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第5話 お助けキャラ

 入学当初は、義務以上の意義を見出せなかった学院生活も、『見方を変えれば、それなりに有意義な時間と成り得るのかも?』という手応えを感じられるようになってからは、退屈とは無縁の非常に充実した日々を送れている。


 『――一寸の光陰軽んずべからず』


 前世の記憶が目醒めるという衝撃の出来事も経験し、真摯に自省して考えを改めた私は、いまではかつてない謎のやる気に満ち満ちている。

 明確な目標が出来たのも大きかったのかもしれない。


 定期的に主人公を人気のない部屋に呼び出しては、ただひたすらスパルタ指導を重ねる毎日。重箱の隅をつつくように、ちくちくと扱き下ろすのがだんだん楽しくなってきた自分を発見し、心理的衝撃を受けたのもいまや遠い昔のことだ。

 私の悪役令嬢ぶりも、時間と共に、なかなか堂に入ってきたのではなかろうか?


 ――とりあえず、この時点では大きな破綻もなく計画は順調に進行していた。


 肝心のマリエルも、不平ひとつこぼさず私の(シゴ)きについてきている。

 自分でも成長を実感できているのか、最近は積極性さえ出てきた気がする。

 『ハッピーエンド』に向けて、順調にフラグを消化していっている。

 こちらも何も問題はない。


 ――そんな感じで、入学してから(はや)二年の月日が過ぎようとしていた。



 さて、攻略対象の4人にはたったひとり、共通の友人が存在する。

 それが宰相の令息であるジョルジュ様だ。


 ゲーム内でも常に主人公に助言を与えてくれるじつに有り難いキャラだったが、いまの私にとっては他の攻略対象と繋ぎを取れるという唯一無二の価値を持つ、最重要人物なのである。


 それはさておき、進級の時期が近づくに従って、これから終盤の山場となる重要なイベントの発生が迫る。

 最終学年に上がってから、在学時の集大成となる行事が予定されているのだが、それと絡めたエピソードとして、どのルートを選んでも必ず発生するイベントだった。

 これは、主人公と攻略キャラとの関係を一気に親密なものにする、決して避けては通れない必須イベントでもある。いわゆる『愛の告白イベント』だ。


 ゲームでは4人それぞれのルートで違うエピソードが用意されていた。

 雰囲気も違えば舞台も違う4つのイベント。


 とある理由で、このエピソードを回避できないかに、ここ最近ずっと頭を悩ませていた私は、ある事実を発見して愕然とする。

 一見してバラバラで関連性のなさそうなこれらのエピソードが、じつは根っこの部分ですべて繋がっていたことに、些細なきっかけから気が付いてしまったのだ。


 ルーカス(第一王子)ルートでのこのシナリオは、乙女ゲーム『運命の円環トーラス・オブ・フォーチュン』の中でも、あまりに異質なものだった。とにかくやたらと重苦しいのだ。

 公爵令嬢のイジメなんて、これを経験しちゃえばそりゃ子猫の甘噛みぐらいにしか感じなくなるわよね、って納得しちゃうぐらいのインパクトがある。

 それほど圧倒的に暗く、重く、救いがない。

 ムソルグスキーの『はげ山の一夜』がイメージにぴったりだと思う。


 私は、どうにかしてこれを回避するよい方法がないか見つけるため、見落としがないかを兼ねて細部にわたって考察を重ねていた。



 ――このエピソードのあらすじはこうだ。


 王都で疫病が流行の兆しを見せ始め、主人公のマリエルは父親に協力して事態にあたっていた。

 彼女の父親、ファルマ男爵は天才錬金術師の誉れも高い、王国最高の薬学の第一人者。その才能は娘のマリエルにも引き継がれており、この分野の最高権威として二人に出動要請があったのだ。


 二人の献身的な働きの結果、感染爆発(パンデミック)を起こす前に事態を収束させるのだが、それと入れ替わるようにして、今度はマリエルの感染が発覚する。


 隔離された薄暗い部屋で日に日に弱っていく主人公。

 万策が尽き果て、絶望に押しつぶされそうになる中、かつて彼女も開発に従事していた疫病の特効薬がタイムリミットギリギリで完成する。ただ、残された時間が少ないなかで、完成した新薬を研究所から診療所まで届けなければならないという最後の難関が控えていた。


