10 ゾンビパニック!
シキに念入りに「ゾンビは頭を狙え」とレクチャーされた。
まあ、言われずとも予想はしていた。
ゾンビといえば頭が大抵は弱点だ。
というか人間がベースなら大体そうだ。
ヘッドショット至上主義はこの世界にまで支配の手を伸ばしている。
部屋から出ると、通路にはすでに3つの死体が転がっていた。
目指すべきは村の入り口、つまり上層階だ。
階段に向かうべく、私たちは死体を踏み越え道を進む。
前方は私が、後方はシキが監視する。
日記の内容を思い出し、銃を握った。
右手でハンドガンを握り、左手のひらでグリップを包むように握る。
反動に耐えるように体の重心は少しだけ前に、右足は半歩後ろに。
体は正面を向かせ、右腕は伸ばし左腕は小さく曲げる。
フロントサイトとリアサイトの高さを合わせ、右目で覗き込む。
通路の向こうからゾンビが一体。
射線に頭が重なる。
指の腹で引き金を押し込む。
銃声。外れた。着弾点との差異を確認し、狙う場所を修正する。命中。
道を行くと、出た広場で避難誘導をする保安官たちの姿が見えた。
近くの一室の前に家具でバリケードを組んで、安全地帯を作り市民を保護しているようだ。
「君たちも避難しなさい!」と声をかけられたが、私は首を振った。
○
どこに向かってもゾンビがいる。
どこに向かっても死体が転がっている。
頭を撃ちぬかれたゾンビだった者の死体は、見て踏みつけたとしても意外なほどに精神的なショックはなかった。
問題は犠牲になった村人の死体だ。
大人も、保安官も、老人も、少年も少女も、区別なく死体となって倒れていた。
おびただしい量の血を流し、腹からピンク色の内臓をこぼし、苦悶の表情のまま地面に転がっていた。
この世の、地獄である。
戦う前の不安は、憤りに変わっていた。
何故、無実の村人が死ななければならない?
怒り心頭に発すると同時に、元凶であるネクロマンサーへの憎悪が煮えたぎる溶岩のように頭に沸き上がった。
押し寄せるゾンビをできるだけ引き付けてから頭を撃ちぬいていく。
私の腕で無駄弾を少なく、かつ確実に頭部を破壊するには、危険だがこれが一番手っ取り早かった。
ゾンビ集団の最後の一体を倒すと同時に、弾がなくなりホールドオープン状態になる。
マガジンをリリースし、ポケットから取り出した新しい弾倉をリロード。
スライドリリースレバーを押す。
持ってきた予備弾倉は、心許ない重さなっていた。
いとも簡単に残弾は減っていく。ゾンビの数が多すぎる。
目の前を小さな女の子が、泣き声を上げながら走っていった。
その後ろを、何体ものゾンビが追っていく。
「……っ!」
助けに行くべきだと体は動こうとしたが、頭は弾の無駄遣いだと叫んでいる。
見捨てるべきか?
助けるべきか?
ゾンビに殺された時のことを思い出す。
冷たい死肉に、孤独と痛みと絶望のなかで死んだあの記憶を。
あんまりな最期だ。年端もいかない少女に、そんな苦痛を味わせてもいいのか?
