第122話 クズ、反逆する
「お前は、魔王の……!
ここに来てまで、まだ私の邪魔をするの!?」
腰を抜かすとはこういうことだと言わんばかりの情けない姿をさらしながら、それでもロッソ会長にくってかかるレーナ。
しかしヒロ様の力でレーナを吹っ飛ばした今、どこからどう見ても力の差は歴然です。
会長はこの女よりだいぶ年下のはずですが、醸し出すオーラは確実に魔王のそれ。わたくしにもビシバシ感じます……会長の全身から湧き出る、静かな殺意の波動を。
それに引き換え、レーナの力は今やカスほども残っていません。ヒロ様との対峙だけで、魔妃の力を使い切ってしまったのでしょうか。
それでもレーナの視線は会長が抱えるレズンに止まりました。当然、金切り声で絶叫するレーナ。
「しかもレズンちゃんを人質にまでして!
卑怯者! レズンちゃんを返しなさい!!」
おぉう……ここにきてこの女、被害者ヅラですか。
レズンによるヒロ様へのイジメを止めるどころか、加害を倍増させ。
学校を破壊し、多くの人間や魔物たちを傷つけ、わたくしを操ってまでヒロ様を傷つけた。
さらに今も、わたくしたちからヒロ様を奪い自分の人形に仕立て上げようとしていた。
まさにどの口が、どのツラ下げて案件ですわ!!
そんなレーナを見て、会長は拍子抜けしたかのようにほぅっと息をつきました。
「おやおや……僕が特に仕事する必要すらなかったようだ。
修行をだいぶサボっていたようだね。魔妃の末裔さん」
「……!?」
何を言われたのか分からず、ただひたすら会長を睨みつけるしかないレーナ。
そのあまりに小さな姿には哀れみすら感じます。
「お前は僕が魔王の血をひいていると見抜けはしても、自分の力の弱さには気づいていないようだ。
魔王、魔妃、そして勇者。かつて世界を破壊しかけ、世界を救った者たち。
その末裔とはいえ――いや、末裔だからこそ血は薄まるもの。だからこそその血をつぐ者は力の鍛錬が欠かせないというのに。
今のお前にはかつての魔妃の半分、いや1割程度の力も残っていない。
その脆弱な力すら、ヒロ君をめぐる一連の騒動でほぼ使い果たしてしまったようだ。ヒロ君を追いつめる為だけに無駄にあらゆる力を総動員した上、たった今ほぼトドメを刺された。
ヒロ君自身が爆発させた、勇者の力でね」
な、なんとまぁ。
だとすると、かつて星をも滅ぼせるレベルだった魔妃の力は今や大幅に減衰した上、修行をろくにしていなかったが為にさらに弱まっていたと。
そこをヒロ様により完膚なきまでに叩きのめされたと、そういうことですか。
この女にはお似合いの末路と言えるでしょうが、それほど減衰した力であってもたやすく大混乱を引き起こせてしまうのが恐ろしいところです。
「何よ……私が修行を怠けていたって言いたいの!?
あのカス男の相手していたら、そんなことできるわけないじゃない!
あいつは私を散々ダメ女だと決めつけて、家事と育児に縛り付けて!
呪文や魔法陣の練習すら、時間の無駄だの騒音が酷いだの汚らわしいだの散々貶してきた挙句、代々受け継いできた術具すらほぼ全部捨てたのよ!?
あの笛だけが、何とか唯一残していたものだったのに!!」
あぁ……またコレですか。
都合が悪くなるとすぐ誰かのせいにする。クズンことレズンは勿論、あのカス男ことカスティロス伯爵もそうでしたね。この家族は全員そうなのでしょうか。
決して自分の非を認めず、育てた親が悪い暴力的な家族が悪いなどと延々言っていたら、どこまでその責任が及ぶか分かったもんじゃありません。
「私だって、私だってぇ……!
小さい頃は、散々修行させられたの! ろくに遊ばせてももらえずに!!
なのにダメ娘って言われてお嫁に出された先が、あのカス男だったの!!
もう嫌、もう嫌ぁああぁあぁ!!! 助けて、助けて、ユイカぁあぁあ!!」
ついには床に座り込んだまま、両手で顔を押さえて泣きじゃくりだす魔妃。いえ、魔妃の名すら最早恥でしかないその末裔。
本人は可憐な少女のように泣いているつもりかも知れませんが、傍から見ればしょぼくれた中年女が情けなく喚いているだけにしか見えません。
ヒロ様でさえもこれにはびっくりして、ぽかんと口を開けたまま様子を見守っています。
めっちゃ可愛い……ですが、こんな場面でまでお母様の名前を出された彼の心情はいかばかりか。
幼い頃より修行させられ、無理矢理婚姻をさせられたと思ったら今度はその修行や血筋すら全てを否定された。その環境には確かに過酷だったには違いないでしょうが――
だからといって、周囲をどれだけ傷つけてもいいなんてことにはなりませんし。
何より、ヒロ様を汚していい理由になるわけがありません!
