02. 疾走!奮闘!オタク喪女!
私、深沢籠音!しがない社畜のアラサーオタク喪女!
ある夜仕事帰りに異世界に召喚されたと思ったら「BBAはお呼びじゃねぇよw(誇張含む)」ってイケメン王子サマに言われちゃったキレそうキレた!
一緒に召喚されたらしいJK芹奈ちゃんの困惑を他所に、怒りの波動に任せて売らなくてもいい喧嘩まで売って王子サマにメンチを切った私はその場を走り出す!
勢いで飛び出して来たは良いものの、ノープラン故どこに行きゃ良いのかさっぱりわかんない!
(咳払い)……えー、社会人にあるまじき行き当たりばったりさとおかしなテンションを披露した見苦しさは詫びる次第である。最近疲れやら何やらが散々溜まってて発散出来る機会が欲しかったんです。実にすまない。
さて、白いローブの集団に追い縋られるという軽くホラーな案件をガン無視して何とか脱出してみると、まあー見事なお城から出て来ましたよね。絵に描いたような王宮。壁はうっすら黄色がかった白で統一されて、尖った鮮やかな青い屋根の塔のようなものがいくつか並んだ馬鹿デカいお城は圧巻の一言だ。テイストで言えば、千葉県にある某夢の国のシンボルが近いかも知れない。規模5倍くらいありそうだけど。
その一角にある神殿みたいな太い柱に挟まれた入り口の階段を駆け降りて、わらわらと集まってくる警備らしき騎士たちを撒いて撒いて撒きまくってオタクは走る。勢いとテンションに任せて疾走する。良い子と良い年頃の娘さんは膝丈スカートで全力疾走なんかしちゃいけないよ。
そうして出て来た城下町。ここで冒頭の一文に戻る訳だが、とにかくお城を出ることに重きを置いていたのでくどいようだがこの先は本当にノープランだ。
当然ながらお金はない。何なら現代日本の服装で召喚されたのでこのままだと超目立つ。周りの人は皆素材の違いはあれど、ヒラヒラしたワンピースみたいなものなんかを着てていかにもファンタジックな感じだ。
王宮の追手がまた来ないとも限らないし、とりあえず人混みに紛れようと市場のような商店街のような所に駆け込んでみた。が、やはり服装が目立つ。日が暮れて身を隠しやすいと思いきや、意外とお店や街灯の灯りが明るかった。電気とか火じゃないな、なんだろ?
しっかし今夜の寝床を確保するにも服を調達するにも、やっぱりお金が入り用になるよなぁ……どこの世界も金、金、金だ。世知辛いねぇ。
まぁ最低野宿でもイケないことはないし、食事は携帯食が少しだけ持ち合わせがあるのでちょっとは凌げるだろうと思った時だ。
路地裏からフラッと出て来た男が、ドンッと肩にぶつかる。
周囲を見回していたので一瞬反応が遅れ、え、と思った時には肩に掛けていた鞄がなくなっていた。
ひったくり!!!!
異世界に来て早々これかよ!と思う間もなく反射で男の跡を追う。人混みに来たのは間違いだったかも知れない。治安の良し悪しまで頭が回らなかった。
細い路地裏をくねくねと曲がって逃げ回る男は恐らく土地勘があるんだろう。足取りに迷いがないし、何より慣れている。常習犯だなこのやろう。
対してこっちは働き詰めの帰り道に加え、さっきまで王宮から町に降りるまで本気と書いてガチの大人の追い掛けっこをしていた身だ。ちょっと膝が笑っているし体力も既に限界が近い。
しかし舐めるな、アラサーには無限の可能性が……!
「うぎゃっ!」
尚もガッツを出そうとした瞬間、足がもつれて盛大に地面にすっ転んだ。なんだこれは。王子の呪いか。受けて立つ。
膝や手や顔に響くヒリヒリとした痛みを堪えて顔を上げると、追い掛けていた男は既に影も形もなくなっていた。私の全財産……個人情報の塊……!
