暗躍する者達
翌日、俺はベルゼとアヤ、そしてアリアを例の洞窟前にて待ち惚けていた。しかしまぁ、昨日の夜は中々に大変だった。共同スペースで寝ようとする俺をララ達は必死に引き止め、自分達と一緒に寝て欲しいと懇願してきたのだ。あんな魅力的な女性達に誘惑されては身が持たない。
どうにか一緒に寝る事は回避したが、もの凄く機嫌が悪くなっていたので困ったものだった。
「ったく。何故にみんな俺と寝たがるのやら···」
なんて愚痴を零しながら、最近覚えた超加減型『雷閃』で的当てをする。先程から百発百中なので少しばかりテンションが上がっている。
《エト、もう···着いておるか?》
《あぁベルゼか。うん、着いてる。別に急いでないからゆっくりでいいよ?》
突然のベルゼからの念話。念話越しのベルゼは不安そうな声色をしている。別にそこまで申し訳なさそうにしなくたっていいのに。
《うむ、すまぬな。昨夜少々はしゃいでしまっての、アヤが寝坊したようなのじゃ》
《え? アヤが? 珍しいね。遅くまで遊んでたの?》
《いやぁ、なに。ちと激しい女の戦いがの···》
《あぁ、さいですか》
うん、これは深くは聞かない事にしよう。
《あと、数分かかってしまうのじゃが······》
《構わないよ。気にしないで》
《すまぬ。ではの?》
《うん》
念話を終えた俺はおもむろに空を仰いだ。雲の存在しない空。魔界というのはどちらかというと惑星というより異空間に近い。その為、天上で輝くあの太陽も本物ではない。夜に輝く星も当然偽物。あれがなんなのかは誰も知らないようだが、そんな空を見つめながら激しい女の戦い-というのを想像して身震いをする。
······おっかない。
「いやぁ、ララ達の家でホントによかったよかった」
巻き込まれでもしたらたまったもんじゃない。
ともあれ。
「さてと。修行の内容はどうしよっかな」
アリアの基礎トレーニングはある程度終えた。ベルゼ曰く、アヤはまだまだスキルや魔法に頼る癖があるようで、順調とは言い難いらしい。ベルゼの意見は最もだ。スキルや魔法の耐性や無効化···なんてものがある以上、ここぞという時に魔法やスキルに頼るのは好ましくない。
魔法もスキルも、基礎戦闘術の付属品程度に思っておいた方がいいと俺は思っている。
「ちょっと古風だけど、試してみるか」
ふとある事を思いたった俺は『異空間収納』から四つのアイテムを取り出した。これは俺がまだ小さかった頃に使っていたものだ。その名も〝ギア・アンクル〟。と、まぁ大層な名前だが、単なる手足につける重りだ。重さは10キロ。
しかし、これの凄いところは重さの慣れが来ない-という点だ。人間、成長すれば重さにも慣れてくる。だがこれは、重さに慣れて来ると同時に10キロずつ重さが加算されていく。それも使われている鉱石が特殊な為、永久的に-だ。
ちなみに俺は最終荷重が100キロの所で断念した。それ以上の加重は手足の筋繊維が裂けると思ったからだ。
「懐かしいな、これ。八年ぶりか」
俺は懐かしさ反面、興味本位でギア・アンクルを装着してみた。
「えーっと。···っしょと」
装着直後、俺はすぐにアンクルを取り外した。一体今の俺にかかる荷重は何キロなのだろう。そう思いながら『異空間収納』から取り出した計測器で重さを測った。
すると······。
「······おぉ。こりゃ凄い」
数値を確認したところ、今の俺にかかる荷重量は500キロとの事。いまいちピンと来ないかもしれないが、今の俺は500キロの重りをつけたままでも難なく動ける-ということである。
「よし。アヤはこれをつけて二週間過ごしてもらう事にしよっと」
あとはアリアか······。
「次の段階となると反応速度と危機感知だな」
基礎を身につけたアリアには、あらゆる面で必要不可欠な反応速度と危機感知能力を鍛えさせる事にする。中々ハードになりそうだ。
「んでもって、修行が終わったら俺の修行っと」
俺だってまだまだ強くなるつもりでいる。戦闘勘を鈍らせない為にも俺自身の鍛練は重要だ。この先、どんな奴が敵となって相対するか分からない。正直イルミやリンさんレベルの相手に余裕で戦える自信は無い。
例のシュウやステラの事もある。まだ見ぬ能力や『反魔法障壁』が相手となれば苦戦を強いるかもしれない。勿論、魔力値の優位性はあるだろうが、油断して殺られるなんてのはゴメンだ。
「まぁ、学園内の争い程度なら別に負けたっていいんだけど」
大切なものを守る為の戦いなら相手が誰だろうと負ける訳にはいかないのだ。
