買い物
「えー!?アルバイト!?」
夜ご飯を食べてる時に父さんにスーツのことを頼んだら母さんがすっとんきょうな声をあげた。
「聞いてない!!なんの!?」
「父さんには昨日のうちに言ってあったよ。塾講師」
「ふぇー?そうなの?」
「美香昨日忙しくバタバタしてたから言いそびれちゃった。ごめんね」
「ううん!!良いの!!花瓶の入れ替えに湊くんママたちに教えてあげる匂袋の準備に忙しかったもの。でもアルバイトー?サークルに教習所に忙しいのにー」
「そうだ、遅くなるしこれからは出迎えにも来なくて良いよ」
「え……」
「な、なに?」
帰る時間も遅くなるし毎日起きてもいないだろうと思って言ったのに母さんは目に涙をためてきた。
「なんなの?」
「親離れだわー嬉しくないー」
「ここは喜ばないと、美香。隼人は大人になるんだから」
「あと1年あるわー」
「なんて大袈裟な。母さんドラマがない時とかなにもなければ21時には寝てるから起きてもないでしょ。ドア音たてないようにするから起きてても来なくて良いよ」
「なんて優しい子!!だ、だけど静かにしても聞こえるもの!!」
「無理だね母さん耳遠いもん、最近。年だね」
「むー!!そんなことないわよー!!優しくないー!!それにお弁当も作らせてくれなくなっちゃったしー!!」
「時間もないし学食があるからって言ったら納得したじゃん」
「仕方なくなのー!!もー!!」
「まったく、父さんなんとかしてよ」
そう言って父さんを見ると目を瞑ってなにか考えてるみたい。
「なに?」
「隼人、今日から僕のこと親父って呼んで?」
「は?」
目を開けた父さんはおかしな発言をする。いきなり何を言い出すんだ。
「息子に親父って呼んでもらうのってなんか良くない?昇から太一くんに高校生になって生意気に親父って呼ぶようになったって聞いてね、良いなーって思ってたんだ」
「なんで?嫌じゃないの?」
「なんか良い。呼んでみて、試しに」
「……親父」
ボソッと言ってみると父さんはわかりやすく嬉しそうに笑う。
「やっぱ父さんってよくわからないんだよね」
「ああ、親父だよ」
「もう面倒だな……」
「スーツ買いにいってあげないよ」
「別に父さんがダメなら浩一さんに頼もうと思ってたから良いよ」
浩一さんに電話しようとすると父さんが慌てる。
「待って待って。行くよ、行こう。そうだ、新しい服も買おう」
「そうねー。毎日私服だもの。そろそろTシャツにジーパン以外におしゃれしようよ」
『かっこいい……』
思い浮かんでしまった記憶を頭から離れさせる。忘れるんだ。忘れなきゃ。
「確かに他の服も着てみて良いかも。けどそれなら父さ……親父のおさがりで良いんだけど」
「えー新しい服買おうよー」
「僕の真っ赤なシャツとか着る?」
「いや、駄目だった」
父さんの私服は一見正統派のきれいめで良いかと思うけど色と柄がたまに遊びに走ってしまう。おばあちゃんの趣味で、父さんはそれが普通になってしまったらしい。違和感がないのは父さんがなんでも似合うせいだ。
「琉依さんに似てるんだもの。隼人も似合うと思うのに」
「似合いたくないよ、あんな派手なの」
「じゃあ買いに行こう」
「ん」
「わー3人でお出掛けね」
「え、母さんは留守番でしょ」
「「え?」」
2人して首を傾げる。母さんはまた涙目になってきた。
「ちょっと!!だって母さん必要ないじゃん。父さんが選んでくれるだけで良いんだから」
「そんなー酷いーこれが親離れなのー?」
「美香ー親離れって駄目だね」
「……まったく。悪かったよ。母さんもね」
「わーい!!みんなに教えてあげよーと!!」
「隼人、親父って「はいはい、親父ね」わーい!!みんなに教えよーと」
