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桜田剣3

「桜田、部活辞めるのか」

居鳥がそういった。

「おう! ってちがーう。まだ辞めないー」

 私こと桜田志乃美は、辞めたーーい。でも、辞めたくないー。の間でうろうろしているの。分かる?


「――辞めるのなら、一緒に辞めよう」

 居鳥が泣きやんだ。そして、愛の逃避行的なことを言い出した。どうやらコイツは私のことがスキらしい。え、困ったなー。

「でその後、軽音部に入らないか」

 前言撤回、ただの勧誘だった。なんだよー、気にして損した。

「何で入らないといけないのー。軽音部、潰れかけっていってたじゃん。何でさ」

 不満をぶつける。何か今日の居鳥はなじみやっすいー。

 

 そう思っていたけれども、それも当てが外れました。


「じゃあ、お前はどうするんだよ」

 居鳥がこっちを見る。がらんどうみたいな目でこっちを凝視している。

 体が屈曲、曲がる。折れて曲がる、

 立ち上がって、こっちを首をかしげて見る。

 首、どうなってんの……すごい方向に曲がってるし。

「何もしないのか。部活辞めて。何にも無しになるのか」

 居鳥はなぜかこっちに迫ってきた。

 重圧感。

 圧迫される。脅迫観念に陥りそうどすえー。


「――退屈だろ。そんなの」

 言われた。私の心に突き刺さっていたものを直視した。

 はい、私は思考停止。退屈とは如何に。誰か教えてよ。

「お前、そういうの嫌いだったよな」

 そういうのって、固定観念? 誰の? お前の?

「桜田らしくない。どうかした?」

 心配してくれてるんだねー。嬉しい。心にも無いことが頭をめぐる。

「居鳥は、キャラ立ってていいよね。ギター持ってたら居鳥だよね。ああ、ギター欲しい」

 そんなことさらさら思ってないけれど。

 何か言っていないと壊れちゃいそうだ。

「ああ、居鳥が羨ましい。大好きな音楽に向かって突き進む君が羨ましい」

 全然思ってないけれど。

「口から思ってないことがでてる」

 それは居鳥の攻撃。居鳥さんは私のこと分かってしまった。名探偵居鳥。追い詰められた私に銃撃で、バーン。私はもう動けない。図星です。

「何故分かった」

「言葉に狂った感覚を、俺が知らないとでも」

 ああ、文芸部ですものねー。考察とか好きだもんねー。なるー。

 どうしよう。

  

――やばい。居鳥が面倒くさい。

 

 いつもはそんなこと思わないのにね。進藤居鳥のことは個人的には好きなのにね。私。

 ああ、退散。

 

 90度回転。

 逃げた。ええ、逃げました。バイバーイ。廊下を走る。そういえば今はタロー探しじゃなかった。先生に注意されたらどうしよう。

 そう、やっぱり居鳥は居鳥だった。泣き虫な面があったことに若干喜んだ私がばかだった。


「人のことコケにしおってーーーー」

 覚えてろよ、貧民が。こんどこそわれわれナンタラ星人が以下略。


 そこには言葉に狂った私がいました。思考言語がお空の向こうへ飛んでいきました。さよーーならーー。

 人形劇なら私は落ちこぼれ。舞台の端っこで捨てられた。ああー、助けて。あっちゃん。


「えーーー」

 部室誰もいねえ。しかも、鍵も掛けずにあきっぱ。空き巣入ったらどうすんの。

 そういえばタローさん探しのときって、皆どうなってるんだろ。他のみんなには見えないようになってるとか?

