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68 チヒロの華麗なる策略

SIDE:ルビーフェルド王国


「なに!? 炎竜帝が『魔王』だと?」

「はっ! そして、倒せるのは『モエ』という名の『神々の使徒』だけだそうです!」


 王都メイクァート中心部にある王城。『碧空の鷲獅子(ブルーグリフォン)』に張り付いていた諜報部隊が齎したのは驚きの情報であった。


「魔王……いや、倒す方法が分かっただけでも僥倖か。して、その『モエ』というのはどこに居るのだ?」

「それが……『神に願え』と」

「は?」

「神々の使徒を遣わされるよう、神に願えとだけ」


 諜報部隊を司る第一騎士団副団長は頭を抱えた。これは団長に何と報告すれば良いのだ? 炎竜帝は魔王で、魔王を倒すのは神頼みです、とでも言うのか?


「……神殿と宮廷魔術師団に聞いてみるか」


 副団長は、部下を神殿と宮廷魔術師団に走らせるのだった。





SIDE:ヘイロン


「ヘイロン、あんなこと言って良かったの? 諜報部隊の連中が聞いてたのに」


 炎竜帝の神殿に帰って来たヘイロンとマリー。そして何故かルーロンもついて来た。と言うか転移する時に自ら飛びついて来た。


「良いのだ。聞かせるのが狙いだからな」


 隣にいるマリーは「さすがチヒロ様! さすひろです!」とニコニコ顔だ。


「チヒロ? って誰?」

「ふっ……ふふふっ……ふわーっはっはっはっはー!!」


 神殿にチヒロ(ヘイロン)の高らかな笑い声が木霊した。ルーロンが目を真ん丸にしてその様子を見ている。


「はー……ごめん、ルーロン。普通に喋っていい?」

「は?」

「いや、ヘイロンっぽく喋るのに疲れちゃって」


 え、え、なになに、どういうこと? ねえマリー、あなたは知ってるの? 風竜帝ルーロンが突然のことにあわあわした。マリーはこれどうぞ、と言ってお茶を差し出す。受け取ったルーロンが椅子に腰掛けた。


「はぁ、マリーの淹れてくれるお茶、美味しいわぁ…………じゃなくてっ!」

「まあまあ落ち着きたまえ、ルーちゃん」

「ルー……()()()?」


 口元にカップを近付けたまま固まるルーロン。


「森で話した事は全部本当。私が魔王であり、神々の使徒であるって話ね」

()()()……?」

「今、ヘイロンの意識を司ってるのはほぼ私、チヒロなんだ」


 頭の上にクエスチョンマークを3つ並べたルーロンに、チヒロが順を追って説明する。


 地球という世界の混沌を司る神、エイシアによって、本庄千尋という15歳の女の子が妹の身代わりで『魔王』にされかけたこと。

 その時たまたま発動していたスキルによって、精神と肉体の改変を防ぎ、滅茶苦茶なパワーアップだけを享受したこと。『魔王化』が上手くいかなかったため、ここキナジアで呪いによってぶっ飛んでいたヘイロンをカモと定め、融合されたこと。


「融合って言っても、千尋の肉体はちゃんと守られてるよ」


 覇王印のスキルさんが良い仕事してくれてるんだ。チヒロは楽しそうに話す。


 保護障壁の中でずっと眠りに就いている千尋の意識の一部が、精神体「チヒロ」となったこと。呪いを浄化して、精神体のヘイロンと仲良くなったこと。


「それで……その精神体のヘイロン? つまりヘイロンの意識よね? それはどうなったの?」


 お互いの記憶を共有しているチヒロとヘイロンであるが、これまで5千年に渡って戦いに明け暮れていたヘイロンは、端的に言えば現在休暇を満喫中である。


「えーっとね、今は……修学旅行で入った九州の温泉を満喫してるね」

「シュウガク? キュウシュウノオンセン?」

「ま、まあ、ゆっくり楽しんでるってこと」

「じゃあヘイロンがいなくなった訳じゃないのね」

「うん。私に思考と言動を任せてる状態だね」


 分かったわ。とにかく分からないけど分かった。ルーロンがそう言ったので、チヒロが続ける。


 チヒロは元の世界に帰る方法を探していた。ヘイロンと本庄千尋を分離するのは難しくないが、千尋の意識が覚醒しないとヘイロンの体に危険が及ぶ。


「それともう一つ問題があってさ」


 本庄千尋は、()()()()()になっている。世界を渡る転移の加護を使って地球に帰っても、千尋の居場所がない。


「これをどうにかしないとって考えてたんだけど、どうしたら良いか分からなくって。そしたら今朝、ルーちゃんが帰った後にケルちゃん様が来てくれたの!」


 ここへ来て、ルーロンは理解する事を諦めた。ヘイロンが実はヘイロンじゃなくてチヒロってだけで頭が大混乱なのに。違う世界から来た? 神に融合された? そして新たな人物が登場だ。取り敢えず話を聞くだけ聞こう。で、ケルちゃんって誰?