「さてと。魔力も満タン、体も絶好調。本腰を入れて修行に励みますか!」
おー! -と、一人寂しく気勢と拳をあげる。
〘っと。待たせたの、エト······エト?〙
「待たせてごめんね? ······って」
「エト様? どうなされたのですの?」
不意に現れた三人に、一人虚しく全力で拳を突き上げている姿を見られてしまった俺は、羞恥心で死にたくなったのだった······。
-そして。
洞窟に入るなり、大きな扉が俺達を出迎えた。これは試しの門といって、入る分には問題ないが、出る際にある程度の筋力がないと開かない。言うなれば、めちゃくちゃ重い扉なのだ。
ちなみに壊す-なんて事をしても一瞬で修復されるので意味が無い。俺はここが遥か昔に作られた人口の鍛練場だと考えている。
「ここ?」
「うん、そうだよ。これから二週間、朝から晩までここでみっちり修行してもらうからね?」
「はい!」
「よろしくお願い致しますわ!」
〘うむ。アヤ、そしてアリア。妾からの諸注意じゃが、この中に入ったが最後······妾とエトは甘さを捨てる。普段の妾達と思わぬ事じゃ。よいな?〙
アヤとアリアを威圧しながら呟くベルゼ。これは俺の意見でもある。ここに連れて来たということはそういう事だと理解して欲しい。アヤだけではなく、アリアもだ。
「っ···」
「覚悟······ですのね」
〘そうじゃ。たった二週間という短時間で、それなりの力を付けようと言うのじゃ。妾もエトもお主らを〝殺す覚悟〟を持っておる。妾の能力があるでの、死んでも直後であれば生き返らせられる〙
ベルゼの真剣な眼差しと重い言葉、そして圧倒的な圧力による脅しとも取れる言動に後退る二人。
「ベルゼの言う通り。俺は二人が大切だからこそ、失いたくないし、失って欲しくないんだ。ここから先、二人には死と隣り合わせ-っていう恐怖を知ってもらいたい」
命をかけた戦いにおいて、二度目はほとんど無い。その一瞬、たった一つの行動が死に繋がるのだ。だから二人には死という恐怖を知って欲しかった。しかし、これは賭けでもある。一歩間違えれば精神が崩壊する恐れもある。二度と戦えなくなるかもしれない。
だから、これは決して強制ではない。嫌だと言っても別に構わない。そう言ったとしても、それは仕方のないことなのだから。
〘どうじゃ? 無理強いはせんぞ?〙
「うん。断っても全然いいからね。他の修行内容に変更してもいいんだし」
俺達の言葉に口を閉ざす二人。俺とベルゼが本気だということがちゃんと伝わっているからこそ、彼女達は自らの心に問いかけているのだ。
「······エト君。私ね? エト君と出会って、エト君と共に時間を過ごして、あぁ···私、この人とずっと一緒に居たいな-って思えたの。この人になら私の全部を預けられるな-って。だから、躊躇なんてしない。私は私であり続ける為に強くなりたい」
アヤは真っ直ぐに俺とベルゼを見つめると、一歩前に自ら踏み出した。
「師匠、ベルゼリア様! よろしくお願いします! でも、これっぽっちも〝死ぬ気なんてありません〟から!」
アヤの言葉は俺の胸を穿いていった。一言一言が言霊のように心に突き刺さる。
全く···。大したもんだよ······。
〘ふふっ。その心意気やヨシ! して、アリア。お主はどうじゃ?〙
「わたくしは······」
アリアは、死-というものがとてつもなく恐ろしいと思った。ただの修行で死ぬ? エトの言葉もベルゼリアの言葉も、上手く頭に入って来なかった。確かに自分は強さを求めてきた。両親に認めてもらいたい···その一心でここまで来た。そして、遥か高みに立つエトという少年と出会い、共に強くなろうと誓った。
だが、実際に死という言葉を聞き、エトとベルゼリアの嘘偽りの無い瞳をみた彼女は上手く思いを言葉に出来なかった。強くはなりたい、でもその為に死にたくなんてない。それは誰もが思う当然の気持ちだろう。
「······わたくし···は···」
一向にまとまらない。隣のアヤは何故、あんなにも潔く強い決意を固める事が出来たのだろうか······。死ぬのが怖くないのだろうか······。いや、違う。彼女は死ぬ気なんてありません-と言った。はなから死ぬ覚悟なんてしていないのだ。
どうなりたいか、どうしたいか、そう考える中で揺るがない決意の下、彼女はエトとベルゼリアを信頼し、全てを託した上であの言葉を放ったのだ。潔くなんてない。死ぬのが怖くないわけが無い。それでも尚、成し遂げたい強い想いが彼女にはあるのだ。
なら、わたくしは······?
