01. 聖女召喚?いいえキレ芸オタク召喚
真っ白な光に包まれた。
今日も今日とてよく働いた帰り道、すっかり日の沈んだ夜の町並みが一瞬にして白に染まった。
暗い夜道に慣れた目が突然のまばゆい光に拒否反応を起こし、咄嗟に腕をかざしてぎゅっと目蓋を閉じる。
ふわっとした暖かい風が体中を通り過ぎて行き、履いていた膝下丈のスカートが緩やかに翻る。
どのくらいそうしていたのか、恐る恐る腕をどけて目を開くと、眼前に広がる光景は見慣れた帰り道ではなくなっていた。まるで中世ヨーロッパ、お伽の城の荘厳な広間である。ざっと1000人は詰め込めそう。
は。と呆ける私の困惑など何のその、すぐ近くから割れんばかりの大歓声が木霊する。
「聖女様ばんざああああああい!!!!」
「やったぞ聖女様だ!応えてくださった!」
「これでまた我が国は安泰だ!!」
野太い歓声から辛うじて聞き取れる言葉に、私の目からハイライトが消える。
あーはいはいはいはいはい…………ちょっと待って猛烈に嫌な予感がする……オタク歴20年のアイデアロールがかつてないクリティカルを引き当てた気がする……!
柱や天井、あらゆる物が白を基調とした清廉と言える空気を纏う広間のような空間で、私の周囲を取り囲みお祭り騒ぎのように万歳三唱している人たちは皆、日本人とはかけ離れた風貌をしていた。時折黒も混じっているが、金を中心とした色とりどりの髪色。高い身長に彫りの深い顔立ち。
そして何より、白い空間に合わせたような真っ白でやたらきらびやかな金糸の刺繍を施した豪華なローブ。
―――召喚された系?
ドッキリにしては手の込みすぎた背景にキャスト、導きだされる答えは一つである。
白地に金で細やかに装飾された柱や、壁面に描かれた名だたる名匠の作と思われる神聖な絵画は、いつもなら興味をそそられる逸品である筈。なのに熱狂的で野太い歓声のお陰で既にお腹いっぱいだ。早く帰りたい。夢オチを希望する。
「聖女様!!聖女様!!」
「なんと小さく愛らしい、今代の聖女様は年若くていらっしゃる!」
ん??????
ちょっと待って欲しい。私は今年28だ。欧州の方々から見て日本人が小さい上に幼く見えることは理解しているが、小さくて愛らしいとは私の容姿に全くそぐわない。背は女性の平均より少し高いくらいだし、目付きは悪くて無表情でいるとビビられること多数。
まさか、と周囲を見回すと、
「……………………」
「……………………」
呆けた表情で尻餅をつく可愛いJKと目があった。
私の少し後ろで背中を仰け反らせている彼女は、何がなんだかわからないという顔で呆然と私を見つめ返している。丸い瞳に毛先が緩やかにウェーブしているボブカット。少し着くずしたブレザーは今時の女子高生。
アッこれは…………!!
私の脳裏に閃いたアイデアロールクリティカル(成功したらアカンやつ)を証明するように、突然人垣がモーゼの如く2つに割けて、その中心を堂々と一際光に透ける綺麗な金髪を伸ばした超絶イケメンが歩いてきた。年の頃は20前後だろうか、着ている服は白い集団と違ってきらびやかなファンタジー王族衣装。白いファーの付いたマントを羽織って背筋を伸ばすその姿はやんごとなき身分を思わせる。
甲冑を身に付けた騎士らしきものを数人従えて颯爽と現れたその男は、見事に私をスルーして後ろで座り込む愛らしいJKへと跪いて見せた。
「なんと可愛らしい御方だ……ようこそ聖女様、私はこのアイデムタル王国の第一王子、ザイハーツと申します」
「ほ、本庄芹奈……です……?」
「セレナ、名前まで可愛らしくていらっしゃる」
芹奈っつっただろ!!!!!!!!
