第537話 視察をします!
豪壮なる浅草寺の横にひっそりと佇む浅草神社の境内に、二匹のロボット猫がいた。一匹は大きなグレーのモコモコことチャーリー。もう一匹は大きな黒猫のハルだ。
「ニャー」
チャーリーは本殿の賽銭箱の横に寝転がり、大きくあくびをした。年末年始の騒がしさがようやく収まり、平穏な日常が戻ってきたことを表すあくびだ。
「チャ王……」
ハルは偉大なる我が王の前に伏せた。
「チャ王が支配するこの浅草で、お仕えできたことを光栄に思います。私の傷もようやく癒え、旅立つ準備ができました。私には、尼崎に残してきた仲間達がいます。彼らの元に帰ります!」
「ニャー」
ふーん、そうなんだ。がんばってね。あと、白猫ちゃんを量産しておけ。肉球島でも白猫ちゃんが少なかったぞ。尼崎の工場ではその辺をちゃんとしろよ。いいな? 白猫ちゃんだぞ? 他のは作らなくてもいいからな。わかったな?
「おお……なんというありがたいお言葉。チャ王がそれほどまでに我らのことを思っていてくれたとは。必ずや尼崎の皆と島に戻り、チャ王の王国を復活させてみせます」
「ニャー」
なに言うとんねん。そんなことはどうでもいい。白猫ちゃんだ、バカタレ。あとまあ、体には気をつけろよ。
こうしてハルは尼崎に向けて旅立った。適当な車に忍び込めば、数日でたどり着くだろう。特別合同課外授業で破壊し尽くされた島が、彼らの手に戻る時はくるのだろうか。まだ知る由もない。
「ニャー」
ふう、やれやれ。またひとりぼっちか。タイトバースからきた白猫ちゃん達も帰っちゃったし(432話参照)、俺様はいつもひとりだな。まあ別にいいけどな。俺様にはチャ王としての務めがあるからな。孤独を寂しがってる場合じゃないぜ。浅草は俺様の王国だ。どれ、今日も家臣どもがちゃんと働いているか視察にいくか。
チャーリーは賽銭箱を踏み台にして飛び上がった。
「ニャー」
さて、まずは仲見世通りの視察といこうか。なんだなんだ、相変わらずものすごい人だな。まったく、人間どもはなんでこんな数ばっかり増えやがるんだ。しかも、どいつもこいつも地べたを這い回ることしかできない。よっと。
チャーリーは軽々と屋根によじ登った。
「ニャー」
こんな具合に屋根を歩けば快適ってなもんだぜ。よっとよっと。ここだ、ここ。いつものあいつらはちゃんと働いているだろうな? あ、いたいた。
「チャーリー! ご飯はできていますよ!」
チャーリーがやってきたのは、メル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』。行列の絶えない人気店だ。店の脇に設置されているベンチに飛び乗った。
「ニャー」
はっはっは。わかっているじゃないか。どれどれ? 今日はどんなご飯かな? ふんふん、今日は魚か。本当は肉の方が好きなんだがな。まあいいか。モグモグ。うまいうまい。はっはっは。うまいうまい。撫でるな。やっぱりメイドロボのご飯は最高だぜ。時々、残飯みたいな飯をよこすやつもおるからな。撫でるな。俺様をそこらの野良猫と勘違いしているやつは許さんぞ。撫でるな!
「よお、チャーリー。メル子のランチはうまいかい?」
「ニャー」
なんだクソメガネか。このデカケツ、俺様の毛皮を馴れ馴れしく撫でやがって。許さんぞ。これで、こうしてくれるからな!
「おいおい、爪を出すな爪を。そろそろ機嫌を直してくれよ。肉球島の件は悪かったって」
「ニャー」
ぜったい悪いと思っとらんだろ。だいたい悪いことはこいつが原因だからな。バクバク。うまいうまい。いつかとんでもない目に遭わせてやるからな、覚悟しておけよ。
「まあまあ、そう言うなよ。ほら、スモークサーモン持ってきてやったから。これを食べて仲直りしてよ」
「ニャー」
貴様、俺様がスモークサーモンに釣られるとでも思っているのか。ふざけやがって。そんな手に乗るわけないだろ。俺様を誰だと思っていやがる。チャ王なるぞ。浅草の王様だ。うまいうまい。スモークサーモンがうまい。撫でるな。
「ニャー」
ふう、食った食った。午後は隅田公園をのんびりと視察するか。あそこは子供が多いからな。あいつらはなにをしでかすかわからん。俺様がちゃんと見張っていないとだめだからな。ふうふう、ボディが重いぜ。食べ過ぎたか。ふうふう。隅田川の風が気持ちいいぜ。お日様も暖かいし、お昼寝にはちょうどいいな。
「あ〜、チャーリーだ〜」
「ロボット猫!」
「わぁ、でっかい。かわい」
三人の少女達が、川沿いのベンチで寝ているチャーリーに群がってきた。
「ニャー」
む? こいつはクソメガネの娘と、その友達だな。まいったな。これから昼寝だってのに。こら、触るな。チャ王に触るな。はっはっは。捕まえてみろ。子供に捕まるようなノロマじゃないぜ。人間はどいつもこいつもすっとろいからな。捕まるわけがないんだぜ。はっはっは。わー、捕まった〜。なんでだ? どうして子供相手だと動きが鈍くなるんだ? 誰だ、こんなシステムを組み込んだやつは? 撫でるな。撫でるな。吸うな!
「チャーリー、肉球島にたすけにきてくれて〜、ありがと〜」
「ニャー」
別にいきたくていったわけじゃないぜ。クソメガネに無理矢理送り込まれたんだ。まあ肉球島は俺様の王国だから、助けにいって当然なんだけどな。俺様の領土で好き勝手するやつは許さんぞ!