一秒にもみたいな時間だが、私は茫然と立ち止まった。
「……助けたいんでしょ! 行くよ!」
そんな私の手を、シキが引っ張っていく。
「急がなくていいのかよ!?」
「村の出入り口はたくさんあるの! そっちに行けばいいんでしょ!」
シキの誘導に従って、私は立ち入ったこともない場所を進んでいく。
「何で急に助けるとか言い出したんだ!」
「ここからだったらあっちに行ってもこっちに行っても別に時間は同じなの! それに、ここで見捨てたら後で絶対に後悔するでしょ! ならこっちに行ったほうが速いから!」
「……サンキュー!」
私たちは少女を追いかけた。
残弾は想像以上のペースで減っていく。
ゾンビの胴体をいくら撃っても効果がない以上、的確に頭部を破壊してワンショットワンキルを心掛けるべきだが、そう都合よく動くことはできなかった。
道中、保安官の死体からリボルバーを拾い、できるだけ多く攻撃手段の確保に勤しむ。
遠くから、勇ましい女性の叫びが聞こえた。
誰かが、戦っているようだった。
頭蓋をかち割られて壊されたゾンビの骸や、頭と胴体が泣き別れたゾンビの骸が目に入るようになる。
黄色い脂肪が浮いた血溜まりに足を踏み入れ、死体を踏みつけて先を急いだ。
「……あそこ!」
シキが指さす方向に、私はゾンビ集団の後ろ姿をようやく捉えた。
女の叫び声。無数の死人の群れが一斉に足取りを崩し、よろめいた。
見れば、向こう側に見慣れた少女が一人。
数時間ほど前に私に忠告を送った少女の、イブキであった。
彼女は両手に斧を持ち、返り血を全身に浴び、肩で呼吸をしながら、ゾンビに一人で立ち向かっていた。
彼女の背後には、一人の子供がいる。
「おい! 今助けるぞ!」
イブキの視線が一瞬私に向いたが、帰ってくる返事もなく、息も絶え絶えに斧を振るいゾンビをなぎ倒し続けていた。
首が刎ね飛び、どす黒い血が壁を染める。
私に気がついたゾンビが、おもむろに振り向く。
すかさず頭部に向けて発砲し、反応の遅れたゾンビの無防備な後頭部にも続けて銃撃する。
ハンドガンはすぐに弾切れを引き起こした。
私はリボルバーに持ち替えて、残りのゾンビをせん滅した。
○
雨の日に靴がぐちょぐちょに濡れたことは何度でもあったが、血が靴下まで濡らした経験は初めてだった。
踏み越えた屍山血河の先に、助けることができたのは二人の少女だ。
一人はイブキ。
満身創痍の様子だが、決して気は休めず、肉と脂肪でドロドロになった斧を杖代わりにして乱れた息を整えていた。
もう一人は、商人のサクラだ。
両手で一冊の本を抱きかかえるようにしながら、絶望と涙液に染まった顔で、物珍しいものを見るような眼で私を見ていた。
ハンドガンをリロードする。残りはもう22発しかない。
リボルバーも弾切れだ。今では文鎮の代わりにもならない。
「ほら……やっぱり、ゾンビと、……戦う人、だったんじゃ――」
イブキは荒れた息で話しかけてきたが、斧を支えにしているにもかかわらず、足元がふらつき、体が重力に引かれて倒れそうになる。
「ごめん……ちょっと、限界かも……」
斧を手放し、壁に手をついて、イブキはぐったりと膝をついた。
支えようと近くに行けば、返り血に塗りつぶされて見ることのできなかった傷が、体のあちこちにあったことに気がついた。
今にも泣きだしそうな顔で、近くにいたサクラが叫んだ。
「あぁぁ……! ごめんなさい、ごめんなさいイブキさん! 私のせいで!」
涙と鼻水を垂らしながら、なりふり構わずサクラは歎願する。
「ソラさん! なんとかすることはできませんか!? このままじゃイブキさんが死んじゃいます!」
「……無理だ……」
サクラは世界が終わったような顔で、イブキを見た。
涙はこそは見せなかったが、彼女の全身は小刻みに震えていた。
何もかもを割り切れば、私にとって死は何一つデメリットのない現象だ。
死ねばすべてが元通り復活するのだから。
ゆえに怪我を癒す道具など、持つことすら考えなかった。
「二人とも、どいて」
思いもしない声が聞こえた。シキの声だった。
彼女はイブキの血だらけの体に触れると、祈る司祭のごとく瞳を閉じた。
「……別に、あなたのためじゃないから」
じっくりと凝視すれば、侵食するように表皮が広がり、イブキの傷口を塗りつぶしていく。
常軌を逸した異様な光景だ。
目に見えぬ偉大な力が、目の前で引き起こされている。
「治療の、魔術」
サクラが信じられないとばかりに、ぽつりと呟いた。
「お前そんなこともできたのかよ……」
「……一日に何回でもできるものじゃないから、使わなかっただけ」
シキは、血まみれの狩人の頭に手を乗せた。
それだけでイブキの表情が軽くなる。
「痛みが、なくなった……?」
「これなら自分で歩けるでしょ」
よろよろとだが、イブキは自分の足で立ち上がった。
目を合わせずにぶっきらぼうにシキは言う。
