67 忘れがちだけどヘイロンって魔王なんですよ
SIDE:ヘイロン
「あ、あの、ヘイロン様……お尻が痛いです」
背に乗せたマリーが遠慮がちに抗議の声を上げた。
今は炎竜の領域から北東に向かって飛んでいる最中である。ヘイロンが飛んでいるだけで、人族の街や村では阿鼻叫喚の騒ぎになるため、「気配遮断」「認識阻害」を使った上、なるべく人族のいない地域の上空を飛んでいる。気遣いの出来る竜である。
「おおぅ、それは済まなかったな」
ヘイロンは一度地上に降り、マリーを前足で抱きかかえて再び飛び立った。竜鱗はあらゆる攻撃を跳ね返すだけでなく、ゴツゴツしているし、鋭く尖っている部分もある。そりゃあお尻も痛くなるだろう。
「これで問題ないか?」
「はい!」
ルーロンが『今から来れる?』と念話を送って来た。特に用事もなかったのでルーロンの下に向かっている次第である。マリーを連れて来たのは、人族と会うならマリーが居た方が相手も安心するだろうと考えたからだ。
マリーが神殿で働くようになって5日。彼女は驚くべき順応性を見せ、よく働いてくれている。ヘイロンにも懐いてくれていた。
「あれがルビーフェルド王国の王都、メイクァートですか……」
遥か眼下に防壁で円状に囲まれた街が見えて来た。今は僅かに陽が傾いてきた頃なので、防壁や高い建物が作る影と陽が当たっている部分のコントラストが良く見える。
王都の手前には割と大きな森があった。距離は5キロくらい離れていそうだ。ヘイロンは「擬態」も重ね掛けして森にゆっくりと降り立った。木々から一斉に鳥達が飛び立つ。
ヘイロンは、まるで壊れ物を扱うかのようにマリーを優しく地上に降ろした。
「ルーロンが指定した場所はここの筈だ。しばらく待とう」
「はい!」
マリーは目をキラキラと輝かせながら周りを見回す。森など珍しくもないだろうに、と言うと、植生が違うのですよ、と返される。そんなものか、そうです、などと話をしていると念話が届いた。
『ヘイロン、前話した冒険者の他に尾行者がいるみたい。たぶん王国諜報部の連中よ』
『別に構わんぞ』
『ほんと?』
『隠し立てするような事はない』
『分かったわ』
そのまましばらく待っていると、木々の間から二頭立ての馬車が近付いて来るのが見えた。
「マリー、ルーロン達を迎えに行ってやってくれ」
「分かりました!」
倒木に腰掛けていたマリーが、とてとてと木々の隙間を走って行く。ヘイロンは少し身を縮めるようにして、「気配遮断」「認識阻害」「擬態」を解いた。身を縮めないと梢から頭が出てしまうのだ。
他者から姿が見えるようになって、驚愕と恐怖に息を飲む気配が伝わって来る。ルーロンが言っていた尾行者だろう。
「ヘイロン様! お連れしました」
「ヘイロン、今朝ぶりー」
マリーとルーロンの後ろから5人の男女がついて来た。彼らはヘイロンからだいぶ離れた場所に跪いて頭を下げた。
「炎竜帝陛下、お初にお目にかかります。『碧空の鷲獅子』リーダーのデュークと申します」
一人ずつ、簡単に名前だけ告げる。
「このような場所で作法もないだろう。我のことはヘイロンで構わない。頭を上げてその辺に座ってくれ」
デューク達はマリーに誘導されて倒木に腰掛けた。心なしか顔が青ざめている。最年少のメイベルなど、今にも吐きそうになっていた。
「みなさん、どうぞ気楽になさって下さい! ヘイロン様は見た目は怖いですけど、心優しい方ですので」
マリーがニコニコしながら語り掛ける。『碧空の鷲獅子』の5人は、全員が(冗談だろ?)と思った。
ヘイロンが、目線を合わせるようにその場に寝そべる。人を5人くらい丸呑みできる大きな口が近付いたので逆効果だったかも知れない。ちょうど5人いるし。
「ヘイロン、あなたの口からこの子達に直接聞かせたいのよ。あなたがルビーフェルドを害そうとする気がないって」
一人だけ立ったままのルーロンがヘイロンに語り掛けた。
「うむ、概ね間違っていない。我はルビーフェルドだけでなく、全ての人族を自ら害する気はない」
