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09 平和を望むならば戦いに備えよ

「いつ頃の話なんだ」


 シキは首を振って答えた。

 両親の死が、いつ頃の話だかは覚えていないらしい。


「だったら、いままでどうやって生きてきたんだ」

「私、ちょっと前まで、お父さんが最後に作ったゾンビに育てられてて……」

「……嘘だろ……?」


 嘘を言っているような眼ではなかった。


「オキナって呼ばれてたんだけどね、普通に歩いたり走ったりできたし、昔話もしてくれたし、よく笑う人だったし、料理とか掃除とか、下手だったけど私の代わりにしてくれたし……」


 再びシキの目が歪む。


「ちょっと前までってことは、もう、そのゾンビはいないのか」

「……うん」

「私じゃ、オキナは治せなかった。……もう、二度と会えない……」


 手が真っ白になるほど、シキは強くこぶしを握り締めていた。


「だからっ、二度と会えなくなる前にちゃんとネクロマンスを勉強して……っ! もう一回お母さんとお父さんに会いたい……!」


 その気持ちは、痛いほどよく理解できた。


 記憶も不確かな幼いころに両親と死別を経験した。

 ……と言いたいところだが、それは正しい表現ではない。

 完全な死別とは、言いきれない理由がある。

 なんらかの方法を用いて、シキの両親の死体は腐敗せず保存されている。


 死者は、再び動く。

 シキの言うことが正しければ、ゾンビというものは、思ったほど単純な存在ではないようだから。



       ○



 シキの問題は、単純に解決できるようなものではない。


 ちょうど部屋の前に出たところ、キズナが前を通りかかったので私は声をかける。

 急いでいるようだが、他人の事情を気にしている場合ではない。


「キズナさん! ちょっとだけ話いいですか!?」

「なに!?!?」


 びっくりするほどの大声が返ってきた。

 つられて私の声を大きく問いかけた。


「ネクロマンサーと戦うかもしれないって本当ですか!?」

「そうだよ!」


 そわそわしながらキズナは手持ち無沙汰と言わんばかりに、ホルスターにある二丁の拳銃に手を置いていた。


「でもね、入り口はしっかり守ってるから大丈夫! たかが数で押すだけのハイヴのゾンビなんかに負けはしないよ!」


 言いながら、キズナの視線が私の腰に向く。

 私の腰にもホルスターに収まったリボルバーが黒光りしていた。


「ソラ君も戦えるの!?」

「無理です! 撃ったことないです! 護身用です!」


 キズナは私の突然握り、手のひらの感触を確かめた。

 傷やタコのない柔らかい私の手と対照的に、キズナの手はゴツゴツしている。


 彼女は力強い笑顔を浮かべて、


「大丈夫! 絶対に入口は守り切るから安心してて!」


 と宣言したのだった。


 爆発音が鳴り響き、地震のような揺れが村じゅうを襲ったのは、その直後だった。



       ○



 キズナのドヤ顔が驚いた顔に変わっていく過程は、一生忘れることができないと思う。

 しかし、笑い事ではない。

 嫌な予感しかしなかった。


 どこかに急いでいたキズナは私との話を強制的に切り上げ、上の階へと走っていった。

 私も部屋に戻り、シキに詰め寄った。


「なあ、今のまずくないか?」

「……何の音?」

「どう考えても爆発音だろ。……やっぱりハイヴのネクロマンサーの仕業か?」


 正常性バイアスというものがある。


 地震や事故といった非日常的な異常事態の発生に対し、心の奥底で平穏を保ち続ける心理機能だ。

 事態の過小評価や、被害の拡大にも繋がりかねない面もあるが、同時に冷静さを保てることによりパニックなどの発生を防いでくれる。


 もしかしたら事故かもしれない……と思った自分もいた。

 しかし、異常事態の発生を心で否定できないほど、情報がそろっていた。


「なんか武器準備しておこうよ」


 私はガンロックを開けることに成功したハンドガンに手を伸ばした。

 予備のマガジンも握りしめ、シキが持ってきたリュックを掴む。


「借りるぞ」


 シキが売るために持ってきた、大量の弾薬じゃらりと音を鳴らす。


「待って……」


 しかしシキが私の手を掴んで、動きを阻んだ。


「待たん。死んだら誰がシキの両親を生き返らせるんだ? どうせ使わなかったらそのままなんだから、今はもしものための準備をしておくべきだろ」


 ネクロマンサーの末裔と言えど、所詮は子供だ。


「……わかった」


 しぶしぶとシキは了承した。

 突き付けた正論によって、簡単に説得できた。ちょろい。


 今までは触ることすら許されなかった弾薬の山に手を突っ込む。


 色も形も違う多種多様なライフル弾から、大小様々な拳銃の弾、ショットシェル。

 今必要なのは、拳銃用カートリッジである。


 手あたり次第に弾を選び、ハンドガンのマガジンに入れていくが、大きさが合わずぴったり一致するものはなかなか出てこなかった。


 正解を引いたのは、意外と早かったと思う。


「これか!」


 コーティングされた真鍮製の薬莢に、フルメタルジャケットの弾頭。

 どこかで見たことがあると確信できるほど、一般的なビジュアルの拳銃弾。


「シキ、これと同じもの探して!」


 弾が一つでは意味はない。

