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52ページ目 菫さんの伊豆の別荘旅 ⑦告白の行方とサプライズの最終日


 窓の外から明るい光が差し込んできたおかげで、菫は目を覚ました。周りからまだ寝息が聞こえてくる中、菫はとりあえず枕元のスマホに手を伸ばす。


(6時前か。まぁ学校行く日よりは遅いわね……)


 朝食の時間は7時でまだ時間はあるけれど、菫は起き上がって伸びをする。

 女子部屋を見回すと、菫の他には彩矢音と萌がいるが……その二人は未だに眠っている。一方、めぐる・沙希・栞里はもう既に起きていて、今部屋にはいない。その三人は朝食当番に当たっているので、今頃準備に忙しくしているのだろう。そして菫はあることに気付き、ハッとする。


(…………阪口さん!! まだ帰ってないの……?)


 朝食当番組だけでなく、千穂の姿もない。一昨日に菫が提案した作戦通り、告白していたとすれば……流石にもう終わって海から戻っているはずだ。まだ部屋に帰ってきていないとなると……一体どこにいるのだろうか?

 菫は彩矢音と萌を起こさないよう細心の注意を払いながら、急いで着替えて部屋を出る。


 階段を降りるとすぐに、朝食当番組の和気藹々とした声がキッチンから聞こえてきた。菫はそこのドアをバレない程度に開け、中を覗いてみる。すると、真っ先に金髪の後ろ姿が見えた。どうやら恭平は既に別荘に戻り、他の当番と共に朝食を作っているようだ。何やらめぐると恭平がブツクサ文句を言っているのも聞こえてくるが、菫はスルーしてほぼ音を立てずにドアを閉める。そんなことよりも、今気になるのは千穂のことだ。


(阪口さん……どこにいるの? まさか……また別荘を出てどっか行ったんじゃ……)


 胸騒ぎがする菫だったが、早くもその心配は取り越し苦労に終わった。通りかかった女子の風呂場の前から、聞き覚えのある歌声が聞こえてきたからだ。


(阪口さん、お風呂場にいるのね……とりあえずよかったわ! ……いや、よくないかも……)


 ひとまず菫はホッとしたものの、その歌声は前に聞いた時よりもどこか悲しげで……むしろ嫌な予感が頭をよぎる。菫は一旦踵を返して、ヘアクリップとタオルを取りに急いで部屋へ戻ることにした。




♪まーたーなーつが終わーるー もぉさよーなーらーだねー とーきーがー二人ーをー 引きーはーなーしーてーゆくー


 広い湯船に一人浸かりながら、千穂は歌っている。なぜこの歌なのかは……今の自分の気持ちにピッタリだからだ。それまでずっと伏し目になっていた千穂だが、ガラッと戸の開く音がして思わず入り口の方へ視線を移す。


「……あっ、菫ちゃん」


「おはよう、阪口さん」


 風呂場に入ってきたのは、長い髪を纏めタオルで身体を隠している菫だ。菫は掛け湯をしてから湯船に浸かり、千穂の隣まで行く。


「朝風呂に入ってたのね。できるだけ沢山入っとかないとね〜、せっかくの温泉だし」


 今日でこの温泉に入るのも最後になるので、菫は名残惜しそうに呟いた。


「それにしても朝に温泉入るのもいいものね〜。いつもよりも目が覚めるわ」


 手で胸元に温泉を掛けながら、菫は一人で話を続ける。本当は千穂にもっと聞きたいことがあるのだが、それとは全く関係ない話をする。なぜなら……今日の千穂はどこか浮かない顔で、声にもどこか憂いを含んでいる。そして風呂場の前で聞いたその歌声からして……菫は何が起こったのか大体見当がついていた。だから、敢えて自分から聞かずに千穂から話してくれるのを待っている。


 暫く温泉に浸かっていると……遂に千穂はその話を切り出した。


「ねぇ……菫ちゃん……」


「どうしたの?」


 か細い声で話し始める千穂をじっと見て、菫は遂にか……と真剣に耳を傾ける。




「あのね…………ちょうど今さっき、北山君に告白してきたの。


 …………でもダメだった」





 今から30分ほど前――


「あ、あの…………私、き……北山君が好きなの!

