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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第536話 新人賞に応募します!

 とある夜。メル子はキッチンの椅子に座り、なにやらしきりに手を動かしていた。黒乃は床に寝転がり、ケツをかきながらそれを眺めた。


「メル子〜」


 呼びかけてみるが返事はない。夜の静けさだけが部屋に染み入ってきた。


「メル子〜」


 黒乃は重い巨ケツを上げ、メル子の向かいの椅子に座った。


「なんか書いてるのか」


 メル子は一心不乱に筆を走らせていた。今はとんと見なくなったレトロな原稿用紙、ごんぶとの万年筆。カッカッとペン先を打ち付ける小気味よい音が、机を通して伝わってきた。


「なに書いてるの?」


 メイドロボはご主人様には目もくれず、書き上げた原稿用紙を束の上に置いた。新たな紙を引っ張り出すと、机の上に丁寧に広げた。

 黒乃は積まれた原稿用紙を一枚指でつまんだ。


「どれどれ?」

「キェェェェェェェェェイ!!!」


 メル子は、黒乃の手の甲に万年筆を突き立てた。


「ぎゃぽぽぽぽぽい!」


 黒乃は椅子ごと後ろに倒れ悶絶した。


「なにをしていますか!?」

「それはこっちのセリフでしょ! ご主人様になんてことすんの!?」

「これは未発表の原稿です! ただで読むことはできません!」

「ええ!?」


 黒乃は倒れた椅子を起こすと、腰をさすりながら座り直した。すでにメル子は、黒乃を無視して執筆に専念していた。


「原稿ってどういうこと? いつから作家になったのよ?」

「これから作家になるのです。そのための原稿です」

「ああ……そういえば、作家になりたいとか前に言ってたな……(473話参照)」


 黒乃はメル子の青みがかった目を見た。その機械仕掛けの眼球が放つ光は鋭く、とても冗談を言っているようには見えなかった。


「でもさ、今時珍しいよね。手書きの原稿なんてさ。あ、でもAIが書いてるから今時なのかな? プププ」


 メル子は黒乃を睨みつけた。一瞬にして笑顔が引きつってしまった。


「ねえねえ、それ書いたらネットワークで公開するの? ただじゃ読めないって言ってたけど、お金取るの?」

「新人賞に応募するのです」

「新人賞!?」


 小説の世界には様々な賞がある。誰もが知る芥川賞や直木賞などの格調高いものから始まり、ネットワーク上で応募ができるカジュアルなものまで、それこそ星の数ほど存在する。大きな賞を取れば圧倒的な知名度と名声を得られ、書店で大々的に販売されるだろう。小さな賞でも書籍化やコミカライズ、映像化の確約を謳うものもある。

 多くの作家が受賞を目指し、日々鎬を削り合い、ある者は散り、ある者は大輪の花を咲かせる。決まった文字を並べるだけの単純作業に、どれほどの汗と涙とよだれと鼻水が流されてきたか、諸君らは想像できるだろうか?

 文字の数は決まっている。よってその組み合わせの数も決まっている。しかしその組み合わせ数は、この宇宙に存在するすべての原子の数よりも多い。故に物語は無限なのだ。その無限の渦の中にペンを一本持って飛び込み、一つの物語を掬い上げてくる。それが執筆、それが創作なのだ。


