第03話4/4 懺悔
「そうだったのですか……。ナグルファーはこの国から追放された民の国……」
カナリアは帝国での顛末を女王に話した。
「すまない。俺のせいだ……」
「カナリア様は悪くありません。むしろ我が国の不手際でカナリア様につらい思いをさせてしまいました。なんとお詫びすればよいか……」
「だが、暴れたのはどういう事なんだ。君がそんな事をするとは信じられない」
カナリアの記憶を覗いたエクスも、彼の不可解な行動に疑問を持っていた。
「俺にも分からないんだ。突然、哀しみと怒りが湧き上がって自分を制御できなかった」
エクス、女王ともに怪訝な顔をする。
だが、カナリアには他に説明のしようがなかった。
1番困惑しているのは自分自身なのだから。
あれほどの破壊行為を、まして未遂とはいえナグルファー皇帝を害する寸前まで暴れてしまった以上、帝国はさらなる脅威を感じて恨みとともに報復してくるだろう。
その時のことを考えるとひどく頭が痛む。
「……ともかく、起きてしまったことは仕方ない。早急に本格的な報復への備えをしないと……。女王様、人をお借りできませんか?」
「兵士達と、手の空いている民を集め手伝わせましょう」
「お願いします」
エクスとの相談の後、女王は家臣団へ指示を飛ばし始めた。
自分も何か出来ることを……と、立ち上がったカナリアにエクスが近づく。
「カナリア、2人で話がしたい。向こうへ行こう」
「え……?」
2人は人気のない場所へ移動する。
歩きながら、カナリアは帝国での事を責められるんだろうと思っていた。
さっきは女王の手前、強く言えなかっただけだと……。
だがエクスが口にしたのは、カナリアにとって今1番触れられたくない部分だった。
「カナリア。君は……人を殺した事がなかったんだな」
「っ……!?」
カナリアは思わずエクスに背中を向けた。
「どうなんだ?」
エクスは普段の優しさを感じさせない、冷たい口調でカナリアを問い詰める。
「あぁ、そうだ。俺は、初めて……人を殺した」
絞り出すように己の秘密を告白する。
流れそうになる涙を堪らえようと、握りしめた拳が震える。
カナリアの心の底に秘めた、忸怩たる思いが堰を切ったように溢れ出す。
「確かに……俺はエインヘリアルとして戦ってきた。人間を相手にする事もあった……あったけど!人間は俺達が姿を見せるといつも戦いを止めた。それに人間は他の種族から攻められる事が多かった。守る事の方が多かったんだ!だから……! 」
話すにつれ、カナリアの姿がどんどん縮こまっていく。
自分が居た過去の世界と、今の世界は違う。
巨人は巨人だと決めつけず、もっとよく見るべきだったのだ。
かつて守っていたものが敵となり、それを殺めてしまった……。
懺悔するようにうなだれるカナリアを見て、エクスは彼なりの事情を理解した。
理解はしたが、これから先の事を考えればそれだけでは済ませられない。
「……戦えるのか?」
エクスは更にカナリアを問い詰める。
「え……」
「君はこれから、帝国が送り込んでくる巨人と戦い続ける事が出来るのか?」
「……」
その問いに、カナリアは答えられなかった。
「カナリア。今、この国を守れるのは君しかいない。そのために敵の命を奪ったとしても、誰も君を責めたりはしない」
「……そうかもしれない。けど……」
それで人の命を奪ったつらさが消える訳じゃない。
両腕に、脚に、冥鬼兵を破壊した感触が蘇る。
いま考えると随分と軽い感触だった。
肉が詰まった昔の巨人とは違う、がらんどうの身体。
身に着けた鎧は容易くひしゃげ、壊れる。
その手応えの軽さがカナリアの心を更に苦しめる。
あんなにも軽く、人の命を叩き潰し、踏み潰し、斬り裂いたのだと……。
人としての記憶、心が残っているからこそ、カナリアは苦しんでいた。
「俺は、どうしたらいい……」
震える両手を握りしめる。
帝国の人達は被害者みたいなものだ。
でも、この国の人達を守るためにはその帝国と戦わなければならない。
これ以上、誰かを傷つけたくない。
本当は巨人だって殺したくない。
相反する想いが雁字搦めにカナリアの心を縛っていた。
「ふぅ……」
優しすぎる……。
すっかり黙ってしまったカナリアを見て、エクスはそう思った。
彼は本質的に戦いに向いていない性格なのかもしれない。
だが彼女は知っていた。
この優しさがなければいけないのだと――。
「意地悪なことを言ってすまなかった。気を落とさないでくれ」
そう謝ると、エクスはカナリアの肩に乗り、慰めるように彼の頭を撫でた。
その表情は先程までとは一転して柔らかく、まるで泣き虫の弟を見るような慈愛に満ちた、優しい眼差しがカナリアに向けられる。
「私も、今の君と同じように悩んでいた時期があった」
「え……」
「旅をしていれば、そういう事もある」
自分と同じように……?
なら、無くす方法を知っているのか?
