第57話
月の光が雲に隠れたので窓を閉め机に向かう。ある程度の手荷物を机に置く。とは言え俺のなんて少ないがな。
「…………」
なんでもないんだが、ふと自分の両手を眺める。ほんの1ヶ月前までは鉛筆と消ゴムを持ち勉強していた手だ。けど今はどうだろう? あらゆる血を浴び汚れてしまった。俺のしていることは正しいのだろうか?
トントン、
「どうぞ、」
「帰ったのじゃな、リョウ」
「あぁ。ずっと見てたから知ってるだろ?」
「まあのう。やはり御主に気付かれてしもうたな」
「当たり前だ。因みにリリスには教えていない」
「ありがたいのじゃ!」
「だろうな。それで、目的はなんだ?」
「秘密じゃ。まあ、御主のことと言っておこうではないか。嘘つきめ!」
「根に持つなよ! と言うか聞こえてたのか!」
「聞かずとも分かる! 御主は覚えてないと言い色々と知っていたではないか!」
「まあな。思い出したくないが……」
「どういうことじゃ?」
「まだダメだ。言わない」
「……そうか。妾とて無理にはせぬ。御主が打ち明けてくれるまで待とうではないか」
「恩に着る、」
「本当に御主はよく分からぬ奴じゃ。それよりも夕飯じゃ! 向かおうぞ!」
「あぁ。分かった」
そこからは早い。準備も無ければ置くものもない。本当にそのまま部屋を出た。すると…、
バタンッ、
同時に隣の扉も開く。そして出てきたのは……、
「リリス!」
「リョウじゃない!」
なんとそこから現れたのは他でもないリリス。
今日は赤のニットウェアで長めのスカート。そして髪には赤い花の髪飾りがある。
「着けてくれてるんだな、」
「えっ、あっ! ち、違うからね。そういう意味じゃないからね!」
慌てて髪飾りを隠してしまう。が、それでも外さないでくれるっていうのはプレゼントした俺からすれば嬉しい。
「御主、隠さなくてもよいぞ。リョウは御主に気があるらしいからのう」
「えっ!」
「んっ!」
「ぅぅ…、」
「エリス、何言ってんだ!」
「違うのか?」
「その聞き方はズルくないか?」
「…………」
「…………」
2人共無言で俺を見つめる。しかしそれぞれの込められた感情は全く変わり、エリスは意地悪な笑いの視線。リリスは不安そうな期待のような必死な視線。
「あーあー! こんな方法で言うなんて俺は嫌だね! エリス、覚えておけよ!」
「ふはは、御主らの今後が楽しみじゃ。2人でゆっくりと来ると良いぞ!」
やはりエリスの目的はこれだったか。昨日は客間で許可したクセに今日は帰りを待っていたように部屋に案内する。それもリリスの隣。他にもリリスをよく仕向けたりと所々にエリスの思惑が見受けられるんだ。
「…………」
「…………」
エリス先にスタスタと歩いていき俺達2人はそこに残されてしまう。なんとも気まずい……。
「あー、リリス。行こうか?」
「………」
そう言いながら片足を踏み出すがリリスはその場を俯いたまま歩こうとしない。どうしたものかな……。
「リリス?」
「………。リョウ、1つだけ聞いて良い?」
思わず固唾を飲む。威圧でもないけど緊張感が背筋を撫ぜる。
「…………」
「私ね、リョウが何を言っても受け止めるよ。それだけは分かっていてね。気を使わないでね」
「………」
この状況で拒否は出来ないししたくない。無言で首を縦にふる。
「私、リョウのことす、好きだよ。リョウは私のこと、どう?」
握り締めた手は震えている。目も潤んでいて返答を間違えればどうなるかは分かる。
「リリス、その聞き方は卑怯じゃないか?」
「っ! だ、だよね。私、何言ってるんだろね!」
一瞬、ピクッと目が開いてそのあと下を向きもう顔が見えなくなってしまう。正直俺の中でまだ整理がついていない。俺の失った物もあまりに大きく切り捨てられない。