沈黙の中、再び自分に問いかけるアリア。アリアがやりたいこと、なりたいもの、それも今では単に強くなるだけじゃない。エトと出会い、触れ合い、常識という概念を覆される程の光景を何度も見た。
そんなアリアが求めるもの。······それはたった一つの願いだった。
「少しでも···近づきたい······」
「·········」
小さく呟かれた言葉に俺の眉はピクリと反応を示した。そしてゆっくりと顔を上げたアリアからは、自分の中で何かを強く決意したような熱が感じ取れた。それはベルゼも同じだったようで、クスッと小さく微笑んでいる。
「わっ、わたくし······わたくしは、少しでもエト様に近づきたいのです! 友として···そして、仲間として!」
「うん。そっか」
「それに約束しましたもの。一緒に強くなろうって。なのでわたくし······頑張りますわっ!」
懸命に想いを振り絞ったのだろう。アリアはぷるぷると小刻みに体を震わせている。そんなアリアを俺は優しく抱き寄せた。
「あっ······エ、エト···様?」
「一緒に頑張ろうね。アリア」
「······はい···ですわ!」
アリアの決意の言葉が洞窟内を駆け巡る。アヤもアリアもそれぞれにちゃんと考えて気持ちを固めてみせた。そんな二人を裏切らないよう、俺は俺なりに二人を支えるだけだ-と俺の中でも決意を固める。
〘よし。ならば修行開始と行こうかの!〙
「「はい!」」
そしてアリアとアヤはゆっくりと扉に歩み寄り、二人でそれぞれの想いを抱きながら重い扉をこじ開けた-。
-その頃、とある王国では王族含め、名だたる貴族達が会合を開いていた。
「では皆様、お集まり頂けたようですので始めさせて頂きます」
大きな円卓を前に会合の開会を告げる男性。その男の言葉に円卓を囲むもの達が一同に視線を彼に移す。
「本日お集まり頂いたのは他でもありません。今年も例の時期となりました」
「······ふん。大した催しでもないだろう」
「言葉が過ぎますぞ、バルバトス公」
「いや、確かに年々商品の質が下がっているのも事実」
「待て待てローランド公。商品というのは些か道徳に欠けるぞ」
「皆様、静粛にお願いいたします!」
司会の男も虚しく、連鎖するように会合とは程遠い内容の言葉が行き交う。そんな貴族達に頭を抱える男性。しかし、それも束の間。一人の男性の言葉で貴族達は一瞬で静まり返った。
「······まともに話も出来ねえのかお前ら」
「「「ッ!? へ、陛下!」」」
円卓の上座に腰掛ける男性。見た目からか、大分と若く見える。その男性······いや、青年がひと睨みしただけで、プライドの高そうな貴族達が一瞬で口を閉ざした。
「十年前より企画された、各大陸···各国家の戦力増強の為の催しだろ。今更ぐだぐだ抜かすなよ」
「「「は、ははあ······」」」
「続けろ、アルトリッヒ」
「はっ! 今しがた、陛下の御言葉にあった通り、この催しは各大陸の各国家が治安維持と軍事強化を目的に始まった、必要な人材を得る為の重要な役割を担っております。そして今年も、各国より厳選された人材が一同に会す訳でありますが、今回の人材は質と実力共に例年以上-と言われております」
「···ほほぉ」
司会の一言により、貴族達は目の色を変えた。ギラギラとした欲深い瞳が司会の男に向けられる。
「して? アルトリッヒ殿。どのような人材が揃っているのだ?」
「それは当日のお楽しみ···ということで」
「ふむ。致し方あるまい。だが、そこまで言うのだ。期待して良いのだな?」
貴族の男の言葉に司会者であるアルトリッヒは不敵に口角を引き上げる。
「ええ、勿論ですとも。確かな情報によりますと、今回はSランクに匹敵する面々が揃うとのこと。期待は大いにしていだだいて構いません」
「それは面白い」
「ほっほっほっ。良いのぉ、今年も良い芽が摘めそうじゃわい。のぉ? ラナンキュラス」
円卓を囲む貴族達の中で最も年老いた老骨の男がゆっくりと席を立つ。すると、素早く側近風の女性が姿を現した。
「はい。カディエステル様······」
カディエステルに深々と頭を下げる白髪の女性。突然立ち上がるカディエステルに貴族達の視線が集まる。しかし、そんな視線に目もくれずにカディエステルは会合の場から姿を消した。
