進藤熱1
一年生の時、クラスで一番最初に話しかけてきたのは、桜田だった。
高校入学の独特の雰囲気は単独行動の俺に、初対面の人間への挨拶を強要した。かといって、おいそれとできるものではなかったんだけどな。
教室にいる三年間を共にするであろう未来の学友が、果たして三年後まで居るかどうかは分からない。いや、殆どはいるんだろうが、俺にとって必要不可欠な存在となるヤツが一体何人いるかというと、そう多くは無いというのが結論だった。
指の数より少ないか多いか。それが俺の予想だった。実際、ぴったりだったんだが。
さあ、誰に話しかけようかと渋っていた所、つい目が合ってしまった。一つ前の席に座っている女子。初期はそういうポジションだった桜田志乃美に。
気まずくなったのか、その女子は「桜田志乃美です。えっと、そっちは」と言いつつ、困っていた。
「進藤だ。進藤居鳥」
自己紹介。ぎこちなくて、我ながら痛々しかった。
「居鳥?」
またか、彼女も他の皆と同じように、俺の下の名を気にした。俺はふてくされたような気というか複雑な気持ちになった。けれども答えた。
「鳥が居るから居鳥。まだ鳩とかカラスにされなかっただけマシだと思ってる」
投げやりにいったつもりだった。桜田はなぜか目を輝かせた。
「居鳥か……、面白い名前だー。でも、私の名前も結構すごいっ」
何がすごいんだ。そこから怒涛の桜田攻撃が始まる。
「字面で書くと分かるんだけどね。えー、『イドリ』ってカタカナ? え、漢字なの? いいじゃん。ちゃんと主語述語の分構造になってて……あ、ちょっと進藤君さ、志乃美って書いてみ。響きだけで出来た名前ってちゃんと分かるから――」
以下省略、ペラペラペラペラ。
長い。緊張の糸が切れたのか、その桜田さんとやらは永遠に喋り続けた。
皆、俺の名前を聞いたら、「面白い」か「変」の二択だった。
つまらない繰り返し。
でも、桜田の『面白い』は見下しとかではなく、本当に面白がっているだけなのが分かっていたので大丈夫だった。しんどさはなかった。
――問題はその後だった。
桜田が同じ部活に入らないかと誘ってきた。俺は断るつもりで仮入部だけと言った。
入る気なんてさらさら無かった。あの女に出会うまで。
あの桜田とは真逆の、見下したように笑う女に会うまでは。
「へえ、君も鳥なんだ。私も鳥なの。よろしくね」
長峰飛鳥だけは、俺を鳥仲間といった。
鳥は鳥でも、あいつは俺とは種類が違った。
――なんていうか、『鷹』だよ。あの女は。
――12月24日、クリスマスイブの朝。
登校中に知り合いに出会う。
「進藤先輩じゃないですか」
菊池恵美がそこにいた。
部活の後輩であり、まだ大丈夫な方だ。もう片方の後輩は少し苦手だが、こちらは結構根が素直だ。若干ひねくれてるが。
「珍しいな。お前とここで会うのは」
終業前で気が緩んだからか、校門前の長い坂が人で溢れかえっている。中々進まない。
「あ、そういえばそうですね」
「何かあったのか」
歩きながら、話しているとなんだか不思議な気がした。
そういえば菊池と二人で話すのはこれが初めてだ。
「別になんでもないですよ。ちょっと昨日が祝日だったんで、感覚を忘れたんでしょうか。はりきって電車にのったら行き先が逆だっただけです」
そんなに懇切丁寧に説明しなくたっていいのにな。
ようするに、時間ロスしたんだな、それ。ということは、いつもは早い時間に登校しているのか。
「そんなに早く行かなくてもいいんだぞ。学校なんか」
「人混みが怖いんです」
真面目かと思ってたら、とんでもないひきこもり症だった。そんなに人多くないぞ、うちの高校。
「知らない人がたくさんいると思うだけでダメなんです」
知らない人か。なら対策はいくつかある。俺は提案する。
「長峰と一緒に登校すればいい」
妥協案。別に俺でもいいんだが、面倒くさい。
待ち合わせて、人のペースに合わせて、登校する。俺はそういうことは嫌いだ。今日は別にいいが。
「なんで、長峰先輩と一緒に登校しなくちゃいけないんですか」
菊池が露骨に嫌そうな顔をする。二人とも電車通学なんだからいいとは思うが。それをいうなら俺もだが。
「お前ら、幼馴染だろ。それくらいはいいと思うが」
「え、違いますけど」
予想外の答えだった。
「先輩と会ったのは高一の春ですよ」
菊池にとっての高一の春ってことは、俺にとっての高2の初っ端ってことになる。
「あー、そうか」
俺は、長峰の心の中はちっとも興味はないが、それでも思ってしまった。
――そういうことにしたのか。
忘れたい過去があるのは、長峰のほうらしい。
いっそ、菊池に感づかせてやるのもいいだろうが、それは蛇足か。止めておこう。
「すまない。お前らは仲がいいからな。勘違いしていたんだ」
「仲良くないですよ」
「仲良いのは長峰じゃなくて千代田の方だったか」
腐ってる桜田の妄想の中では……だが。この前もリバとかなんとか言っていた。
まったく、男同士の恋に興奮できるというのはいいことなんだろうが。俺はネタにされたくない。後輩を生贄にしておく方が得策だ。
「誰がですか。仲良くってあのアホと仲良しって言われるくらいならサイコパスっていわれたほうがましです」
サイコパス。それは文芸部全員に言えるんだがな。
桜田のおしゃべりも度が過ぎると、異常だ。俺だって普通とは違う所がある。千代田だってそうだ。
長峰は、分からないが。
「そこまでいわなくてもいいだろ」
「ああ、まあ、言いすぎですよね。千代田一応いいやつだし。うん」
菊池の話の流れに沿わす。一瞬、話がずれそうになった。俺は押しとどめて言う。
「なあ、長峰のこと、どう思う」
「え、長峰先輩ですか……、優しい……とかですか。性格が芝生みたいだけど」
「芝生?」
「どうでもいいような地味なことを地味にしてみたりするとこが芝生っぽいなって。夏休みにあったじゃないですか。部室が暑いからって日差し遮るのに風呂敷何十枚ももってきたり、廊下に申し訳程度に水をまいて打ち水って言い出したり……結局意味無かったけど」
そういえばあったなそういうことも。でも、あれは長峰のほんの一部でしかなかった。
凶暴だよ……長峰は。
ある意味、残酷だった。
「お前、マンガ研究部がうちに無いのって何でか知ってるか」
「知りませんが」
「去年潰れたんだよ。予算不足で」
部活だって金銭的問題はつきものだ。今の軽音部みたいに。
「それだけですか」
菊池が聡くて困る。つい、顔に何か出ていたらしい。真剣なまなざしで向かれた。
俺はポーカーフェイスが得意だと思ってたんだが。それは間違いみたいだ。
「いや、それだけだ」
長峰が潰した。その言葉を覆い隠して。
あー、違うな。あいつのせいではない。
あいつはただ、正論を言っていただけだったから。