「俺はなんて言えばいいんだ? 先にその言葉を使うなんて反則だろ?」
切ることのできないこと、だけど過去を見るのは愚か者のすること。もう捨てると決めたんだ。その気持ちが定まった時には既に抱き締めていた。
「リョウ………」
「泣いてないで笑えよ。意外とよく泣くよな、」
「そ、そんなことないわよ!」
「ははは! そうだそうだ。それでこそ俺の好きなリリスだ!」
「っ!!!」
「何赤くなってんだ!?」
「あ、赤くなんて!」
「なってるさ。可愛い!」
「っ!!」
ヤバい。吹っ切れた時、リリスと一緒なのが最高に満たされる。何もかも……。
「ホント可愛いなリリス。俺が耐えらんねえよ!」
「ちょ、ま、待ってリョウ。落ち着かせて…」
もう少しイジってたいけど仕方ない。少しやめだ。
「どうしたんだ?」
「リョウがそんなこと言うから恥ずかしくって仕方ないよ! それに、それに……」
「ホントよく泣くよな? 嬉しくても悲しくても、」
「だ、だってー!」
「そう言う所が可愛いんだよ!」
「んっ!」
「さ、可愛いリリスを連れて早く向かおう。行くぞ!」
「えっ…、ひゃ!」
その手を取るとエリスが歩いていった方へ歩いていく。いつの間にかリリスからもしっかり握ってまるで恋人繋ぎみたいになっている。
「随分と進んだではないか!」
扉を開けるとニタニタしたエリスが早速からかってくる。その隣にはこれまた笑顔を浮かべたシリュウさん。本当にこの夫婦は!
「ち、違うのこれは! ね、ねえリョウ!?」
「そうかな……、そうだな」
「本当かのう?」
「本当だって! ねえっ!?」
「そうだな…」
リリスは気付いてないだろうがその必死さが答えを教えているようなものだ。エリスもニタニタと笑っている。そして追い討ちをかけるように…、
「それでは先程手を繋いでいたのはどういうことです? 随分仲の良いことですね」
「…………」
流石に静かで正確な指摘にはなんとも言えず黙り込む。その代わり、顔は真っ赤になっていく。
「リョウさんは否定しないのですね?」
なんとシリュウさんの矛先は俺にまで向く。リリスには悪いがここは断言させてもらおう。
「そうですね。俺はここで言えます。リリスが好きですから!」
「………」
「っ!」
「わざわざ隠すことも御座いませんよ。俺の気持ちは変わりませんから」
「ふはは! シリュウ、可笑しかろう!?」
「ふふ。ここまでとは……」
「どういうことです?」
「母さん! 父さん!」
「そう怒らずとも良いであろう。昔、妾とシリュウが結婚する時のことじゃ」
「君っ!」
「シリュウも良かろう。昔、リョウと同じことを言ったのじゃ。妾と父上母上の前でじゃよ。同じじゃろう?」
「………」
「妾が後ろに控える中、厳格な父上と高潔さ漂う母上に1歩も下がらずに好きだって言ってくれたのじゃ。妾なんたその1言で‥」
「君! それ以上は!」
「シリュウよ。あの頃はあれだけのことを言えたろうに、今ではすっかり大人しくなりよって、」
「仕方のないことですよ。私達はもう親と言う立場なのですから」
「それだからシリュウ、御主は弱くなったのじゃ。昔なんぞ妾なんぞ簡単にあしらいおって!」
何処か自分を見ているみたいだ。正直あれにはなりたくないな。
「もう止めましょう。私達の話はこの際関係ないのです。今はリリスとリョウさんでしょう!」
「そ、それもそうじゃな…」
流石のエリスもその威圧には言葉を失い黙ることになる。そして落ち着いた所をシリュウさんは俺の目を見て対峙する。
「リョウさん。私は、これは父親として言わせてもらいます。まだ貴方に娘をやるわけにはいかない。分かってくれますね!?」