 よかったら……付き合ってください!」


 言葉を詰まらせながらも、千穂はなんとか想いを打ち明けた。返事を待っている間も、心臓はバクバクする。遂に言っちゃった……と気恥ずかしくなったのと、恭平がどんな返答をくれるのかが怖くなり、千穂は俯いていた。告白している時はしっかりと恭平の目を見ていたが。

 しかし……怖いと思う反面、どうしても恭平の反応が気になり……千穂は少しだけ顔を上げてチラリと見てみた。


(………………!)


 が……恭平の顔が見えた瞬間、千穂は正直ショックを受けてしまった。当の恭平はというと……冷や汗をかいてとても複雑な表情を浮かべている。辛そうかつ困惑しているように見えるうえ、何より申し訳なさそうに見える。そのうえ目の前にいる自分と目を合わせないまま、よっぽど返答に困っているのか黙ったまま。どう見ても……素直に喜んでいるようには到底見えない。

 この時点で……千穂はこの後何と言われるのか、予想がついていた。暫しの沈黙の後、恭平は深々と頭を下げると共に予想通りこう告げた。


「…………っ!ごめん!」






 千穂の告白の一部始終を、菫は切ない顔で黙って聞いていた。


「そうだったのね…………でも阪口さんよく頑張ったじゃない」


 正直何と言葉を掛けたらいいのかわからないが、菫はまず千穂に労いの言葉を掛ける。すると、千穂は沈んだ表情のままではあるが、どこかスッキリしたような顔をする。


「ありがと、菫ちゃん。まぁダメ元だったから……でもこうしてちゃんと伝えられたから、それだけでもよかったって思ってるの」


 話を聞きながら、菫は思い出していた。一昨日の風呂の時に千穂が


「ダメ元で当たって砕けるつもりだから」


「このまま告白しなかったらしなかったで……そっちの方が後悔すると思うの」


 と言ったことを。そう思うと、残念な結果でも悔いはないのかもしれない。そればかりか、千穂はまるで告白する前のような真剣な表情へガラリと変え、こう言った。




「……私、北山君のことまだ諦めてないから!」


「……え!?」




 つい先ほど振られたばかりなのに!?と驚いたのも束の間、菫は一つ大事なことを思い出した。


「そういえば、北山君って彼女いないのよね? それなのにどうして……」


「あ、それは私知ってるの。北山君から聞いたから」






 恭平が頭を下げた後、千穂はやっぱり……と思いながら数回頷いた。もちろん断られて悲しくて仕方がないのだが、そもそもダメ元で告白したので仕方ないという気持ちもある。


「……そっか。こちらこそごめんね。朝早くから呼び出して、いきなりこんなこと言っちゃって……」


「いやなんで阪口が謝……」


「北山君」


 恭平は狼狽しながらも、謝らなくていいと返そうとしたが……千穂はそれを遮った。ダメだったのは仕方ないとしても、どうしても気になって仕方ないことが一つあって訊きたかったからだ。感情を必死に押し殺しながらも、千穂は恭平の目をまっすぐ見て話を切り出した。


「あの……もしよかったら理由を教えてくれないかな? 「ごめん」って言った理由を。……差し支えなかったらでいいからさ」


 すると、恭平は引き続き辛そうな表情を浮かべて頭を掻きながら、思いの外すんなり答えてくれた。


「まぁ単刀直入に言うと……忘れられねーんだよ。前好きだった人が……」






 話を聞いているうちに身体が熱くなってきたので、菫と千穂はのぼせないよう湯船の淵に座り、膝から下だけを温泉に浸している。


「北山君……彼女はいなくても好きな人はいたのね」


「そ。中学時代の先輩なんだって。……しかもその先輩も私と同じ人からスカウトされてたらしくて、間一髪のところで逃げ切ったらしいの」


「……あ!」


 それを聞いた瞬間、菫は改めて理解した。あの悪徳事務所に千穂がスカウトされた時、恭平が動いてくれた理由を。


(北山君……阪口さんに自分の好きだった人と同じことになって欲しくなかったのね。そういえば清宮くんも「思うところがあるみたい」って言ってたわ……)