難聴王子に首を傾げながら名乗るJKは、まだよく事態を飲み込めていないようだった。そらそーだ、開幕からアイデアロールを的中させる私の方が大分おかしい。
芹奈ちゃんの手を取って優雅に立ち上がった王子は、そのままニコリと彼女に微笑みかけてエスコートしだした。
「さぁ、どうぞこちらへ。詳しいお話を致しますので、どうか緊張なさらず」
「え、は、はい、あの……?」
ちらり、と私に視線を向ける芹奈ちゃんを遮るように、王子はぐいっと彼女の腰に回した手に力を入れる。
そこへ慌てたように背の低い白髪の老人が王子に近付いた。
「お、王子、もうお一方は……?」
「聖女様の御前だ大臣。些事は後にしろ」
うん、ブチン!ときましたねこれは。
カツカツと靴音を鳴らして通り過ぎる王子。俯いた姿勢をキープしながら、芹奈ちゃんの位置を確認してから王子が引き摺るマントの裾をダンッ!!と踏みつけた。
前につんのめる王子!それに引っ張られそうになる芹奈ちゃん!の、左手を引いて引き留める私!持ちこたえる芹奈ちゃん!顔面からダイブする王子!かなりダサいぞ王子!
大理石の床に顔からスッ転んだ王子に、シーンと静まり返る広間。助けようとして間に合わず空を切った手をそのまま仕舞えず固まる騎士が、甲冑の奥から信じられないという目でこちらを見たのがわかった。
うん、少しすっきりした。
頭に上った血がすーっと引いたのがわかったので、ふーやれやれと立ち上がって腰を伸ばして叩く。うるせぇばばくせぇとか言うな。
「巻き込んでごめんねー。怪我はなかった?」
「えっはい、大丈夫です!」
それは良かった。
淀みなく答える芹奈ちゃんにホッと安堵する。ちょっと強めに引っ張ったから脱臼でもしてたら可哀想過ぎて申し訳ないもんね。
「じゃ、私行くから!」
「えっ行くって?」
「こんなとこ1秒だっていたくないもん。君は見たとこ庇護対象みたいだし、多分悪いようにはされないんじゃないかな?」
今世紀最大のいい笑顔で言い切った自信がある。
サムズアップしてウィンクを決める。
「グッドラック!」
「っこの、無礼者が!!」
あとは広間を出ていくだけとなった段階で、ある意味空気を読んだ王子が自力で起き上がった。
ギリギリ鼻血は出なかったようだが、赤くなった鼻のあたりを抑えてこちらを睨み付ける。あーらせっかくのイケメンフェイスが台無しですこと!
「衛兵、この女を引っ捕らえろ!」
「しかし殿下、この御方は聖女様では……?」
「何が聖女だ!みすぼらしい成りにボサボサの黒い髪!こんな者が聖女であるものか!!」
うんうん、そりゃあね?スキンケアも碌にせず、睡眠不足でお肌は荒れ放題。美容院なんて久しく行ってないから、シャンプーとリンスだけの伸ばしっぱなしの髪も跳ね放題。おまけに体型はナイスバディとは縁遠いときた。それでもやめないストレス食い。だって女の子だもん。
けどさ、けどさぁ。
勝手に呼びつけておいてスルーして、挙げ句不細工なお前なんかお呼びじゃないって?
ちょっと勝手が過ぎませんかね王子サマ?????????
