駆け足の幼年期
柱の神子セイリナは、時々僕に会いに来てくれるようになった。
愛情たっぷりに慈しんでくれるセイリナに、今生の初恋はすぐに訪れる。
そして、初恋に破れるのもあっという間だった。
兄のマリクも、セイリナに恋してしまったのだ。
家族と妖精、それからセイリナの愛に見守られ、すくすくと三歳まで育つ。
そのころにはマリク兄ちゃんもセイリナも思春期とやらに突入していて、お互いになんとなく意識しているのが僕にも判った。
身分の高いお嬢様と農村の子どもなんて、普通ならお付の人間が邪魔をするものじゃないかと思うのだが、おっとりとしているのか、大らかなのか、周囲の大人たちは兄とセイリナの交流を見守っていた。
セイリナへの初恋があっという間に破れた僕でも、二人のことは見守りたいと思う。
兄を見つめるセイリナの顔は、僕に向けてくれる慈しみの微笑みとは全然違い、キラキラとして可愛らしい。
これが恋する少女の顔か、と心にしみこむように納得もした。
僕はセイリナの笑顔が好きなのだ。
その隣にいるのは、僕でなくてもいい。
セイリナはその有り余る財力と物を使って、僕に様々なものを見せてくれた。
普通に暮らしていれば村の外へは大人の男ぐらいしかでないのだが、僕はセイリナの馬車に乗せられて様々な村や町の様子を見ることができた。
一番驚いたのは、この大地が海に浮かんでいるのではなく、空に浮かんでいるのだと知ったことだ。
島が空に浮かんでいるという話を信じられなかった僕を、セイリナが馬車に乗せて島の端まで連れて行ってくれた。
セイリナが時々言う『アミシク』は浮島だったらしい。
アミシク長というのは、浮島長だ。
セイリナは本当に県長レベルの偉い人だった。
僕が五歳になると、弟が生まれた。
また女の子じゃなかった、と両親は少しがっかりしていたが、それは生まれた直後だけの話だ。
すぐに弟に夢中になって、女の子が欲しかっただなんて話はしなくなった。
また産めばいいじゃん、と弟をあやしながら両親を唆すと、母は苦笑いを浮かべた。
父は少し残念そうに、一つの家庭で産んでいい子どもの数は三人までだ、と教えてくれる。
どうやら子どもを産んでいい数が決まっていたらしい。
妹をもてないことは残念だったが、その分弟を可愛がることにする。
七歳になると学を授けてくれるメンヒシュミ教会へと通えるようになるのだが、僕の家へはセイリナが教師の代わりとしてやって来た。
ご丁寧に、僕の家のすぐ隣へと小さな家まで建てて、引っ越して来たのだ。
セイリナが語る歴史の授業は、前世で習った歴史の授業とはまるで内容が違って面白い。
まさか神話から歴史が始まっているとは思わなかった。
神様がこの世界を作って、海や大地を作った。
そこに様々な動物を作って放し、その中からやがて人間が生まれた。
神々の姿と似た人間に、神々は面白がって様々な知恵を授ける。
その結果、人間は武器を作って互いに争い始めた。
この騒動を嫌った神々は人間の中から王を選び、王に人間を治めさせることとする。
これが神王家の始まりだ。
神王と言うと『神の王』と思うかもしれないが、『神々が選んだ人間の王』という意味だったらしい。
神王に治められ、人間たちはしばらくはおとなしく暮らした。
が、ある時一人の若者が神王に弓引き、神王はこの騒ぎで姿を消してしまったらしい。
この時の神王の名前が、暦の名前になっている『ソールトゥヌス』だ。
今はソールトゥヌス暦4118年ということになる。
浮島暦としては1272年だ。
1272年前に浮島が誕生した。
浮島の誕生は、1272年前に起こった災厄による。
元々人間は地上に住んでいたのだが、災厄によって地上に住むことは出来なくなってしまった。
そこで当時の神王領クエビアの仮王レミヒオは、神々の力に縋り、レミヒオの求めに応じて神々は人間に浮島を用意してくれた。
以降、人間は浮島へ移住して難を逃れ、1200年以上も空の上で暮らしている。
当時はいくつかの国に分かれていたらしいのだが、1200年の間に神王家がこれらを整え、国ではなく領という形になり、現在は十二の領と、神王領クエビアに分かれている。
