第6話 お見舞いイベント
――ここでは結果だけを記そう。
ジョルジュ様と攻略対象者の総力を結集したことで、隣国の陰謀は無事、未然に防ぐことに成功した。
賭博グループと国際犯罪シンジケートとテロ組織が壊滅し、王国内に疫病が流行ることもなく、抗生物質も無事開発される運びとなった。
ただひとつの誤算は、私が過労でぶっ倒れてしまったぐらいか。
――あの忌まわしいエピソードを無理やり回避するために、この数ヶ月間、私はほぼ不眠不休で働いていた。犠牲が出るのは極力避けたかったけど、でもこれから起こることを知っているのは私だけ。結局、私が裏で糸を引くしかなかった。
で、無事にイベントが終了して、その疲れが一気に噴き出してしまったらしい。
……すべてのルートに成果を求めたのは、さすがに欲張りすぎだったかな?
まぁ済んだことは仕方がない。
……それと誤算ではないけど、予想外の出来事ならもうひとつあった。
――現在進行形で、目の前で起こっているこの光景のことだ。
いま、私の病室には、私もよく知る5人の男性がなぜか全員集まっている。
もちろんゲーム中にこんなイベントはなかった。
……どうしてこうなった?
彼らが一堂に会する光景を眺めながら、私は攻略対象者には各々渾名が付けられていたのをつい思い出していた。
第一王子ルーカス、通称:お花畑王子。
近衛騎士アベル、通称:脳筋無駄美形。
海洋商人マクシム、通称:腹黒冒険者。
錬金術師オリヴィエ、通称:コミュ障。
ただ一人攻略対象外のジョルジュ様は、そのまんま〝お助けキャラ〞で定着。
どう? 非公式のものだったけれど、こうしてみるとなかなか言い得て妙な人物評じゃない?
私はベッドの中から和気藹々と談笑する彼らを眺めながら、そんな失礼なことを考えていた。
「どうした、リーゼ? 俺たちをジロジロ見て」
私が現実逃避をしていると、いきなりお花畑が私に話を振ってきた。
ルーカスのやつ、最近になって私のことを『リーゼ』と馴れ馴れしく呼ぶようになった。その呼び方は家族にしか認めてないんですけど!?
「ここは私の病室です。あなた方こそ、なぜこんなところでくつろいでいるのですか?」
「あぁ? お前の見舞いに来てんだよ。感謝ぐらいしろよな」
おい、ルーカス! まったくこいつときたら……!
「殿下。どこに誰の目があるか分からないのですから、言葉遣いには普段から気をつけておけ! と常々申し上げているはずですが!?」
「こんなとこに誰がいるってんだよ!」
「目の前にか弱い乙女がいるでしょう!」
「乙女ぇ? 口うるさいガミガミ妖怪の間違いじゃないのか?」
「あ゛あ゛っ!?」
――なんて言い草!
誰のせいで私がこんな苦労をさせられてると思ってるのよ!?
あんたがしっかりしてないからでしょうが!
険悪になりかけた私たちの間に、ジョルジュ様が仲裁にはいった。
「まぁまぁ二人ともその辺で。それにあなたが心配で集まったのは間違いではありませんからね?」
「おいジョルジュ! お前からもなにか言ってやれ」
……いつまで騒いでいるバカ王子。
こちとら医者から安静にしろって言われてるってぇの!
私はこれ見よがしに、わざと子供っぽく頬を膨らませてみせた。
釣られたジョルジュ様がクスリとこぼす。素晴らしいリアクションをありがとうございます。
しかし王子を窘めるためか、すぐ真顔になってしまった。残念!
「殿下、入室時に騒がないようにと言われていたでしょう。お忘れですか?」
そう言われて顔を背けたルーカス王子。
お、ジョルジュ様が私の味方についたから、ちょっと意気消沈してるな?
気分を盛り上げてやるために、とりあえずお花畑を煽っておくか。
「やーい、怒られてやんの!」
あれっ? そういや私ってこんなキャラだったっけ?
……ちょっとテンションがおかしな方向にいってる自覚はある。
重圧から開放されたばかりで、感情の制御が上手くいってないみたいだ。
ハイテンションのまま、わが従兄妹をひとしきり弄った後、見舞いに来てくれた一人ひとりに対し、私はあらためて心からの感謝を伝えた。
本当は問題解決に尽力してくれたことへのお礼を言いたかったのだけど、公にはこの件で私の存在が表に出ないように行動しているため、私に出来ることはこれで精一杯なのだ。
あ、それと付け加えることがあったわね。
「それとアベル様、剣術大会の優勝、おめでとうございます。オリヴィエ様も研究発表大会で最優秀賞を頂いたとか。こちらもお見事ですわ。あなた方はわが学院の誇りですわ」
「いやぁ、大した相手がいなかったからね。まぁ当然の結果かな」
私の祝福の言葉に、無駄イケメンが飄々と嘯いた。
……ちょっとアベル! あんたマリエルがいなかったら棄権だったわよね!?
この脳筋め、少しは感謝を覚えろ!
ゲーム内でも兆候はあったけど、こいつは脳筋の上、女ったらしのチャラ男だ。でも、おあいにく様! 私の周りにはカサノヴァなんてお呼びじゃないのよ。
こいつは王子とは別系統のバカのようだから、要注意リストにはこいつの名前も書き込んでおかなきゃ。
「ありがとうございます。ただ僕の発表は一人ではなく共同研究でしたので、参加してくれたみんなを誇りに思ってます」
逆にオリヴィエは非常に恐縮している様子。もともと口下手で人付き合いが得意ではないのだとか。
また、彼は伯爵家の四男で、この中でただ一人だけ家督を継ぐことができない。
でもね、あなたの研究成果は世界を変えるのよ? もっと胸を張りなさいな!
「じゃあ、俺たちはそろそろ……」
しばらくとりとめのない雑談が続いた後、時間を確認したルーカス王子が切り出した。ようやく帰る気になったか。
「ええ、あなた方が居座ってたせいで、私のお友だちが見舞いに来れなかったものね。待たせてしまった分、謝っておかないと」
なんて、私がちくりといやみを言うと、それまでずっと黙っていたマクシムが、ニヤリと悪い笑顔を私に向けてきた。
「あぁ、彼女たちなら先に帰ってもらったよ。医師から『彼女は安静にさせておきなさい』と申し渡されているのでね」
ちょっとマクシム? いまになってそれを言う!?
というか、それだったらこのバカ王子も早々に連れ帰ってほしかったわ!
私が安静に出来なかったのって、こいつが一番の原因だってあなたたちもそこで見てたわよね!?
まったく、とんだ一日だったわ。