 うーん、もしや臨時休業か。皆で帰りやがった。えー、部誌の原稿みんな出してーー。


「ま、いっか」

 私も帰ろう。

 

 12月も半ば、校内は大騒ぎ。そう、段ボール持ってる先生が段ボールひっくり返すくらいには。


 ――ててええええええええ。

 なんで何もないところでこけたんだ。

 しかも、箱から飛び出してきたバケツがいい感じに私の頭にすぽっと納まったのか。

 笑いの神様がご光臨なさったとしか言いようの無い状態だった。男の先生。こけてもにこにこだった。仕方がないか。

 あのね、先生。私の頭のバケツとってくれないかな? うんうん、笑ってないでさ。おい。


 一緒に持ってあげた。

 四階の美術室まで階段を上がっていく。

 ありがとう。いや、年末ってたいへんだねえ。とかなんとかいいながら。

 でも、美術室には、部員らしき生徒は見当たらなかった。

 今日は部活のお休み。でも、僕は仕事。とかいいながら。


 ――あ、いいこと思いついた。

 ねえ、先生。手伝った御礼といっては何ですが。


「仮入部させてもらっていいですか」

 

 油絵なんて初めてだった。中学の時は水彩だったし。今は音楽選択だし。

 筆使わないことにビックリした。ナイフっていうものは中々不思議な感覚をお持ちだ。ふぬふぬ、使いづらい。

 余ってる小さなキャンバスにビンを描いてみてね。これがテーマらしい。一通り道具の説明したら去っていかれた。まあ、押しかけた私が悪いんだけどね。

 

 にしても、美術部も文芸部とかわんないなー。顧問が放任主義ってところが。


 パレットで色を混ぜて、そのままのせる感じ。小さくまとめる。うーん。

「難しい」

 筆みたいな使い心地のよさはなかった。

 

『ペインティングナイフ』は絵を描く用。

 窓際に転がってる誰かのナイフは若干形状が違う。あれは本当にバターナイフのでかい版みたいな形をしている。

 あの先生は、あのナイフを『パレットナイフ』と呼んだ。

 アレは大きい絵を描く用だよ、とも。ちょっと使いたくなってきた。


 お、コツがつかめてきた。なんだろ、うーん、机にくっついたシールを取る感覚に少し似ている。多分経験者が聞いたら違うっていわれそうだけどさ。

 じんわり楽しさがひろがっていく。おお、初心者にしては中々のもんではないか。さすが私、絵の才能なんてあったんだ。そういえば中学の頃はよく水彩画を描かされていたっけ。



 ――絵は総合芸術なのよ。

 中学の美術の先生はそういった。

 国語、英語、数学、理科社会。体育。そういうもので溢れてる。だから、絵だけでなくもっといろんなことを学んで、絵に生かしなさいと。そして、先生はよくみんなを褒めた。ここの線がいいとか、色の混ぜ方がうまいとか。

 でもね、私の絵はどうですか。と聞くと、うーん、作ってるかな。もっと目に見えるものを素直に表現しなさい、という。

 

 そっかーと、純粋さゆえに私は鵜呑みにした。

 それは、自分がそういうのに向いてないという意味だったのに。

 

 私は勘違いをした。何でも得れると思っていた。

 目的のために何かをすれば、きっと得れると思っていた。

 

 作り物の愛が欲しくて、漫画を読み漁った。

 理想の彼氏に会いたくって、小説を書いた。

 

 ――仲間が欲しくて、文芸部に入った。

 

「あ、私のしたいことってこういうことか」

 初めて分かった。

 私は絵を描きたかったのか。

 というより、こういう満足感が欲しかったのか。

 それだけのために生きていたのか。それだけが原動力になっていたのか。


 はは、なんて無駄な行為。

 あー、愚かなんだろって。


「――いや、愚かではないや」


 欲しいものがあれば努力するのは、当たり前のことだし。それが実らないこともうすうす感じ取っていた。

 漫画読んでも、うまいマンガは描けないし、小説家にもきっとなれないって分かってた。

 

 けど、その過程の中で文芸部に入ったことに後悔はしていないのだ。

 

 後輩たちは可愛い。

 居鳥はまあまあ面白い。

 あっちゃんは理想の女子だし。

 