 そして千穂がまだ恭平を諦めていないことも、振られた理由がそれならまだ頷ける。


「……だからまだ諦めないってことなのね。ていうか、北山君とその先輩は付き合わなかったのかしら?」


 菫が訊くと、千穂は大きく頷いた。


「うん。その先輩は中学時代の時点で彼氏がいたらしくて、今は連絡先も知らないみたい。でも今、その先輩は歌ってる動画をWeTubeに投稿されてて、北山君はよく聴いてるの。

 だから……私、北山君がその先輩を忘れられるまで待とうかなって。あ、もちろん当分はアピールしないし、普通のクラスメイト兼部活仲間でいるつもり。しつこくしたら嫌われるから……」


「それでいいんじゃないかしら? 前にもそう言ってたものね。それにしても北山君……見直したわ」


「……? どういうこと?」


 千穂はびっくりして思わず菫の顔を覗き込む。この時千穂は何のことか全くわからなかったが、むしろ菫は誠意を感じていた。恭平が告白を断ったことと、その理由に。不思議そうな顔をしている千穂に、菫は率直な感想を伝える。


「私はね、そう言って阪口さんを振ったこと……むしろ誠実だなって思ったの。だって好きだった人がまだ忘れられないのに違う人と付き合うなんて……嫌でしょ?」


「……!!」


 そう言われると……千穂はハッとした。


「まぁ世の中にはそれでも付き合う人もいるけど……どうしても不安にならない? どうしてもその先輩を意識しちゃって辛くなるんじゃないかしら?」


「確かに……」


 思わずそう呟いた千穂は再び俯き、タオルをぎゅっと握った。


「だから、そんな状態で付き合うのは阪口さんに失礼だと思ったんじゃないかしら、北山君。ほら、北山君ってド派手な見た目の割に結構真面目じゃない。授業中もそこまでうるさくないし、浮いた話もなくて「アイツそんなにモテないから」って言われるぐらいだし(笑)」


 恭平の日頃の行いから、菫はそのように推測していた。すると、千穂は目を潤ませて「そうかもね……」と呟く。そして菫は「それに……」と、恭平なりの誠意を感じた理由をもう一つ付け加える。


「北山君、阪口さんを傷つけるようなこと一言も言ってないじゃない。……どこかの誰かさんと違って」


「生田目君でしょそれ」


 先程までのしんみりした顔から一転、千穂は吹き出した。ひとしきり笑った後、風呂場の窓から見える海を眺めながら、千穂は満足そうに呟いた。


「北山君ね、ちゃんと言ってくれたの……私のことが嫌いな訳じゃないって……」



 早朝とはまた雰囲気の違う、キラキラ輝く青い海を眺めながら、千穂は恭平が最後に告げた言葉とその表情を思い出す。






「あ、ありがと……好きになってくれて。そ、それと……俺……阪口のことが嫌いな訳じゃないから……」


 少し照れ臭そうな顔で少々しどろもどろになりながらも、恭平はそう伝えてくれた。こんな態度の恭平はなかなか珍しいと思いながらも、そう言ってくれるのが素直に嬉しくて、千穂は目を潤ませながらも口角を上げた。


「こちらこそありがと、北山君。……じゃあそろそろ戻ろうか。朝ごはん作るの遅れちゃうし……」


 こうして千穂は告白を終わらせ、恭平と共に別荘へ戻った。






(なんだ……北山君そんなことまで言ってたのね。それなら……。ていうか今時の子って……強いわね! ボロボロ泣いたっておかしくないのに)


