大学生活
大学に入学し、生活にも慣れてきた5月のゴールデンウィーク明け。俺は彼女を忘れるために、とにかく忙しく過ごすべきだと考えて週2回のバスケサークルと車の教習所に行っている。それでも時間が空いてしまってそろそろバイトをしようと思い付く。だけどどんなバイトが良いだろうか。
そう考えながら廊下を歩いていると曲がり角で人とぶつかりそうになって思わず避ける。
「おっと……」
ぶつかりそうになった相手、転びそうになる男性の手を掴む。
「危なかったーありがとー」
スーツを着ているけど同じ1年生だろうか?童顔のその人はくしゃりと笑う。と、その人が持っていた書類がバラバラと落ちていく。
「ああ!!ああー!!やっちゃーたー!!」
「……手伝います」
「ありがとう、ごめんねー」
そしてばらまかれた書類を拾って気付く。どれもこれもアルバイトの募集要項だった。
「アルバイトの募集……」
「あ、もしかしてアルバイト考えてたりする!?っていうか考えてくれない!?」
「え、なんですか?仲間探し……とか?」
「へ?」
「ん?」
「え、もしかして僕学生だと思われてる?」
「え、違うんですか!?」
1年じゃなくても学生だろうと思ってたのに、じっと見る俺にその人は立ち上がってスーツをパタパタとする。
「君は1年生?」
「はい」
「あのね、学生センターっていうのがあるんだけどそこの職員なんだよ、2年目。でも僕童顔だし、よく言われるんだー、でも今年24なんだよねー。えっと、何才違うんだろうねー」
「あの、あの!!24見えます!!」
「大人っぽい?」
「大人っぽいです!!わー大人だなー」
「えへへーん。僕は川口って言うんだよ。君は?」
「佐々木です」
めんどくさい人だな、と思いつつこういう雰囲気の人には縁があるんだよなと苦笑いする。大学に入って俺は同じ学部でサークルも同じ2人と仲良くなった。天然とインテリな眼鏡だ。
「佐々木くん、バイトを探してたの?」
「ええ、まあ」
「おお!!やったね!!じゃあ来てきてー!!」
「え!?ちょっと!!」
手首を掴まれてすごい勢いで走っていく川口さん。運動神経悪そうなのになんでこんなに早いんだ。
「さっ、ここだよ。入って」
「は、はい……」
体力は落ちてないけどなんだかわけがわからなくて戸惑いながら部屋に入るとカウンターの先にたくさんの人がパソコンに向かっていた。
「こっちだよ」
そしてその人たちを横目に歩いていくと椅子と机があった。その周りにはたくさんの紙がボードに張られていた。
「学生センターは就職支援したりもするしいろいろ学生のサポートをするとこ。就活のことでくるみんなはキャリアセンターって言ったりもするんだよ。そこに貼ってあるのは就職先。で、こっちがアルバイト先の募集要項。僕が今持ってるのもね」
「こんなにあるんですね」
「そうなんだよー。でもね、就職先の方はみんなよく見て話も聞きに来てくれるんだけどアルバイトはそんなにいないんだよ。みんな自分でネットサイトとかで探しちゃうからね。で、どうにかして学生にアルバイトを紹介しろーってガミガミ言われちゃうんだよ。どうにかってなんだよーって考えてたら佐々木くんにぶつかりそうになっちゃってねー。あはは、助かったよ」
川口さんはゆったり口調で喋りながらてきぱきと用紙とかボールペンとか飲み物とかを用意した。
「あれ?コーヒーで良かった?」
「はい、ありがとうございます」
「お砂糖は?」
「いえ、ブラックで」
川口さんはニコリと笑って席に座った。
「なんですか?」
「そうだろうなーって思ってね。はい、じゃあねー、なんのアルバイトを探してたの?」
「いや、もうなにも決めてなくて」
「学校の近くで働きたいとか家の近くで働きたいとか」
「どっちでも良いです」
川口さんはボードに挟んだ紙にささっと書き込んでる。
「ぼんやりとこんなのやってみたいなーとかある?」
「もう全然。自分が働いてるイメージも湧かないですし」
「そうだよねー。僕も学生時代は自分が将来どこでどんな仕事をするなんてイメージできなかったよー。じゃあ趣味はー?」
