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イタリアファンタジー戦史   作者:


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秘蹟

 イタリアーナの首都シッタ・デ・マーリ。海を臨むこの街で、本日は大々的な催しが行われていた。

 サファイアのように輝く海に、空に浮かぶ雲よりも白い波が立つ。船上に立つクリスティーナとその傍らに立つヨハンネの鼻に潮の香がいっぱいに満ちた。

 船の甲板に立つクリスティーナはその場でひざまづいて目をつぶる。

 右手の指で十字を切り、手を組んだ。その唇から紡がれるのは神への感謝の言葉。

「世の苦しみをのぞきたもう神よ、我らに平安を与えたまえ、イタリアーナに勝利を賜いたまえ」

 祈りが終わり、付き人のヨハンネから手渡された身の丈ほどもある長弓を構えたクリスティーナがふたたび船上に立つ。

 波止場は駆けつけた民たちで埋め尽くされており、高台にある家々の屋根に登って見物しようとする人々もいた。

 胴作りして体勢を安定させたクリスティーナの体は、絶え間ない揺れに柔軟に対応しながらも軸がぶれることはない。

 首都シッタ・デ・マーリの空は雲一つなく、今日という日を祝うにふさわしいかに思えた。

 だが海の街の住民は、空よりも青い海の機嫌を決して見過ごすことはなかった。眼下の海は波浪が高い。

 それゆえにクリスティーナの体もいつもより大きく揺れ、弓をひきやすいように右の肩と二の腕が露になった軽装の甲冑がかちゃかちゃと音を立てる。

「大丈夫かな……」

「女王様に限って、間違いはあるめえ」

「それより『秘蹟』が見られるのは一年ぶりだ」

 民たちの声をかすかに聴きながら、クリスティーナを乗せた船はゆっくりと港を出ていった。船体から帆柱、船を漕ぐ櫂までも深紅に塗られたイタリアーナ海軍の旗艦。

 沖合いに出たところで船夫たちが帆を畳み、櫂を漕ぐ手を止める。

 あらためて胴作りし、弦が切れないよう弦しらべを行う、クリスティーナは矢をつがえた弓を高く掲げた。凛としたその立ち姿に、船夫や波止場の民たちからざわめきが徐々に消え、水を打ったような静けさがシッタ・デ・マーリの街に広がっていく。

 矢の先にはクリスティーナが乗る旗艦と同程度の大きさの船が一つ停泊していた。帆柱に張られた雲のごとく白い帆は追い風をはらみ、その威容を遠く見える港にまで示す。

 だがクリスティーナの乗る船と違い、帆や甲板、櫂を漕ぐ船の腹に船夫が一人も見当たらない。その代わりに船夫を乗せたはしけ舟が、大急ぎで船から離れていった。

 旗艦と比べると大人の手のひらと爪の先ほどに大きさの差があるはしけ舟が十分に離れたのを確認すると、クリスティーナは矢をつがえた弓をゆっくりと下ろしながら左右に引き分けていく。

 やがて弓矢は限界まで引きしぼられると、船夫と民からは息遣い一つ聞こえなくなる。

 数千の民が集まっているというのに、クリスティーナはまるで無人の荒野に立っている気さえした。

(うん、大丈夫。私集中できてる。錬弓場での練習と同じ。いかなる時も常の心と変わることなかれ。弓を教えてくれたお母様がいつも言っていたこと)

 矢尻の先は真っ直ぐもう一つの船へと向けられていた。矢羽の色は、錬弓場で手渡されたものと同じ深紅。

「ディオスの神の秘蹟を。フォーコ・フリーチャ」

 力ある言霊と共に、矢は弦を放たれる。船体の腹にまっすぐ突き刺さった矢は、牛に針を突き立てる蚊のように見えるほど小さい。

 だが次の瞬間、牛は蚊の一撃で瞬時に火だるまと化した。

 矢が突きたてられた船体から火が燃え広がるのではなく、全体が一瞬で炎に包まれる。

 錬弓場で束ねた麦わらを射た時とまったく同じ現象。

 畳まれた帆は火にくべられた羊皮紙のように業火が舐めていき。

 天を突くような帆柱は黒く焦げ始めた根元がへし折れて、轟音と共に海に落下した。

 帆も帆柱も失った船は青い空を立ち昇る黒煙で焦がしていたが、ゆっくりと青い海に沈んでいく。船体を傾かせ、角砂糖が水に溶けるように徐々に海中へと姿を消した。

 その姿を見届けるまで、軽装の甲冑に身を包んだクリスティーナは残心の姿勢を解くことはない。

 やがて焼け焦げた帆柱、帆を張るロープまで母なる海に吞み込まれた時、女王陛下は船の沈んだ場所に深々と頭を下げ、波止場で見守っていた民たちに手を振った。

「ウオオオオオ!」

「女王陛下、ばんざーい!」

「この力ある限り、海戦でイタリアーナに負けはない!」



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