 風呂場からの悲しげな歌声を聞いた時、菫は心配で仕方なかった。が、告白の顛末を聞いた今となっては……むしろ要らぬ心配だったとすら思っている。


「阪口さん……私これからも応援してるからね!」


「ありがと、菫ちゃん。お母さんが言ってくれたの、私はそう簡単には諦めない子だって」


「その意気よ! さ、そろそろ上がりましょう」


 只今の時刻は6時40分。話し込んでいる間に朝食の時間が迫ってきたので、菫と千穂は湯船から出る。


「とりあえず暫くは歌とギターにもっと熱中しようかなぁ。あとダイエットも!」


「無理しないようにね〜」


 千穂に続いて風呂場を後にし脱衣所で身体を拭きながら、菫は一度目の高校生活での思い出が頭に浮かぶ。友達から恋愛相談を持ちかけられ、その内容は告白されて一度振ったはずの男子が気になってしまい好きになりそう、というものだった。




(まぁ時々あるみたいだからね……振った人を好きになるってこと)






 菫と千穂はその足でダイニングへと向かうと、既にほぼ皆揃っていた。昨日と違ってボヤ騒ぎにはならず、そこまでうるさくないものの……出された朝食に一部の別荘組は難しい顔をし、文句を言う。


「何よコレ〜」


「朝からフライドチキンとか重すぎじゃね〜?」


 萌と和馬が言った通り、全員の皿にはこんがりと揚がったフライドチキンがのっている。この二人以外にも朝食当番のめぐると恭平を含む数名がうんざりした顔だ。千穂も振られたばかりであまり食欲が湧かないのか、ゲンナリしている。にも関わらず、それを作ったと思われる龍星はドヤ顔を見せてくる。


「この俺の一番の得意料理……龍星流特製フライドチキンだぜ! 今日は最終日なんだからパーっと食おうや!」


「いや朝っぱらから脂っこいんだけど」


「てかその辺のスーパーのフライドチキンの素使ってたじゃん」


 自信満々に謳う龍星に対し、めぐると恭平が凍てつくようなツッコミをお見舞いする。


「なっ、何だよお前ら! せっかくこの俺が作ってやったのにいちゃもんつけるなんて……」


 龍星が言い返そうとして一触即発ムードになりかけたところ、寛斗・知輝・真二・凜がその空気を変える。


「ま、まぁこういう時はアリかな〜」


「俺も腹減ってるし〜」


「俺も全然喰える」


「俺は辛えもんなら何でもアリだぜ。鍵谷さん、七味あります?」


 どうやら凜はフライドチキンも辛いものも朝からイケるらしい。鍵谷から七味唐辛子を貰うなり、凜はチキンに満遍なくかけた。


「おっ、おい! せっかくの特製なんだから更に味つけんなよ〜」


「だからスーパーで買ったやつだろ」


 食べる前から勝手に味変した凜に難癖をつける龍星に、恭平が再びツッコミを入れる。そこに、せっかく作ってもらったのだから……と思った菫も口を挟む。


「私もたまにならアリかしら。特に昨日はあっさりしてたからね〜」


「私もアメリカにいた時、普通に朝からチキン食べてたから。てかさっさと食べようよ。冷めちゃうって」


 彩矢音の鶴の一声により文句を言っていた連中も黙り、漸く皆で朝食を食べ始めた。


 こうして始まった最終日、和気藹々とした雰囲気の中で食べている中……菫が気になるのはやはり千穂と恭平のこと。バレないように細心の注意を払いながら、横目で二人の様子を観察する。幸い二人の席は離れており、千穂は菫から向かって左端、恭平は右の方にいる。そんな二人は、早朝に告白した及びされたとは思えないほど平然としており、千穂は栞里と、恭平は寛斗や真二と談笑している。


(……いかんいかん! 友達に戻るって阪口さん言ってたのに、私が気にしてどうするのよ!)


