第7話 後始末
私の未来を決める運命の日まで、あと残り半年と少し。
乙女ゲーム『運命の円環』では、この〝愛の告白イベント〞が終了すると、卒業式まではもう大きな事件は起きないはずだ。
ただ、シナリオ的に大きな歪みが生まれてしまっているので、今後そのあたりをうまくフォローしてやる必要は出てくるだろう。
なんといっても、実質的に告白イベントをスルーしてしまったわけだし、いずれふたりを結び付ける何か別のきっかけが必要になるかもしれない。
……まぁそれは後で考えればいいか。
――退院後すぐ、単に「話がある」とだけ伝えて、私はマリエルをいつもの空き部屋に呼び出した。
なにしろ彼女、今回の件ではルーカス王子と並んで、いろいろと表立って動いてくれた功労者。陰から支えてくれてたジョルジュ様とマクシムの二人も合わせて、いくら感謝してもし足りない。
私が過労で入院している間にも、護衛役のアベルを連れたルーカス王子と共に、患者の見落としがいないかを視察に回ってもらったり、動けない私の代わりに騒動のアフターケアのお願いをしている。
――指導合間の休憩時に、私は駒として動いてくれたことへの感謝の念を、彼女に直接伝えようと考えていた。
じつは、今日呼び出した本来の目的はこれ。
つまり二人きりの場所で彼女にお礼を言うことなのだ。
――あのイベント、ゲーム画面だけでもかなり精神的にくるものがあったのに、その光景が目の前で展開されていれば、正直、私に耐えられた自信はない。
本来の正規のルートでは、このルーカスとマリエルの二人の視察からイベントに突入していくはずだったこともあり、この時点ではまだ気は抜けなかった。
……結局、イベントは再現されることはなく、私は今度こそ、本当の意味で肩の荷を下ろしたのだった。
「あなたにもお礼を言っておくべきなのかしらね?」
……なんて上から目線の偉そうなセリフかしら! なんて自分でも思う。
でも、これでも労いの言葉なのよ?
私は今回のマリエルの働きには本当に心から感謝している。本来、避けられないはずの惨禍が回避されたのは、彼女の献身に拠るところも大きい。
でも、公爵令嬢の私があまり露骨に頭を下げてしまうと、かえって彼女に気を使わせてしまうことになる。
だからこんなややこしい言い回しになってしまうのだ。
面倒くさい慣習だけど大丈夫よね?
……まぁどうせ私は悪役令嬢だし、あんまり気にしてもしょうがないか。
「とんでもない! お礼を言わなければいけないのは私のほうです」
ところが彼女のほうが先に頭を下げてきた。おや?
「私、自分が狙われているなんて、思ってもみなかったので……」
「ああ、そのことね」
何かと思えば、マクシムルートがらみで私が講じた措置に関してのお礼のようだ。
マリエルは、私が彼女に護衛をつけさせたことをなぜか知っているらしい。
本人には気付かれないように! と厳命していたはずなんだけどね――と、私はため息と共に声に出さずに零す。
……まぁいいわ。バレてるのなら仕方がない。
「まったく。あなたときたら、まるでご自分の価値を理解していないから。だから周りの者が気にかけなければならないの。よく反省してもらいたいものね?」
「お手を煩わせ、申し訳ありません」
「いいこと、マリエルさん? 一度しか言わないからよくお聞きなさいな」
そう前置きすると、彼女はやや緊張気味に背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「――あなたは私と同じ、特別な人間なの。才能ってね、誰の上にも平等に振り分けられるものじゃないのよ? あなたの存在には、私の中に流れている血と同じだけの価値がある。だからこそ、『ご自分の価値をよく知りなさい』と常々言っているの。分かる?」
と、私は優しく言い聞かせるようにマリエルを諭す。
予想外の言葉だったのか、彼女は目を見開いて私の話を聞いていた。
やがて私から視線を外すように俯き、消え入るような声で小さく漏らした。
「身の程を知れ、分を弁えよ、と……そういう意味かと思っていました……」
「はぁ? そんなわけないでしょう? 私はあなたの才能を国の至宝だと思ってきたわ。だからこそ、こうしてわざわざ時間を取って直接指導しているのよ。いずれどこに出ても恥ずかしくない儀礼と礼法を必要とする時がくるでしょうから!」
あなた次第で私の未来も変わってくるのよ。
だから私も必死なの! なんで分かってくれないかなぁ。
「…………」
どう言いくるめようかと悩んでいたら、突然、彼女の方から思いつめたような眼差しを向けられた。そして、
「――エリザベート様!」
と、いきなり覚悟完了したような呼びかけをされた。
なにごと!? 私、なにか変なこと言った!?