あからさまにため息をついて肩を落とし、やれやれと目の前でいきり立つ坊っちゃんを見上げる。
「何だその目は!」
「いやーこんな目もしたくなるでしょう。今のが立場ある御方の発言ですか?だとしたらこの国は相当腐ってらっしゃいますねぇ!」
「何だと!元はと言えば貴様が不敬を働いたからであろう!王家侮辱罪で死刑になりたいか!」
「出た。即死刑。強い言葉を使うと弱く見えるって聞いたことありません?あ、弱くって頭の方ですよ?わかります?」
「貴様無礼も大概に……!」
「ていうかそうでなくても、権力持った人間が死刑とか気軽に言っちゃいます?それを出来る人間がそういうことチラつかせちゃうと、下の人間がどう感じるかなんて子供でもわかるでしょうに。ちゃんと考えて物言ってくれます?え?人を強引に呼びつけておいて何の説明も出来ないちゃらんぽらんくん???」
「っ……そもそも貴様など呼んだ覚えなどな、」
「実際喚び出されてんだよこちとらよぉ!!!!」
ダン!と床を踏みつけて王子を黙らせる。寝言はベッドに入ってからほざいて欲しい。
ボンクラ王子の胸ぐらをガッと掴んで引き寄せた。
「いいか?そっちにどんな事情があんのか知らねぇが、こっちはこっちの生活がある中無理矢理いきなり引っ張り込まれてんだよ私もその子も!!聖女?知ったこっちゃねぇな!少なくとも礼儀の一つもなっちゃいねぇ顔だけ王子サマの為に使う労力はアンタの頬っぺたにリンゴぶら下げる為の往復ビンタぐらいのもんだわ!人をいきなり呼びつけておいて!不細工だからお前はいらねぇ!別に良いさ不細工なのは私自身がよおおおく知ってら生まれた時からずーっと付き合ってる顔だ!けどな!仮にも国民の上に立とうって王子サマの言い分がそれじゃああんまりだろうが!!自分たちの事情で呼び出した人間に付属してきたおまけを不細工だからって見た目で判断して!!いらねぇと!!それを国民の目の前でもう一度胸張って言ってみなあぁん!?」
自分の胸に立てた親指を突き付けながら、怒りのまま勢いのまま言い切った。
ちなみに私は元ヤンでもヤ●ザでもない。ただ口が悪いだけのパンピーである。アラサーの。
掴んでいた胸ぐらを勢いをつけて離す。一緒に掴んだ赤くて丸いブローチのような飾りを中心にめちゃくちゃ皺が寄っていたが知ったこっちゃない。そういえば手のひらにあとがついてるな。
よろけはしたが転ばずに済んだものの、顔色を白くして口元を震わせ、悲痛に目元を歪ませる王子サマはもう反論してこないようだった。なんか泣きそうだな。ボンクラ王子サマの心臓はガラスハートかよ。
はんっ、と息を吐き捨ててから床に落ちていた荷物を拾い上げた。元の場所に置き去りにしてなくて良かった。財布とスマホは個人情報の塊だ。
「じゃ」
「あ、あの!」
今度こそ出ていこうとすると、芹奈ちゃんが追い掛けてきた。万歳三唱どもは唖然として私か未だに呆けている王子サマを見ている。
「わ、私、本庄芹奈です!」
うん?さっき聞いたが。
そう考えて、そういえば自分が名乗っていなかったことに思い至った。
「籠音だよ。深沢籠音」
「籠音さん、どこか行く宛てがあるんですか?」
「さぁ……でもまぁなるようになるでしょ」
ノープラン、ノーライフ。良い子は真似しちゃ駄目だよ!人生はなるべく計画的に!
「とりあえずその辺ぶらついてみるさ。帰るの諦めたくないし。あ、私のせいで芹奈ちゃんの肩身が狭くなっちゃったらごめんね?」
「いえ、そんなの全然!けど私だけ……」
あ、この子良い子だわ。自分だけ保護される流れに納得いってないのね。
鞄を肩にかけ直して気楽に笑って見せた。
「あんなボンクラ王子だけどさ、君に酷いことはしなさそうだから。けど私が断固拒否だってだけで。でもまぁ、嫌になったらいつでも言ってよ。私も出来る限り力になって見せるから」
根拠も保証もないが、年上の意地で宣言する。現状2人しかいない日本人だ。出来るだけ助け合いたい。
「…………わかりました。とりあえず、私もここから始めてみます」
不安を抑え込むように笑う彼女に、チクリと罪悪感を感じる。本当なら一緒にいた方が不安も拭えるんだろうけど、あんなボンクラ王子がいる王家に保護されるなんて御免被りたいという完全なる私の我が儘だ。うーん。
少し考えて、ぽん、と右手を芹奈ちゃんの頭に置いた。ハグは流石にやり過ぎだろうと自重しての判断だ。
「お互い頑張ろうね」
文句は言えても気の利いたことなんか言えない口だ。これが精一杯だ。許してつかーさい。
芹奈ちゃんがぎこちなくはにかんだのを見届けて、今度こそ広間を出ていった。
呼び止める声?
そんなもん知るか!
勢いで行きます。
頭空っぽにして読んで頂けたら幸いです。