 ハッとした菫は慌てて千穂と恭平から視線を逸らしてフライドチキンに齧り付く。しかし、他の女性陣はというと……菫を除いたほぼ全員どこかソワソワしている。ちょうど今千穂と話している栞里も例外ではなく、話しながら落ち着かない様子で時折恭平の様子も見ている。


(あっ、そっか……告白の結果を知ってるのはまだ私だけだし、そりゃ気になるわよね……。……でもそんな態度じゃバレないかしら?)


 菫が別の意味でヒヤヒヤし出す中、鍵谷は真っ先に朝食を食べ終えて一旦ダイニングを出て行った。



 全員が朝食を食べ終わった頃、鍵谷は再びダイニングへと入ってきた。花火が刺してあるケーキの乗った大皿を持って。


「お誕生日おめでとうございます……堀君!」


「ホリトモおめでとう!」


「えっ!?」


 真っ先に鍵谷と寛斗にお祝いされ、当の知輝はまず目を丸くした。他のメンバーもざわつきながら様々な反応を見せる。日頃から知輝と行動を共にしている龍星と和馬は「あっ、そういえば……」「今日だったな!」と言って拍手をする。めぐる達女性陣は今日が知輝の誕生日とは知らなかったらしく、「今日誕生日なんだ!」と本人同様に驚く。菫も同じことを思っていたが、


「堀君お誕生日だったのね、おめでとう」


 と言って皆と同じく拍手をした。そして最初こそ驚いていた知輝も……やがて目をうるうるさせる。


「あ……ありがと! ま、まさかこんなとこで祝ってもらえるなんて思わなかったぜ!!」


「さぁ堀君、火を消してください」


 鍵谷に言われるがまま、知輝は花火に向かって息を吹きかけた。火が消えると同時にもう一度大きな拍手が上がる。


「でもいつの間にケーキなんか……」


 生クリームとフルーツののったホールケーキをまじまじと眺めている知輝に、寛斗はネタばらしする。


「昨日鍵谷さんが買ってくれたんだよ。花火買うついでに」


「えー、じゃあ私達の誕生日もお祝いしてね?」


「私誕生日これからだし」


「そりゃもちろん!」


 寛斗がめぐると沙希からおねだりされている間、その鍵谷は冷蔵庫からホールケーキをもう一つ出している。流石に15人で一つだと足りないためか、もう一つ買ってくれていたらしい。切り分けたケーキを皆で食べる前に、真二と沙希が更に場を盛り上げる。


「それじゃあ今日の主役のホリトモ……」


「17歳の抱負をお願いします!!」


 考える間もなく即座に思いついたのか、知輝はすぐに17歳の抱負を高らかに述べた。




「俺の抱負は……もちろん彼女を作ることだぜ! 今度こそ絶対リア充になってやんよ!」


「………………」




 あまりにも予想通りの抱負だったので……皆黙り込んだ。女性陣はほぼ全員呆れ顔で、ため息をつく者までいる。凜と恭平と龍星に至っては早速ツッコミを入れる。


「お前それしかねぇのかよ」


「てか最初の自己紹介の時も言ってたじゃねーか」


「てかお前には育美ちゃんがいるだろ!」


「だから俺はガキなんか……」


 せっかくの誕生日だというのにまた集中砲火を浴びているので、菫と直は空気を変えようと知輝に別の話題を振る。


「堀君、今日はお誕生日だしワガママが言える日よ。この際、何かワガママ言ってみない?」


「そうですよ! せっかくのお誕生日ですからね」


「ワガママ……?」


 急に言われ、知輝は流石に少し考え込んだが……程なくして一つ思いつき、ニヤニヤしながら堂々と明言する。




「俺……今日熱海の秘宝館に行きてえぜ!」


「………………」




 先程以上に、周りはシーンと静まり返った。当然、女子はおろか一部の男子までもが汚物を見るような目で知輝を睨んでおり、言い出しっぺの菫と直も頭を抱えている。


「ダメですよ堀君、そこは18歳未満は入場禁止ですからね」


「ええ〜、せっかくここまで来たし誕生日なのに〜」


 そんな空気でも鍵谷はビシッと釘を刺したので、知輝は項垂れるのだった。



 最後の朝食とケーキを食べた後、一行は名残惜しくなりながらも別荘を後にし、最後の伊豆観光へと向かう。何せ広くてゆったりできたうえ、海から近くて温泉やバーベキューのできる中庭もある清宮家の別荘を皆気に入り、めぐるに至っては来年も行きたいと熱望するほどだった。