「······あれがカディエステル王の懐刀『閃光の戦姫』···ですか」
「確か二年程前に仕え始めたとか?」
「ふっ。たった二年でよくもまぁ、今の地位に昇りつめたものだ。それにあの容姿······。御老公が羨ましい限りだな」
そして再び会合の場は静寂に包まれる。その後も王族や貴族達の会合は続いた。
「カディエステル様、すぐに国へお戻りになられますか?」
「······いや、ワシは寄りたい場所がある。護衛は不要じゃ。お前は先に国へ戻っておれ」
「はい。かしこまりました」
会合の間を出るなり一瞬で姿を消したカディエステル。そんな彼を見送ったラナンキュラスは大きく溜め息を吐いた。
「全く···本当に自由な方だ。まぁ、元『五大師』のあの方を心配する方が失礼···というものか。さてと、私もそろそろ国に戻るとするか」
溜め息混じりに呟い終えたラナンキュラスは、その名の如くその場から姿を消した。
一方、ようやく修行を開始したエト達。
「師匠、これは?」
「ギア・アンクル。簡単に言えば荷重装備品。アヤはこれから二週間、これをつけて生活してもらうからね」
「なるほど。はい! って重っ!?」
総重量にして40キロ。初期値とはいえ、軽いものでは無いギア・アンクルをぎこちなく手足に装着するアヤ。
「ベルゼ、アヤの事は頼んだよ」
〘うむ。心得た〙
「一週間後、アヤは俺と戦ってもらうからそのつもりで」
「は、はい!」
洞窟内は二つに分断されている。分断された空間は互いに干渉することは無い。衝撃や音、あらゆる事が遮断される。ベルゼとアヤを見送った俺はゆっくりと地面に腰掛けた。
「エト様?」
俺の不可解な行動に疑問を抱いたアリアが俺の前に腰掛けながら問いかけてきた。そんなアリアに俺はもう一度、彼女の意志を確認する。
「アリア、本当にいいんだね?」
「も、もちろんですわ!」
「·········わかった」
再度アリアの意志を確認した俺は自分の目に黒い包帯を巻き付け、視界を塞いでみせた。
「アリア、アリアも今日から俺の事は師匠だと思うように。馴れ合いはここまでだよ」
「···はいですわ。お師匠様」
「でだ。今俺がしている格好、理解は出来るよね?」
「はい」
目隠しをした状態の俺を見つめているであろうアリア。アリアはこの状態が意味する事を自身の中で模索しているようだ。
「気配を察知する···というわけですのね?」
「まぁ、大まかに言えばそうだね。でも、本当に感じて欲しいのは万物が放つ気なんだ」
「気···?」
「そう。例えばこの洞窟の土」
そう言いながら俺は地面に手を当てる。
「アリア、気配を消しながら好きな場所に移動してみて」
「は、はいですわ」
アリアは戸惑いながらも完璧に気配を消して俺の傍から離れた。
「そこでいいんだね? なら行くよ? 『雷閃』···」
-バチバチバチッ!
「ッ!?」
俺はアリアに向けて超加減型『雷閃』を放った。勿論、当ててはいない。ギリギリ頬を掠めた程度だ。しかし、一方のアリアは驚きのあまり言葉を失っていた。当然だ、アリアは完璧に気配を絶っていた。だが、そんな自分に迷うこと無くピンポイントで雷撃が繰り出された。
「お師匠様、一体どうやって?」
「これが【気法】の一つ、『気伝』だよ。物から発する気を感じる方法。これで敵の位置を把握するんだ」
「···『気伝』」
「まぁ、スキルの『魔力感知』程の広範囲探知は無理だけど、『気配感知』よりも正確に相手の場所を把握出来るんだ。加えると、空気や大気の発する気を感じ取ると相手がどういう体勢かも分かるよ···っしょと」
俺は説明を続けながら立ち上がり目隠しを外す。
「正直に言うと、アリアはアヤと同じような修行は出来ない。魔力も低いし再生スキルも無いしね。それでも強くなる方法はちゃんとある。アリアにはこれから【気法】を習得してもらうつもりなんだ」
「【気法】···ですの?」
「うん。これを使えるのは俺の知る限り俺だけだ。何せ俺が編み出した力だからね。魔力コントロールが上手いアリアならきっと自分のモノに出来る筈さ」
「お師匠様だけの······力」
俺だけの力-それを聞いたアリアは瞳を輝かせる。特別な力······だと思っているのだろう。しかし、これは何も特別な力なんかじゃない。相応の鍛練を積めば誰でも習得出来るものだ。ただ、多少の個人差は勿論あるので、誰でも完璧に使いこなす···というのは無理かもしれないが。
