須貝絵玖という女の子(12)――○○視点・語り
「――あるところに、かわいい女の子がいました。女の子の名前は絵玖、絵になるようなかわいらしくも美しい宝石のように育ってほしいという想いから、その名前が付けられました。
――絵玖はあまり体が強い女の子ではありません。生まれた時から病弱で、ちょっとしたことで体調を崩しがちになることが多かったんです。
特に肺が弱く、頻繁に発作を起こすことがありました。その体質からか、性格も引っ込み思案で、臆病で、同世代の友達を作ることがなかなかできず、いつも一人で砂遊びなどをすることが多かったようです。
そんな絵玖の性格を直そうと思い、お母さんは、絵玖を児童劇団に入れてみようと考えます。演技を通して、コミュニケーション能力を付ければ、弱気な性格が明るい性格に変わるかもしれないと思ったからです。
そして、6歳の時に、絵玖は子役デビューを果たし、そのかわいさと演技に人気が集まり、お茶の間の一つの話題となりました。
しかし、人気になったことで、スケジュールが過密になってしまい、体の弱い絵玖は、それが原因で体調を悪くしてしまいます。
仕事は休みがちになり、それを見た関係者の方々も、絵玖を取り上げることを遠慮するようになりました。
ブームは去りゆくとはよく言ったもので、時が経ち、絵玖のスケジュール帳はガラガラになっていました。
そんな日々が5,6年程続き、絵玖という子役の存在は、世間からはほとんど忘れられるようになりました。
それが功を奏したかは分からないですが、体調は幾らか回復の兆しを見せつつあったようです。
そんな暇な日々をぼけっとしながら過ごしている時、絵玖はある時、プロデューサーにこんなことを言われました。
『何かのきっかけになるかもしれないし、歌でも歌ってみるか?』と……ずっと事務所で仕事を待つ絵玖を見かねたかどうかは分かりませんが、そんな提案が上がり、実際にレコーディングをしてみることとなりました。
恐らく最初は、ダメで元々という感じで行ってみたと思います。しかし……実際にレコーディングをしてみたらどうでしょう?
絵玖の歌唱力の高さに、関係したスタッフは皆驚愕しました。そして、確信しました。『これは、絵玖をまたブレイクさせることができる』と。
そのプロデューサーの言った通り、絵玖の歌唱力は一般にも受け入れられ、CDの売り上げは急上昇、絵玖は子役ではなくアイドル歌手として再ブレイクを果たすこととなりました。
それがきっかけで、絵玖は音楽のメディアに多数取り上げられることとなり、以前ガラガラだったスケジュール帳は嘘のように埋め尽くされ、多忙な日々を送ることとなります。
体調は上向いていたし、少しずつ体も成長していたから、このスケジュールでも乗り切ることができると思っていたのですが……やはり上向いていただけで回復はしておらず、絵玖はまたもや体調を崩してしまうことになりました。
しかも運の悪いことに、忙しく働いたのが災いしたか、一か月程で治ると言われていた病気がなかなか治らず、二か月、三か月と悪いまま日々が過ぎていったのです。
これではファンの方、頑張ってくれた事務所の方々に迷惑をかけてしまう、そう思った絵玖は、芸能界を引退することを決心しました。
もちろん、たくさんの方々に引退を引き留められたのですが、それでも絵玖の気持ちは変わりませんでした。
そして、それと同時に、絵玖には一つの願望が生まれていました。それは、『普通の一般人としての生活をしたい』というものでした。
いくら引退したと言っても、世間の大多数は絵玖のことを知っており、普通に街を歩くことはなかなかできません。
人目を気にせず、ゆっくりしたところで日々を送りたい……いつしか絵玖は、そう願うようになりました。
それを見たお母さんは、少しでも娘の願いを叶えてやりたいとそう思いました。自分の勝手で劇団に入れ、望んでもいなかったアイドルという仕事をさせてしまったせめてもの償いをしたいと思ったからです。
そんな時、一つの案が生まれました。それは、須貝家が持っていた別荘の近くにある村に住めばいいのではないかと。
名前は日向村、年々過疎化が続いており、来年には廃村になることが決まっていた村なのですが、自然が豊かで人が暖かいと、なかなか評判の高い村でした。
肺があまり芳しくない絵玖にとって、これ程良い条件の場所はない……そう思い、お母さんは絵玖にそれを提案しました。
絵玖は言いました。『……行ってみたい』と。