揃って携帯でメッセージを打ち出した2人を横目に俺は食器を片付けてリビングを出るのだった。
そしてその週の土曜日父さんの運転で少し遠めのおしゃれな人が来る場所に向かうことになった。
3人で出掛ける時はこの黒いミニバンで出掛ける。全員とか母さんたちが大量買いするつもりの時とかは一輝さん持ちになってる車で出掛けるんだ。意外なことに運転が一番上手いのは一輝さん。父さんは引きこもりだったし浩一さんもあんまり運転しない。彩華さんは安全第一すぎて遅い、優菜さんは近場しか運転できない上にたまに危険、母さんは免許を持ってない。取ろうかなと言ってたのはみんなで断固拒否した。
と、いうわけだから俺は年に数回しかこの車に乗ったことがなかった。
今教習所に通っているのもあって運転してるところを見てみたいと言うと父さん……じゃなかった、親父は喜んで、母さんは後ろから微笑ましい親子の姿を見るんだと言っていつも座る俺と母さんの位置が変わった。
助手席で父さん……もう面倒だな……の運転してるところを見てると父さんは嬉しそうに笑う。
「なんで笑ってるの?」
「いやー嬉しくてね」
「変なの」
道中主に母さんがペラペラと喋ってそれを聞いてるとあっという間に着いた。駐車場に停める時はどうしてるのかと思っていると助手席に腕を回してきて思わず声をあげる。
「そういうのって普通やらない!!」
「そうかなー?琉依さんはいつもこうしてるけど」
「かっこつけだ!!そういうのは母さんにだけやってよ」
「ふふ、ごめん。でもこの方が見やすいんだよ。あんまり運転上手くないの知ってるでしょ」
「だからって!!もう良いよ!!」
「なんであんなにプンプンしてるのかしらー?」
「不思議だねー」
「早く行くよ!!」
後ろでごそごそ言ってる2人を置いて行こうとするとどこ行くかわかるのー?と言われイライラしながらどこ、と聞く。
そしていくつもの路面店を通りすぎて高そうな、洗練されてるってこういうお店のことをいうんだろうな、とぼんやり思うお店を眺めていると父さんと母さんはその店に入っていった。
「ちょっと!!ここ!?」
「関さんのとこって言ったでしょ」
確かにさっきどこと聞いたら言った。誰だそれはと思っていたけど。
お店に入るとダンディーな雰囲気のおじさんがすぐにやって来た。
「関さんこんにちは」
「いらっしゃい。美香ちゃんも、この間振りだね」
「萌香ちゃん大きくなっててびっくりしちゃったわー」
「萌香も美香ちゃんに会うの久しぶりだったから挙動不審でごめんね」
「いえいえー」
「隼人くんは相当ご無沙汰だよね。覚えてる?琉依の大学時代の先輩の関だよ。確か隼人くんが中学2年生の時に大沢の誕生日パーティーで会ったのが最後かな」
「ご無沙汰しております……」
うん、まったく覚えてない。むしろなんで中学2年とか遥か昔のことを覚えているんだこの人は。とにかく笑ってごまかそう。そもそも大沢というのも誰だ。俺がそう思ってると父さんが小さい声で耳打ちしてきた。
「大沢さんはテレビのプロデューサーやってる人だよ。ホテルで誕生日パーティーしたの覚えてない?」
ああ、ああ!!その人なら覚えてる。なんかすごい派手な人だった。
「ふふ、隼人くんは相変わらずだね。僕は月1で琉依に隼人くんの話を聞いてるから全然久しぶりな気がしないけどそんな昔のこと覚えてないよね」
「父さんなに話してるの。絶対ろくでもない話してるんでしょ」
「親父っていってよー。聞いて、関さん。昇が太一くんに親父って呼ばれるようになったんですよ。羨ましいから僕も隼人に呼んでって言ってるのに全然定着しないです」
「また変なことしてるね……。面倒な親で大変だね、隼人くん」
覚えてない人だけどこの人は話のわかる良い人だとわかった。