「ないです」
「得意なこととかー」
「ないです」
「本当にー?あれ?学部は?あーそうだ、これこれ、ちょこっと名前と学部だけ書いてくれない?」
「はあ……」
棚のケースから川口さんが持ってきた紙を受けとる。名前と学部だけ……と。いやいや。
「これ話す前に書くものですよね。しかも名前と学部だけじゃ駄目なやつじゃないですか」
「えー?良いの良いの。成り行きで引っ張ってこられて今日はどんな相談をしたいですかーとかないでしょ。ちょっとアルバイトに興味ある佐々木くんとアルバイト紹介しろーって上からガミガミ言われてる僕、ウィンウィンな関係ってやつだよ。って言っても別に無理やり相談乗らせてなんて言わないからさ。ちょっと雑談って感じでやろうよ。僕暇なんだ。いや、嘘。仕事してるよ」
「変わった人ですねえ」
「よく言われるよー」
不思議な人だなと思いながら書いた紙を手渡す。
「文学部英文学科ねー。って、佐々木くんハーフ?」
「クォーターです。アメリカの」
「だいぶアメリカの血濃いねえー。海外で働きたいとかあるの?」
「それも全然考えてなかったですね。もうなんとなくで決めてるので」
でも聞かれて気付いた。海外に出ていけば彼女のことを忘れられるかもしれない。物理的にそこまで離れれば彼女の世界に踏み込みに行かないで済む気がする。
「考えてなかったですけどそれも良い気がしてきました」
「ふーん、そっかー。じゃあねー、部活は?なにやってたの?」
「バスケです。大学でもバスケサークルです。あ、そうだ。それから教習所に通ってるのでそれでもできるバイトが良いです」
「大丈夫大丈夫ー。そういうのたくさんあるから。むしろ掛け持ちしたりも結構いるよ」
「そういうものなんですか?」
「もっと忙しくしてる人もいるしねー。あれ?バスケサークル?あ、そっか。入れ違いか……」
「なんですか?」
「ん、なんでもないよー。バスケサークルは週2だったよねー。ふむふむ。で、家は遠いんだっけ?」
「1時間です」
「じゃああんまり遅くならない方が良いね」
「あ、むしろ遅くなる方が良いです。できるだけ外でなにかしていたいので」
「そっかー。家族はー?」
「あ、別に家族仲が悪い訳じゃないです。むしろ近すぎるくらいの仲です」
「何人家族ー?」
「9人……じゃなかった、3人です」
「言い間違えたのはおばあちゃんとか?」
「ああ、違います。うちちょっと変わってるんで。従妹の家族3人と幼馴染み家族3人がずっと小さい時から1つの家族として育ってきたんです」
「それで9人家族かー。賑やかそうだね」
「煩いですよ」
「そっかー。顔は楽しいみたいだけど」
「そうですか?」
「うん。それで、従兄弟と幼馴染みは年近いの?」
「2人とも1つ下です。でも幼馴染みの方は本当にしっかりしてる弟分ですけど従妹の方は小学生並の身長と頭の生意気な女の子で」
「面倒見良さそうだよね」
「そんなことないですけど。昔からすごい聞いてくるんで邪険にできないじゃないですか。いや、面倒な時はしてたかも。けど参考書読むより俺が作った練習問題解いてる方が勉強しやすいって言われたら教えようって気になるんですよ」
「そっかー。他に高校時代にやってたことあるー?ボランティアとか」
「ボランティア……してないですね。ただ成り行きで小学生のバスケクラブチームを少しの期間見てました」
「へー楽しそうだね。子供好きなの?」
「嫌いじゃないです。でも無邪気であちこちどっか行ったりすぐ飽きちゃって別のことしたいってなったり大変でした」
「それってどんなきっかけでやってみたの?」
「知り合いが自分の母校に頼まれたけど自分は塾があっていけないからって、後輩指導が上手いからこういうの向いてそうだと言われて」
「そうなんだー。はい、じゃあねー佐々木くんにぴったりなアルバイトはーこれでーす」
じゃーん、と声に出して差し出された紙を見る。
「ここは小学生から高校生までの塾でね、個別指導なんだよ。一人一人に合わせて教えてあげるからその子もわかりやすい。佐々木くん得意なんじゃないかな?その子に合わせて教えるの」