 シキと手分けして、間違い探しをするように弾薬の選別を行っていく。


 時たま、弾薬の材質や形などの違ったものや、銀色に輝く薬莢を利用したものも出てきた。

 規格だけじゃなく種類も大量に乱立しているようだ。

 銃社会になじみのない私には判別することすら難しい。


 薬莢の形や雷管のタイプから同一のカートリッジであると判断し、選別した弾をパチパチとマガジンに手で押し込んでいく。

 マガジンには15発入った。だが最後のほうはバネが激しく指を押してきた。


 私はリローディングツールがあったことを思い出す。


 1分ほど試行錯誤してから、正しいと思われる方法でがっちゃんがっちゃんと手を動かせば、簡単に予備マガジンを弾が満たしていく。


 弾は都合82発存在した。もっとあるかもしれないが、確認している時間がない。

 予備を含め弾倉は5つと、7発。


 ハンドガンにマガジンを差し込み、スライドを引き、安全装置をかける。


 ……これで戦えるのか?

 シキが不安そうに私を見ていた。


 懸念材料は山ほどある。

 果たして拾った銃は正しく動作するのだろうか?

 溜め込んでいた弾薬は正しく発砲することができるのだろうか?


 その時、扉を隔てた遠くからから、悲鳴と、銃声。


「やりやがった……!」


 すぐそこで騒ぎが起こっているわけではないようだが、ほんの僅かな時間のうちに騒ぎは大きくなっていった。

 拡大する女子供の恐怖の叫び、連発して続く銃声。

 慌てた複数の足音が部屋の前を駆けていった。


 広がっていく動乱。縋るように私はホルスターのリボルバーに手を置いた。

 シキは全く別のことに脅えていた。


「ど、どうしようソラ。私の家も、襲われてたら……!」

「……っ」


 大丈夫だ、などと気休めの言葉は、出てこなかった。


「前にもこんなことがあったのか……!?」

「いや……もしかしたらの、話だけど……」


 尻すぼみにシキの声は小さくなっていった。

 確証があるわけではないのだ。

 膨らむ被害妄想。

 シキはほとんど家から出ない。

 そんなときに起きた、異常事態。

 タイミングを見計らっていた? まさか。いやしかし――


「……ちくしょう!」


 もどかしさに、私は叫んだ。

 気持ちよく絶望を味わってる時間はない。

 ハンドガンをホルスターに収める。


 行動を起こすなら早いほど合理的だ。

 時間の経過で、状況は改善しない。


 どうする? ゾンビと戦いながら外を目指す?

 もしも凶悪なネクロマンサーに出会ったらどうする?

 いくらシキはゾンビに襲われないといえ、敵はゾンビだけではないんだぞ?


 判断を下すための情報がない。

 無いならどうするべきだ?


 答えは決まっていた。無いなら、集めればいい。死んだら死んだでその時だ。


「俺が少し様子を見てくる。……シキはここでじっとしてて!」


 扉を開けてまず感じたのは、異臭だ。

 空気に微かに入り混じる腐臭、血臭、火の匂い、火薬の匂い。


 狭くない通路を、人の群れが地下に向かって駆けていく。

 逃げ惑う住民の殿(しんがり)からはっきりとした銃声が聞こえた。

 だんだんと音が近づいてくる。


 私は部屋の外に足を踏み出すのを、躊躇った。


 やがてゾンビの集団が、通路の向こうに見えた。

 焦点の合わない白濁した視線と、酔っぱらいのようなおぼつかない足取り。

 地面には物言わぬ死体が無数に転がっている。ゾンビは新鮮な血に濡れていた。


「……っ!」


 思わず、扉を閉めて鍵をかけた。

 部屋の隅で体育座りをしているシキと目が、不安そうな視線を向けている。


 背中側で足音が止まったような気がした。

 次の瞬間、誰かが扉を強く叩いた。

 ぱきりと金属が破損する音と共に、扉が動く。


 私は慌てて扉を押さえた。強い腐敗臭が鼻についた。

 扉の向こうのゾンビが強く扉を押してくる。


 肩で扉を押しながら、片手でハンドガンを掴む。

 ゾンビとの戦闘経験は皆無。銃も使い方を日記から読み取っただけで、撃ったことはない。ゾンビは、扉を隔てた向こう側まで迫ってきている。

 どう考えても、一か八かにかけるしかなかった。

 ハンドガンの安全装置を外す。


 その時、駆け寄ってきたシキが扉に手をついた。


「私も扉を抑えているからっ、その隙に撃って!」


 目と目が合う。シキが頷く。

 私は左手を扉に置いたまま力を緩めると、ゾンビの手が隙間から這い出してくる。

 扉と壁のわずかな空間から、生ける屍の頭が見えた。


 ハンドガンの銃口を扉の隙間に向ける。

 引き金に指をかけ、力を入れた。乾いた破裂音が轟く。

 血肉が飛び散る音がして、扉の向こうのゾンビが力を失い地面に倒れた。

 薬莢がチンと転がる。


 アドレナリンがもたらす心理的な興奮に、心拍が高まる。

 トリガープルも、反動も、ゾンビの頭を撃ちぬくまでも、拍子抜けするほどあっけなかった。あまりにも簡単すぎた。


 シキが私の手を掴んで言う。


「行かないと……! もしかしたら、集まってくるかも……!」


 それだけでシキの言いたいことは伝わった。

 銃声に、ゾンビは反応する。


「約束したでしょ。……村の中じゃ、絶対に死なせないって」


 一人より二人。

 協力者の存在は、なんとも心強かった。

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