チャーリーは子供達に散々いじくりまわされた挙句、放り出された。ふらつく足取りで、隅田川にかかる言問橋を歩いた。
「ニャー」
ハァハァ、まいったぜ。ちびっ子どもは手加減を知らないな。やれやれ。人気者はつらいぜ。ハァハァ、国民に癒しを与えるのは王の仕事とはいえ、たまには俺様にも癒しがほしいぜ。ん? お? 橋にかわいこちゃんがおるな。抱っこしてもらおうかな? なんか見たことある子だな。
「ニャー」
「なんどす? チャーリーはんちゃいますか。抱っこどすか?」
白髪を頭の上で結い上げた少女は、欄干の上に乗ったロボット猫を抱き上げた。
「ニャー」
ああ、思い出したぜ。こいつはチャチャチャとかいう子だな。肉球島で見た子だ。チャ王と名前が似ているから覚えているぜ。ふわー、抱っこ気持ちいいな。ん? なにを見ているんだ? 川がどうしたんだ?
「チャーリーはん、見とぉくれやす。あれどすえ」
「ニャー」
なんだなんだ? なにがあるんだ? この子、いい匂いするな。どれどれ? なんだ、ゴリラロボじゃないか。ゴリラロボが流されていってるだけだ。またメスゴリラロボに怒られてボコられたな? ほっとけ。
「ゴリラロボちゃいますえ。あっちどす」
「ニャー」
ん? んん!? うそだろ? 女の子だ! 女の子が流されているぞ!? おいおい、人間どもはなにをやっていやがる。誰も気付いていないのか!?
チャーリーは茶々様の腕から飛び出した。言問橋を走り抜け、桟橋へと降りた。後ろ足で立ち上がり、四本の足を曲げ伸ばしして呼吸を整えた。
「ニャー」
準備運動ヨシ! 正月の冷たい川だからな。いくぞ! ヨシ! いくぞ! ドボン! ちめたい! ちくしょう! いくら毛皮があっても、冷たいもんは冷たいぜ。人間だったら凍えて動けなくなるレベルだぞ。だけど俺様は偉大なるチャ王だからな。これしきのことで、へこたれるわけないんだぜ。おらおら! クロールだぜ! ハァハァ、もうすぐだぜ。やっぱり女の子だ。小さいな。しかもロボットの女の子だぜ。
チャーリーは水面に浮かぶロボット少女の襟首を咥えた。岸に向けて必死に水をかいた。
「ニャー」
うおおおおお! さすがに重いぜ。ロボットだから余計に重いぜ。フンフンフン! やばい、流されるぞ。ちくしょう、ひとりならなんとでもなるのによ。まったく、どいつもこいつも世話が焼けるぜ。あかーん! 体力の限界だ……。
「チャーリーはん、掴まっとぉくれやす!」
茶々様は頭の髪飾りを一本引き抜いた。それを振り回し、チャーリーに向けて放り投げた。髪飾りには極細のワイヤーが仕込まれており、それはチャーリーと茶々様を繋ぐ命綱となった。
「引っ張りますえ」
茶々様はワイヤーを手繰った。チャーリーの尻尾に巻き付いたワイヤーは、ロボット猫とロボット少女を力強く岸へ引き寄せた。
「ニャー」
いでで! いでで! 尻尾が痛い! なにすんねん! 俺様の立派な尻尾が千切れたらどうしてくれるんじゃ! 尻尾がなくなったら、情けない人間と同じになっちまうぜ。それだけは勘弁な。ちくしょう!
茶々様は、チャーリーと少女を川から引き上げた。チャーリーはしばらく横になったあとおもむろに立ち上がると、全身を震わせて毛皮が吸い込んだ水を切った。茶々様は桜吹雪の扇子を広げて水滴を防いだ。
ロボット少女は完全に意識を失っていた。シャットダウンしているようだ。チャーリーはペロペロと顔を舐めて起こそうとした。
「それにしたかて、えらいかいらしい子ぉどすなぁ」
茶々様はずぶ濡れのロボット少女を抱え上げた。そして怪しい笑みで一言つぶやいた。
「ほしなってまいますなぁ」
その顔を見たチャーリーは、二重の意味で震え上がった。
夕方。チャーリーは浅草神社に戻ってきていた。夕日が青みがかった毛皮に反射し、虹色の模様を描き出した。その鮮やかさとは裏腹に、チャーリーの心は燻んでいた。
目の前には神社の参拝客が楽しそうに行き交っている。カップル、親子、友達、上司と部下。
「ニャー」
ふう、今日も疲れたぜ。どいつもこいつも俺様に世話ばかりかけやがる。ひとりじゃなんもできないやつらだぜ。まあ、人間なんてそんなもんよ。ノロマでグズで、いつも群れてやがる。
いいか、猫は生まれて半年で自立するんだぞ。人間はいつになったら自立するんだ? 自分じゃ獲物も捕まえられないヘタレばっかりだろ。猫を見習え! ちくしょう。なんか、寂しいな……。
「よお、チャーリー」
「なにをしていますか、チャーリー」
なんだ、またクソメガネとメイドロボか。こいつら暇なのか? 撫でるな。撫でるな!
「聞きましたよ! ロボ助けをしたそうですね!」
「やるじゃないか、チャーリー」
けっ、そりゃそうよ。俺様をそんじょそこらの猫といっしょにしてもらっちゃ困るぜ。俺様を誰だと思っている? チャ王なるぞ! 撫でるな!
「ニャー」
チャーリーは一声鳴くと、黒乃の頭を踏み台にして本殿の屋根に飛び乗った。
王とは孤独なもの。わかってはいるが、やはり寂しいものは寂しい。