 また、朝食が終わって一旦部屋に戻った後、千穂は女子全員に告白の結果を打ち明けた。振られたと聞いた際、めぐるや沙希はやはり彼女がいないのになぜ振ったと恭平を非難していた。しかし、振られた理由及び恭平をまだ諦めていないことを千穂が告げると、女子一同は菫と同じくこれからも応援しようと決めたのだった。






 楽しい時間はあっという間で、時刻は既に14時を過ぎている。一行が最後に回っているのは、道の駅だ。この道の駅はレストランや土産物屋があるのはもちろん、足湯や遊覧船などもあり一日中楽しめる施設となっている。


 道の駅に着いた後、別荘組の男性陣は遊覧船に乗っている。菫達女子と鍵谷が乗らなかったのは、足湯とお土産をゆっくり見たいからだ。それに千穂は昨夜あまり眠れなかったうえ、朝からフライドチキンを食べたせいでイマイチ船に乗る気になれなかった。


 どんどん沖へと向かう船の中。男子一同は二階のデッキでカモメに餌をあげるか、海底室の窓から海の中を覗いているが……直は一階のデッキにいる。


♪だかーらー すーきだと言って てーんしになって

 そーして笑って もぉーいちどー 


 手摺の上に両腕を乗せ、ぼんやりと景色を眺めながら、直はいつのまにか口ずさんでいた。頭の中は……もちろん菫のことでいっぱいになっている。


(宮西さん……この三日間また一緒にいれて楽しかったですよ。一昨日の服も昨日の服も似合ってて可愛かったですし、水着も……。これから新学期まで会えないのは寂しいですけど、あっという間ですよね。

 あっ、そういえば二学期は修学旅行がありますね。あわよくば同じ班に……)


「なかなか歌上手いじゃんか、ばったん」


「……ふぇえ!?」


 驚いた直は思わず変な声を上げてしまった。聞き覚えのある声が耳に入ったと思ったら……すぐ隣に寛斗がいたからだ。今までずっと菫のことを考えていたことに加え歌声まで聞かれており、直は一気に気恥ずかしくなる。尤もそこまで大きな声で歌ったつもりはなく、自分の歌声なんか船の音にかき消されていたと思っていたのに。


「そっ、そんな……きよみー君の方がずっと上手いじゃないですかっ!」


「いや〜、そんなにだぜ。まぁそれはそうと……」


 寛斗は肩に腕を回して直をグッと引き寄せ、ニヤニヤ笑いながら耳打ちする。




「ばったん…………すー様のこと好きだろ?」


「!!!!」




 全くの図星で……直はすぐさまギクっとした挙句、顔を真っ赤に染めて激しく狼狽する。

 

「ち……ちちち違いますよぉ……」


 冷や汗をダラダラ流し、裏返った声で慌てて否定するも……もう後の祭りだ。寛斗は完全にわかりきった顔でまだニヤけている。


「そんな訳ないじゃ〜ん。バレバレだぜ? なぁ凜」


「あぁ」


「なっ……生田目君まで! ……気づいてたんですか?」


 そう言った通り、凜もひょっこりと寛斗の隣にやってきた。直はキョロキョロと周りを見回すが、不幸中の幸いで二人以外の別荘組はこの近くにいない。凜は無表情のままため息だけついてから、質問に答える。


