長峰更新2
そこまで話を進めたところで、部室についてしまった。
文芸部のドアの前で千代田が言った。
「菊池、それは長いだろ」
それというのは私の日本昔話かどうかもよく分からない話である。
私の一人称が始まった起源を説明しようとするとこれだけ長い話になるのか。
「その話の流れ的に、菊池が『私』って言うのは、『その神様が自分のことを、私って言い出したから』だよな」
さすがに千代田でも大体予想が付くらしい。
「多分」
「昔話に影響されたまま高校生になったのか。ある意味神秘だな。尊敬する」
千代田に引いた目で見られる。そんな目で見んな。
「大体、神秘っていうか、それほど思い入れが強かったんだよ」
友達との大事な思い出だからな。
「んー、じゃ。それの続きは後で教えてくれよ」
千代田はそういって腕を前にだして。
ドアを四回ノックする、そして、ドアを開ける。
「四回もノックするのか」
まずノック自体を忘れたりすることもあるんだが。
「三回でもいいけどな。ちなみに二回はトイレらしい」
プチ豆知識だった。私のノックってトイレノックだったんだ。
部室には長峰先輩と桜田先輩がいた。進藤先輩がいないのは軽音部の朝連だろうと予想は付く。
「おはよう」
長峰先輩があいさつをする。挨拶の返しが千代田と一寸の狂いも無くそろってしまった。おいおい。
「仲良しっていいことだと思うけどね」
長峰先輩は軽く笑う。
桜田先輩はカバンから書類をだして机の上にのせた。
「ちょっとしかないけど、最初に予算確認しようか」
まあ、今のところどっちが会計になるとか分かってないし。と言いつつ。
「俺、会計は嫌っすね」
千代田が開始早々に文句を言う。
「二人だけなんだしー、まー会計じゃないなら部長になっちゃうけど」
「会計さいこーーー」
千代田が吠えた。お前、部長になる気なかったのかよ。
こっちはそういうのは全部お前任せにしようと思ってたのに。
予算の確認は桜田先輩の予想外に整った表のおかげであっさり終わった。
その後、合流した進藤先輩と一緒にビラに色塗ると、大変なことが発覚した。
「ぶ、部長の絵が下手すぎて困る件……」
「千代田君、キレるよ。潰すよ。ぶっ叩くよ」
「先輩、自重してください……言動も絵も。たかが色塗りなのに」
たかが色塗りなのにだ。
桜田先輩がどこかからとってきたウサギやクマの絵に進藤先輩が文芸部の紹介文と部誌の販売日時や場所を書いただけのビラが。
――うさぎさんは腹からオレンジの血を出し、くまさんはへびっぽいものに頭からかぶりつかれていた。
「長峰は美術選択じゃないからな」
進藤先輩がフォローになってないことを言う。
「あっちゃん、音楽でよかったね」
唯一の助け舟もいまいちだった。
長峰先輩、やっぱり性格が芝生だった。
「先輩、一見普通の人なんでこれからも多分大丈夫です」
私の口から出た言葉もフォローになってなかった。
長峰先輩は塗り終えたとは到底思えないような紙束を、私に押し付けて「後輩共。はこれを三階に貼ってこい」とドスの効いた声で言った。
「私達は他の階に貼り付けするから……。さぼるんじゃねーぞ。後、張った場所はメモしておけ」
ヤクザの脅しみたいな緊張感が出ているので怖かった。
もう絶対部長をいじったりしない。そう心に決めた。
――四階は三年生。三階は二年生。で、二階が一年生。
受験生の三年が部誌を買いに来るわけはないので、ビラは四階以外に貼る。
特に二年生は先輩方の付き合いって買ってくれる可能性があるので、多めに貼っておく必要がある。
「一組前。二組前。一つ飛ばして四組、六、八……」千代田が張った場所を紙に書き込んでいく。
三階の廊下は結構うるさかった。教室で軽音部が練習してるわ。年明けの合唱コンクールの練習でか、有名な歌手の歌が大音量でかかってるわ……。頭が痛くなってきた。
撤退の準備にかかっていた私に誰かが言った。
「お前ら、文芸部だよな」
そういって話しかけてきた男子生徒は私の見覚えの無い人だった。
長峰にこれ渡しといてくれ。と、紙袋を渡された。部長宛てにか。
中に入っているのは色紙らしかった。寄せ書きだろうな。付箋が貼り付けられており『飛鳥へ。次はだれそれに』と書かれていた。
そういえば、なんでこれで『あすか』って読むんだろう。ちょっと気になる。ふつうに字面で読めばひ。
――あれ、今まで何で気が付かなかったんだろう。
「ちなみに皆でいつやるかも聞いてんだけどな。聞いといてくれるか? まあ、結婚式の日取りじゃないからいつでもいいけどな」
男子生徒の声と『飛鳥』の字がダブった。日取り。ひどり。ひどり。ひどり。ヒドリ。ひどり。飛どり……。
なあ、俺。
――今、誰のことを想像した?
「――あれー菊池君は」
部室に帰ってきたのは、千代田君ただ一人だった。
志乃美は不思議そうに。進藤は気にしてなかった。私も、あまり重大に捉えていなかった。
「――菊池、逃げちゃいました」
千代田君は茶化してそういった。
茶化し方が、たどたどしかった。
すぐに分かった。
「へー、コンビニかなんか?」
志乃美が問いかける。コンビニへ買い物くらいじゃ『逃げた』にはならないよ。
私は、志乃美にそういいたかった。
千代田君は志乃美の質問には答えずに、私のほうを見た。
「長峰先輩は菊池の幼馴染ですよね」
その時だ。ふと壁にあった染みに目が行く。
茶色の絵の具で汚されたようだった。ところどころペンキがはがれて灰色のコンクリートが顔を覗かせる。
「え、そうなの?あっちゃん」
あっちゃん。
それは志乃美がつけた呼び名。他の人は私のことを『あすか』か『アス』と呼ぶ。それ以外の名前で呼ばせたのは志乃美と彼くらいだった。
「あっちゃん、どうかしたの。なんか顔青いよ」
私はそんな純粋な彼女と顔を合わせることが出来なくて、とっさに進藤の方を見た。
進藤はこっちを見なかった。目をそらしていた。進藤らしい気の利かせ方だった。
目が合ったら、きっと動揺してしまうだろう、今の私なら。
「先輩は菊池に何かをしたんじゃないですか」
千代田君は友達思いのいい子だね。私と違って。私はもう過去とか忘れたくてたまらなかった。それが友達との思い出でも。
「え、ちょっと千代田君今、何の話を」
「もういいよ」
私が言う。
もう、いいんだ。
もう忘れたくても、しっかりこびりついてしまったから。
二度と色あせることは無いんだから。
私は語ろう。語れるところまで。
「――小学生の時、クラスメイトに嫌がらせをしたことがあってね」
志乃美は固まった。嫌がらせか。志乃美はそういうの嫌いだよね。
もちろん、今の私はそんなことしない。でもこれは昔の私の話だから。
あっちゃんはいい子かもしれない。
でもね、ヒドリちゃんは、そういう女の子だったんだよ。
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