「そんな恐ろしい世界に、メル子は飛び込もうとしているのか」

「なんのお話ですか」


 メル子は書き終えた原稿用紙を積むと、真新しい原稿用紙を広げた。躊躇いもなくペンを走らせたかと思うと、何分もシャットダウンしたかのように停止することもあった。


「ねえ、どんな新人賞に応募するのさ?」


 メル子は万年筆をテーブルに置いた。腕を伸ばし、首を回す。


「隅田川ロボット大賞ですよ」

「あー、聞いたことあるわ」


 隅田川ロボット大賞とは、作家ロボの登竜門として知られる歴史のある新人賞だ。毎年開催され、数々の人気作家ロボ、人気作品を世に送り出している。


「へー、あんな大きな賞に応募するのか。すごいな」

「ふふん、やるからには大物を釣り上げませんと」

「すごい自信だけど。小説書くのは初めてなんだよね?」

「初めてですが、大作ですので!」

「おう……」


 メル子は(アイ)カップの胸を反らして悦に入った。すでに未来への希望で電子頭脳がいっぱいのようだ。


「受賞すれば、書籍化は確約されるのです。しかも、大賞の賞金は五百万円ですよ!? 五百万円あれば、キッチンカーのチャーリー号をレストアできますよ! それとも、事務所に業務用の冷蔵庫を置きますか!? 夢が広がりますねえ! アハハハハハ!」

「いや、メル子。受賞するのはそんなに簡単なことではないからね?」

「わかっていますよ! いきなり大賞を取れるとは思っていません!」

「うーむ……」


 一通り夢を語り終えたメル子は、再び万年筆を握り締めた。もう夜も深い。黒乃はそっと布団に潜り込んだ。



 翌日の朝。メル子は意気揚揚と仲見世通りを歩いた。黒乃は弾むメイド服の裾を後ろから眺めた。


「お、メル子ちゃん! 新人賞に応募するんだって!?」

「土産物屋さん! そうです!」


 商店街の人々が次々に声をかけてきた。


「やあ、メル子ちゃん! 執筆の調子はどうだい!?」

「団子屋さん! 順調です!」

「こりゃあ、メル子大先生の誕生もそろそろかね〜?」

「呉服屋さん! やめてくださいよ! アハハハハハ!」


 もてはやす商店街の仲間達。天狗になるメル子。黒乃の白ティーはじっとりと濡れた。



 夕方。出店の営業を終えたメル子は、執筆活動に勤しんでいた。みるみるうちに積み上がっていく原稿は、メル子の希望と自尊心をこれでもかと膨れ上がらせた。黒乃はそれを不安げに眺めた。