「確かに……塾講師か……」
「あれ?向いてると思うよー」
なにかと人に教えることは多いけどそれは頼られてしまうからで、頼られたらわかるように教えようと思うわけだけど。……一緒に勉強していた時のことを思い出してしまう。駄目だ駄目だ。彼女のことは忘れるんだ。
でも塾講師というのは自分に合ってる気がする。
「やってみようと思います」
「あ、本当にー?もっと似たような塾講のバイト見るー?」
川口さんはそう言うと募集要項を何枚か見せてくれた。全部に目を通したけど最初に勧めてもらったところが一番いい気がした。
「ここが良いです。けど面接とかあるんですよね」
「うん。僕が今からここに連絡するよ。面接の希望日ある?」
「明日はサークルがあります」
「今日とか何限まで?」
「今日ですか?5限までです。でもスーツじゃないです」
「平気平気、ここアットホームな雰囲気でカチッとしてる所じゃないから面接くらい私服で良いって」
「そうなんですか……?」
じゃあ待っててーと言ってあっという間に走っていってしまった。そしてまたすぐに戻ってきた。
「今日19時で決まりー」
「え、そうなんですか?なんだかスムーズ過ぎる……」
「だってこういう所から早く誰か紹介しろーって来て僕のところに急げーって連絡が入ってくるんだもん。人手不足なんだよー」
「そういうものなんですか……。あ、履歴書もない、証明写真も」
「だからそんな堅苦しいのじゃないのー。ここの学生っていう紹介があるんだから。あ、でもこんなのがあるよ。エントリーシート」
「書きます。普通がどうなのか知りませんけど必要な気がします」
「真面目だねー、あげるよ。それからこれは募集要項のコピーだからあげる。地図書いてあるからそれで行ってね。結果はこっちに来るから連絡するね。こっちの紙に書いてあるメールアドレスに名前と学部と募集要項に書いてある案件IDっての書いて今日中に送っておいてくれる?」
「わかりました」
「それとなにかあったらそこに書いてある電話してね」
「はい。ありがとうございます」
なんだかおかしな成り行きだったけどこんなに事が進むなんて思わなかった。
「いやーこっちこそだよ!!じゃ、面接ゆるーく頑張ってー」
「……はい」
本当に緩い人だな……。そう思いながら俺は部屋を出てラウンジへ行った。
今は本来講義がある時間だったけど休講になって時間を潰していたところだった。2限が休講になってしまったものだから1限に出てふらふらしていてそろそろ昼時間だ。空き時間を作らないようにと詰めて授業を入れていたのにこれでは考え事をする時間ができてしまうと思っていたけど良い時間潰しができた。それどころかすごく良い時間だった。偶然の出会いだったけど川口さんに感謝しないと。
「あ、隼人ー!!」
結構近くにいたのに大声で呼ばれてそっちに顔を向けると思った通り天然がいて、その前の席にはインテリ眼鏡がいた。まったく、ラウンジに響いて目立つから大声で人を呼びつけないでよこの天然、インテリ眼鏡も止めて。
「どこ行ってたのー?あれ?なに持ってるの?」
「うん、ちょっとね」
「っていうか隼人。いつもいつも人のことインテリ眼鏡って言うの止めて」
「え、口に出してた?」
「今もだし智也が変なことして俺が止めた時とか、良いぞもっと懲らしめるんだインテリ眼鏡って」
「あ、そうだったっけ?」
「拓也伊達だよね。かっこつけだよ」
「だから正確にはインテリかっこつけ伊達眼鏡だよね」
「嫌だそんなのカッコ悪い。酷い」
「僕の方が扱い酷いよー。天然は大人しくこれでも食べてなって僕があげた飴返してくるんだもん」
「甘いものは食べれないって言ってるでしょ」
「だからコーヒー味とか緑茶味とかにしてあげてるのにー」
「それは食べてるよ。けど1日に何個ももらうと消費に困るんだって」
「そりゃそうだよな」
俺は天然──智也の隣に座ってインテリ眼鏡──拓也に今もらってきた紙を渡す。まったく、名前は似てるのに対照的な2人だな、といつも思う。