しかしどれほどレーナが泣こうが叫ぼうが、周囲の魔力を帯びた黒い植物たちはビクリとも動きません。先ほどヒロ様が眠らせた巨大蜘蛛すら、全く再生の気配がない。
つまり会長の言葉通り、レーナに魔妃としての力はほぼ残っていないのでしょう。魔妃どころかわたくしの父上ですら、ほんの少しでも怒りの衝動を見せればたちどころに周囲の壁や床がビリビリ震え出すのに、その気配すらない。
「はは、しょうがないなぁ。
僕の仕事は、彼を運ぶことぐらいだったのかな?」
そんなレーナのすぐ前にふわりと降り立つ会長。その表情はほぼ半笑いですが、呆れているのか諦めているのか、それとも最早完全に子供扱いしているのか、わたくしにも読みづらい。
さらにその腕から、レズンが静かに降ろされました。
母親の醜態を眼前にしながら、ここまで一つの言葉もかけなかったレズン。じっとレーナを見下ろしたまま、ヤツはじっと唇を噛みしめています。
そんなレズンの背中を、大きな眼を見開いて見据えるヒロ様。
無意識のうちにか、その震える両手はわたくしの腕を掴み、指がきゅっと食い込む感触がじかに伝わってきます。可愛らしくて昇天しそうな反応ですが……今はそれどころではないですね。
両の拳を握りしめたまま、レーナの前でしばらく立ち尽くすレズン。
そんな息子を見上げ、母親はまだ言います。泣きはらした顔に笑みを貼り付けながら。
「あぁ……レズンちゃん。お願い、助けて。
ママの言ったとおりでしょ。魔妃の力を使えば、あの子を連れてくることだって何だって出来るんだから。
貴方もちゃんとその力を継いでいる。だから――」
な、なんと。ここに及んでもまだ、レーナは諦めていません。
よろよろと息子に手を伸ばし、レズンを絡めとろうとするレーナ。その指先から紫の湯気のように微かな力が漏れ出ています。恐らく残された魔力を振り絞ろうとしているのでしょうが、最早わたくしでも一撃で叩き伏せられるレベルなのは明白。
会長も、こんなものは脅威でも何でもないと言わんばかりに放置しています。
しかし魔妃もどきの言葉は強引に止められました。レズンの唇から漏れた、押し殺した悲鳴にも似た呟きによって。
「う……
うるせぇ、クソババァ」
「…………?」
な、なんということでしょう!?
こんなことは初めてです。レズンの言葉が心地よいと感じる瞬間が来るとは!!
レーナは何を言われたのか全く分からないという表情で、完全にあんぐりと口を開いたまま。
そんな母親に、レズンはさらに吐き捨てました。
「ずっとずっと、気持ち悪かった。
てめぇのその声も言葉も、何もかも。
いつまでも俺を赤ん坊扱いして、部屋どころかベッドの中まで平気で潜り込んできやがって――」
しかしレーナもさるもの。息子の言葉が心底理解できないのは本当のようで、なおも早口でまくしたててきます。
「レズンちゃん。貴方が何を言っているのか、ママよく分からないんだけど?
いつも言ってるでしょう? 子供を心配するのは親の役目。
貴方がお部屋に引きこもって出てこないから、様子を見に行ってるだけじゃないの。それに、子供とベッドで一緒に寝るのはそんなに悪いこと? 小さな頃は当たり前だったじゃない。
私はただ、レズンちゃん。貴方の為に……」
「やめろ。そのレズン『ちゃん』とかいうのも!」
「そんなこと言わないで。ねぇ、レズンちゃん」
あぁ……常日頃からこんな言葉で、レズンはずっと言いくるめられてきたのでしょう。
父親からはひたすら暴力と否定、母親からはあらゆる言葉を尽くしての赤ん坊扱い。どちらも形は違えど、今は虐待と言われる行為です。
レズンが思春期になっても、レーナにとって息子はいつまでも可愛らしい赤ん坊のままだった。そんな歪み切った環境が、このいびつな会話だけで察せられてしまいます。
何より――「全ては貴方の為」などと言われては、虐げられた子供の怒りは行き場をなくしてしまう。
レズンの場合、その鬱憤がヒロ様に向けられたと言っても過言ではないでしょう。
貴方の為と言いながら、レーナはレズンを虐げ。
お前の為と言いながら、レズンはヒロ様を汚し続けた。
まさしく似たもの親子の地獄の連鎖。だったら、ヒロ様の痛みはどうすればいいのでしょうか――
思えばそれが限界に来てしまったのが、わたくしが出会ったあの時のヒロ様だったのでしょう。湖に身を投げようとしていたあの、美しくも儚い瞬間のヒロ様。
レズンの家庭の歪みを、何故か無関係のヒロ様が一身に受ける形になっていた。
――それを今ようやく、レズン自身が気がついたのでしょうか。
続けてヤツの口から転がり出たのは、こんな叫びでした。
「俺は決めたんだ――
もう二度と、ヒロには近寄らない。
そしてババァ。お前とも、二度と会うつもりはないって!!!」