「エリザベート様がお倒れになったと聞かされたとき、私は心のざわめきを抑えられませんでした。その感情がなんなのか、自分でもよく分かっていませんでした。でもいまなら分かります。エリザベート様は私にとってかけがえのない方。どうかエリザベート様こそ、ご自分を大切になさって下さい!」
と、真剣な顔で迫ってきた。ちょっとマリエル? 顔が近いわよ!?
大切にしてるわよ。大切だからこそ、こうして骨を折っているんじゃない。
(ん? そういえばこのセリフ、どこかで聞いたことがあるような?)
奇妙な既視感を覚えたので思わず記憶を探ってみると、ある一枚のイベント絵が私の頭の中に浮かんできた。
――あっ! これってルーカスルートでの愛の告白じゃない!?
たしか病から回復したマリエルにルーカス王子が言うセリフだよ、これ!
もちろん言葉遣いは違うけど、言い回しもニュアンスもほとんど同じものだわ!
あれ~? おかしいな、どうするのこれ?
「マリエルさん? お気持ちは有り難いんだけどね、その話はまた今度に……」
とりあえず、その場はそう言ってお茶を濁した。
ややこしい話は後回しだ。
「では休憩は終わりにして! 休んでいた分を取り戻すために、しばらく厳しくいくわよ! いいわね!?」
「はい」
私に遅れてマリエルもスッと優雅に立ち上がる。
……ええ、基本的な作法に関してはもう問題なさそうね。
いまの課題はダンス。メトロノームを操作し、部屋の中央で待つマリエルの元へ向かった。
当然、男性パートは私が務める。左手を彼女の右手と合わせ、次に右手を背中に回して肩甲骨の位置にそっと添え、リズムに合わせて動き出す。
「はい! いち、にぃ、さん! いち、にぃ、さん! はい笑顔! 背を反らせすぎないで! もっと自然に!」
ダンスレッスンをはじめた当初はどうなることかと思ったが、まぁ遠目に見れるぐらいまでには上達した。
あとは、できれば男性との実戦を積ませたいところ。ルーカス王子にそれとなく振っておこう。
「ところでエリザベート様……」
リズムを取りながら、珍しくマリエルのほうから私に話しかけてきた。
「ん? なにかしら、マリエルさん?」
「先だっての研究発表大会のことなのですが」
私を見るマリエル、笑顔なのに目が笑ってない。もしかしてこれもバレてる?
「……それが?」
「じつは先日、オリヴィエ様が私にお礼を言いにいらしたのですよ。私のヒントのおかげで壁を越えられた、と。ところがですね、私にはそのメモ、身に覚えがないんですよね」
「……あらそう?」
「見せてもらったメモの筆跡は、エリザベート様のものでしたわね」
「…………」
私の左手を掴む彼女の右手に力が込められる。
痛いわよ、マリエルさん?
私が抗議の意味でにっこりと微笑むと、彼女も同じように笑顔を返してきた。
「今日はとことんまでつき合わせていただきますね、エリザベート様」
うっ。この娘なかなか手強くなってきたわね。
……あの騒動、〝対バイオテロ作戦〞で、彼女はアベルの診療をメインに、残りの時間は王都の衛生状態の改善に奔走するルーカス王子に協力していたため、研究チームに参加するまでの余裕はなかった。
彼女自身が病原菌をばら撒いてしまっては本末転倒のため、イベントの間は診療所に隔離しておく必要があったのだ。なので、本来主人公が閃くはずだった思いつきは私がメモにしたため、彼女からだと匂わせて研究チームにこっそり渡した。
研究チームにも参加したかったんだろうなっていうのは理解してるけど、殺人ウィルスの保菌者を大観衆の真ん中に送り出しちゃいけないでしょ? 感染拡大の温床も潰しておかないといけないし、優先順位を考えれば、これよりいい方法が思いつかなかったのよ。
どこからヒントを得たか知りたい? まぁ当然でしょうね。
でもねぇマリエル、申し訳ないけどそこは諦めてもらうしかないの。
だってゲームのイベントからだって言っても、あなたには理解できないでしょ?