 誰もが間に合うことを願いつつも、状況は予断を許さない。

 彼女が永遠に失われるかもしれないという恐怖の中で、ルーカス王子は、彼女が自分にとってかけがえのない存在であることを改めて自覚し、自分の心の中で(はぐく)まれていた恋心に気付くのだ――


 ……このシナリオ、暗示されただけで具体的な描写こそなかったが、解決までに相当な犠牲者が出たことは明らかだった。

 というか、このエピソードのラストは、快方に向かいつつある主人公に対して、王子が愛を告白するというクライマックスを迎えるのだが、その背景(バック)が共同墓地という、乙女ゲームにあるまじき重苦しさで、スタッフが何を考えてこんなシナリオにしたのか真剣に悩んだものだった。


 しかも物語の進行上不可欠な、最重要エピソードなので飛ばすことも出来ない。

 おかげでようやくイベントをクリアできた時、達成感より脱力感を先に感じてしまったぐらいだ。


 ちなみに他の3人のあらすじも紹介しておくと――


 アベルルート:王都で開かれる学生剣術大会にアベルが参加。謎の体調不良に襲われるも、マリエルの看護によって克服、見事に優勝を飾る。


 マクシムルート:類稀な美貌に目を付けられ、学院が開催するイベントの観客に紛れて王都に入り込んだ海賊に攫われるマリエル。しかしマクシムの迅速で果敢な行動力によって、海賊の手から無事マリエルを取り戻す。


 オリヴィエルート:学院が主催する研究発表大会の場で、マリエルと共同開発した画期的な研究成果を披露する。その斬新な薬は王国を越えて、大陸中の医学界に革命をもたらす。


 登場するキャラクターも舞台も、まるで違う4つのルート。これらのイベントの裏側をたったひとつの要素が一直線に貫いている。

 『隣国による王都近郊を狙ったバイオテロ』、具体的な言葉にすればこうなる。



 ――私が通う王立高等学院のある王都は、国の心臓部でありながら、インフラが未整備のまま放置されている場所がままある。

 急速な町の発展と人口の増加に整備計画が追いついていないのだ。

 これから起こる予定のバイオテロはその穴をついたもので、放っておけば王国の基盤さえが揺るがしかねない重大な事態を引き起こしてしまうだろう。


 ちなみに、他の3つのルートでは表面化することなく事前に解決する。


 アベルルートでのアベルの体調不良は、不法な賭博行為が絡んでいる。圧倒的優勝候補だった彼を出場辞退させようとしてもので、そのときに彼に使われたのが(くだん)の病原菌だったのだ。

 賭博グループを壊滅させる過程で、芋づる式にテロ組織の実行犯たちも捕まり、陰謀は意図せず未然に防がれる。


 マクシムルートの場合、マリエルが拉致されたのは美貌が目当てではなく、本当の目的は天才的といわれるその錬金術の才能だった。しかし、マクシムが海賊ごと捕らえたおかげで、その裏にあった国際的犯罪シンジケートが炙り出され、実行される前の影の陰謀(テロ計画)が発覚する。


 オリヴィエルートで開発される薬は、要は抗生物質(ペニシリン)だ。この薬が開発されたおかげで感染は広がる前に収束する。


 お分かり頂けただろうか?


 よくよく各エピソードを深掘りしていくと、表面化したのがルーカス王子ルートなだけで、じつは他のシナリオでも裏では同じ陰謀がしっかり進行していた痕跡が見え隠れしているのだ。

 つまりこのエピソードを私の力だけで回避するのは、事実上不可能。

 それを可能にするためには、ジョルジュ様の力を借りなければならない。


 なにしろ、私は第一王子以外の攻略対象者とは親しくない設定なのだから、私が彼らに直接働きかければ、変な誤解を招きかねないでしょ?


 そこで全員と交友関係のあるジョルジュ様の出番となるのだ。

 彼に全員のつなぎ役をやってもらえれば、傍目には不自然には見えないはず。


 また、これは内緒だけど、私が彼に近づくのにはもうひとつの隠れた目的もあった。婚約破棄されたあとの話になるけど、根回しというか、まぁ布石みたいなものね。


 ――だって彼、とっても将来有望なんだもの。

 人柄がよくて信頼が置ける上に、容姿も地位も能力もハイスペック。


 こんな有望株、ちゃんとキープしておかないなんて()()()もいいところよね。

 そうは思わないかしら?

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