どうせ日本で使っていた通貨はこちらでは使えないだろうし、スマホやカードなんてどうしようもないだろうが、スマホに入っていた画像データは電波がなくても見られるものだ。あれだけは絶対手離せない。
男のいなくなった路地を睨む私に、燃え上がるような気力が沸き上がってきた。
「逃がさん……私の……推しの塊……!!」
* * *
鞄を奪った男は、町外れの一軒家へと入っていった。
所々崩れかけていたりヒビが入っている石造りの家は、明かりが洩れているものの一目で手入れのされていない打ち捨てられた民家だというのがわかる。
周囲の様子を用心深く確認してから、木で出来たボロボロの軋む扉を開いて男は素早く中に体を滑り込ませる。
「おぅ、戻ったか!」
「収穫はどうだ?」
荒れ放題の広い室内には、テーブルと椅子を幾つか置けるスペースを確保出来るだけの範囲で物を寄せただけの空間があった。
少し動くだけでもギィギィと軋む椅子に腰掛けて男を迎えたのは、全部で3人の似た風体のゴロツキたち。襤褸と呼べる継ぎ接ぎだらけで薄汚れた衣服を纏い、長く風呂にも入っていないように思えるベタついた髪と不健康な肌色。彼らが良い暮らしをしていないのは一目瞭然だった。
「おうよ、この通りさ」
埃を被ったテーブルに乱暴に鞄を放り投げ、男はニヤリと笑った。
「変な格好した女がキョロキョロしてやがったからよ、軽ーく一発よ」
「ははっ儲けたな」
「田舎から出て来やがったんじゃねぇのか?気の毒なこったな!」
気の毒と言いつつ同情する色は彼の顔には見られない。
嬉々として鞄に群がる男たちは、次々と獲物を物色し始める。
「なんだこりゃ……妙な板っきれだな」
「こっちはなんだ?やたら丈夫な皮で出来てんな」
「おっこいつは食い物か?見たことねぇが」
「この箱は何だ?なんか入ってるみてーだが……」
見たことのない品々に揃って首を傾げる。しかも鞄を始め、ほとんどの品は素材も造りも一級品と思えるようなものばかりだ。
「田舎娘じゃなくて家出してきた貴族かなんかじゃねぇのか?見たことねぇもんばっかりだ」
「食い物は食うとして、こんなもん売り払えるのかよ。足がついたらヤバいぜ」
「冗談じゃねぇよ、ここ数日ろくなもん食ってねぇってのに!」
男の1人が、苛立たしげに小さな板のようなものをテーブルに放り投げた時だ。
ダ、ダ、ダ、ダーーーーーーン!!!!
「ひぃっ!」
「なんだ!?」
板きれから突如としてけたたましく鳴り響いたのは、現代日本ならば小学生でもわかる有名クラシック。しかし、異世界においてそんなものが通用する筈もない。
狼狽え怯える男たちを他所に、板きれは一級品の演奏を続ける。
「お、おい、なんなんだよこりゃあ!」
「俺が知るかよ!貴族の流行りもんかなんかじゃねぇのか!?」
「とにかく止めろ、こんなでけぇ音じゃいくらなんでも誰かに気付かれる!」
「止め方なんざ知るかよ!そうだ、何かで叩き壊せ!」
混乱する男たちはその辺りに落ちている石や家具の残骸を拾い始める。
いち早く石ころを拾い上げた男が、勢いよく腕を振り上げた時だ。
バシッ、と石を振り下ろす腕を誰かが掴む。
男の腕を止めた誰かは、そのまま板きれを拾い上げて何やら操作をする。
「うむ、時刻ぴったり」
テーブルの上のランプの灯りに照らされたその顔に、鞄を持ってきた男は覚えがあった。
「おっお前、さっきの!」
震える手で指さされた先にいたのは籠音だった。
持ち上げたスマホとテーブルに散乱した荷物の中身を見て、彼女はひったくり男をちらりと見上げた。
「なっなんだよ……」
薄暗い夜の空間の中、仄かに揺れるオレンジの光で照らされる瞳が思いの外鋭く、籠音を取り抑えるつもりでいた男はついたじろいだ。
ただならぬオーラを纏う籠音に他の男たちも鈍器を持つ手を上げることを一瞬躊躇う。
その一瞬で充分だった。
ゴクリと誰かが生唾を飲み下した刹那、
ダッダッダッダァーーーーーーーーーーーーン!!!!!!
