いっそのこと
ヴァレッタに軽く脛を払われ、幼いパウロは地面に転がされた。
宮廷お抱えの剣術師範はいる。だがどうしても儀礼的な技が多いためより実践的な技を教えて欲しい。
そんなパウロの願いで、長年海賊との戦いやシュパーニエンとの小競り合いを経験してきたヴァレッタが指南役に抜擢されていた。
『まだまだ! こんなんじゃ、クリスティーナを守れない』
父母を失い、暗い部屋に閉じこもってしまったクリスティーナ。青空の下へ連れ出しても、夜になるとベッドの中で泣いていた。
『にいさま、見ないで』
『おうじょさまは泣いたらいけないの。こくみんがしんぱいするから。てんごくでとうさまとかあさまがおこるから……』
そのたびにパウロは彼女を抱き締めて。胸を貸して。それでもクリスティーナは泣き続けていたのに、翌朝は別人のように気丈に振る舞っていて。
夜は再び泣いて。それが幾日も、幾日も続いた。
やがてパウロは誓った。
『もうクリスティーナを泣かせない。クリスティーナを泣かせるすべてから、守る。クリスティーナを泣かせるものは、すべてこの剣で全て切り捨てる』
十を越えない少年なのに、稽古中は痛いとも休むとも言わない。その根性に軍曹は舌を巻いた。
多くの剣士を見てきたからわかるが、パウロは決して才能があるほうではない。だが根性だけは一人前だ。根性がある奴は稽古する。そして剣の実力は稽古量に比例する。
『その活きやよし! パウロ様、参る!』
ヴァレッタの鋭い斬激を、辛うじてパウロはさばいていく。
今度は熱が入ったのか、一撃目よりかなり強い打ちがパウロの右手に入った。
『くっ……』
パウロの手から剣が落ちそうになるが、辛うじて左手一本で木剣を支えた。
『パウロ様! もうしわけありません!』
『まだだ! これが戦場なら、剣を手放した時点で僕は死んでる』
『しかし、お怪我を…… 無理をなさらず。ここは戦場ではないのですから』
『気持ちいいんだ』
パウロはぞくぞくするような笑みを浮かべて告げた。
『いま、なんと……』
『痛いのも、打たれるのも。強くなってる実感は、痛い思いをして初めて得られる。打って反省、打たれて感謝って言うだろ? さあ、もう一本』
痛々しい青あざができた右手を休ませるためか、左手一本でパウロは向かっていく。
面、胴、小手、突き、脛打ち。
矢継ぎ早に繰り出す攻撃はやすやすとヴァレッタに防がれていく。相手は子供、しかも左手一本でふるう剣など歴戦の猛者の相手ではない。
だがパウロは止まらなかった。肩を打たれ、胴に木剣の一撃が入り、面がコブだらけになっても剣を振るい続ける。
左手を打たれれば回復した右手一本で木剣を取り、気を失うまで戦った。
「わかっただろう。パウロ将軍はただのサドでない」
新兵二人は苦笑いをしながらも「さすがはパウロ将軍」と一応は褒めていた。その視線の先では、パウロが休憩も挟まずに稽古をつけ続けている。
およそ日の出から始まって、水も飲まずにぶっ通しである。脱水が心配だが夏の戦場には水が飲めないこともあると言って聞かない。
「……?」
だがそれを差し引いても、パウロの剣術にいつものようなキレがない。
剣を教えたヴァレッタだからこそわかるわずかな剣の鈍り。
剣を振るってもクタクタになるまで自分を苛め抜いても、パウロの心は晴れなかった。
クリスティーナの顔を思い出すたびに、パウロの心には暗い影が差す。
シュパーニエン王、カルロスの顔が思い浮かぶ。
鷲のように鋭い目に高い鼻。男女問わず見惚れる肉体美。そして愛娼の胸をわしづかみにしながら謁見する無礼の極み。
あんなやつに彼女を渡したくない、その一念が決戦の日が迫るたびにパウロの胸を満たしていった。
「いっそ……」