「痛みは誤魔化してるだけ。怪我そのものは、完全には治ってないから」
そして、一息つくと。
「……私が魔術であなたたちを助けたことは、絶対に口外しないで。もしもこの話を誰かから聞いたら、許さないから」
誰とも話すことすらほぼしなかったシキが、他人を助けたことだけは、何か良い変化が起こった結果だと私は感じた。
○
サクラがふらつくイブキに肩を貸しながら歩いている。
私は前方を警戒し、シキは後方を警戒しながら、4人で出口へと向かった。
辺りのゾンビは殺し終えたのか、隠れてしまったかのように姿が見えなくなった。
そのため目的地にはあっけなくたどり着いた。
出口に続く通路にはバリケードが組まれており、その向こう側に目つきの悪い保安官のカガが見えた。
バリケードの前にはゾンビの山が築かれている。
銃を下ろし、後ろのイブキとサクラに道を開ける。
中にいた男たちによってバリケードが開かれ、私たち4人は内側に受け入れられた。
「君たちか……その二人は、どうした」
カガは、ぐったりしてるイブキとサクラについて私に問いかけた。
私は若干乱れている呼気を落ち着いて整えて、
「助けたんですよ。だいぶ限界だと思うんで、保護してあげてください」
シキがいつものように、私の背中に隠れる。
「俺たちは外に行きます。何も言わないで通してください」
カガにそう告げると、驚きに目を見張ったが、すぐに普段通りの口調で言う。
「残念だが……出口は爆破され、塞がってしまった。ここから外に出ることはできない」
背中に隠れたシキが、顔を出した。
「……う、そ」
「正面の入り口は無事だが、今もまだネクロマンサーが送り込むゾンビと激しい戦闘が続いている。……もしも外に出たいというのなら――」
「正面、突破……」
シキが、私とカガにしか聞こえないようなか細い声で、そう言った。
私は参ってしまった。弾を半分以上使い果たして、また振出し?
……冗談じゃ、ない。
心が折れる予兆が沸き起こる。
もう、ここで待機していれば安全だろうと思ってしまった。
肉体的な疲労はともかく、心理的な疲労も限界がかなり近いのが分かる。
あんなに多くのゾンビを殺して、二人も助けたんだ……甘い考えが頭をよぎる。
ハンドガンの弾も全弾撃ち尽くしてしまった。
売ればいくらの金になって、何日生活できた? あまり想像したくない。
考え込んでいるとカガがやってきて、私に何かを差し出した。
「弾が必要なんだろう。持っていくといい」
唐突に渡されたのは、木箱に整列された詰められたペーパーカートリッジと雷管であった。
「……金なんて持ってないですよ」
「それでも構わん」
私は木箱を受け取った。隣にカガが来て、壁にもたれて腕を組んだ。
「ネクロマンサーに打ち勝つためには、投入されるゾンビを徹底的に排除するか、ネクロマンサー本人を打ち取るかの2つしかない。そのために、今は一人でも多く戦える人間が欲しい。まだ戦うなら、戦ってくれ」
木箱の中に入っているペーパーカートリッジの数を確かめる。
拾ったリボルバーも合わせると、私は拳銃を二丁持っている。
シリンダーには6発装填が可能。二つ合わせて合計12発。
「ありがたく貰いますが、外に出るまで、ですよ」
「ああ、それでいい」
私は言葉に甘えて、リボルバーにペーパーカートリッジを詰め始めた。
シリンダーに差し込んではレバーを下げる。これを6回繰り返す。最後に小指の先ほどの大きさの雷管をニップルにはめ込む。これも6回繰り返す。
黒色火薬の煤で手が黒くなる。
慣れない作業だ、時間をかけて私は装填作業を進めていく。
カガが横で口を開いた。
「ハイヴは死体の補給に来ているようだ。出口を一か所以外すべて塞いだのも、そのためだろう。ゾンビも古いものが投入されているあたり、これ以上手荒なことはないと思っていいだろう」
リボルバー一丁の装填を終えて、もう一つのリボルバーにも装填を行う。
……たとえ予備のペーパーカートリッジを持っていったとしても、戦場の中心で、興奮に震えた体で、素早く装填を行える自信はなかった。
ハンドガンも、正直心細くはある。
マガジンを引き出し、残弾を確認する。
「見ない形のものだな。銃なのか?」
「外で拾ったんです。異世界人の銃です」
「……」
カガが興味深そうに私の手元を覗き込んできた。
近距離ならば、私が扱っても頭を的確に撃ちぬくことができる良い銃だ。
どの程度ほったらかしにされていたのかは分からないが、装弾不良も起こすことなく正しく動作を行ってくれる。
しかし、どんな名銃でも弾が無ければ、ただの鉄の塊だ。
「すみません、ソラさん」
サクラが、真剣なまなざしで私の肩をゆすってきた。
彼女の視線もハンドガンに向けられていて、それから私の顔を力強く凝視して。
「もしかしたらその銃の弾。私の店に置いてあるかもしれません」
それは、パンドラの箱である。




