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66 ヘイロンは仲良くしたいだけ

SIDE:パールグラン王国


 2人の兵士が持ち帰った炎竜帝からの申し出。それは王国に激震を齎した。


「絶対に何か裏があります!」

「あの黒い災厄が、何の見返りもなく我が国を守護するなど虫が良すぎます」

「守護する代わりに隷属しろ、ということでは?」


 王城の会議室では、国の重鎮が集まり喧々諤々の議論を交わした。


 ヘイロンの申し出を信じられないのも無理はない。長年に渡って、炎竜帝はパールグラン王国にとって恐怖の象徴なのだ。守ってやるから使用人を寄越してね、ちゃんと給金も払うから。そんな話を簡単に信じたとしたら、そいつは頭がおかしい。


「……しかし、わざわざそんな申し出をすることに、何のメリットがあるというのだ? 炎竜帝がその気になれば、我が国など一晩で滅ぼせると言うのに」


 フェルナンド=パールグラン国王が円卓の上座で当然の疑問を漏らした。手元の書類に目を落とす。兵士から聞き取りを行った報告書だ。何度も読み返して一言一句頭に入っているにも関わらず、書類に答えが書いていないかと視線を彷徨わせる。


 王位に就いて30年。58歳の現在に至るまで、王国の危機を何度も退けてきた。小国であるパールグランが他国の侵攻を許さないのは、地理的優位の他にフェルナンド国王の采配が見事であったからだ。民の幸せを考え、腐敗を許さない姿勢は賢王と呼ぶに相応しいものだった。


「炎竜帝は人族と友好関係を結びたがっている、と。俄かには信じ難いが」


 国王は眉を顰めながらこめかみを押さえた。


「陛下。もし言葉通りの意味であれば、我が国にとって願ってもない事でございます」


 宰相のバルジ=カークスが進言する。


 56歳のバルジは、フェルナンド国王が王位に就いてからずっと右腕として政務に当たっている。国王が最も信頼する文官であり、同時にかけがえのない友であった。


 炎竜帝は「人族同士の争いには介入しない」と言っている。それは国家間の戦争に利用するな、という意味にも取れる。そうは言っても、パールグランが炎竜帝の庇護下にあると知れば、おいそれと手出しをしてくる国はないだろう。


 それに――。


「竜の影に怯えずに済む。それだけでも、民がどれほど安心することか」


 自分達の明日は、竜の機嫌次第。そんな環境では未来に希望を抱くことはままならない。竜がパールグランを襲うことはないと民が知れば、今以上に民の笑顔が増えるだろう。


「うむ。やはり直接話をするべきであろうな」

「陛下!?」

「それはあまりにも危険です!」


 そこで一人の男が立ち上がった。


「畏れながら陛下、発言の許可を求めます」


 騎士団の制服に身を固めたその男は、パールグラン王国第一騎士団団長、ザッカート=マルケスである。


「うむ。ザッカート、発言を許可する」

「感謝いたします。炎竜帝との会談は段階を踏むべきと愚考します」

「続けよ」

「はっ。炎竜帝の思惑と危険度が分かるまでは、陛下が会談にご臨席されるのは避けるべきです」

「ふむ」

「最初に炎竜帝と接触するのは、私ともう1名程度にするべきかと」


 自分が炎竜帝と最初に接触する。その言葉がさざ波のように広がり、会議に出席している者達は話の行方を固唾を吞んで見守った。


「それなら、もう1名は私が適任でしょう」


 そう名乗りを上げたのはバルジ宰相。


「騎士団長と宰相が出迎えれば心証が悪くなることもありますまい。武官と文官の長がそれぞれの視点で炎竜帝を見極める。これ以上の布陣はございません」


 むぅ、とフェルナンド国王が口を固く結ぶ。


 炎竜帝との会談。普通に考えたら死地に赴くような任務だ。危険という言葉では生易しい。生きて帰って来れたら僥倖である。かけがえのない親友と、この国の最高戦力を同時に失うかも知れない。いや、その可能性はかなり高い。軽々しく命じることなど出来なかった。


「陛下。我が国の未来のため。民の未来のためでございます」

「我が第一騎士団、命を張って宰相をお守りいたします」


 水を打ったように静まる会議室。全員が息をすることさえ忘れたかのようだった。フェルナンド国王は、宰相と騎士団長の覚悟を重く受け止めた。


「分かった。其方達2名を炎竜帝との最初の交渉役に任ずる」

「「はっ!」」





SIDE:碧空の鷲獅子(ブルーグリフォン)