「なに?アルバイト?エントリーシート?」
「今日面接に行くんだよ。こういうの書いたことないから拓也考えて」
「いや、自分で考えろよ……」
「俺はこういうものは全部昴が考えてたから自分じゃ考えられない」
「出たよ、また昴」
「もう大学に昴くん連れてきなよー」
「それは無理だよ」
「当たり前だろ。っていうか塾講師かー。隼人に向いてる」
「本当だー。ぴったりー」
「そうかな」
そんなにみんなから向いてると言われるとは思わなかった。
「腹黒いのにお節介やきだし」
「辛辣なのに喋り方は柔らかいし」
「「あとたまに笑顔が怖い」」
「最後のは違うよね」
「そーだけど怖いんだもん。寒いんだもん」
「智也が怒らせるのが悪いんだけどな」
「明らかに隼人の沸点低いよー」
「智也が煩いのが悪い。何回言っても聞かないのが悪い」
「ま、そりゃ隼人の言うことがもっともだな。俺もうざいって思うし」
「拓也酷いよ!!」
「んで?このエントリーシートどうすんの?」
「だから拓也が考えてってば」
「もらってきたとこの人に考えてもらったら良かったのにー」
「その人履歴書もいらないし緩い塾だから本当はこのエントリーシートも必要ないらしい」
「なんだよ。じゃあ書かなくて良いじゃん」
「えーだって面接ってこういうの必要な気がするでしょ」
「だからそれがいらないんだって言われたなら……ってまあ良いや。隼人って真面目だよな」
「真面目なのに考えるのは拓也に押し付けるってなんだろね」
「良いでしょ。なにか考えてよ」
「まったく……。志望動機と自己PRだけだし両方とも自分でしか書けないじゃん」
そう言いつつ鞄からルーズリーフとボールペンを出した拓也。良いやつだ。
「えっと、じゃあ志望動機は……人に勉強を教えるのが生き甲斐で「ちょっと!!ちゃんと考えてよ」……考えてるのに」
「もっと普通のにして」
「じゃあなんで塾講師が良いと思ったんだ?」
「向いてるって言われたから」
「なんて言ったら向いてるって言われたの?」
「昴に教えたり部活で後輩指導してたり小学生にバスケ教えに行ったり」
「そうなの?」
「へーそんな話知らなかったー」
「言ってないからね」
「ん、じゃあ志望動機は人に教えることが得意で、幼馴染みに自作の練習問題を作ったり、高校時代に所属していたバスケ部では親身になって後輩指導をしていました。小学生にバスケを教えに行った経験もあります。こうした経験を生かして塾講師として働きたいと思いましたーみたいな」
「自己PRは?」
「人それぞれに合うように教え方を考えてわかりやすく伝えられるように工夫しました。あとは、自分の今までのこと考えてよ」
「えー」
「ここまで考えてみたんだから。ってかそのまま書くんじゃなくてこんな風に書けよ?」
「もー仕方ないな」
「……これ隼人のだからな」
拓也が書いた紙を見ながら下書きを書いてこれで良いかなと思ってからエントリーシートに清書した。
「よし、できた。良かった良かった」
出来上がったエントリーシートを持って今日の講義が終わったあと地図に書かれた塾へ向かった。向かう途中に川口さんに言われた通りメールを送っていた。そして学校から10分程歩いた所にあった横に長いアパートの1階がこの塾になっていた。入るとわらわらと小学生たちが押し寄せてきてどうにか回避して面接をした。
翌日昼に採用でーす、という川口さんからのメールが来て、必要な書類を今週中に渡しに行き、週明けからアルバイトが始まることになった。
そこでハッと気がついた。スーツは持ってるやつで良いのだろうか。面接に行った時にチラリと見た人たちは私服の人もいればスーツ姿の人もいて、聞いてもどっちでも良いと言われた。だけど塾講師といえばスーツな気がする。あんまりカチッとしたらやっぱり浮いてしまいそうだからそこそこの……ってわからない。あ、なんだ、父さんに聞けば良いんじゃないか。むしろ週末に連れ出して好きに選んでもらおう。俺の服選ぶの好きなんだし。そうだそうだ、今日帰ったら言おう。