再び鳴り響いた先ほどよりも遥かにデカい大音響に男たちはまたも身を竦ませる。
「ひぃあっ!!」
「わああっ!!」
慌てて鈍器を取り落とした男の顎に一発、反射的に頭を庇った男の鳩尾に一発、状況を把握出来ず狼狽える男の顔面に一発、唯一向かってきた男の股間に最もエグい一発を籠音は容赦なく叩き込んだ。
因みに籠音に武道の心得などない。全て火事場の馬鹿力である。
「人様の荷物を勝手に物色してんじゃねぇよスカタン」
男の1人が落とした椅子の足のような木片を拾い上げ、肩をトントンと叩きながら籠音はスマホに視線を落とす。
画面やデータに破損がないか入念にチェックを入れる籠音に、いち早く立ち直った顔面を殴られた男が鼻血の滲む顔を押さえながらユラリと近付く。
「て、てめぇ舐めた真似を……!」
右拳を振り上げようとする男の股間に黙って籠音は木片の先端を向けた。男の傍らには未だ悶絶しながら股間を押さえて転がる同胞がいる。
男は鼻血の滲む顔を真っ青にして両手を上げた。
「よし」
テーブルに腰掛けて木片をごん、と音を鳴らしながらその表面に突き立てる。
画像良し。音声良し。動画良し。推しのデータに問題なし!
満足してスマホから顔を上げた籠音は改めて男たちを見下ろした。みすぼらしい格好に不健康な顔色。典型的なゴロツキの風体にようやっと「うわ……」と顔をしかめた。
「ちくしょう、何なんだお前」
鳩尾を押さえて床から籠音を見上げる男が声を絞り出す。思った以上になかなか上手く決まったようだ。
さて何、と聞かれても籠音に説明出来る言葉はない。異世界人、と答えても確実に男たちには伝わらない。聖女?いやいや本当にそんな力があるかわからない。アラサー社畜喪女オタク。一番当てはまるが単語の説明が面倒くさい。
束の間考えた籠音の答えはこうだった。
「元一般人?」
「いや意味わかんねぇよ!」
結局突っ込まれた。まぁ無理もない。籠音にだって今の自分の立場がよくわからないのだから。
尚も首を捻って考えようとする籠音の耳に、ぐぅぅ……と場違いな音が聞こえて来た。未だ両手を上げている顔面強打男の腹の虫だった。
居心地悪そうに視線を泳がせる男と、何も言わない他の男たちの反応に籠音はやっと納得した。何故一発殴られ蹴られた程度で男たちからの反撃がないのか。
空腹だ。
そりゃあこんなあばら家を根城にしているような連中に安定した衣食住がある訳ないわな。
「あんたら最後にまともに食ったのいつよ?」
「あん?何だっててめぇにそんなこと……」
「…………」
「ここ1ヶ月はかっぱらった金品と交換した酒とか盗ってきたパンとかしか食ってないですすみません」
黙って再び股間に木片を向ける籠音に男は素直に白状する。
それを聞いた籠音は「はぁーっ……」と眉間に皺を寄せてため息を吐いた。典型的な貧民暮らしだが、多分この男たちはまだマシな方なんだろう。体も大きいし徒党も組んでいる。頭を使って連携を取って、ようやく今まで生き延びてきたのだ。
ちらりと籠音はキッチンの成れの果てを見る。埃は被っているし所々壊れているが、使えないことはないだろう。
着ていたジャケットを脱いでシャツの袖を捲り上げる。
「ちょっとこの辺物色するよ」
「はっ?お、おいアンタ何を……!」
「うっさいな腹減ったんだよあたしも。ついでに何か作ってやるから黙って転がってな」
不機嫌そうに言い放つ籠音に男たちは呆気に取られる。
異世界に召喚されて最初の夜。
初めての仕事は、あばら家クッキングである。