 ルビーフェルド王国の王都、メイクァート。『碧空の鷲獅子』の拠点に、パーティメンバー5人とルーロンが顔を揃えた。


 居間に集まった面々はルーロンが口を開くのを待っている。


「ヘイロン……炎竜帝に会って来たわ」


 ルーロンは、ヘイロンに会いに行った目的は果たした、と端的に告げた。ヘイロンと炎竜達はルビーフェルドをむやみに襲うつもりはない。パールグラン王国には守護を申し出ている。炎竜帝は、大きな力を持つ者は弱い者を助ける義務があり、大切な何かを守るために力を使おうと考えている。自分が聞いた事を正確に伝えた。


 デューク、カルダン、ランス、メイベル、マリアの5人はルーロンの話に同じ反応を示した。驚くとともに疑念を持ったのだ。


「ルーロン、まずは無事に帰って来て良かった。大変な役目を果たしてくれて心から感謝する。ありがとう」


 デュークがメンバーを代表して労いと感謝の言葉を掛ける。デューク以外のメンバーは(こいつさすがだな)と思った。チョロゴンの扱いに長けている。現にデュークの言葉を受けてルーロンはご満悦であった。


「炎竜帝がルビーフェルドを襲わないのは何よりだが……それはどこまで信用して良いんだろう?」


 デュークの疑問は当然である。その言葉を受けてルーロンが一つ頷いて続けた。


「ここからは私が受けた印象について話すわね。まず、絶対にヘイロンを敵に回してはいけない」


 80年前に会った時と比べて遥かに強くなっていた。それは、恐らく竜帝クラスにしか分からないかも知れない。ヘイロンは魔力を()()に抑えていた。ルーロンは、これまでそんな竜に会った事がない。


 ヘイロンに挑んだ炎竜は、魔力の放出だけで何体も気絶したと言う。攻撃ですらない、ただの()()で、だ。竜帝は確かに別格だが、竜だってそんじょそこらの生物とは比べ物にならない程強い。それを魔力の放出だけで薙ぎ倒したのである。


 想像出来ないほどの圧倒的な魔力量。そしてそれを完璧にコントロールしている。


「一夜にして一国を滅ぼす? 冗談じゃない。今のヘイロンなら、半刻も掛からずにこの星を滅ぼせると思うわ」


 それほどの力を秘めているのだとルーロンは言った。


 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音がする。普段のルーロンの、我儘でかまってちゃんな姿とは違う真剣な態度に、自ずと聞く側も真剣になる。


「つまり、炎竜帝の話が信用出来るか出来ないか、そういう問題じゃないってことだな?」

「でゅっくんの言う通り。ヘイロンは下手な小細工や陰謀を企てる必要がないの。その気になれば神ですらねじ伏せられるんだから」


 彼の呪いが解けたのが唯一の救いね、とルーロンが呟く。


「とにかく、気まぐれでも酔狂でも、ヘイロンは人族をどうこうしようという気がない。なのにこっちから突いて敵対するなんてバカのすることよ。この話を聞いても国王が炎竜帝にちょっかい出そうとするなら、さっさとこの国から逃げた方がいいわ」


 デュークを始めとした『碧空の鷲獅子』メンバーは、苦虫を嚙み潰したような顔をした。王命を下した本人、この国の若き王であるバルサージャ=ルビーフェルドは、いかにもやらかしそうなのだ。


 若くして王位に就き、まだこれといった功績を挙げていないため、焦っている節がある。さらに悪い事に、周りに王を諫めるような者がいないのである。


(こいつぁヤベぇな)


「なぁみんな。パールグランっていい国だって聞くよな?」


 デュークの問い掛けに、4人はコクコクと頷いた。全員、ルビーフェルドから逃げる気満々だった。


 「勇者」の称号より命の方が遥かに大事だ。


「あっ、そうそう。一度あなた達を会わせようと思ってるの。って言うか、もう近くまで来てるみたい」

「ん? 会わせるって誰に?」

「もちろんヘイロンよ」

「「「「「え」」」」」


 散々その恐ろしさを口にしながら、親戚のおじさんみたいな感じで気軽に会えと? 『碧空の鷲獅子』の5人は絶句し、顔から血の気が引いたのだった。

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