「顔にバッチリ書いてあるぜ。宮西が好きってな」


「!!!!」


「別荘行ってからも暇さえありゃ宮西の方見てるし、隙あらば話しかけてるし、宮西が何か発言すればお前も発言するし。それに動物園も水族館もついてってただろ、金魚のフンみたいに」


「う…………」


 別荘旅が始まってからのあからさまな言動を凜に次々と指摘され……直はぐうの音も出ない。「金魚のフン」発言も少しショックだったが。そして寛斗が更に追い討ちをかける。


「ぶっちゃけおにぎり君並みに態度に出てるぜ……少なくとも俺ら男子は皆知ってるわ。ばったんがすー様を好きなこと」


「…………(う……嘘でしょ〜〜!! おにぎり君並みだなんて……)」


 知らず知らずのうちに、花恋にアプローチする雅哉と同レベルまで迫っていたとは……と、直はより一層顔が熱くなり、思わず両手で顔を覆った。




 ちょうどその時、土産物屋にいる菫はクシュン!とくしゃみをした。


(ちょっとエアコン効きすぎて寒いわね……それか誰か私の噂話でもしてるのかしら? まぁ別にしてくれたっていいんだけど)


 鼻を啜りながら歩き回っていると、菫はあるものが置かれた棚に興味を惹かれ、すぐ前まで見に行った。


(可愛い〜! こういう名前入りのやつってどこのお土産物屋さんにも昔からあるわね)


 置いてあるのは……リンゴ犬のタオルハンカチだ。そのハンカチにはそれぞれ違う名前が入っており、菫ほ反射的に自分の名前を探してしまう。つい夢中になって探していると……


「なーに見てんのすー様ぁ!」


「あっ!」


 いきなり背後からめぐるに呼ばれ、菫はドキッとした。めぐるはすぐさま隣まで来ると、並んであるハンカチをじっと見る。


「あれっ、すー様の好きなリンゴ犬じゃ〜ん。こんなとこにもあるんだ」


「そうみたいね〜。まさかこんなとこにリンゴ犬のが売ってるなんて思わなかったわ」


「どれも名前書いてるんだ〜。すー様のある?」


「今探してるところなんだけど……」


 そう言いながら探していると……遂に菫は見つけた。ピンクの糸の刺繍で「すみれちゃん」と書いてあるものを。


「あったわ!」


「本当だ、すみれって。あと私も「めぐちゃん」ならあるわ!」


 菫よりもだいぶ早く、めぐるは自分の名前のハンカチを見つけ出していた。やっぱり若い子は早く見つけるわね……と菫が思う横でめぐるはニヤリと笑う。


「すー様、これ買うの?」


「買おうかしら……」


 年齢に合わない可愛らしいデザインのハンカチだが、好きなキャラクターなので菫は照れ臭くなりながらも買うことを決めた。すると、またも背後から声が聞こえ……


「すー様、めめちゃん、何見てんのー?」


「あっ、リンゴ犬のハンカチ?」


 沙希と彩矢音も近づいて、ハンカチに興味を示す。この二人もすぐさま自分の名前を見つけたらしく、そのハンカチを指差す。


「あっ! あるじゃん私のー」


「私もー!」


 それを見ためぐるは何かいいことを思いついたのか、手をポンと叩く。


「ねぇ! コレお土産にしない!? 3組女子限定で」


「いいじゃん! 皆でお揃いとか素敵なんだけど〜」


「クラスTシャツみたいで一致団結できそう! それに3組の皆の名前なら全部この中にあるんじゃない?」


 めぐるの提案に、沙希と彩矢音は即座に賛成する。菫ももちろん同意見で、思わずふふっと笑ってしまう。


(友情の証って感じね……それにこのハンカチ見たらこの旅行のこと思い出せそう)


