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イタリアファンタジー戦史   作者:


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29/40

勝利

『兄さま、兵とて人間です。戦場では気が立っていても、時には暖かいぬくもりが恋しくなるものです』

『そうっすよ、パウロ様ー。顔はいいんですから、パウロ様が王族スマイルで優しく声をかければコロッといきますよ』


「け、おべっか使いやがって」

「チビの王族が」

 一方、シュパーニエンの兵がパウロを見る目は相変わらず厳しかった。

 ガルーシアはじめ指揮官クラスは公私のけじめをつけているが、末端の兵はかつて自分たちの指揮官を捕虜にしたことがあるパウロに初めから悪意を抱いていた。

 一度抱いた悪い感情は容易に打ち消せるものではない。それが気の立つ戦場ともなればなおさらだった。

 落ちていく士気や内輪もめなど知ったことかと言わんばかりに、再び砲撃が始まる。

「来たぞー」

「またかよ」

 徐々に鈍っていく足取りで、兵たちは持ち場に就く。

 複数の風を切る音に一瞬遅れ、要塞を揺るがす轟音と衝撃で飛散する瓦礫がパウロたちを襲った。

 大砲にも兵たちは徐々に慣れてきた。直撃さえしなければ堅固な城壁が守ってくれる。身を伏せていた兵が起き上がると、城壁を申し訳程度に削った直撃跡がいくつかあるだけだった。

 運悪く落下場所近くにいた兵を助け起こしながら、その後も続く大砲を身を伏せてやり過ごしていく。吶喊してくる敵兵を城壁から叩き落し、縄梯子を切り、よじ登ってきた兵は槍で一突きにする。

 ルーティーンワークとなってきた防衛線だが、死傷者が増えることで人手が足りなくなってきた。

「貴様! ここはシュパーニエンの将兵が預かる場所だぞ!」

「そんなこと言ってもな、突破されかかってんだ!」

「わかった、任せる」

 唯一の救いは、初めはいがみ合っていたイタリアーナとシュパーニエンの兵の呼吸が徐々に合ってきたことか。

「ぐあっ!」

 だが一つの悲鳴に、シュパーニエンの将兵に一斉に動揺が走った。

 城壁を乗り越えてきたトルティーアの精鋭にガルーシアが背中を切られた。特徴的な赤い巻き毛が宙を舞うとともに愛用の戦斧を取り落とし、その場に膝をつく。

「死ね!」

「ガルーシア!」

 だがヴァレッタが戦槌を振るい、曲刀を振り上げた敵を肉塊に変えた。他数十の敵兵も、パウロがカットラスの餌食にしていく。

 返り血を全身に浴びながらも、二人は先頭に立ちチャンスとばかりに勢いづいたトルティーア兵を次々に城壁の下へと叩き落していく。

 死体の上に死体が積まれ、暑さで腐りかけた肉体を踏み場にしてさらにトルティーア兵は城壁にかけたはしごを登ってくる。

 ガルーシアが負傷したことで動揺したシュパーニエン兵たちも、副官が代わって指揮を取り持ち直していく。

 城壁の下が白ターバンの死体で埋まった頃、トルティーアの攻撃が止んだ。



「すまなかったな、ヴァレッタ。お前がいなければ私は死んでいた」

「なんだ、シュパーニエンの男にも可愛げがあるのだな」

「言うわ、まったく」

 包帯を巻かれて指揮官用の一室に寝かされたガルーシアが声を上げて笑った。

「パウロ殿も、礼を言う。数年前私を捕虜にした時より、さらに剣が冴えていたな」

 王族であるパウロに対しては、体を起こし軽く頭を下げた。

「いや、いまは味方同士なんだから当然だよ。それより傷は大丈夫?」

 寝台から体を起こしただけで顔をしかめたガルーシアだった。

 何も言わずに再び体を横たえる。

「いまだから言うが…… 初めはお前たちを疑っていたのだ」

 ヴァレッタは先を促すこともなく、ガルーシアの言葉を辛抱強く待つ。

「一年前真っ先に講和を結び、あまつさえその後も交易をおこなっていた。実はイタリアーナはトルティーア側についているのでは、とな」

「我々がマルタ島に送られてきたのは、その真偽を確かめるためでもあったのだ」

「だが背中を預けて戦う中で考えを改めた。イタリアーナは裏切者などではない。生きて帰れれば、国王陛下にその言葉を伝えたかったが……」

 ガルーシアが激しく咳き込んだ。吐き出した唾液には鮮血がまじり、シーツを赤く染める。

「そうもいかないようだ」

「バカなことを言うな!」

 ヴァレッタはガルーシアの手を取る。年による衰えを全く感じさせない武骨な手に、一回り小さなガルーシアの手がすっぽりと納まった。

「もはや我々は戦友だ。勝利の日まで勝手にいなくなることは許さん」

「ふ。顔を合わせた日には殺し合いになるかと思った我らがな…… 変われば変わるものだ。

 ガルーシアは、元聖職者だった。

 シュパーニエンでも名門の貴族の生まれであったが、三男だったため家督を次げなかった。そのような貴族は剣を取って戦う騎士か聖書を取る聖職者の道しかないが、体が細く武芸より学を好んだ彼は聖職者の道へ入った。

 夏は焼けるように暑く冬は凍てつくように寒い、伝統的な石造りの聖堂の中での修行。

 神学に加え修辞学、弁論を学んだ彼は頭角を現し、若くして西の聖地であるヴァティカーノを訪れ、ディオス教のトップである教皇に拝謁する名誉を受けた。

 そこで才を見出され、教皇のそばに控える枢機卿に任命された。聖職者として順当な出世コース。教皇を任命する立場である枢機卿になればトップである教皇の地位も狙える。

 だが激化したトルティーアとの戦争で多くの同胞が死に、彼の兄も帰らぬ人となった。その後、聖職者から騎士の道に転向し今に至る。

「兄の仇を。仇の名は……」

 ヴァレッタとパウロの手を握る彼の力は、まだまだ力強かった。

 これなら大丈夫だろうと判断した二人は、部屋を後にする。

「パウロ殿……」

 石造りの壁にろうそくが灯された廊下で、二人はシュパーニエンの将とすれ違った。パウロは顔に見覚えがあった。

 かつて国境沿いでシュパーニエンと小競り合いがあったとき、ガルーシアの隣で戦っていた相手。

 そしてガルーシアに代わって今日指揮を執った将でもある。

「ガルーシア様を捕虜にしたことは忘れぬ」

 開口一番の言葉に、パウロたちは眉をひそめた。

「だが騎士として、ガルーシア様を救ってくれたこともまた忘れぬ」

 彼は両かかとをそろえ、右拳を胸に当てたシュパーニエン式の敬礼を取る。シュパー二エンの将兵から敬礼を受けたのは二人とも初めてだった。

 これ以降、両国の兵同士のわだかまりは消えた。

 さらに一月後。

 マルタ島を覆っていた数万の兵と彼らを乗せた船が、跡形もなく消えていた。



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