けつ
──そしてあなたはわたしと出逢う。
わたしはあなたの理想を具現化した容姿をしているはずだ。念入りにあなたの心の裡を探って、好みの異性の姿を抽出したのだから。
しどけなく横たわるわたしを心配して、あなたは声を掛けるだろう。手を添えて抱き起こしてくれさえするやもしれない。
しかしその時わたしの身体は、フェロモンだか催淫剤だかと人の言う分泌液に覆われている。
だから、わたしに触れたその途端、あなたはわたしの虜となる。
それでいい。それでやっと対等だ。
わたしの方はとうにあなたに首ったけなのだから。
あなたが仲間達と共にこのダンジョンへ足を踏み入れた時、すわ地震かと怯えんばかりの鳴動があっただろう。あれはわたしのこころの震えだ。あなたを感知した瞬間、それまで自分にこころがあるということすら知らなかったわたしの全身に衝撃が走ったのだ。
あなたが欲しい。
どうかわたしに気付いて。
あなたを独り占めしたい。
わたしがあなたを求めているのと同じ強さで、わたしを求めて欲しがって。
お願い。わたしを、好きに、なって──。
わたしはこころの望むままに、あなたの周囲から邪魔者どもを排除した。あなたの記憶を奪った。あなたに危害を加えそうなダンジョンモンスター達を念入りに遠ざけた上で、あなたの武装を解除した。配下の中で一番警戒心を与えないだろう生き物の意識を乗っ取り、わたしの力が最も安定する深部へとあなたを誘導した。人の形を模してわたしの分身を拵えた。
無論何もかもが初めての試みだったのだけど、やってみれば存外容易い事だった。
あなたと出逢い、あなたを欲した事で、わたしは新しい能力を得、数段階進化を遂げたのだろう。思えば当たり前だ。こころがあるからこそ、望み、願う。それが力になるのはわたしとて世の他の生命たちと同じなのだから。
だからこそ、あなたを籠絡するこの罠もきっと上手くいくに違いない。
そうしてわたしの胎内で、いつまでも二人幸福に、あなたとわたしは暮らすのだ。
あなたの物語は終わらない。