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長峰更新3

 

 小学校六年生の頃、私のクラスには小さないじめがあった。

 標的になったのは転校生の菊池咲(きくちさき)。可愛らしくて、頭もよくて、ずるい人だった。

 いい意味でも悪い意味でも人の目に入ってしまう人だった。

 

 咲は人見知りをしない子だったから、最初は皆彼女がスキだった。次第に嫌われていったけど。

 いつも人に強く当たるから皆が怖がったし、うざがられた。

 でも、咲はいつも正論を言っていただけで。何も悪くはなかった。


「咲が本当はいい子だって分かっているよ」とエミに言う。

 エミは読んでいた本を閉じて、こっちをみた。

「咲はよく勘違いされる。確かに意地っ張りだけど、自分が悪いって思ったときは、すんなり人の言うこと聞くんだ」

 エミは咲の一つ年下の弟だ。

 よく図書室で本を読んでいるらしい。

 一見、咲にそっくりだけど、その茶色のきれいな目は咲の真っ黒い目とは正反対だった。

「悪いことと良いことの見分けはちゃんとついてるんだ」

 エミはそういって、笑ったんだ。

 私はエミの笑う顔がスキだった。

 エミは可愛らしいし、優しいし、素敵な子だった――――咲と違って。

 同じ顔をしているのにね。

「だけど、みんな咲をいじめるから」

 エミは悲しそうな顔をした。

 エミは咲のことを気にしていた。エミにとって、咲は大事なおねえちゃんだから。家族だから。

「ねえ、咲のこと、嫌い?」

 私は答えた。取り繕うことを知ったばかりの私は、出来立ての偽りで舌を固めてこう言ったんだ。


「――私は、咲のこと。大好きだよ」

 咲のことだいっきらい。あんなつんけんした子、皆に嫌われて当然だから。

 でも、エミの前ではそんなこと言えないもん。エミにそんなことは言えないよ。

 

 エミは嘘が嫌いだった。

 でも、私は嘘をつく。

 エミに嫌われないように。

 エミとずっと一緒にいられるように。


 エミとはいつも放課後の図書館で会っていた。学校の図書室は第一と第二に分かれていて、第一には人気の小説や、漫画あって。第二には古臭い資料や難しい本がいっぱい。

 みんな第二には近寄ったりしない。だから私とエミは二人っきりで第二でおしゃべりしていた。それに、エミの借りる本は殆ど第二の昆虫図鑑や文字で埋まった本ばっかりだったから。

「男の名前でエミっておかしいよ」

「可愛いからいいよ」

 私なんか、あすかだもん。みんなは『あす』って呼ぶけど、可愛くない。もっと可愛い名前がよかった。二文字の名前は可愛らしいよ。エミ。いいなあ。

「じゃあ、何がいいの」

「エミ以外の名前」

「そしたらもっと可愛い名前を付けられちゃうよ。そうだ。私が考えてあげる」

 私はちょっと考えて、可愛らしい名前を考える。

「――エミング。音楽みたいでしょ」

「エミング……。な、なんか……外国人みたい……。ぷっ……くくっ」

 エミはツボにはまったらしく。我慢できずに大笑いした。

 お腹抱えて笑っていた。私もつられて笑う。

「あ、私の名前忘れてた。ヒドリって呼んでね。本当の名前は嫌いだから」

 飛鳥の読み方を変えてみた。『あすか』と『ヒドリ』

 あすかがみんなの前の私。

 ヒドリはエミだけの私。

 使いわけすることで私は理性を保っていたのでした。

 罪悪感もろもろに押しつぶされないように。

「うん、わかった。ヒドリちゃん」

 こうしてヒドリは完成した。


 ――でも、そんなのただの夢だったんだ。


「やっぱり私って咲のことが嫌いだった。大嫌いだった。クラスの空気に飲み込まれてシカトはもちろん、クラスのリーダー格に命令されれば平気で上履きを隠したり、机の中に悪口を書いた手紙を入れたり……後は忘れたね。なんだったっけ」