「まぁ男子の分はないけどね(笑) じゃあ今日来てない子の分は皆でお金出し合わん? 私もえぽんとネモちゃんとグッチにも言ってくる!」


「おう! 頼んだよ」


 めぐるが三人を捜しに行っている間、菫・沙希・彩矢音は3組女子の名前が入ったハンカチを探し出す。


(皆でお金出し合ってか……一度目の高校生活でもそれで友達の誕プレ買ったりしたわね……。やっぱそういうのって青春って感じよね……


 ……ヤバっ、早く探さなきゃ! ただでさえ見つけるのが遅いんだから……)


 サクサクと該当する名前のハンカチを探し当てる二人に負けじと、菫も目と手を動かして見つけ出そうとする。



 道の駅を出た後、一行の乗ったバスは早速高速に乗り、惜しまれながらも伊豆を後にして帰路に着く。行きと同様に途中で数回休憩を挟み、3時間ほどかけて地元へと戻ってきた。

 なお、帰りのバスの中はおろか別荘を出てから千穂と恭平はほとんど話さないうえ目も合わさず、直も菫に話しかけるのは控えめになっていた。ただ、恭平は数回千穂の方をチラリと一瞥したようにも見えたが。


 行きと違って帰りは皆疲れていて辺りが暗いこともあり、鍵谷は皆の家の最寄駅に寄ってくれて、そこで各々バスから降ろしてもらうこととなった。一人また一人とバスから降りていく中、今バスに残っているのは鍵谷・寛斗・凜・菫の4人だ。


「すみません鍵谷さん……私の家一番遠いし遅くなっちゃって……」


 最寄駅が一番遠いので、最後にバスを降りる菫は深々と頭を下げる。すると鍵谷よりも先に寛斗が笑って首を横に振る。


「気にしないですー様。疲れてるだろうしそもそも今夏休みじゃん。遠いのに遊びに来てくれてありがたいから、これぐらい……」


「そ、そうかしら……」


「ええ、寛斗坊ちゃまの言う通りですよ。ご遠慮なさらないでくださいね」


 もちろんこの旅行は楽しかったが、確かに久しぶりの長距離移動なので少なからず疲れてはいる。それに菫は帰りのバスではほとんど寝ており、目を覚ましたのは真っ先にめぐるがバスから降りる前だった。それに眠気だけでなく尻も痛いうえ、バスを降りた後も揺れている感触が残っていそうだ。

 

 そうこうしている間に凜の最寄駅に到着し、凜は鍵谷と寛斗に礼を言った後で、「じゃあな」と言って降りて行った。これで後は菫だけとなる。


「いや〜、楽しかったわ! 海も温泉もあって、バーベキューも花火も出来て、動物園と水族館にも行けて、皆と思い出いっぱい作れたし。ありがと、清宮君。鍵谷さんも運転大変だったでしょう。明日はゆっくりしてくださいね」


 菫が改めて礼を言うと、寛斗も鍵谷も嬉しそうにする。


「いえいえ、楽しんでくれて何よりだよ」


「よろしければまたご一緒に行きましょうね」


「ありがとうございます…………まぁ朝の黒煙と鍵谷さんに彼女さんがいることには驚きましたけどね」


 ニヤリと笑いながら菫がそう言うと、寛斗と鍵谷は二人ほぼ同時に恥ずかしそうに苦笑いしていた。




 その頃、バスを降りた凜は荷物を抱えて歩いていた。


(今日は荷物多いから……久しぶりに帰ってやるか。まぁすぐにまたあっちに行くけど……)


 そんなことを考えながら歩く凜と、反対方向から歩いてきた男がすれ違う。


「…………?」


 凜はふと立ち止まって振り向き、男の後ろ姿をじっと見る。男の方はそのまま去って行ったが。


(誰かに似てる……気のせいか……)


 そのすれ違った男はツンツンさせた短い銀髪にピアスを多数開け、ド派手な柄の黒いTシャツを着ている。どう見ても不良か半グレのような外見のこの男……凜には少しだけ見覚えがあり、だから一瞬だけ足を止めていた。しかし凜は思い過ごしだと判断し、くるっと前を向いて自宅へと向かった。


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