「そうなんですよ。意味不明なんですけどこの父親。どうにかしてください」
「ふふふ、それは難しい相談だね。琉依は昔からマイペースだから。けどスーツのことなら任せて。無茶苦茶な琉依の注文じゃなくて普段聞いてる隼人くんのイメージで何着か選んでみたから」
「そうだろうとは思ったけどやっぱりここで買うんだ。……高そう」
父さんのことだからまた知り合い価格で買い付けるんだろうけど俺には無理だな、とつくづく店内のきらびやかな装飾を見て思う。
だけど関さんが用意してくれたスーツは思いの外カジュアルな感じのだった。
「こっちはジャージー素材だから伸縮性があってジャージやTシャツばかりだった隼人くんに着やすいと思うよ。それから綿素材もサラッとしてて着心地が良いから春夏に良い。ということで着てみて」
あれよあれよという間にジャージー素材のグレーのスーツと綿素材のネイビーのスーツを試着した。
「どっちが良かった?どっちもでも良いよ」
「ネイビーの方かな。確かにジャージー素材も着やすかったけどなんでだろ?綿素材の方でも十分着やすい。物が良いとすごいんだね」
「それもあるし琉依の伝えてきたサイズがぴったりだったみたいだね」
「げ……なんで知ってるの?」
「ふふん、お母さんだもの!!」
母さんにはあえて続きを促さないことにした。ろくでもない話だろう。
結局そのスーツと合わせたシャツとネクタイを買った。合わせたもの以外にも何枚か必要だと言われて言われるままに買った。俺はふと思い付く。普段父さんと母さんだけで買いにくるより遥かに楽だった。父さんもプロが決めたことにはそこまで口を出さないみたいだ。今までこういうことがなかったから初めてのことだ。そこで思い付く。
「関さん、この辺りで普段着のお店やってる父さんの知り合いはいないんですか?」
「この辺じゃいないねー。……あ、でもここ出て右に少し行った所に俺と仲が良い人がやってる店があるよ。向井って人。きれいめなのを少し崩したようなきれいめカジュアルって言うんだけど、そういう店だから隼人くんも抵抗ないんじゃないかな。すぐ電話しておくよ」
「ありがとうございます。父さん、そこだよ。そこに行くよ」
「うん、良いよ」
「隼人が洋服買うのやる気になってくれたー!!」
「どうせ買うなら母さんと父さんに任せるより関さんみたいな人に頼んだ方が良いと思っただけ」
「ずるい関さん、隼人になつかれた」
「拗ねないの、琉依。隼人くん、良かったらまた来て。それ春夏仕様だから」
「連絡先聞いて良いですか?」
「もちろん」
父さんの知り合いと連絡先を交換するなんて昇さん以外で初めてだ。関さんと連絡先を交換すると俺たちはお店を出て関さんが教えてくれた店に行った。話が早くてすぐに向井さんが来た。そして何着か服を買って帰った。帰り道、あ、と気付いてしまった。これではお金持ちや有名人みたいで普通じゃない。慌ててもう行かないと父さんに言うと後部座席から母さんが抗議してきた。
「えーせっかく隼人がお洋服に興味持ってくれたと思ったのにー!!」
「だからそういうわけじゃないって言ってるでしょ」
父さんはなにも言わなかったけど後日俺は父さんに怒鳴ることになった。
『隼人くんこんにちは。琉依から聞いたよ。そんなこと言わずにまた来て。お願い。琉依に付けとくしたまにで良いからさ。向井もちゃんと知り合い割引するからまた来てって』
父さんの知り合いもそのまた知り合いも結局似ていると思った。だけど俺はこの日から服を買うなら向井さんのとこ、スーツを買うなら関さんのとこ、と決めてそこまで頻繁ではないものの長く付き合うことになった。若菜には馬鹿にされそうだから言わないでおこう。