 何あそこ。考えてみたら、その場所って、私の天国じゃん。


「――はは、会えたことに感謝」 

 感謝できるのなら、それだけ私は幸せだ。


 幸せってこういうことを言うのかな。

 本当にそうなのかな。

 

 ねえ、あっちゃん、あっちゃん。

 私ね。あっちゃんみたいになりたいの。

 思ってないけど、羨ましくも無いけど。

 

 ――でもね、私。皆になりたいの。

 皆みたいに力が欲しかったの。皆みたいに戦いたかったの。


 昨日の私に勝つために私は武器が欲しかったの。


 立ち上がる勇気が欲しい。

 でも、それは自分で得れたはずだった。

 願えば簡単に得れるものだったのに。諦めたのは私。捨てたのも私。


 お前らしくないよって。

 諦めかけた私に、そういったのは居鳥だった。


 やっぱり、居鳥は私のことを分かってたんだ。居鳥に感謝。

 世界に感謝。それでいいじゃない。あー悩んで損した。

 

 そうだ、諦めんな私。

 まだ、やれることはあったはずだ。

 『やめたやめた』は、できることを全部やった時の楽しみにしよう。


「じゃ、もうひと頑張りってこーだ」

 私はぐっと伸びをした。

 窓の向こうで、空は輝かずに一枚板だった。配色薄紫。


 ――おいおい、一枚板の世界だと? あれー。おかしいな。

 

 辺りには何も無くって、絵の具も、ビンの絵もなかった。


 ――手に握り締めたペインティングナイフ以外は。


 うれしくって肩が吊りあがる。

 椅子やキャンバスをなぎ倒して、渡り廊下に出た。

 

 最上階の廊下は屋根が無い。薄紫の空が背景になる。

 私は、見下ろす。

 中庭に虹色の頭をした少年がいた。

 菊池くんとタローさんだった。

 タローさん今日はカラフルだった。

 

 とりあえず、私は「いよっと」屋上から飛び降りた。

「木がクッションに」

 その言葉のとおり、木が私の体を包み込む。ああ、あぶねー。もうちょっとで死ぬとこだった。


「桜田先輩。え、何で、今日は早退って」

 菊池君がこっちに気が付いた。

「事情が変わったの」

 そうとしか言いようが無い。

「じゃあ、いただくねーっと」

 私は木から木へと飛び乗って、菊池君に近づく。そこから中庭の石階段を一段ずつ下りる。

「さよなら先輩」

「さっせーーんわ。後輩ー」

 私は右手のナイフを強く握り締めた。

「私の剣となれ」

 

――ナイフが大きな剣に変わる。


 もちろん、これは借り物の武器なのであまり効果は無いだろう。

 だから、本当の剣を得ないといけないんだ。


 ――さあ、戦え私。


「桜田志乃美はまだ終われませーーーーーんだ」

 タローに剣を振り下ろす。もちろん、菊池君ごと。

 タローは頭から真っ二つに。で、下の菊池君の頭に剣ががっちーん。

「先輩の……ぐはっ」

 菊池君が頭から血を出して、ぐったり倒れた。

 あれ、いつもと違うけど。いつもなら無傷なのにね。今回は死んじゃったけど。

 

 ほんとに再生するのかな?


「人間、お前変わったんの」

 半分割になったタローは消えかかりながらそういった。

 なぜか、タローが笑ったような気がした。

「人間は変わるもんなのさー。化け物」

 多くのことを知ってさ。

「褒美は何がいい」

「うーん、そっだなー」


 じゃあさ。


 家に帰ると、母が言った。あんたいつ絵の具なんて買ったのって。

「絵の具……絵の具だけだった?」

 そういうと母は、部屋に置いてるから見てきなさい。ホント何でも散らかすんだからといった。


 自室の机の上には絵の具と、紙パレットと、ペインティングナイフ。後、欲しかったやつ。

「そうそうこれこれ、タローさんしっかりしてるなあ」

 

 ――パレットナイフ。


 これが私の剣となった。

 今度は大きな絵を描きたいから。

 もっともっと大きな絵を。


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