「魔力や魔法、スキルや武器に頼るだけが戦法じゃない。魔力枯渇、魔法無効化、スキル耐性、武器破損。頼れる力にも限界はあるし、通じない相手だっている。そんな中で編み出したのが【気法】なんだ」
「な、なるほど······」
ともあれ、ものは試しだ。早速修行に取り掛かる事にしよう。
「まずは気を感じる所から。これをつけて一番落ち着ける体勢になってみて」
「は、はい!」
アリアは俺から包帯を受け取ると、自分の目元にしっかりと巻き付ける。そして、その場にゆっくりと座り込み意識を集中し始めた。
「うん。いい感じ。ポイントは雑念を消して自分を空っぽにすること。自分の肉体が自然の一部である事を理解すること。そして全神経を体表に集中させること」
「雑念······一部。神経を······」
呟きながらも呼吸を整える。こちらからでも見て取れる程の見事な集中力に心の中で賞賛を送る。
「············」
「感覚を研ぎ澄ませて」
この時、感覚的には自分の奥深くに潜っていくような感覚になる。しかし、そのまま潜っていってしまうと周囲の気は感じ取れない。沈むような感覚の中で自然に漂う気を掴み取るには逆に感覚を外に向けなければならないのだ。
そして。
アリアが集中し始めてから一時間程が経過した。ピクリとも動かない様は流石の一言だ。完全に境地に入っている。
「·········よし」
アリアに聞こえない程の声で呟いた俺は、ゆっくりと半歩後ろに下がった。その瞬間-
-ピクッ···
ほんの僅かにアリアの眉間がシワ寄った。どうやらアリアは少しずつ感覚を掴んできているらしい。いやはや、大したものである。
俺は三日かかったってのに。
なんて思いながらもアリアを見つめ続ける。すると、終始無言だったアリアの口がゆっくりと開いた。
「お師匠様、お話してもよろしいですか?」
「うん。許可するよ。何か〝見えた〟?」
「はいですの。何···かは分かりませんが、えっと······霧···のような、モヤ? のようなものが」
「それが気だよ。多分まだぼんやりとだろうけど、慣れてくるとそれがハッキリと分かるようになるんだ」
「これが······気? なるほど···。では-···」
話の途中でアリアはおもむろに立ち上がった。そしてゆっくりと確実に俺の元に歩み寄る。
「え······?」
ちょ、おいおいおい。嘘だろ!?
あろう事かアリアは、目隠しした状態で完璧に気配を消していた俺の肩に手を置いた。
「あ、やっぱりお師匠様でしたのね」
「ア、アリア? 今、どういう風に見えたの?」
「え? そうですわね、真っ暗な空間に人の形をしたモヤの枠? のようなモノが見えましたわ?」
アリアの言葉に俺は絶句した。どうやらアリアは俺の想像を遥かに凌駕したようだ。間違いない。彼女は天才だ。もしかしたら〝俺より〟も【気法】を使いこなすかもしれない。
「うん、お見事。第一段階はクリアだね」
「ほ、本当ですの!?」
「本当だよ。たった一時間程度で感覚を掴むとはね」
俺の賞賛にアリアは嬉しそうに微笑んでいる。
「それじゃあ目隠しを外して? 今度は今の感覚をいつでも掴めるようにしていこっか」
「はい! よろしくお願い致しますわ!」
-一方、その頃のアヤはと言うと······。
〘じゃから言っておるじゃろ! 窮地の時こそ冷静になれと!〙
「···ぶはっ-」
ベルゼリアの前で座り込み、血反吐を繰り返すアヤ。修行を始めてから一時間、アヤは一方的にベルゼリアの攻撃を受けていた。
〘焦って魔法を放った所で当たるわけが無かろう! 何故すぐ魔法に頼る! それに回避も雑じゃ! エトの加護に『高速再生』と『痛覚緩和』があるからか!? 自惚れるな!〙
「す、すみま···せん······はぁ···はぁ」
必死に立ち上がるアヤを見ながら溜め息を吐くベルゼリア。何度も何度も立ち上がる気力は素直に褒めるところではある。しかし、今の彼女はどうも捨て身に近い。痛くないから、すぐに治るから-と安易に近づき過ぎている。
〘アヤ。お主、エトから何を学んだんじゃ〙
「-ッ!」
〘······やめじゃ。少々頭を冷やせ〙
「っ!? ま、待ってください!」
アヤの静止も虚しく、ベルゼリアは回復薬を渡してその場から姿を消した···。