 私は罪を全て自白した。

 志乃美は険しい顔をした。

「それ、菊池君に言ったの……」

 確認したのか、質問したのか分からないような口調で尋ねてきた。

「いや、言わなかった。でもばれた。裏切り者って言われたし。ああ、あの時は血の気が引いたね」

 他人事のように言うと志乃美は馬鹿じゃないの? と言う。

 馬鹿か。そうかもしれない。「小学生は馬鹿だから」

 浅はかな自分に同情なんか出来ないし、知ったかぶりも出来ないし。

 ああ、私って出来損ないだったなあ。考えなんか何も思いつかない。質問されたら答えるだけの人形みたいだ。自律を失ったこわれもの。

「その後、どうなったの」

「私が小学校卒業して終わった。つながりも全部。あ、隣町の中学に進学したからもう会わないなって思ってほっとした」

 ほっとしたって。それは嘘でしょ私。志乃美に嘘をついてどうする。

「ほっとしたって……あっちゃん、頭おかしいよ」

 ほら、上手くいってないって。つじつま合わないし。嘘を一つつくと、嘘が数珠つなぎするってこういうことだよ。身をもって知れ。

「あっちゃんは菊池君が好きなんだよね? だったら、どうして再会した時に言わなかったの? 自分がヒドリだよって、言えばよかったのに」

「気が付かなかったんだ」

「噓つき。気が付いてたくせに」

 ばれたか。そりゃそうか。男で『エミ』なんて珍しいし、仮に下だけで気がつかなかったとしても、名字で気が付くよね。八方塞がり。

「馬鹿。あっちゃんの馬鹿」

 志乃美が泣き出した。

 嗚咽が可愛いとか、思ったら、きっと私はクズなんだろうけど、思ってしまっているので確定した。

「なんで志乃美が泣くの」

 どうにか私は困ったような顔を作って、近寄る。

 すると、進藤が「触るな」と言って、志乃美の前に出た。

「お前は部長じゃねえよ。長峰飛鳥を返せ」

 進藤は手を前に出して、そういった。その手の平に何を返せと。


 返して欲しいのはこっちだよ。思い出したくない過去を語らなくてはいけなくなった私に、返せ。

 平穏とか、日常とかそういう陽だまりみたいなもの全部。

 志乃美に会って、親友の味をしめた。

 進藤を見て、客観視する目を真似た。

 千代田君と行動して、教えることを覚えた。

 でも、エミは私に何もくれなかった。ただ、奪っただけだった。私のことをかき乱すだけだった。

 最初っから、ずっと。変わった私をずっと影で傷つけたのは彼だけだった。

 

 私は進藤にあっけらかんと言った。

「――私って、こういう人なんだけど。知らなかった?」

 それしか言えないよ。

 

 部室の空気がそれで一変する。

 千代田君は黙っている。

 進藤も口を閉じた。

 聞こえるのは志乃美の泣き声だけ。葬式みたいな静けさだった。


 さて、どうしましょうかこれ。

 そう思ったときだった。大きな音がした。

 

 ――地震だ。


 急いで長机の下に隠れた。

 進藤と千代田はすぐに動けたが、志乃美が動揺したので、「机の下に」と言って、腕を引っ張って、押し込んだ。

 しばらく揺れは続く。椅子がダンスをしだしたので、私は志乃美を出来るだけ障害物の無い方向に顔を向かせる。でも……千代田が無意識に後方にもたれかかって。

「――棚に近づくな!」

 注意すると、千代田が進藤にくっついた。進藤がとっさに千代田の肩を掴んで従わせたらしい。

 その表情は冷静なまま。対して私は顔が変形するかと思うくらい恐怖でいっぱいだった。

 

 ――揺れが止まった。


 が、動くのは様子を見てから。

「――居鳥、ケータイは」

 机の下から命令する。

「今確認中……待て」

 ポケットの中にいつもケータイを忍ばせている居鳥は、取り出して何かの操作をしだした。

 地震情報って何を見るんだっけ。ニュースか。

「気象庁仕事しろ……だめだ、まだ更新しない」

 進藤がそういった。

 たまにそういうこともある。震源が近いだけで、小規模なものだったのかも。

「先輩」

 千代田が口を開いた。何。

「この揺れ、前にもあったって思う。なんて」

 ここでは地震は珍しい。近くに断層が無いから。

「前っていつのこと?」

 私が尋ねると千代田は、千代田君は……言った。


「――先輩が初めてタローさんを呼び出したときと……、同じ音が鳴ったんっす」

 

 はい? 同じ音?

「信じてもらえないと思うんですけど。でも、ほぼというより、全く同じ音が……」

 千代田君の話の途中で、耳が痛くなるようなノイズの走った高音がスピーカーから流れた。思わず耳を押さえる。


 ――校内放送だ。

 職員の先生が誤作動を起こしたのか、放送部員が間違ってボタンを押したのか。

 考えられる理由はいくつもあって。

 それを知る方法も、限りなく無限にあるはずだった。

 

 ――でも、聞く必要は無かったらしい。

 


「――んの」

 校内放送から、聞き覚えのある鳴き声がした。

 

 

  

    

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