「ずいぶん熱心だなあ」

「当たり前ですよ! 電圧(ボルテージ)熱量(カロリー)が違いますから!」

「メル子はさ」

「はい?」

「作家になりたいの?」


 メイドロボは万年筆を動かす手を止めた。ねっとりとした目でご主人様を見据えた。


「ははーん?」

「どした?」

「さてはご主人様。私が作家になって、メイドロボとしてのお仕事をしなくなるのではと心配をしているのですね?」

「いや、ぜんぜん」

「ご心配なく! 私の本業はあくまでメイドロボです。作家は副業ですから! あ、でも、週に一日はお休みをください! 筆は早い方なので!」


 メル子はそれを見せつけるかのように万年筆を走らせた。



 翌日の昼。ゲームスタジオ・クロノス事務所。


「女将サン! 聞きまシタ! 作家ロボにジョブチェンジしたそうデスね!」


 メル子が作った南米料理を頬張りながら、見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸は言った。


「……なんかもう浅草中で噂になってる」


 青いロングヘアの子供型ロボットのフォトンは、熱そうにスープをすすった。


「もうデビュー作は決まっているのかしら?」


 真っ赤な唇が色っぽい桃ノ木桃智は、肉に齧り付いた。


「いやですよ、皆さん! そういうのはまだやめてください! 気が早いですよ!」

「あの、メル子?」

「まだですから! まだ結果は出ていませんから! アハハ! アハハハ!」

「メル子、おかわり……」

「アハハハハハ!」



 風の強い夜。メル子の集中力はいよいよ最高潮にまで高まり、万年筆の動きはこれまでにないほどまで加速した。


「ハァハァ」

「お、とうとうクライマックスかな?」

「わあああ! ああああ! ここです!」


 メル子は筆を一閃させた。四百字詰めの原稿用紙の最後のマスがピタリと埋まり、それと同時に万年筆のペン先が砕け散った。


「ああ!?」

「うわっ!?」


 二人は宙を舞うペン先を呆然と眺めた。それは床に小さな音を立てて転がった。


「大事な万年筆が!?」

「あらら」


 メル子は砕けた万年筆を見つめた。胴にもヒビが入ってしまっていた。メル子の目には冷却水が溜まっていた。黒乃は落ちたペン先を拾い上げると、メル子の前に置いた。


「うう……でも書き上げました。最後まで執筆についてきてくれて、ありがとうございます!」


 メル子は万年筆に頬擦りした。


「高かったの?」

「いえ。ロボットオフで買った中古品です……」


 よく見たら蓋も胴もボロボロである。そうとう使い込まれたもののようだ。


 こうしてメル子は無事作品を書き上げ、応募を果たした。

 そして、年が明けた。





 黒乃は椅子に座り、デバイスに表示された隅田川ロボット大賞の授賞式の様子を見ていた。金色に飾られた会場で、次々に受賞作品が列挙された。作家ロボが立ち上がり、舞台に上がる。賞状を受け取ると、大きな拍手とフラッシュの嵐が浴びせられた。


 黒乃は、床に伏せたまま動かない我がメイドロボを見た。


「ほら、メル子。授賞式をやっているよ」

「……」

「華々しいねえ。うわ、ロボヶ丘高校の子が受賞しているよ。あ、大賞の発表だよ。大きいトロフィーだねえ。ほら、見てごらんよ」

「……」


 メル子は床でプルプルと震えるばかりだ。心配したプチ黒とプチメル子が、頭の上に乗ってしきりに撫でていた。

 黒乃は大きく息を吐くと、メル子の隣に巨ケツを落とした。背中に手を置くと、余計震えが増したように感じた。


「メル子、元気出して」

「……」

「しょうがないでしょ。初めて小説を書いたんだから。いきなりは受賞はできないよ」

「……」

「ほら、原稿が返ってきたよ。ちゃんと講評もついているみたいよ」

「……ください」

「なんて?」

「……読んでください」

「いいよ。おほん。文章は荒削り、構成は稚拙、表現は粗雑。とても商業に耐えられるような出来ではない」

「……」

「だが、不思議と心をえぐられる感覚があった。小学生並みの文章力の合間から見え隠れする圧倒的な体験、そして愛。この作品は愛に溢れている。そのあまりの愛の大きさ故に、作者の力量ではそれを表現することが難しいのだろう。まだ諦めるのには早い。ペンを握り続けてほしいと思う。あとタイトルがクソださい……」


 メル子はようやく顔を上げた。そのきれいな顔は、汗と涙とよだれと鼻水でデロデロになっていた。


「ぜったいに、賞を取れると思っていました……」

「うん」

「全部を込めたのに……もう他の作品が書けないくらい全部を込めたのに……」

「うん」

「うわああああああ!」


 メル子は、黒乃の白ティーにしがみついて泣いた。白ティーはあっという間に濡れ雑巾となった。


「そんなに受賞したかったの?」

「したかったです! うわあああ!」

「なんで?」

「ご主人様だって! 売れるゲームを何本も作っています! 私にもできると思いました! うわああああ!」

「ご主人様はその道のプロなんだから」

「でも私は、ご主人様のメイドロボです!」

「そうだよ。メル子はメイドロボなんだから、そっちが本業(プロ)でしょ」

「もうやめます! 小説を書くのはやめます! メイドロボに専念します! うわあああ!」


 メル子は泣いた。いつまでも泣いた。ふと、頬に冷たい感触があった。


「これは……?」


 それは壊れたはずの万年筆だった。メル子はそれを受け取った。破損は完全に修復され、顔が映るほどピカピカに磨かれていた。


「大工ロボのドカ三郎にお願いして、直してもらったよ。これでまた新しい小説が書けるね」

「ご主人様……」

 

 メル子は万年筆を大事に抱えた。今度は大事に使おう。ずっとずっと使っていこう。その思いを込めて抱いた。


 黒乃はふと、封筒から半分飛び出した原稿用紙の束を見た。その一ページ目にはこう書かれていた。


 『うちのメイドロボが……』


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