リスク
大砲、特に城壁を破壊するほどの大砲ともなればその反動はすさまじい。砲身が跳ね上がったり、衝撃を吸収するため砲身を乗せた砲架がずれるように後退したりするものだが、ウルバンの創り出した大砲には反動による砲身のブレがまるでなかった。
木製の甲板にさえ傷ひとつついていない。
ウルバンの「アルティギアリーア」は、勝利に驕ったイタリアーナ・シュパーニエンの船を嬲るかのように次々に沈めていった。
大砲は何十発も撃ってやっと一発当たるかと言われるほど命中が難しい武器である。戦場で使うには要塞のように巨大な的を目標にするか、船の横腹に数多くの砲を並べて偶然に期待するかだ。
だが砲身の内部に刻まれた溝が砲弾をねじるように回転させることで弾道の安定性を飛躍的に改善させていた。
次々と船体を傾かせ、蟻のように騎士たちが脱出していく船を悠々と眺めながらウルバンはつぶやいた。
「まさか秘蹟とやらが、君たちだけのものだと思っていたのかな?」
その目はやがて、深紅の旗艦に乗ったクリスティーナを捕らえる。
明るい色合いの金髪に澄み切った瞳。二の腕と肩が露わになった甲冑に身を包んだ少女は、自分の方を呆然と見つめていた。
「この世界にも、あんないい女がいたんだ」
だがウルバンの目は冷めきっていた。
「まあ、好みじゃないけど。女はやっぱり~に限るよね」
アルティギアリーアを深紅の旗艦に向け、砲弾を込める。
「ピンチになってからの逆転って、やっぱり王道だ」
ウルバンの細い目が、笑みを浮かべたことでさらに細められた。轟音と共に放たれた砲弾が、山なりの曲線を描いてクリスティーナの下へと飛んでいく。
「カステッロ」
だが砲弾は深紅の旗艦に命中する直前、動きを止めた。
船の前には蒼く輝く光の壁が張られ、大人の一抱えもある砲弾が宙に浮いたかのように静止している。
やがて砲弾は壁に沿うように滑り落ち、海に落ちる前に消失した。
深紅の旗艦の真下の海面近くには、はしけ舟に乗った蒼い髪の少女が一人、垢とほこりにまみれた服をまとって立っている。
突き出された手の向こうには、光り輝く蒼の壁。
「お父様のように何キロもある城壁を守るのはまだ無理だけど、この程度なら」
「へー、まだ生き残りがいたんだ」
砲弾を発射したウルバンは感心したかのようにつぶやいた。
「でも、まだ甘い」
船首から蒼い髪の女児を見下ろし、新たな砲弾を生み出す。
先ほどまでより鋭く尖った形状。先端に赤鉄色の金属がかぶせられており、夕日を反射して血の色に輝いていた。
「今度は徹甲弾いくか」
ウルバンが軽く手を振ると、アルティギアリーアの砲身そのものにも変化が現れた。砲身が見る間に長く伸び、船体からさらに大きく突き出る。
だが。
発射直前、アルティギアリーアを発射しても揺れなかったウルバンの船が激しく揺れた。
「な、なんだ?」
横に目を向けると、並走していた味方の船が黒焦げになっている。
煙を上げる舩の隙間から、黄金の甲冑に身を包み槍を構えた男が見えた。腹の部分がへこんだ甲冑を手で押さえ、顔色も悪いが二本の足で立っている。
「ちっ…… もう打ち止めだと思ってたのに。まだあの秘蹟を放てたのか」
その傍らには戦場だというのにドレスを着た少女がいた。確か王に献上されるどこぞの姫君だったと聞くが、こんな海の戦場にまで連れてきていたのか。
「あれがシュパーニエンの王、カルロスか。戦場でまで見せつけるとか、マジでリア充くたばれ」
ウルバンはアルティギアリーアの仰角射角を修正する。同時に目の前にしたカルロスの秘蹟、自分の秘蹟、この戦場で今から取りうる戦術、この戦争の戦略目標を計算する。
決断は早かった。
「潮時か。さすがに黒焦げになるリスクを冒したくはない」
ウルバンは手で合図をし、船を回頭させた。櫂の漕ぎ手たちが左右で反対の方向に漕ぐことで、船は小さな円を描き回れ右をするかのように動き、戦場を離脱していく。
海上に漂いながら助けを求めるトルティーア兵を、すべて置き去りにして。