「ケルちゃん様は、うーちゃん(ウルスラ)様の神使(しんし)で……って詳しい話はいいか。とにかく、ケルちゃん様が教えてくれたんだ!」


 ウルスラの神使、ケルニアは、エイシア神が作った次元の通り道(ディメンションパス)を利用してチヒロの下に来てくれた。


 千尋をいないことにした世界の改変。ウルスラはすぐに気付いた。バルケムから一人で帰って来た萌を見て、千尋に何かがあったと分かった。


 世界改変は神にしか成し得ない。更に悪い事に、改変された世界に他の神が直接干渉する事は許されていない。世界を元に戻すには、その世界の住人が千尋の事を認識するしか方法がないのだ。


 萌が千尋に会うこと。それが「千尋がいるのが当たり前」の世界に戻す唯一の方法である。


「その、モエっていうのは?」

「千尋の妹だよ。何よりも大切に想ってる」


 萌が近くに来れば、千尋が必ず覚醒する。何と言っても筋金入りのシスコンだ。萌が目の前に来て目を覚まさなければ、最早「本庄千尋」とは言えない。それくらい、チヒロには確信があった。


「ただ、この世界の神が使徒の派遣に同意しないといけないんだよ」


 その点は恐らく何とかなる、とケルニアが教えてくれた。今回エイシアがやらかした事は神として看過できない事で、ウルスラが最高神にまで事態を伝えてくれたらしい。最高神を通じて、この世界の神の同意は得られる筈だ、と言われた。


「それと、この世界の誰かが使徒の召喚をしなきゃならない」


 千尋と萌がリムネア、バルケム、ともに祭壇のような場所に降り立ったのは、それぞれの世界の人が「召喚術」を使ったかららしい。

 秩序を司る神と言えども、呼ばれてもいない場所に使徒を送るのは困難である。逆に召喚術を使ってくれれば送るのは簡単のようだ。


「だからあそこでペラペラ喋ったのね」


 そうだよ! と元気よく返事するチヒロ。迫力のある炎竜帝の顔で、である。


「災厄の黒竜なんて言われてる炎竜帝を討伐しろ、なんて言う王様でしょ? 魔王が現れて、それを倒せるのが『モエという名の神々の使徒だけ』ってヒントまで貰ったら――」

「必死になって召喚しようとするでしょうね」


 なるほどねー、と感心した様子のルーロン。マリーが何故かドヤ顔になっていた。


「でもちょっと待って。千尋が分離した後、ヘイロンはどうなるの? やっぱり魔王として討伐しようとされるんじゃ?」

「任せて。それについても考えてるから」


 さすひろです! とマリーが満面の笑顔で手を叩く。


「でも、ルビーフェルドはもしかしたら()()()()()()()かもねー」


 チヒロが魔王みたいなことを言い出した。


「ルビーフェルドが……なくなる?」

「ああ、最悪の場合は、ってこと。積極的になくそうとは思ってないから」


 ルーロンは(やっぱり『碧空の鷲獅子』のみんなを連れてパールグランに逃げよう)と決心するのだった。





SIDE:マリー


 さすがチヒロ様! 全て計算済みなんですね!


 初めてこの神殿に連れて来られた時、私はヘイロン様に食べられるものと諦めていた。

 3年前から村では「生贄の可哀想な子」として扱われ、優しくされ、時に憐みの目で見られ、大事にされてきた。パールグラン王国を守るための大切な役割。身寄りのない私に与えられた大役。


 でも本当は怖かった。痛いのかな。苦しいのかな。怖くて仕方なかった。3年間で涙は枯れ果てて、感情に蓋をする術を身につけた。


 実際には食べられるなんてことはなく、神殿でヘイロン様にお仕えすることになった。最初の夜、まだ怖くて目も合わせられない時に、ヘイロン様が「実は中身はチヒロって言うんだよ」と全て教えて下さった。取り敢えず内緒にしててね、と言われた。


 私が、なんとなく妹のモエさんに似てると言って、嫌じゃなければ近くで寝て欲しいと優しく頼まれた。


 黒い災厄と呼ばれる炎竜帝様が、寂しいから近くにいて欲しいと乞うたのだ。


 その時から、私はヘイロン様を全力でお支えしようと心に決めた。どれだけ強かろうと、中身は私と同じ15歳の女の子なのだ。


 今も、街で買ってくれたベッドの横で、ヘイロン様は「むにゃむにゃ」と言いながら丸くなって眠っている。


 願わくば、チヒロ様が無事元の世界に帰っても、ヘイロン様が変わらず優しい方でいらっしゃいますように。私はヘイロン様の鼻先に掌を当ててそう願い、ベッドに潜り込んだ。

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