人形を置いていくから騒ぎにはならないのだが、人形が食べたものが俺の腹の中に入る訳ではないので、長時間外出する場合いつも母様の料理を食べ損なうのだ。


そんなことを考えながら、小鳥を魔法石に戻し、上着を羽織り必要な持ち物をバックに入れる。バックを肩からかけて、杖があることを確認し、身代わりの人形を作った。



「留守番を」


「承知致しました」



短く命令を言えば、人形が恭しく頭を下げる。


さて、行くか。流石に町中だから飛んではいけないだろう。魔力は使うが転移魔法で…と思った時だった。



「レオ。入るね」



ノックもせずに、部屋のドアが開けられた。



「アリスか」


「来たの?勘、だけど」


「正解だ。…それで?」


「私も行く」



ドアが開けられた瞬間から予想はしていたが、やはり今度もついてくる気らしい。この時ばかりは彼女の勘の良さが厄介だと思う。



「…断れば?」


「ハンバーグ」



ここまでがいつもの流れだ。俺は溜め息をつき、「五分で支度をしろ」と言った。



「いいの?いつもより、諦める、早い」


「本当に時間がない。どうせ言っても無駄だろう。それに今回はお前がいた方がいいかもしれないからな」


「分かった。杖取ってくる」



杖の材料採集ならば俺個人で動いた方が早い。しかし、今回は俺の知識がどこまで通じるか分からないから、アリスの勘に頼った方がいい場合もあるだろう。


アリスはすぐに帰って来た。ドレスではなく動きやすい服装に着替え、杖を持っている。準備が早いな。助かる。


アリスの人形も作り、出発の準備が整う。



「どうやって行くの?」


「転移魔法を使う。アリス、身体のどこでもいいから触れていろ。慣れない内は気分が悪くなるだろうが、離すなよ」



転移魔法に酔う者は多い。吐き気と眩暈、頭痛など。比較的丈夫な魔物でもそうなのだから、初めて体験する上に人間のアリスは余計に酔いやすいだろう。


アリスは「うん」と言って杖を持っていない方の手を握ってきた。俺は杖を床に向けて弧を描く。床に魔方陣が浮かび上がった。



「わ…」


「目をつぶっておけ。暫くの間、息を止めるといい」




ーーーーー羅針盤らしんばんを回し。地図を広げ。時計を止め。時空を歪ます。我の魔力を切符とし、望む場所へ案内せよ。




一瞬の浮遊感。そして、ぐにゃりと視界が歪んだ。


上下、左右が逆転し、重力が逆さになったかのような感覚が身体を襲う。魔方陣が光輝き、俺の魔力を吸い上げて回転を始める。


ぎゅっ、と繋がれている手をアリスに握られた。言われた通り目を閉じている彼女の顔色は青い。



「あと三秒ほどだ。我慢できるな?」



こくり、と頷かれる。三、二、一…。


さぁ…と風が頬を撫でた。辺りを見回す。伸び放題の雑草、蔦に覆われた白い壁。アーラの家の裏庭だった。きちんと目的地であることを確認し、俺は杖を下げた。


流石に部屋の中に転移すると、画商に見つかってしまう。しかし、だからと言って家の前は町に面していて、人目が多すぎる。


そのため、裏庭に転移することになっていたのだ。



「アリス。もういいぞ」


「気分、悪い…」


「自分に治癒魔法をかけろ。吐くなよ。特に俺の服には絶対に吐くな」



顔を真っ青にして、口を手で押さえる彼女に助言してやると、杖を自分に向けて治癒魔法の呪文を唱え始めた。




ーーーーー傷口に蜂蜜を。痛みに薬草を。苦しみに慈愛を。足りぬなら、魔力を差し出そう。我は癒しの手を持つ者なり。



彼女の身体が淡い光に包まれる。数秒して顔色が元に戻り、光は止んだ。「治ったか」と尋ねると、「うん。酔いとかなら、数秒で大丈夫」と言った。


数秒か。治癒者としても優秀らしい。



「では、これなら中に入る。目眩ましの魔法をかけるが、足音までは消せない。気をつけろ」


「何するの?」


「画商の顔を見ておきたい。それと、他に情報が見つかればいいんだがな」


「頑張って、見る」


「頼むぞ。前世も人間のお前の方が気付くことがあるかもしれない」



ーーーーーー光の七色。七色の光。我は色からの逃れ者、我は色からの逃亡者。肉体に色は気付かず通り過ぎ、我の身体は目に見えぬ。



魔法をかけると俺たちの身体は透明になり、見えなくなる。俺は家の裏口に手を掛けた。



「絵を見せ…う…」


「はい…けど…」



家に入りアーラがアトリエとして使っている部屋へと進む。あらかじめ地図は頭に入っているので迷うことはない。二人の人間の声がした。アトリエのドアは小さく隙間が開けられていたので覗き込む。


あれが画商か。


肩甲骨辺りまであるダークブラウンの髪の毛をくくった男だ。中肉中背。顔にはあまり特徴はない。顔立ちを見るに寒い国が出身ではないと分かるくらいか。肌は焼けていない。室内で過ごすことが多いのだろう。


