第2話 運命
乙女ゲーム『運命の円環』の攻略対象は4人。
第一王子ルーカス、近衛騎士アベル、海洋商人マクシム、錬金術師オリヴィエ。
彼らはそれぞれが、主人公が持つ異なる属性部分に惹かれることで距離を縮め、それぞれが生きる世界の中で物語を紡いでゆく。
そのため、一度シナリオが分岐してしまうと、その後のストーリーでは攻略対象キャラ同士がお互い交わりあうこともなく、エンディングまでほぼ一本道になる。
エンディング自体は各キャラごとに3種類用意されている。
階段踊り場での公爵令嬢からの罵倒イベントは、第一王子ルートの中にある回想シーンに出てくるものだ。
このルートの場合、過酷なイジメにも負けない芯の強さと、どんな時でも決して優しさを失わない主人公の慈愛の深さに、近隣諸国との緊張関係に心を痛めていた心優しき第一王子が、徐々に傾倒していくという話の流れだった。
そもそも王子の婚約者である公爵令嬢が大活躍するのはこのシナリオだけだ。
他のキャラのルートでは、前半にちょい役で登場するのがせいぜいである。
元平民の主人公にたいして、ことあるごとに高飛車な言葉で罵倒したり、小さな嫌がらせを積み重ねていくのが彼女に与えられた役割だ。
とはいってもこの公爵令嬢、それほど無茶なことはしないため存在感が薄い。
ハッピーエンドの場合は自ら身を引きつつ第一王子と結ばれる主人公を祝福し、トゥルーエンドの場合はそのままフェードアウトしてしまって結末が分からなくなるが、まぁ悪いようにはならないだろう。
バッドエンドの場合は、国外追放の憂き目に遭うが、これも身分は保証されたままなので、実質的に非道い目に遭う結末は存在しない。
このシナリオ、あまりの温さに『お花畑ルート』と呼ばれ、実は不人気の一番手だったりする。
――しかし! である。
エンディングの段階では確かに薔薇色の明るい未来を暗示しているような終わり方だったが、現実はそう単純なものではない。
なぜ私が生まれる前から第一王子の婚約者だったのか。そして、バッドエンドにおいて、なぜ国外追放されても身分を保証されたままでいられるのか。
ゲームでは語られなかったその部分にこそ、実は重要な鍵が隠されていたのだ。
私の母、ホワイエ公爵夫人フランソワーズは、隣国の王家から政略結婚で公爵家に嫁いできた、超重要人物だった。
その娘である私との婚約は、両国間の同盟の証としての意味合いを多分に含む。これを破棄するということは、同盟破棄を宣言したも同じなのだ。
このシナリオで私が第一王子と結婚する結末はトゥルーエンドのみ。
つまり、エンディング次第で隣国と緊張関係が高まってしまう可能性は高確率で存在する。
「――いいえ、まだよ! まだそうと決まったわけではないわ!」
私は一縷の希望を残したまま、その日は眠りについた。
――翌日、学院に登校した私は、自分の見通しが甘かったことを思い知る。才色兼備の男爵令嬢に嫉妬する極悪令嬢として、私の名前が学院全体に知れ渡っている事実に、私は愕然とさせられるのだ。
貴族社会の情報網恐るべし。正直、上流階級の口コミ力を甘く見すぎていたわ。
……というかあなたたち、私がいなくなったあとで、いったいなにをやってくれたのよ!?
まいったわね。もう引き返せないみたいだわ。




