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てん

 泥岩の最後の塊を取りけると、その下で頼りなく断続的に悲鳴を漏らしていた生き物は、身震いをして這い出してきた。


 あなたが助けた相手はイモリだった。

 いや、普通のイモリにしては大きいとあなたは思い直した。

 落盤に巻き込まれて切断されたのか、尾は不自然な位置でぷつりと途切れていたが、それでもあなたの肘から手の先あたりまで体長がある。仮にもダンジョン内に棲息しているのだからモンスターの一種であるのかもしれない。爪の無い4本指の前脚、5本指の後脚。ぬめりを帯びた体は、こびり付いた泥状の汚れ部分を除けば、光量の少ない場所柄故か全体的に白っぽい。

 少なくともイモリに酷似した、何かだった。


「キィ」


 瞳は退化していないようで、つぶらな黒があなたを熱心に見上げている。

 この鳴き声を人と聞き違えたのだったか。我ながらよほど疲弊していたと見える。平静な精神状態であればありえない間違いだと、あなたは自嘲した。


 偽イモリとあなたの視線が合う。黒一色の瞳のせいで、目の奥に吸い込まれるような心地が一瞬だけした。


 再び偽イモリが短く鳴いて、失った尾を翻すように素早く動いた。あなたのやって来た方向と反対側、道の奥へと身軽に十数歩進んでから、偽イモリは立ち止まっておもむろにあなたを振り返った。

 まるでついてこいと誘っているようだ。

 人への警戒心が薄いのか、もしや助けてもらった恩義でも感じているのか……番犬程度の知能があるようにも見受けられる。


 さて、どうしようか。


 あなたは逡巡した。


 見掛けを裏切らず、あれが野生のイモリと近い生態を持っているとして──イモリは水場の生き物だ。水から離れては生きていけない。故にその生息地付近には必ず水がある。

 水だ。

 意識すると途端にあなたの中で飲水への渇望が目覚めた。


 ここは進路をどちらに向けるべきだろう。

 先刻の二又部分まで戻って出口を探すか、それともこのまま偽イモリについて行って水場へ巡り当たる可能性に賭けるか。

 どちらを選択しても探索は徒労に終わるかもしれないし、あるいは中途で偽イモリの比ではない凶暴なモンスターに出くわすかもしれない。それに勿論、落盤の危険だって常に考慮に入れておかなければならない。


 一刻も早く地上へ脱出したい気持ちは変わらないが、正確な出口の場所が分からない以上、闇雲に動き回る事は短慮にも思える。

 それならばひとまず喉を潤す方を優先すべきだろうか?


 熟考した挙句、あなたは偽イモリの後を追う事にした。それを見て偽イモリは得心したように動きを再開した。


 自分以外の、生きて、動いていて、何より敵意を持っていない生き物──。

 紛う方なくその存在にあなたはある種の慰めを見出していた。意思の疎通が困難な相手だとしても、逆境では他者がいるというだけで心持ちが違うものだ。

 とはいえ当然ながらこのダンジョンに長居するつもりは毛頭ない。道草を食うのは水が得られるかどうかを見極めるためのほんの僅かな時間だけだ、とあなたは心の内で己に強く言い聞かせた。



 結果的にその判断は妥当であったようだ。


 道はさらに地下深く潜るように下って生暖かい湿り気が増してきたものの、硫黄臭は徐々に薄れていった。

 不意に音の反響が変わる。偽イモリとあなたは少し開けた場所に辿り着いた。空間の広さに比べて岩壁の発光黴が足りてないのだろう、あなたが通ってきた隧道よりも一段と暗く見通しが悪い。

 しかし、願望のなせる幻聴でなければ、さらさらと水の流れる音が聞こえている。

 あなたの鼓動は期待に高鳴った。


 どうやら前方の暗がりには水が湛えられているようだ。


 水の気配が近づくにつれ暫く前からそわそわし始めていた偽イモリは、とうとう水場へと駆け込んで消えてしまった。それまでの道案内めいた付かず離れずの距離感を思えば、後ろを振り返るでもなく呆気ない別れ方だった。

 この調子で次は食べ物か、出口に繋がるルートへ導いてくれると助かったのだが。さすがにそこまでは無理というものか。

 あなたは肩を竦め、仄暗いその一角へついに一歩を踏み入れた。





 そして────

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