口調は手記に書いてあった通り、プライドの高さを感じさせる。あとは髪を撫で付ける癖があるな。苛立つと、指でテーブルを叩く癖も。


パッと見、得られる情報はこれくらいだ。


二人の目が他に移ったタイミングでドアを開け、子供の体躯を隙間から滑り込ませて、中へと入る。アリスの姿も見えないが、手に触れられる感触がしたから、彼女も入ったのだと分かった。ドアを前と同じように少し隙間を開く程度にまで閉じる。



「新しい絵はこれだけかね?」


「はっはいぃ…えっと、あの、こここここれだけデス。マジで、はい。ごめんなさい。筆遅くてごめんなさい」


「ふん。君の挙動不審さは今に始まったことではないが、どうにかならんのかね。見ていて気持ちのいいものではない。目はキョドキョドしておるし、手は忙しく手遊びをしている。全くスマートじゃない」


「いや、ぼぼ僕にスマートとか、そ、そんな言葉生まれた時から縁遠いももものですし…」


「まぁその通りだな。しかし、普段よりも緊張しているように見えるが」


「えぇ?!っと、その、あのですね。これはあれです。ほら、あれですよ。えっと、その、風邪気味で…」


「風邪?」


「そう!そそそそそうなんです!」


「なるほど。酷い汗もそのせいか」


「そそ、そうですね!きっとそうです!そう思います。僕も。ええ。そうでしょうとも。そうですよ。ええ。きっと。ええ」



俺は片手で目を覆った。見るに耐えなかった。


何なんだその挙動不審さは。明らかに動揺してます、という顔だ。動きに全く落ち着きがない。似ている。鼠か栗鼠のような小動物の動きにそっくりだ。


これは無理矢理にでも、幻覚でもっと動揺を隠す練習をさせておくべきだったかもしれない。


だが、彼の元々のどもった話し方が功を奏し、風邪気味だからという苦しい言い訳で一応は画商は納得したようだった。



「もっと明るい色の絵はないのかね?」


「あ、明るい…?」


「そうだ。茶色ばかり多くてつまらん。それに、ほれ。この絵など鳥の配置が悪い。バランスが悪い。しかも特に珍しくもない鳥ではないか。キャンバスの無駄だな。ナンセンスだ」


「はぁ…僕が描きたいように描いただけで…」


「だから君の絵は売れんのだよ。分かるかね?あぁすまない。君には難しかっただろうか。もっと売れそうなものを描いてはいかがかね?鳥といっても、孔雀とかそういうのもあるだろう。塵を描いても売れない。価値あるものを描かなくては」


「ええっと、僕、みみみ、見たことないものはかか描けない…んで、孔雀とか見たこととととないっし…」


「そうか。金がないんだったな。いやはや配慮が足りんかったようだ。貧乏は苦労するなぁ…こんなボロ家に住んでもなお、暮らしていくのに苦労するのだから。尊敬するよ。埃だらけ。隙間風が寒い。カビ臭い。私だったら一日で耐えきれないね」


「あっ…はい…」


「可哀想にな。惨めな濡れ鼠は逆に情けをかけたくなるものだ。何、私がいくつか買ってやろうではないか。そうだな。今見た六点。買ってやろう。代金はこれで良かろう」


「へっ、あの、少な…」


「おや、少ないと?前と同じだが?前は買えて、今度は買えぬと。ほう?」


「あ…何でもないデス…」


「そうか。ならば私はこれで失礼する。自由に使える時間が多い君と違って私はこれでも忙しい身なのでね。いい一日を」



被っていた帽子を上げ、軽く挨拶をすると、画商はコツコツと足音を鳴らして帰っていった。アーラの手には明らかに釣り合っていない金だけが残っている。


二人の会話を見て俺は納得した。上下関係が既に作られている。アーラの気弱な性格を上手く利用して、安く仕入れているようだ。



「か、帰ったぁぁ…僕、生きてる…。グズッ…あの子来ないしぃ…グズッ…鳥飛ばしたのにぃ…」



アーラがその場にへたり込んだ。張りつめていた緊張がなくなって、力が抜けたらしい。目眩ましの魔法のことは言っていなかったので、俺たちの存在に気が付いていないようだ。


とととっ、と足音がした。俺の横からだからアリスだろう。何をする気だろうか。



「ヒワッ…えっ何???え、何か頭撫でられてるんですけどぉぉぉ!誰?!幽霊の方です?!」



どうやら透明のまま、アーラの頭を撫でているらしい。慰めている気だろうか。何もないのに撫でられる感覚がすることに怖がるアーラ。構わず撫で続けるアリス。俺は仕方なく口を開いた。



「アリス。まだ魔法を解いていない。彼には姿が見えてないぞ」


「あ、忘れてた」


「だろうな」



俺が杖を一振りすると、パッと透明化が解ける。



「えっ!いたんですか?!どこに?!」


「魔法で見えなくしていた。お前たちの様子は見ていたから安心しろ」


「言ってくださいよぉ…」


「声を出せば画商に知られる」


「うっ、でも前もってとか…」


「アーラ。己の行動を振り返れ。お前は絵を描いていた。俺たちは横で話していたが見向きもしなかった」


「あ、僕がちゃんと話し合いに参加してなかったせいですね。すみません」


「分かればいい」



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