その言葉に、冒険者達が「ハッ!」と顔を上げる。デュークが恐る恐る尋ねた。
「あ、あの……それは何故でしょうか?」
「何故? うーむ……逆に問うが、何故我が人族を襲わねばならないのだ?」
問われたデュークが答えに詰まる。
「何故って……竜は人が嫌いなのでは……?」
「ふむ。なるほど、そこからなのだな」
少し長くなるが、と前置きしてヘイロンが語り出した。
「竜と人が決定的に敵対したのは、120年前のパイロン討伐からだ。卵を壊されたパイロンが怒り狂い、2つの国を滅ぼした。それに危機感を抱いた人族の勇者がパイロンを討ち取った」
デューク達も知っている話だ。卵を壊したのが人族であることも伝えられている。
「竜は人が悪いと考え、人は竜が悪いと考えた。どちらが悪いか、今更言っても詮無い事だから置いておく。とにかく敵対した。竜は強大な力を持つ。人は数の暴力を持つ」
いったん言葉を区切る。
「ところで、300年ほど前の話だが、竜と人が協力して魔王を倒したことは知っているか?」
「魔王、ですか?」
「うむ。世界を滅ぼしかねない者が現れたのだ。何の前触れもなく、唐突に」
ヘイロンには、今なら分かる。どこかの世界の混沌の神の仕業だろうと。
「そんな話は聞いたことがありません」
「そうか。まあ、当時は竜同士、人同士の争いが絶えず、いくつかの竜種や人族の国が滅んだような時代だ。そんな混乱の中で魔王が出現し、史実が後世に伝えられずとも無理はない」
ルーロン、話してないのか? と聞くと、そんな昔のこと話したくない、と返ってきた。だってお婆ちゃんみたいに思われるじゃない。
「まぁとにかく竜と人が協力してその魔王を倒したのだが、その時に人族は少々勘違いをしてしまった」
「勘違い?」
「魔王を倒したのは人族である。竜の力など恐れるに足らず、とな」
それから、人族は竜を「狩る」ようになった。100人を超える規模のパーティを組み、罠を張ったり奇襲をかけたり。次第に人族の戦略が竜単体の力を上回るようになり、一体、また一体と竜が狩られていった。竜の体は余すことなく貴重な素材になるからだ。
「そして、竜の中から『竜帝』が生まれた」
竜は自衛の為に集団を作るようになった。集団の中で特に力の強いものがリーダーとなり、大きな集団のリーダーが「竜帝」と呼ばれるようになったのだと言う。
その後は竜と人は狩り、狩られる関係になり、パイロンの卵事件へと続く。
「パイロンの怒りにより、竜の恐ろしさは再び人族に刻まれて今に至る。もう分かったと思うが、竜が人を襲うのは自衛のため。つまり人が竜を狩ろうとしない限り、竜が人を狩る理由はないのだ」
食っても不味そうだしな、と言ってヘイロンは笑った。そうよねー! と言ってルーロンが膝を叩いて笑う。デューク達は「あはははは」と引き攣った笑い声を上げた。
「つまり、人族が竜に敵意を向けない限り、ヘイロン様は人族を害さないという認識で合っていますか?」
デュークが意を決したように尋ねた。
「うむ。敵意には裏切りや奸計も含むがな。少なくとも我が配下の炎竜は、敵意のない人族を襲うことはない」
ああ、それと。とヘイロンが続けた。
「我がこの時代の新たな『魔王』である」
安堵していたデューク達の顔が固まった。ルーロンとマリーは笑顔のままである。
「「「「「え?」」」」」
「正確に言うと、無理矢理『魔王』に作り替えられた。混沌の神の手で『神々の使徒』と融合されて、な」
話の行方が見えない。ルーロンは知っていたのか?
「幸い、我の中に眠る『神々の使徒』のおかげで、人族に対する憎しみは消え、この世界を滅ぼそうという気も起きない。我の命が尽きるまで、そうであった欲しいと願っている」
だが、とヘイロンは続けた。
「もしそうでなくなったら。理性を失って世界を滅ぼそうとしたら。その時は神に願うのだ。『神々の使徒』を遣わして欲しい、と」
ひと際真剣な目で、ヘイロンが発した。
「我を討てるのは『モエ』という名の使徒だけだ」