この吐き出しても吐き出しきれない後悔と罪悪感を……。
「どうやって克服したんだ?この苦しさを……」
カナリアはすがる思いでエクスに尋ねた。
「克服なんて……してないよ」
「え?」
「仕方なかったと、ある程度は割り切って……それでもずっと悩み続けてる」
話すにつれ、エクスの表情がどこか哀しげになっていく。
「お前も、そうなのか……」
「そう簡単に消えるほど軽いものじゃないさ。でも、痛みを感じなかったら何が正しいのか分からなくなる。だから……この痛みも、苦しみも、必要なものなんだ」
その言葉とともにエクスは胸に拳を当て、うつむいた。
「必要なもの……」
「"殺す覚悟"なんて、持たなくていい。この先、君が迷ったら、躓いたら、私が立ち上がるまでの時間を稼ぐ。君が本当に守りたいものを、守れるように……」
言葉とともにエクスはカナリアの左手を見つめ、カナリアはかつてそこにあった絆のブレスレットを幻視する。
自分が本当に守りたいもの……。
形は無くなってしまっても、確かにそこにあるもの。
「カナリア。君は今、故郷も、仲間も、自分も、何もかも失った気持ちになっているかもしれない。でも新しく繋がれるものもある。私が君を支える。だから私にも、君を頼らせてほしい」
「どうして俺に……そんなに優しくしてくれるんだ?」
カナリアにはエクスが何故こうも自分を気にかけてくれるのか分からなかった。
もっと辛辣な言葉で責められても文句は言えない。
自分はそれだけの事をした。
なのにどうして……?
「わかるから」
「え……?」
夕焼けの中、カナリアの頬にそっと身体を寄せ、エクスは言った。
「私はこれまで色んな世界で色んな人達を見てきた。中には凄惨な戦いの世界、人の手ではどうにもならない厄災の世界もあった。でも、どの世界にもそれに立ち向かう人達がいた。絶望の中でも決して諦めない人達が……。カナリア、きっと君もその1人だ。私はそんな人達の助けになりたい。この世界に流れ着いたのは偶然だけど、だからこそ私と君がこうして出会った事には必ず意味があるんだ」
カナリアにはエクスの話す"世界"が何を意味しているのかわからない。
だけど彼女の行動、言葉、表情が物語っていた。
きっとこの子は、自分よりも多くの哀しみを背負っているのだと……。
そして、その哀しみに負けずに立ち上がってきたのだと……。
「エクス……君は……」
「カナリア、全てを割り切るなんてできない。でもそれでいいと思う。私はそんな人間が好きだ。悩みながらも進み続ける人間が……」
エクスはその小さな身体でカナリアの頭を優しく抱きしめた。
柔らかで、暖かな感触が伝わる。
「う、うぅ……」
カナリアの瞳から大粒の涙が溢れた。
この痛みを抱えているのは自分だけじゃない。
それだけで心が楽になっていく。
それに彼女は自分の事を人間と言ってくれた。
人ならざる姿になった自分を……。
「その痛みから、苦しみから立ち直れたなら……君はもっと強く、優しくなれる」
「う……う、く……うぁ、っぐぅ……」
カナリアの瞳から涙がひとつ落ちる度に、哀しみが、後悔が、罪悪感がこぼれていく。
彼に受け止められるだけの量を残して……。
エクスは確信した。
この優しい少年にあんな事はできないと。
彼の暴走は明らかに外的要因によるものだ。
何らかの精神攻撃かそれとも……。
(……ん?)
エクスは自身に起きている、ある異変に気づいた。
「カ、カナリア。そろそろ泣き止んでくれ……でないと」
「……え?」
泣きじゃくっていたカナリアが目を開けると、濡れてびしょびしょになったエクスがそこにいた。
「あはは……」
「あれ?なんで濡れて……」
雨は随分前に上がっている。
ならどうして濡れているんだ?
こんな大量の水どこから……。
(あ……)
カナリアは先程までエクスがどこに居たかを思い出し、水分の正体に気づいた。
「俺の涙か!?」
どうやらカナリアが流した大量の涙で濡れてしまったようだ。
「ごめん!」
「謝らなくていいって。……泣いて少しは気が楽になったかい?」
「あぁ、ありがとう。それはそうとエクス……君は一体何者なんだ?さっき言ってた他の世界って……」
「私は……」
「カナリア様!エクス様!兵達が集まりまし……うわっ!」
エクスが自身について語り始めようとした矢先、報告に来た兵士が話を遮った。
びしょ濡れになったエクスを見て驚いている。
そりゃそうだ、とカナリアは思った。
「すまない。何か拭く物をくれないか」
「は、はいぃ!」
赤面した兵士は慌てて城へ戻っていった。
「私の話はまた今度。行こう!」
それからエクスとカナリアは女王や兵士達と今後の防衛策について話しあった後、冥鬼兵の残骸から亡くなったパイロットを運び出し、丁重に埋葬した。
つらい作業だったが、耐えられる強さ、受け止められる強さをエクスが与えてくれた。
墓標の前で祈り、カナリアは改めてこの国を守りぬく決意を固めたのだった。
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完結できるように頑張ります。
鬱展開はここまでです。