6.夢から覚めれば
いよいよ最終話です。
香織はどうなるのでしょうか?
人間に戻れるのか?
三歩の散歩が終了し、がっかりしながら家に帰る。
暖かい部屋の中で、毎日同じドックフードを食べる。
時々、リュウに殴られたり、尻尾を引っ張られたりしながら、夜が深くなっていった。
今夜も同じように、リュウに蹴られながら、大きな体を小さく折りたたんでベッドの隅に潜り込むのだ。
何と惨めな生活だろう。
それでも、睡魔はちゃんとやって来るのだ。昼間あれ程眠ったというのに、信じられないほど、ちゃんとやってくる。
以前、寝てばかりいるリュウを見て
「お前、夜行性だよね」
と耳を引っ張って無理やり起こした事があったが、今なら分かる。
夜行性とか何とか、そんなものは関係ないのだ。つまらないから寝る、それだけだ。寝るなというなら、遊んでくれと言いたい。
(そうだ、人間に戻れたら、たくさん遊んであげよう)
そんな決意を固めながら、再度夢の世界へと落ちていった。
目覚まし時計がけたたましい音楽を奏でている。
最早奏でるなどといえるほど、生易しいものではないのだが。
香織は、けたたましい音楽によって目を覚ました。かつて、この騒音で目を覚ました事など無かったのに、だ。
香織は騒音を止めるべく手を伸ばした。
部屋の中が静かになる。
(やっぱり犬は早起きなんだね。犬って凄いよね)
そんな事を考えながら目を開けると、そこにイケメンな犬が見えた。
(え? イケメンな犬?)
寝ぼけているのかと両手で目をこする。
再度目を開けると、イケメンな犬がそこにいた。
(え? この犬は……ってことは、私は?)
両手を布団から出して、目の前にかざしてみる。そこにあるのは人間の手だ。
指が五本、すらりと伸びた指だ。
香織は布団から勢い良く飛び出すと、鏡の前へと飛んでいった。
鏡に映っているのは、美しきお犬様ではなく、チャーミングな高校生の女の子だ。
「えー!ということは、私……元に戻れたの?」
ベッドを見ると、小首を傾げるリュウが布団の上に座り込んでいる。
「ヤッター! 私、人間に戻れたのねー!」
思わずリュウにしがみついていた。
その日から人が変ったようにリュウを可愛がった。
両親が目を丸くしてみているが、そんな事はどうでもいいのだ。
もう二度と犬になりたいなどと思うはずも無ければ、犬を邪険に扱う事も無い。とにかく、犬の生活があれ程惨めで哀しいなどとは思わなかった。
リュウも日々、あんなに辛い想いをしているのかと思ったら、可愛がる以外に無いではないか。
そう、可愛がる以外に無いではないか。
可愛がる以外に、無いはずなのだ。
散歩だって、リュウが満足するまで歩き回る、つもり―――なのだ。
夜も、蹴飛ばすつもりなどないのだ―――多分。
ご飯だって、毎日同じじゃ飽きるだろうから、時にはビーフジャーキーをお小遣いで買ってこようと、心に決めていたのだ。
犬がどんなに辛いかがしみじみ分かったのだから。
「香織! 散歩に行ってきて!」
階下で母の声がする。
(そりゃね、散歩くらいしたいのは分かるよ。でもね、私だって好きな事がしたいんだよ)
仕方なく階段を下りると、リュウが眉間にしわを寄せて香織を見上げている。
(ほら、リュウだって私じゃ嫌なんだよ。そりゃそうだよね、私も犬の時はリュウに、散歩に連れて行かれるのは嫌だったもの)
「さっさと行ってきなさい。暗くなるわよ」
不承不承リードを手にする。
ドアを開ければ北風が容赦なく吹き込んでくる。
「行ってきまーす!」
ほとんどヤケクソという感じで玄関を後にする。
「別に散歩しなくてもいいよね」
リュウを見下ろして呟くが、リュウの方はふざけるなよと言っているように見える。
北風がミニスカートを躍らせながら通り過ぎていく。
「ほら、やっぱりダメだったね」
天高く高く高く、誰にも見えるはずの無い空間で、下界を見下ろす。
「これならうまく行くと思ったんだけどな」
片方が悦にいったように腕組みをして、皮肉な笑いを浮かべると、片方が残念そうに下界を見下ろしため息をつく。
「大体、愚かな人間を変えるなんて事はムリなのさ」
「そうは言うが……きっと、高校生という年齢が悪いのさ」
「なら、中学生でやりなおしてみるかい?」
「うーん……」
「どちらにしても、無理だと思うがね」
「……」
「所詮は人間なんだよ。俺たち神とは出来が違うのさ」
「あの子は、本当は優しい子なのに……」
「往生際が悪いぞ。早く出せよ」
ため息ばかりつきまくっている神が、不満そうに腰に下げた小さなポーチから金貨を一枚取り出し、相手に渡した。
「いいのかよ、神である我々が、人間で賭け事なんかして」
「賭け事と思うから、悪事という常識が出てくるんだろ」
金貨をもらうと、自分のポーチにしまいこみ嬉しそうに笑った。取られた方は、かなり悔しそうだ。
神の世界も金次第なのだろう。
「じゃぁ、どう思えばいいんだよ」
「そうだな……お前に貸した金貨を返してもらったってことかな」
「俺は借りちゃいない!」
「小さな事を気にするなよ」
「プライドの問題だ」
「じゃぁ、次は勝つんだな」
そういうと、大声で笑った。
下界を見下ろすと、公園を一周してきた香織が、リュウを引っ張って玄関に入るところだった。
負けた神は大きくため息を吐くと、下界を指差した。
その先には、母親から締め出しをくって、大泣きしている小学生の姿があった。
「リベンジだ!」
「いいけど、あの子供か?」
勝った神が下界を見下ろす。
「ああ、あの子は嘘をついて締め出しをくっているんだ。あの子のうそを直せるかどうかだ!」
「ムリだろう」
「どうして!?」
「子供の頃は嘘をつくものさ」
「いや、そんなこと無いさ! きっと、あの子には心に何かあるんだ。それを取り除いてやれば、うそは無くなる!」
自信ありげに、負けた神が大きく頷いた。
「面白いね、それだけ自信があるなら金貨三枚で乗ろうじゃないか」
「……三枚……」
負けた神の表情が曇るのが分かった。
(勝負ありだな)
勝った方の神が指を折り始めた。
(これで、今月は十八枚の金貨をいただくわけか。悪いねぇ)
負けた神の決心がつかぬまま、少年の母親が姿を現した。
その姿は、度重なる息子の嘘にどうしたらよいのか、途方にくれて見えた。
北風が親子の体に絡みついて離れなかった―――。
《完》
最後までお読みいただきありがとうございました。
犬の生活はいかがでしたでしょうか?
この話を書き上げ、実際のところ面白くもないと、そのまま放置していたのですが、久しぶりに読み返してみれば、犬の立場になって考える作品となっていました。
われながら、『面白いな~』
と言うことで、久しぶりにアップしたわけですが、みなさんはどう思われたでしょう。
次回作は、コメディーを考えていますので、また読んでいただけるとうれしいです。
最後に、コメントをいただけるともっとうれしいですo(〃^▽^〃)oあははっ♪