神王領クエビアに次いで古い歴史を持つのはイヴィジア領で、初代の領主はフェリシアという女性だ。
僕が生まれたのはアウグーン領で、歴史としてはほぼ浮島暦と同じだった。
これはイヴィジア領ほどではないが、それなりに長い歴史をもった領地らしい。
次に長いのはアルスター領で、その次はない。
領地の数は十二と決まっているが、名前がコロコロと変わって長く続くことはあまりないようだ。
八歳になると基礎知識の授業は終わり、兄とセイリナは結婚した。
身分あるセイリナとの結婚ということで、兄は婿として家を出て行く。
僕は十三歳で学園に行くことになるので、この家の跡取りは実質弟ということになった。
兄と結婚したセイリナは、僕に学を修める役目も終わったということで、浮島の中心にある街へと戻っていった。
そこにセイリナの離宮があり、本来セイリナはそこで生活をしているのだ。
僕のために一年間、特別に街からでて住んでいたにすぎない。
兄とセイリナは村を出て行ったが、それでも頻繁に僕の様子を見に来てくれた。
年頃になってますます美しくなるセイリナの笑顔は眩しかったが、僕が十歳になるころには村への足が遠のいた。
これについて両親は、新婚なのでおめでたで動けなくなったのかもしれない、と笑っている。
セイリナが来れないのなら、と変わりに僕が会いに行くようになったのだが、セイリナはいつでも笑顔で出迎えてくれた。
『おめでた』ではないが、時折体調を崩しているのは事実なようで、兄が常に寄り添っているのが少し気になる。
十三歳の誕生日を目前に控えたある日、僕の住んでいる浮島の上に浮島が現れた。
昨日までは何もなかった空に、突然現れた浮島だ。
村のみんなも驚いていた。
アニツ=セイリナと名付けられたその島は、新しい浮島だ。
『アニツ』はまじないの言葉で、魔よけの意味があるらしい。
つまりは、このセイリナ島と同じ名前の島だ。
何故同じ名前なのかと言えば、浮島の寿命はおよそ百二十年とされている。
僕たちの暮らす島の寿命が近づいてきたために、神々が新しい浮島を贈ってくれたのだ。
新しい浮島へと最初に移住するのは、セイリナ夫妻だった。
それからセイリナの護衛である銀翼の竜騎士団が移住し、彼らの生活を整える下働きたちが移住する。
僕たち家族や村人が移住するのはその後だ。
島中の人間が十年かけてゆっくりと移住し、島から誰も居なくなったら、この島は墓場の島となる。
浮島で死んだ人たちが埋葬され、浮島の寿命とともに地上に崩れ落ちていくのだとか。
無事に十三歳の誕生日を迎え、いよいよ神都へと移動する日がやってきた。
僕は当然のようにセイリナが見送りに来てくれるものと思っていたのだが、アニツ=セイリナの代表として僕を見送りに来てくれたのはマリク兄だけだった。
義姉は一緒じゃないのか、と拗ねて見せたら、マリク兄は困ったように笑う。
今日も義姉は体調を崩しており、僕の見送りへはこれなかったそうだ。
僕もそろそろ叔父になるのだろうか。
そうマリク兄をからかってみたら、マリク兄は面白いほどにうろたえていた。
この様子なら、秋の長期休暇に戻った時にでも、嬉しい報告を聞かせてくれるのだろう。
頑張っていっぱい学んでおいで。
そう僕の肩を押して送り出してくれるマリク兄の指は、少し痛いぐらいに力が込められていた。
4月1日頑張ってみました。
4月1日です。
昨今は「4月1日の嘘は午前中まで」とか言われていますが、知りません。
やろうと思いついたのは31日の23時台ぐらいだったんです。
というわけで、4月1日の嘘です。
新連載じゃありません。
次の連載用のネタではありますが、先にやりたいことも、やるべきこともあるので、当分連載できそうにないお話です。
先走り? とでも言うのか……?
あちこちにすでに伏線が仕込まれていますので、深読みしたい人はハートフル(ぼっこ)な予感にガクブルしてください。
あなたのハートをフル(に)ボッコです。
半年後ぐらいに連載開始できたらいいなぁ……。